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味噌汁

暖かい時期が続いています。

体調を壊されないようお気をつけください。朝飯は最低でも味噌汁を飲むことをおすすめします( *˙ω˙*)و グッ!


午後六時。

ふと空を見上げると茜色と群青の空が混ざりつつある。

騎士団の演習も終えた副団長のフルス以外の団員は帰路にはついていた。もう帰ってもいいのだがフルスはのんびりと人を待っていた。

じきに腹ペコの上司がここを通る頃だ。

大食らいの彼女のことだ多分腹ペコでクタクタに違いない、そして私の推測が正しければまた無理をして昼飯や朝飯を抜いている可能性が高い、そう思案したフルスはため息をつく。

吐く息が白く寒さをよりいっそう際立たせる。雪が身体にあたり体の芯まで冷えそうだ。

修練場の時計が六時十分を指した頃、修練場のドアが開き中から彼女がでてきた。


「お疲れ様です団長殿」

「フルスか。どうしたなにか相談事か?」


スラリと伸びた身長に薄く整えられた化粧、モデル顔負けの顔に金髪の髪をなびかせる彼女の名はリーズシャルテ、王国騎士団長を務める若き天才騎士である。

微笑む騎士団長を見てフルスは呆れた顔をする。


「どうした、じゃないですよまた昼飯を抜きましたね?食べないとダメですよ」


プリプリと頬をふくらませて指摘するフルス、相変わらず表情に覇気がないし酷く疲弊している。なにより動きが緩慢できれがない。仕事が忙しいのはわかるがしっかり食事をとってもらわないとこっちが困る。


「気にするな、私はまだ動ける。それに食事なんて腹に入れば皆同じなんだ、晩飯に明日の分までの量を食べれば問題ないさ」

「そいう問題じゃありません、もうなんで自分のことになるとそんなにルーズになるんですか」

「はは、すまん」


笑い事じゃないですよ。とフルスが一喝するも頭をかくリーズシャルテは終始笑顔で誤魔化している。

彼女は部下のためならなんでもするいい人だが自分のことは一切気にかけていないためよく体調を崩すことが多くフルスの頭を悩ませていた。


「それよりなんで今日は待っててくれたんだ?」


リーズシャルテが問いかけるとフルスは腕を組み、


「いい店があるから行くん為ですよ、団長殿は何も食べないから」

「はは……面目ない、うっ……」


リーズシャルテが下腹部を抑え表情を歪める。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない……よくある事だ。さあ行こうか副団長殿」


苦しそうな表情だ。私も生理中はこんな顔をするのだろうかとふとフルスは考えた。


「そんな無理しなくても……」

「いや副団長からの誘いを断るわけにはいかないさ。行こうか」


酷く疲弊しているのは分かっているからこそあの店に行く価値があるのだ。

このごろ体調不良の原因が分かるかもしれない。



「は、はい……」


フルスは下腹部を抑えるリーズシャルテを心配しながら目的の店へと向かった。


王都オーギュスト。

周囲を取り囲むのように作られた壁に商業が盛んで有名である。

その直属の騎士団であるリーズシャルテとフルスは王国騎士団の称号を得ている。

しかし季節は冬。

雪がちらりちらりとふり辺りを真っ白な世界に変化させる。冬は物資の流通が止まり、一般市民や騎士団の食事はジャガイモか干し肉、それとパンだけである。よくて生ぬるいスープだろうか。

フルスはこんな寒い日に一体どんなものを食べさせてくれるというのだろうか。

魔法による暖房器具が発明されたと王都では有名になっているが如何せん魔力の消費量が多いため家庭用向けではないだろう。


石畳の上を歩きながら彼女らは他愛もない話をする、あの新人はあと少しで上達するなど最近皆の腕が少しづつ上がってきたと、自身の団員の話になるとイキイキとリーズシャルテは饒舌になる。

私の団員はすべて私の子どもだ、と挨拶するぐらいだなにより団員のことを考え愛していることがわかる。

部下達は口を揃えて良い人だというが抜けている人だともいう。確かに体調管理ができないことに関してはどうにかして欲しいと団員一同で頭を悩ませているのが現状だ。

しかしそれも今日までと副団長のフルスは心中で呟いた。



「ここは……一見ただの空き家に見えるのだが……」


街路を歩き、少し町外れにある古びた一件の小屋、どう見てもただの空き家にしか見えない。

しかしフルスは目を輝かせていた。


「いいえ、ここであってますよ団長殿。そしてあと少しです」


フルスは耳をすませて時計台の七時を告げる鐘の音が響き渡ると


「いまです」


戸に手をかけ勢いよくあけた。


「いっらしゃいませお客様」


カウンターで一人の男性が透き通るような声で迎えてくれた。


そこは別世界だった。

外見からでは想像もつかない内装にリーズシャルテは目を見開き立ち止まってしまった。

小綺麗にされた空間では落ち着いた雰囲気がでていた。

それも部屋の柱や床、テーブルなどの木材を使用した箇所はダークブラウンに統一されており壁は白色の漆喰で固められている。また色鮮やかな小物類が置かれて、モダン的だと言えばわかりやすいだろうか。リーズシャルテも立ち止まって声も出ない、酒場や他の店にも色々な場所を訪問したことある彼女だから言える。

ここは他の店とは違うと。

そして何より店内が暖かいのだ。寒さゆえに着ていたコートが暑く感じるほどに、一体どのような魔法を使っているのだろうか。



「お久しぶりですテンチョー」

「やあ一週間ぶりかな?フルスちゃん」

「ちゃんはやめて下さい、フルスと呼んでほしいです」


テンチョーと呼ばれる男は白いシャツに黒のエプロンという組み合わせだ。無造作に散らされた髪の毛だがどことなく清潔感がある。

そしてフルスはどうやら何度か来たことがある店らしい。顔見知り程度だろうが。



「今日のメニューはあそこに貼ってはるから選んでね因みにオススメはアサリの味噌汁だよ」



テンチョーと呼ばれる男に言われるがまま

黒のコルクボードのを見る。書かれている文字は読める……どうやらこの世界のものらしい。

リーズシャルテはホッと胸をなで下ろす。自身の知らないものが多すぎるこの場所は異世界だと認知してしまいそうだったが文字が一緒ということに安心を得た。


「団長はどれにします?」

「え、ああそうだな」


文字はわかる、それはいいんだそれよりなんだミソシルとは。隣のフルスはニコニコしながら選んでいるがミソシルって何なんだ。

そしてミソシルというのはアサリと普通のがあるらしい。アサリといえばパスタによく入っているがあれは少し金を持ちあました者達の贅沢品だ。私も食べたことはあるが砂が入っていることがままあるからあまり好みではない。

しかし……


「大丈夫なのか?フルスこの店怪しくないか?アサリなんてこの時期だと高級品だぞぼったくられるじゃないのか?」

「大丈夫ですよ団長、そんな怪しい店なら私がもう取り締まってますから。それにここの店の料理を食べたら多分、団長もすぐに虜になりますから」


どうやらフルスはもうこの店の味の虜になっているらしい。

そこまで言うのなら……


「私は煮付け定食を頼む」

「んじゃ私は煮付け定食のアサリの味噌汁で」

「承りました」




リーズシャルテとフルスがカウンターに座ると手ぬぐいのような真っ白な布を渡してくれた。

汚れを拭き取るためのものだろうか?


「暖かい……」


ちょうど手がかじかんでいたところだ。これは嬉しい。

じっくりと手の平や甲に当てるように拭く、この気遣いはうちでも見習うべきだとリーズシャルテはふと思う。

テンチョーと呼ばれる男は手際よく準備を始める、その姿をリーズシャルテは横目で一瞥しフルスに話題をふった。



「それにしてもこの店の外見と中身がこうも違うと、客もこないんじゃないのか?」

「そうでもないみたいですよ私が始めてきた日はもう一人いましたし、今日はテンチョー一人なんですね」


フルスが作業中のテンチョーに聞いた。

作業中のまま手をやめずテンチョーは口を開く。


「ああ、今日は僕だけだね。アカネさんは今日は休みだよ」

「アカネさんって言うんですかテンチョーの恋人ですか?」

「いやただの知り合いってだけだよ」

「ちぇーなんだ、結構いいと思うんだけどなぁ私」


どうやら従業員は一人ではないらしい。

話の流れを聞き、もう一度店内を見渡す。

綺麗にこぢんまりとした空間でそれほどお客は入れない、そうだな……二十人が限界だろうか。

そして特に気になるのがあの機会だなんだあの黒くて四角いものは、隣接してカップが置いてあるが用途は一体なんなんだ。


「あ、すいませんウチはドリンクはすべてセルフ何ですよあちらのドリンカーがありますので好きなものを注いで下さい」


リーズシャルテの視線に気づいたのかテンチョーは声をかけ、ドリンカーと呼ばれる黒くて矩形のものを指さす。


「え……」

「団長、私が教えますよ。付いてきてください」

「え、ああ……」


手を引っ張られドリンカーと呼ばれるものの前に立つ。


「これは一体なんなんだ?フルス」

「自動でドリンクが出てくる魔法具ですよ団長。そうこんなふうに……」


フルスは綺麗に整頓されたカップの山から一つを取り出し魔法具に置くとなにやらボタンを押す。


するとドリンカーから奇妙な音がなったかと思うと黒い液体が流れ始める。

鼻腔を通り抜け脳がこの匂いの音源を辿り液体の正体を掴む。


「……コーヒーなのか?」

「じゃーん、そうですコーヒーの完成です」


コーヒーをタダでなんて聞いたことは無い。むしろドリンクなんて水かエールしかないはず、なのに何故この店は無料でしかもこんなに暖かいコーヒーを提供できるんだ。

リーズシャルテは思考が止まり驚きを隠せなかった。

フルスは能天気に「この珈琲多々苦いだけじゃなくてちょっとした酸味もあって最高なんですよ!」とはしゃいでいた。

頭をふり再度確認するようにフルスを尋ねる。

本当にこの店は大丈夫なのかと。


「大丈夫ですよ団長、私も最初は驚きましたけどドリンクは本当に無料なんですって」

「あ、ありえない……」

「まあ団長、なにのみます?」

「わ、私は苦いのはあまり得いではない……水で十分だ」

「ではこれ、野菜ジュースなんてどうです?」


並々と注がれたカップには橙色の液体に思わずギョッとする。

「鮮やかだな……では一口」


カップを口につけゴクリと飲み込む。


「…………」


もう一口、もう一口。

繰り返すうちにカップに入っていた野菜ジュースと呼ばれるものは消えており目の前のフルスがニヤニヤとこっちを見ていた。


「どうでしたどうでした?」

「ま、まあ悪くないな……むしろなんだか野菜をとっている感じがする」

「まあテンチョーが言うには数十種類の野菜と果実を混ぜたものって言ってましたよ」

「ほう……」


あまりフルスの話には興味がわかなかったがこの野菜ジュースと言うやつには興味がわいた。

本当にこの店は私の知らないことばかりだ。



「お待たせしました、カレイの煮付け定食でございます。お皿が暑いのでご注意ください」



ドリンカーの前で盛り上がっていると料理が出来上がったらしい、丁寧な手つきで、皿をテーブルに置いてくれた。

鮮やかな色に散りばめられたサラダに、冬の寒さを忘れるほど湯気が立ち込めるカレイの煮付けとミソシルと呼ばれるものの上に散らされた小さく刻まれたネギ、気付かぬ間に溜まった涎を飲み込み、金属製のスプーンで一番機になって仕方のない味噌汁に手をかけた。

舌に残るざらつきがなく、すっと舌を滑り落ちていき喉を通り思わずため息が出てしまう。


「美味しい……」


声が出てしまった。この味噌汁と呼ばれるものに驚きを隠せない。

ほんのり酸味もあり、また身体の内側から温めてくれるそんな優しい味だ。そしてこの白くてプルプルとした物体だ、これはなんだろう。


「こんなに暖かくて美味しいものがあったんですね、それにこの白いものはなんでしょうか」

カウンターの向こうにいるテンチョーに声をかけると嬉しそうに目を細めた。


「ありがとうございます、それは大豆と呼ばれるものを発酵させたものです。そしてそれは豆腐と言ってそれも大豆の搾り汁を使って固めたものなんですよ」

「凄いのですねダイズという食べ物は」

「そうですね畑の肉と言われるほど多様性共に栄養素も豊富なんですよ」


話を聞きながら、スプーンを動かす手が止まらない。

味の良さも素晴らしいがなにより口当たりがよかった。

これなら疲れた時にでもいつだって飲める気がする。


「それにフルスちゃんから聞いてはいましたが一日一食が普通なんだそうですね」

「仕事が忙しくてついついまともに取れなくなっちゃうんです、でも夕飯にその日の分をまとめて食べればいいかなって」

「騎士団長さんは最近腹痛がひどい時などありませんか?」

「……なんで知ってるんですか?」

「そんな食生活をされれば何となく予測はつきます、それにこの店に来たフルスちゃんからもある程度は聞いております。団長さんが食べなくて困ると」


隣に座るフルスを見ると苦笑い姿が目に入りヤレヤレと目尻が下がってしまう。


「それに食事を抜くと女性の場合、生理不順によるホルモンバランスが崩れてしまうんです」


カウンターで優しく説明するテンチョー、その説明を聞きリーズシャルテは


「ホルモンバランス?なんだそれは呪文かなにかか?」


頭にはてなを浮かべ首をかしげた。

そんな返しが来るとは思っていなかったのかテンチョーもすこし驚きながら説明を続ける。


「そうですね……私達の体の中には魔力とはまた別に栄養と呼ばれる大事なものが流れているんです。その栄養は生成はできず他のものから摂取することが必要なんです、例えば今日飲んでいる味噌汁にもイソフラボンと呼ばれる女性ホルモンのエストロゲンと似た働きをすることで有名なんですけどそれを飲むとある程度は腹痛はおさまるはずです」


それを聞いたリーズシャルテは目を見開き興奮気味に、

「おお、それなら毎日これを飲めば」


しかし表情を変えずテンチョーはバッサリとその意見をきる。


「いえ、同じばかりのものばかり取るとまた別の病気にかかります、過剰摂取もまたダメなんです、僕のおじいちゃんの言葉ですが医食同源という言葉あります、食べることは病気の治療でもあり生きるための生命でもある。確かにその通りなんです、様々な栄養素をバランスよく取らないと体の調子はどうしても悪くなります。仕事のストレスは減らそうと思っても減らせません、ならせめて食事だけでも気を取られてはいかがでしょうか。そしたらうるさい副団長も満足すると思われますよ」

「うるさいは余計だと思います」

「申し訳ございません」


少し不満げな表情をするフルスに対してテンチョーは手早くジャガイモの皮を剥きながら答えた。

本当に部下に慕われているのだなと胃の辺りをそっと撫でながら自嘲気味に笑う。

まだ手をつけていない料理もまだある。ゆっくりと味わうとしよう。

料理の説明を受けながらリーズシャルテは至福の時を味わった。


フォークを器用に使いカレイの煮付け飲みを一口食べる。また味噌汁とは違う味わい、ふっくらとした身に濃厚までの甘い出汁が口の中に広がり飲み込む。

ダイコンと呼ばれる野菜もほろりと崩れて熱々の汁が口の中で踊っている。

さらに白米なんて何年ぶりに見ただろうか。

しっとりと水分が多く、カレイの煮付けと相性は抜群で思わず米をかきこんでしまう。


本当に今日は驚きの一日で疲れが吹き飛びそうだ。


「団長どうですか?」


フルスの呼びかけに、満面の笑みを浮かべてこう答える。


「ありがとうフルス」


リーズシャルテの礼が店内に響き、夜の静かな空気に溶けていった。



呼んでくださってありがとうございます、

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