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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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エピローグ

 やぁ、歯車島の件から三年ちょっとになるか。手紙一つ送らずに姿をくらませて、すまんね。

 カミュ君の憧れのナイスミドル、グランズさんだよ!


「カミュ、その手紙を破いちゃだめだよ!」

「――ちっ」


 これ以上適当な事を書くとカミュ君に破られちゃいそうだから本題に入ろうか。

 実はおじさん、あの後で国の偉い人から仕事を頼まれちゃってね。新大陸にスパイしに行っちゃったんだわ。


「グランズさん、相変わらずノリが軽いなぁ」


 カミュ君が酷い状態にしたハミューゼンから新大陸の言語を教えてもらって、方角やら距離やらも調べてね。実際に新大陸の地を踏むまで最新式の船の上よ。何回吐いたか分からんね。

 おじさんのお仕事は新大陸の技術だとか、政治だとかを調査する事だったんだけども、困ったことにハミューゼンから聞いていたのと様子が違ったんだわ。

 調べてみたところ、独裁体制だったのは昔の話。

 独裁政権が役所の人間をどんどん縁故採用していったもんだから、行政がマヒして戸籍管理さえできてない。どこの村や町にどれほど人がいるかを把握してないんだから税の取り立て方も杜撰で、一時は内戦寸前までいったそうだ。

 おじさんが新大陸入りした時にはもう独裁政権が崩れちゃってたけども、あちらこちら混乱してて、新大陸の人でさえ戸籍がないくらいだからおじさんもあっさり紛れ込めたよ。

 喜ぶべきとは思わないがねぇ。

 こんな状態で旧大陸と戦争は起こらないでしょ。ハミューゼンもまさか本国が外圧もなしにこの体たらくとは知らなかったんだろう。

 新大陸の現政権は国内の建て直しに必死のようだけども、行政関係で人手が足りてないのは明白だ。

 おじさんの報告を受けたそっちの人たち、つまりは旧大陸側の国は今のうちに淡水系の蒸気技術を新大陸から輸入しつつ、道路整備なんかの方面で新大陸側の国に恩を売っておこうと考えているらしい。

 そんな流れでおじさんからカミュ君にとびきりのお知らせがあるんだ。心して聞くが良い。

 おじさん、もうすぐそっちに帰れそう。寂しかったっしょ? 今会いに行く――


「きもい」

「そんな端的な……」


 という冗談のような事実は脇に置いて、この手紙を送った目的だ。

 カミュ君や――新旧大陸親善レストアレースに参加しないかい?

 まだ企画段階ではあるけども、技術交流の一環として提案してみてはどうかって話がある。

 興味があるならメイトカル君に会いに行くといい。話を通しておく。ついでに、後任を押し付けてごめんちゃいって伝えといておくれ。いいかい、かわいらしくちゃいって言うんだよ。

 追伸、いつだったか貸し付けられたアン肝の件、美味しいお店を探しといて。新大陸の土産話をしながら食おうぜ。


「グランズさんは相変わらずみたいだね」


 丸めて壁に投げつけられた手紙を見て、リネアが苦笑する。


「まぁ、元気ならいいんじゃないの」


 ふん、と鼻を鳴らして、カミュはラグーンにドラネコのキーホルダーが付いたイグニッションキーを差し込んだ。

 蒸気圧が高まるのを待つ間に、カミュはガレージのシャッターを持ち上げる。

 珍しく快晴の空を見上げ、カミュは太陽の眩しさに目を細めた。


「あ、落ち雲が来てる」

「そういえば、今日は王城に新大陸の偉い人が来るんだっけ」

「歓迎の花火は絶対に打ち上げるなってお触れが出てたけど、あれが理由か」


 ガレージの壁に背中を預けて、シーガ河と呼ばれる王都を新旧市街に分かつ運河の向こうを見つめる。

 河の向こうの新市街から歓声が聞こえてくる。旧市街にいるカミュ達の下まで聞こえるという事は、相当なお祭り騒ぎになっているらしい。

 新大陸の存在が明るみに出たのはハミューゼンの暴露が発端だった。ちょうど一年前に国王が正式に新大陸の存在を認め、外交が開始されたのが半年前。

 それ以前から水面下での交流は始まっていたのだろう。

 自分には関係のない事だと、カミュはあくびを噛み殺してガレージの中を振り返った。

 ギアファッションに身を包んだリネアがサイドカーに海水を入れている。


「ねぇカミュ、新旧大陸親善レストアレースってやつ、出るの?」

「せっかくだし、出てみるよ。向こうのレースは気になってたし」

「まぁ、グランズさんは新大陸にいたからここ三年のカミュの成績を知らないせいで、さっきみたいな手紙を送ってきたんだろうけどさ。本当に開催するって事になったらカミュに声がかからないはずないよね」


 リネアが笑いながら、ガレージの壁際に飾られているトロフィーを見る。

 第二回レストアレース優勝トロフィーを始め、ずらりと並ぶ金と銀のトロフィーの数は現在七つ。リネアが取ったメカニック賞も別の棚に三つが飾られている。

 成績はもちろん、治安の悪い旧市街育ちであることや砂漠の霧船、絶海の歯車島へ最初に足を踏み入れた者の一人、年齢や容姿など話題に欠かないレーサーとしてカミュは注目されていた。


「準備できたよ」


 リネアに声を掛けられて、カミュはヘルメットを被ってラグーンに跨った。

 ガレージから出てシャッターをおろし戸締りの確認をした後、ラグーンの速度を上げて旧市街を走り始める。

 廃材置き場の側にある我が家を後にしたラグーンはラリスデン旧市街の大通りへ。

 ラグーンのシックな黒いボディを見つけた通行人がカミュ達に手を振る。サイドカーに乗るリネアが愛想よく手を振りかえすのを横目に見ながら、カミュは速度を落として路地を曲がった。

 途端に人通りが少なくなった道の奥に真新しい建物が見えてくる。

 旧市街に立つ建物とは思えないほどに大きな白塗りの壁で囲まれた建物だ。門にはラリスデン孤児院と彫られた金属プレートが掲げられている。

 プレートの横で掃き掃除をしていた知り合いに、カミュは声を掛けた。


「マーシェ、お疲れ様」

「いらっしゃい。というか行ってらっしゃいよね。どこのレース?」


 声を掛けられたマーシェがリネアの座るサイドカーに詰まれた荷物を見て、すぐに出かける目的を理解して問いかける。

 リネアがレース会場の地名を言うと、マーシェは納得したように空を見上げた。


「それならこの時間に出発しないといけないわね。明日はかなり激しい雨になるそうだから」

「レース中に降ってくれれば、カミュが圧勝できるんだけどねぇ」

「新聞にも書かれたわ。雨の魔術師とかなんとかって」

「晴れてるとドラネコ扱いだよ。どっちの呼び方がいいのか知らないけど」


 リネアとマーシェが楽しそうに世間話をしている横で、カミュは孤児院を見る。

 三年前、国立蒸気科学研究所の所長ウァンリオンが政府に掛け合い、蒸気機関規格化運動会の会長であるラフダムが方々に掛け合って建設させた孤児院である。

 教育制度の見直しはもちろん、失業者に対する補償を行わなければ、第二、第三の蒸気機関撤廃の会が生まれる。そうなれば蒸気機関による工場の機械化や生産効率の向上は難しい。ハミューゼンがもたらした数々の混乱は世間の目を労働者に向けることに成功していたため、国もこの孤児院を建設せざるを得なかったのだ。

 同時期に施行された児童の労働に関連する法律のあおりを受けて無職になった旧市街の子供達を一斉に抱え込んだこの施設。院長には旧市街の子供達を束ねていたマーシェが付き、週に三回ほどウァンリオンが直々に講義を開いて子供達への教育を行っている。

 できたばかりの施設とはいえ国営であり、治安の悪い旧市街にありながら安全圏を確保していた。

 院の中から何人かの子供がカミュに気付いて手を振ってくる。

 手を振りかえしていると、横からマーシェに声を掛けられた。


「旧市街育ちでも、努力次第で道が開けるって事を今回のレースでも証明してね。憧れてる子がいっぱいいるんだから」

「はいはい」


 軽く返して、カミュはラグーンのスロットルを開ける。


「それじゃ行ってくる。オレ達の家に誰か来たら、三日後に戻るって伝えてくれる?」

「分かったわ。いってらっしゃい。リネアも、気を付けて」

「ありがと。それじゃよろしくね」


 マーシェと別れて、カミュは大通りにラグーンを向ける。

 ラグーンを走らせながら、カミュは大通りの奥に立つ西門を見た。

 三年前から変わらない外観の西門。しかし、潜り抜ける意味はすでに異なる。

 リネアと再会してこの門から外へ出た時とは異なるのだ。


「新大陸のレースの話だけど、参加する前に新大陸の遺跡巡りをしようか」

「それいいね! でも、どうしたの? カミュから遺跡巡りを言い出すなんて珍しい」


 ヘルメットのバイザー越しにリネアが不思議そうな目を向ける。

 カミュはヘルメットの中で笑う。


「古代人が生きるために旧大陸を出た後、新大陸で何をやろうとしたのか見てみようと思ってさ」

「古代人が何をやったのかじゃなく、何をやろうとしたのかを見に行くんだね」

「そういう事。面白そうでしょ?」


 カミュの言葉に、リネアは楽しそうに頷いた。


「遺跡を見られるならボクに断る理由はないもん」

「決まりだね。今度の旅は新大陸って事で。ウァンリオンのところに行けば地図とかもらえるかな」

「どうだろ。グランズさんが戻ってくるのを待った方が確実かも」


 新しい旅について楽しく話すカミュとリネアを乗せて、ラグーンは王都の西門を潜り抜ける。

 吹き出す蒸気が描く白い線は彼方へとまっすぐに伸びていた。



以上で本作は完結です。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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