第二十三話 制御塔の攻防
「さて、どうしたもんかねぇ」
グランズは金属片を寄せ集めたような元大剣を見て苦笑する。不恰好なそれは内部の蒸気圧を限界以上に高める事で意図的に爆発させ、周囲に金属塊をばら撒く仕掛けが組み込まれている。
しかし、内蔵の蒸気管を破裂させる仕様上、一回しか使えない大技だ。修理しない限り、もう蒸気を使った仕掛けは稼働しない。
右手の蒸気機甲から大剣を外し肩に担ぐ。蒸気機甲は未だに稼働するものの、大剣を爆発させる大技で海水を大量消費しているため、節約しなければならない。
出来る事なら機関銃だけでなくハミューゼンにも攻撃を加えて決着させたかったのだが、護衛を務める傭兵たちの職業意識が高すぎて近付く事が出来なかった。
「まさか身を挺して庇うとはね。文句なしに精鋭だわ」
それでも、大剣の爆発で四人は戦闘不能に追い込んでいる。機関銃を破壊したこともあり、ハミューゼンは制御塔入り口を要塞化する事が出来なくなった。大剣を犠牲にした見返りはあったと判断していいだろう。
後はハミューゼンがどう出るか次第、とグランズは出方を窺う。
「――仕方がありまセん。問答無用で皆殺シにシまシょう。制御塔を即時制圧シまス」
物騒な指示が聞こえてきて、グランズは頭を掻いた。
ハミューゼンはグランズ達を助けに来た砂魚たちに制御塔を囲まれる前にグランズ達を排除し、制御塔を制圧後、入り口を固めるつもりなのだろう。時間との勝負となる。
すぐにバタバタと足音が聞こえてきた。精鋭だけあって素早い動きだ。
グランズは二階の階段際で大剣を体の横に構える。
グランズには高所の利があるが、ハミューゼン達は火薬式拳銃を持っている。間合いと人数の違いにより、不利なのはグランズの方だろう。
階段を駆け上がってきたハミューゼンの護衛たちが踊り場に到着するなりグランズの姿を確認する前に二階へ発砲する。狙いをつけていないそれは単なる牽制でしかなかったが、狭い空間だけあってグランズは冷や汗をかいた。
駆けあがってきたのは三人。ハミューゼンを含めてあと三人動ける者がいるはずだ。
踊り場に立ち止まって銃口を向ける三人を見て、グランズは横に跳んで階段横の壁に身を隠す。直後、壁の角が銃弾で抉られた。
同時に階段を駆け上がってくる足音が三人分。
グランズは右腕に大剣を握って壁の裏から飛び出し、相手の姿も確認せず逆袈裟に大剣を振り上げる。頭部を右腕の蒸気機甲で守りながら振り上げた大剣は宙を割くばかりだったが、グランズは委細構わず駆け出して三階への階段を駆け上がる。
踊り場から駆け上がっていた傭兵たちはグランズの大剣を避けるために足を止めたため一時的に硬直し、勢いをくじかれる形となる。
隙を突いて階段を駆け上がったグランズはポケットに左手を入れ、カミュからもらった蒸幕手榴弾を取り出した。
「ほら、これ投げちゃうぞ!」
三階への踊り場で足を止めたグランズはこれ見よがしに蒸幕手榴弾を掲げて見せる。
一瞬怯んだ傭兵たちだったが、それでも距離を詰めてグランズを仕留める事を優先したのか階段の一段目に足を掛けた。仮に蒸幕手榴弾を投げつけられても爆発する前に蹴り飛ばすなり、布を被せるなりすればよいと判断したようだ。
グランズは駆け上がってくる傭兵たちを見て蒸幕手榴弾を投げる。二階の傭兵たちへではなく、三階と踊り場の間の階段の中ほどへ向けて。
蒸幕手榴弾が爆発する前にグランズは両足の蒸気機甲を稼働させて三階へ駆けあがる。
三階に到着すると同時に蒸幕手榴弾が爆発し、狭い階段が高熱の蒸気で満たされた。
踊り場も確認できないほど真っ白な階段を確認して、グランズは大剣を振り被る。
「どっこいっしょっと」
両手の蒸気機甲を稼働させてただの鈍器でしかない大剣を思い切り階段に叩きつける。古代文明が作っただけあって頑丈な階段も破壊そのものを目的とした攻撃には耐えきれず、階段に穴が開いた。
自らが開けた穴から飛び退くと、直後に穴の下から発砲音が聞こえてきた。どうやら、階段の下にハミューゼン達がいるらしい。
直接交戦していたのが三人組の傭兵だったため予想できていたが、後詰としてハミューゼン達が控えていたのだろう。
「ぽいっとな」
軽く言って、グランズは蒸幕手榴弾を穴の中へ放り込む。しかし、すぐに穴の下から投げ返された。
当然、投げ返された蒸幕手榴弾は三階で爆発するが、グランズにとってはこれで構わない。どのみち穴の周辺が短時間でも蒸気に覆われれば、ハミューゼン達は穴に嵌まるのを恐れて駆け上がって来れないのだから。
蒸幕手榴弾を投げ込んだのは穴を開けたことをハミューゼン達に知らせるためなのだ。
「一度止まりなサい。階段に穴を開けられまシた」
目論見通り、ただでさえ少ない精鋭が穴に落ちるのを警戒してハミューゼンが制止する。
蒸幕手榴弾は元々高熱の蒸気で暴漢を怯ませる道具であり、煙幕としての効果時間は短い。そうでなくとも、穴が開けられたことを知っていれば注意して階段を上る事は出来る。
グランズも長時間足止めできるなどとは思っていない。
「急げや、急げっと」
鈍器と化した元大剣を構成している金属片の一つを掴んだグランズは力任せに引っ張る。ワイヤーロープで繋がっているその金属片を壁に叩きつけて埋め込むと、また別の金属片を掴んでせっせと壁に埋め込んでいく。
蒸幕手榴弾の効果が薄らぐ前に七つの金属片を三階階段登り口の壁や床に埋め込み、踊り場に駆け上がる。金属片から伸びるワイヤーがグランズの走った道を示すよう伸びていった。
「士官学校時代を思い出すなぁ」
しみじみと呟きながら、左手の蒸気機甲の機能でワイヤーを切断し、ベルトに挟んである矢じりのような形をした留め具を壁に埋め込むと、ワイヤーをぴんと張って留め具に結わいつける。
ワイヤーの先に蒸幕手榴弾のピンを付けておけばブービートラップの完成だ。
少し破片が欠けた元大剣を持って、グランズは踊り場から三階の様子を窺う。
蒸幕手榴弾の煙幕効果が無くなり、穴を避けて上ってきた傭兵たちが階段のワイヤーを見て苦い顔をしている。
即席のブービートラップだけあって効果はいま一つだが、流石に無視して突っ切るわけにもいかない。それ以上に、蒸気機甲で強化された筋力で階段を一気に駆け上がろうものならワイヤーに阻まれて大けがをする。
士官学校時代に培ったトラップ技術だけあって、グランズが這ったワイヤーは実に絶妙な高さだった。跳び越えられず、解除するには中腰にならざるを得ない。
追加とばかりにグランズから蒸幕手榴弾を投げ込まれてはワイヤーの撤去さえままならず、傭兵たちは嫌そうな顔をしていた。
しかし、時間稼ぎの域を出ていない。グランズがカミュからもらった蒸幕手榴弾も残すところ一つだ。
手数が足りないな、と思案していると、上の階から足音が聞こえてくる。
「先輩、生きてますか!?」
「メイトカル君、まじ救世主だわ。おじさんはこの通りぴんぴんしてるよ」
「……武器だけ激戦を潜り抜けたみたいになってますけど」
原形をとどめていない鉄塊と化した元大剣を見て怪訝な顔をするメイトカルに肩をすくめて、グランズは階下を指差した。
「機関銃は壊して四人戦闘不能にしたけども、まだハミューゼン達が残ってる。正面切ってやり合うのは無理っぽいぜい」
「結構な戦果ですね。で、連中は何で上がってこないんです?」
「ワイヤー張っといた」
「また古典的な」
抜き放ったサーベルの刀身を鏡代わりに三階から踊り場までを覗き込んだメイトカルは小さく口笛を吹く。
グランズは踊り場を睨みながら、メイトカルに訊ねる。
「リネアちゃんたちは?」
「もうじき来るはずです。爆破の準備もできてますが、全体の把握が間に合わなかったので上手く制御塔を機能停止に追い込めるかは確証がないそうです」
「なるほど。まぁ、脱出が先でしょ」
「ですね。もう少しだけ粘ってリネアちゃんたちが来たら四階の窓からダイブしましょう」
隣に立ったメイトカルが踊り場を睨んだその時、後ろから物音が聞こえてきた。
グランズが反射的に振り返った瞬間、銃声と共に鋭い痛みを腹部に感じ、手で押さえる。
「――爆破とは穏やかではないでスね」
「ハミューゼン……!」
四階の窓に腰掛けて銃口を向けているハミューゼンと部下らしき傭兵一人を見つけ、グランズは目を見開く。
「トラップを再利用サセていただきまシた。なかなか丈夫でいい品でスね」
階段に張られていたワイヤーを数本利用して、三階の窓から直上にある四階窓に引っかけて登ってきたらしい。
蒸気機甲の手の部分だけが窓の縁をがっしりと掴んでいる。握力を強化する部分とワイヤーを繋げて窓へ投げ込み、ワイヤーを引っ張る事で蒸気機甲を遠隔操作、窓の縁を掴んだ状態で固定したのだろう。
「健闘は称えまシょう。では、さような――」
ハミューゼンが引き金を引く直前、五階から金属同士を激しくぶつけたような独特の発砲音が鳴り響く。
「……おやおや、面倒なことになりまシたね」
グランズから視線を五階に続く階段踊り場に向けたハミューゼンが糸目を開く。
「――ちっ、外した。動かないでくれるかな。動いたら撃つよ」
グランズからは姿が見えないが、五階踊り場から聞こえてきた声は紛れもなくリネアの物。
上から降りて来たリネアがハミューゼンに向けて蒸気式拳銃を撃ったのだ。
ハミューゼンが言う通り、面倒なことになったとグランズは歯噛みする。
三階から上がってくるハミューゼンの手勢、四階にいるグランズとメイトカル、グランズ達が脱出路として定めた四階窓を押さえたハミューゼンと傭兵一人、それを一方的に攻撃できる五階踊り場のリネア。グランズからは見えないが、リネアと共に砂魚の整備班であるパゥクル達もいるはずだ。
完全な膠着状態である。
だが、制御塔の外から砂魚と言う援軍が来ると知っているハミューゼンには時間がない。隙を見て必ず膠着状態を打ち破るべく先手を取るはずだ、とグランズは警戒していた。
案の定、ハミューゼンは踵で窓の下の壁を叩いて注意を逸らすと同時に銃口を揺らす。
「メイトカル!」
「分かってますって!」
グランズが名を呼ぶと、メイトカルが素早く床を蹴り、ハミューゼンへ駆ける。ほぼ同時に、ハミューゼンの横にいた護衛が動き、リネアが構える蒸気式拳銃カルテムの射線上に身を投げ出した。
ハミューゼンが自らに迫るメイトカルに銃口を向ける。
メイトカルは両腕の蒸気機甲とサーベルを盾に身を守る特殊な構えでハミューゼンとの距離を詰めた。
メイトカルの防御を抜けないと判断したハミューゼンが窓から離れ、牽制に一発メイトカルへ銃弾を撃ち込む。
さらに、ハミューゼンは身を屈めてメイトカルにあえて飛び込んだ。
接近に気付いたメイトカルがサーベルを横に振り抜く。
軽く仰け反ってサーベルの切っ先を逃れたハミューゼンは右足を踏み出し、蒸気機甲に組み込まれたバネの反動で後ろに飛び退いた。
近付いてきたのはサーベルを振らせて防御を崩させるための陽動だったのだとメイトカルは気付くが、もう遅い。
ハミューゼンが笑みを浮かべて引き金を引く。
「――っ!」
左肩を撃ち抜かれたメイトカルは苦痛で眉間にしわを寄せながら、サーベルを引き戻す。
しかし、ハミューゼンが窓から退いた事でリネアの射線を封じる必要が無くなった護衛の傭兵がメイトカルに銃口を向けていた。
自身がリネアに撃ち抜かれてでも、いまメイトカルを仕留める方が全体的にハミューゼン側有利に傾くと判断したのだろう。
覚悟を決めていた傭兵の腹部に銃弾が撃ち込まれる。赤い液体が飛び散るが、傭兵は倒れることなくメイトカルの胸を狙っていた。頭部を狙わなかったのは、リネアに撃たれた反動で銃口がぶれるのを危惧したからだろう。
パンッと乾いた音がして、メイトカルがふらつく。
しかし、急所は逸れていた。リネアの銃撃で姿勢が崩れた傭兵の撃った弾丸はメイトカルの腹部を撃ち抜いていたのだ。
メイトカルは蒸気機甲任せに床を蹴り、空中に血の線を描きながら傭兵との距離を詰め、引き戻していたサーベルを一閃した。
蒸気機甲に覆われた傭兵の腕が飛ぶ。左肩と腹部に銃弾を受けてなお、蒸気機甲に覆われた傭兵の腕を斬り飛ばす技量は見事なものだった。
だが、そこまでだ。
「――完全に形勢逆転でスね」
無傷のハミューゼンがグランズの後ろに向かって笑う。張られたワイヤーを全て片付けたハミューゼンの部下が四人、階段を上ってきていた。
まともに戦えるのがリネアだけという状況で傭兵四人とハミューゼンを相手にするのは無理だろう。パゥクル達砂魚の技術班がいるものの、戦闘技術は高くない。
「爆破スると言っていまシたシ、ソちらの少女には上にご同行願いまス。爆発物を撤去シていただきまスよ」
ハミューゼンがリネアに銃口を向けて命令する。うっすらと笑みを浮かべたその顔は直後に何かを訝しむようにゆがめられた。
「……何の音でス?」
部下たちを見たハミューゼンが誰にともなく問いかける。
ハミューゼンの言葉にグランズも耳を澄ませた。
制御塔の奏でる歯車がかみ合う澄んだ音に混ざって、異質な音が聞こえる。
その異質な音は階下から、徐々に近付いてきていた。
何かが空転する音だ。その空転音はくぐもっていて、都市を高速で吹きぬける湿った重い風を連想させる。
「――音斬り」
場違いに澄んだ少年の声。
階下から聞こえてきたその声に、リネアが叫んだ。
「全員動いちゃダメ!」
直後、四階の床に亀裂が入り、ハミューゼンの姿が階下に消えた。




