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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第十八話 上陸

 歯車島の裏、沖に面する側は陸側と同じく周囲を崖に囲まれて孤島と呼ぶにふさわしい外観をしている。切り立った崖には上陸の足掛かりも見えず、外界と隔絶したその様は古代人が抱く疫病への恐怖心を具現化していた。

 しかし、そんな崖に挟まれるように立派な監視塔と港も発見できた。歯車島内部で発生した感染者を外に出すためにどうしてもつくらざるを得なかったのだろう。

 漁師が港を指差してリネアを振り返る。


「あの港を目指して直接向かってもどこかで進路を無理やり逸らされて辿りつけねぇんだ。最悪、横波をくらって転覆しちまう」

「そうなるように作られてるんだよ。上陸を阻むためにね」


 漁師に言葉を返しながら、リネアは目の上に片手で庇を作って歯車島を観察する。

 カミュもリネアの横に立って歯車島の崖の向こう。いくつもの建物が林立している陸を見つめる。


「あ、リネア、あれじゃないかな。東寄りにある灰色の建物」

「うーんと、ちょっと待ってね」


 歯車島が絶えず吐き出す蒸気のせいで視認性が悪いものの、カミュが指差した方角に灰色の建物を見つけたらしいリネアは歯車島の設計図を開いて位置を再確認し、頷いた。


「塩捨て場の塔で間違いないみたいだね。あれが目印になる時は西側から進むから、排気管は――」

「港の西側、崖の上部にあるんだよね。多分、あの白い鳥が飛んでる辺りだと思うけど」


 カミュが指差した方向に目を眇めた漁師が鳥を見て口を開く。


「ウミネコが飛んでる辺りか」

「へぇ、あれがウミネコなんだ。ニャーって鳴くの?」

「もっと喧嘩腰な猫の鳴き声に近いな」

「ナァーとか?」

「お嬢ちゃん、鳴き真似が上手いなぁ」


 カミュと漁師が話をしている内に排気口を見つけたリネアが漁師に指示を飛ばす。


「ブイが無いから正確に指示できないけど、海の様子を見ながら進もう。まずは排気口に向かってゆっくり直進して」

「おう。ゆっくりだな」


 指示通りに漁師が船を進め始める。

 進みだした船が歯車島の排気口に向かっていく。船べりから覗いた海は波が静かだったが、やや濁っていて海の中までは見通せない。

 この下は歯車島が発生させる海流の影響で複雑な流れができているとの話だが、カミュが見る限りでは穏やかな物だ。

 しかし、海流は確かに船へ影響を与えているらしく、ときおり不自然に船が揺れ、漁師の顔がゆがむ。

 脂汗を浮かべながら船首と歯車島の排気口を睨む漁師に、カミュは声を掛ける。


「大丈夫?」

「スティークスに乗ってる時に横風を食らった気分と言やぁ分かるか?」

「分かる」

「船の進路が少しずれたら転覆しかねない。泳げない奴は縁にしっかり掴まっとけ。落ちた時は船の縁を掴んだ腕に力を入れて体を海上に持ち上げるんだ。絶対に縁から手ぇ離すなよ」


 注意と対策だけを伝えて漁師は黙り込み、操船に集中し始める。

 リネアは歯車島にある塩捨て場の塔と太陽の位置関係に注意を払っていた。


「誰か、いま何時か分かる?」


 不意にリネアに問われて、カミュはグランズを見る。

 グランズがコートのポケットから懐中時計を取り出した。


「ほい、リネアちゃん」

「ありがとう。船の進路を塩捨て場に変更して」


 時刻を確認したリネアが漁師に指示を飛ばす。

 不安そうな顔をしながらも船首をゆっくりと塩捨て場の方に向け始めた漁師に、リネアは鋭い声を飛ばす。


「もっと早く回頭して!」

「お、おう」


 リネアの声の鋭さに呑まれた漁師が思い切り舵を切った。次の瞬間、漁師は驚いた顔をする。


「今、船首が何かに引っかかったような……」

「もうちょっと回頭が遅かったら、海流を直に受けて沖合に流されたか、転覆してもみくちゃになってたよ」

「さっきの感触が海流だってのか? ゾクゾクしてくるな」

「その調子」


 冒険心に火が付いたらしい漁師が次の指示を持つ間、カミュは島を観察する。

 歯車島の作り出す海流域の中ほどまで来たが、発生している蒸気が多すぎて島の中までは見通せない。それでも、魔物の類の痕跡がないかを注意深く観察する。

 海鳥が作ったらしき巣が崖に点在しているのが見えるばかりで、魔物の気配はない。

 砂漠の霧船の内部にいたフィバツのように空を飛べる魔物ならば歯車島にいてもおかしくないと思っていたが、餌になりそうな海鳥が気ままに飛んでいる様子を見ると強力な魔物は生息していないのかもしれない。

 ある程度、塩捨て場の塔に向かって進んでいた船はリネアの指示で今度は港へ船首を向ける。

 慎重に距離を詰め、船首は海面にさざ波を立てていた。


「このまま港に接岸するのか?」

「そうだけど、漁師さん、もう一回、今度は指示なしでも来れる?」

「正直、帰ることもできそうにないな」

「帰りの方は簡単なんだよ。歯車島が発生させてるのは全部離岸流だから、船首を沖に向けてるだけで勝手に流されて海域を出られるの」

「なるほど。入るのは難しいが出るのは簡単なのか。だが、もう一回くるのは無理だな。どうする?」

「どうしよっか。カミュ、何かいい案はない?」


 水を向けられて、カミュは沖の方へ視線を向ける。

 未だにリリーマ達の姿は見えないが、歯車島への上陸方法はカミュ達が伝えている。加えて、実際に目で見て確認した歯車島の港の大きさはリリーマ達を乗せた船をすべて収められるほど大きなものではない。


「リリーマ達も船を一度陸に戻すはずだから、リリーマ達を乗せて帰る船の後を着いてくれば再上陸できるんじゃないかな?」

「それもそうだね」


 カミュの意見に納得したリネアが漁師を向き直る。


「と言う事でお願いできるかな?」

「可愛いお嬢さん二人を歯車島に置いてけぼりなんてできねぇからな。必ず迎えに来る」

「おじさんたちの事も忘れないでくれよー」

「あ、そういえばいたな」

「酷い!」


 漁師の軽口にグランズが大袈裟な反応で返した時、カミュたちを乗せた船は歯車島の港に入った。

 コの字型をした港は中に入ると海流の影響を一切受けなくなる。自由の利く舵にほっとした様子で、漁師は船を歯車島に接岸した。


「よし、到着。これで俺の船が歯車島に一番乗りだ!」

「おめでとー」

「おう、ありがとうな、嬢ちゃん!」


 絶海の歯車島と呼ばれ、人類を拒んできた古代のオーパーツに接岸できた喜びをかみしめるように、漁師は大きく息を吸い込み、胸を張る。

 子供のように喜ぶ漁師に苦笑しながら、カミュは船を降りて歯車島に上陸した。

 亀裂一つ入っていない石と鋼鉄で出来た埠頭である。浮島ではあっても歯車島そのものが巨大なため揺れは一切感じない。

 確固とした足場にもかかわらず、下には海が広がっているのだと思うと、カミュはなんだか不思議な気分だった。


「頑丈な造りだねぇ。古代人ってのは本当、どんな技術力を持ってたんだか……。おじさんには理解が及ばんよ」

「戦闘にも十分耐えられる作りですね。こんなもの、砲撃しても沈められないでしょう」


 カミュに続いて船を降りたグランズとメイトカルが口々に言いながら足場を確認する。

 鋼鉄で組んだ骨組みに小さな石を内包した物に、隙間をアスファルトで固めてあるらしい。しかも外側には波で削られても大丈夫なように巨大な一枚岩が張り付けられており、窪み一つない。

 設計図を見たからこそ構造が分かるものの、実際にその上に立ってみてもカミュの眼には平らに加工された岩にしか見えない埠頭だ。


「上陸した証にこの旗を目立つところに立てとくんだよね」


 最後に船を降りたリネアがポーチから小さな旗を取り出して広げる。

 問題は旗をたてられそうな場所がない事だ。磨かれたような一枚岩の上にはもやい綱を結ぶために設けられた係留柱が転々と存在しているが、風化していて土台としても使えそうにない。


「監視塔の入り口に垂れ幕みたいに張っておけばいいんじゃないかな?」


 そう言って、カミュは監視塔へ歩き出した。

 鉄製の扉が付いているが、例によって特殊な加工がしてあるためか錆一つ浮いていない。試しに手を掛けてみればすんなりと内側に扉は開いた。

 中には椅子一つもない。上に上がるための階段は監視塔の内壁に沿って螺旋状に上へ続いていた。


「扉を押さえられそうなものはないね」

「大丈夫だよ、勝手に動かないようにロックできるみたいだから」


 ドアノブの上にあるつまみを回したカミュは、鋼鉄製の扉の下を指差す。つまみと連動して下がった鉄の棒が床に設けられた窪みに嵌まってドアを固定していた。

 リネアはドアノブに引っかけるように旗を垂らし、二歩後ろに下がって港から発見できるかを確認した。


「これでよし」

「それじゃ、中に行こうか。グランズは?」

「あれ、どこ行ったんだろ」


 カミュとリネアはいつの間にか姿が見えなくなっていたグランズを探して周囲を見回す。

 すぐに港の入口の方で手を振っているグランズの姿を発見した。


「こっちから中に行けるっぽいぜい」

「勝手にうろうろすると危ないよ」


 リネアに注意されて、グランズがあいまいに笑う。

 グランズが立っていたのは港から歯車島の内部に向かう道の入り口だった。

 どんな道かと覗いてみれば、馬車が数台並走できそうな幅広の道が奥へと続いているのが見える。道を挟んで立つ建物は苔が生えているだけで崩れた様子もなく綺麗なものだ。

 蒸気機関が吐き出す湿気を逃がせるように建物は間隔を空けてある。吹き抜ける風の強さも計算して作ってあるのか、間隔はバラバラに見えてどことなく法則性があるように感じる。


「死角が多いですね」


 メイトカルがサーベルを抜き、蒸気機甲を稼働させつつ呟く。

 建物の間や内部など、死角が非常に多い。仮に魔物が生息しているとすれば奇襲を受ける可能性もあった。

 なにより、常に吐き出される蒸気のせいで薄靄がかかっており、見通しが悪い。


「ここからは魔物が飛び出してくるかもしんないから、備えておこうか。はい、各自、持ち物をおじさんに申告するよーに」

「引率?」

「そそ、おじさんが年長だかんね」


 得物の大剣を背中から降ろしたグランズに、カミュは肩をすくめる。


「引率係が常識と誠実さと他者から寄せられる信頼を忘れてきてるみたいだけど、大丈夫なの?」

「カミュ君、おじさんは君たちの分まで愛嬌を持ってきてるから、信頼と交換してくんないかな?」

「非売品だから、交換には応じられないなぁ」


 軽口を交わしながら、各自の持ち物を確認する。

 斥候役のカミュ、道案内兼カミュの支援役としてリネア、グランズとメイトカルはリネアの護衛と言う形で島の内部に進む事を決めて、四人は歯車島中央にある制御塔を目指して歩き出した。



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