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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第十六話 絶海の歯車島

 絶海の歯車島を望む港町スラグレカに到着したのはネーライクを出発した翌日の昼だった。

 観光客でにぎわう古都ネーライクとは打って変わって静かな港町だ。スラグレカは古代文明時代の遺跡から発展した町ではないため、観光場所といえば海のむこうにある上陸もできない歯車島程度だからだろう。

 しかし、スラグレカの港は大きなもので、灯台も存在する。歯車島に上陸できず灯台を設置できない事からスラグレカの灯台の重要性は大きく、その重要性を示す様に白塗りの灯台は見上げるほどに大きい。

 スラグレカに入ったカミュたちは腹ごしらえのために一時解散し、後程港で合流する事になった。

 カミュは港町らしく海産物が多くならぶ市場を抜けて、手頃な料理屋を探す。


「ねぇ、カミュ、あれとかいいんじゃない?」


 リネアが指差した先にはこじんまりした料理屋があった。白レンガ造りの建物は周囲に溶け込むように目立たないが、軒先に掛けられた看板も含めて掃除が行き届いているのが分かる。

 表に出したブラックボードに書かれたメニュー表を見てみれば、カサゴのカルトッチョなど港町らしい料理名が並んでいる。


「地元の人はあまり入らなそうなお店だね」


 新鮮な海産物が並んでいた市場の様子を思い出しながらカミュが言うと、同じようにメニュー表を眺めていたグランズが眼を細める。


「こういう店は当たるととびきり美味いが、外れると丸一日後悔するのがおじさんの経験則だね」

「じゃあ、お試しで入ってみようか。グランズが最初に食べれば当たり外れも分かるし」

「カミュくーん、おじさんを毒見係にすんのはやめてくれい」


 抗議の声は聞き流し、カミュはリネアと一緒に入り口をくぐる。

 表と同じように掃除が行き届いた店内に四角いテーブル席が四つ、カウンターにも席が七つほどあった。

 カミュたちを見た店員がすぐに二人掛けのテーブル席を二つくっつけて四人席に早変わりさせると、メニューを持ってくる。

 メニューを受け取ったメイトカルがざっと目を通して甲殻類のマカロニグラタンを頼む。


「おじさんもそれにしようかな。お嬢さん方はどうするよ?」


 グランズに渡されたメニューを受け取り、カミュはリネアと一緒に覗き込む。


「アンコウのフライ、アサリとシメジのパスタの二品で」

「あ、先に言われた」


 カミュの注文を聞いたリネアが呟いてメニューを見つめる。


「どうせなら違うのも食べてみたいから、カミュ、後でちょっと頂戴?」

「別にいいよ」

「ありがとう。じゃあ、ボクは濃厚カニ風味トーストと海鮮サラダで」

「あ、ちょっと悩んだ奴」

「あげようか?」

「ありがとう」


 注文を聞いた店員はカミュたち四人がどんな関係なのか首を傾げながら厨房の奥へ伝えに行く。

 グランズが買ってきた新聞を広げる。


「霧船に乗ったハミューゼン達はロワロックで警察をあしらった後、コフタクに向かったそうだよ」


 新聞の三面記事を読んだグランズが折り畳んで記事を見やすくしてからテーブルに新聞を置く。

 霧船で傭兵たちの町ガムリスタに乗りつけたハミューゼン達は速やかに雇っていたらしき傭兵を乗船させ、北部警察の拠点ロワロックにて素行不良が目立っていた警察官を内部から呼応させて戦闘を行い、死傷者を出している。

 元々士気の低いロワロック警察では全く歯が立たなかったようだが、警察拠点の一つが襲撃を受けた上に警察内部に裏切り者が出たこの事件は社会不安を煽るのに十分なインパクトがある。

 新聞記事を読んだメイトカルが腕を組んで唸る。


「コフタクに向かったって事は、リネアちゃんの見立て通り新聞社に自分の素性を暴露する気でしょうね」

「動きは読みやすいが、霧船の機動力のせいで後手に回り過ぎてんのが気になっちゃうね。コフタク警察はトップがあれだからもう対策を取ってるだろうけど、戦力不足は否めない」


 コフタク警察を知っているメイトカルとグランズが話している内に注文していた料理がテーブルへ届けられた。


「あ、美味しい」


 濃厚カニ風味トーストを齧ったリネアが目を丸くする。カニをふんだんに使ったソースをパンに塗りつけてから焼いたものらしく、焼かれたカニソースの香ばしい匂いがカミュのところにまで漂ってくる。数種類のハーブも使われているらしく、濃厚なのにくどさもない絶品だった。

 海鮮サラダは頼んだ料理によってドレッシングを使い分けるらしく、トーストの味と反発する事のない抑えめの柑橘系ドレッシングがかけられている。散らされたクルトンはエビの身が練り込まれたパンを使っているらしく、トーストとの相性を考えて味付けされていた。

 グランズとメイトカルが頼んだ甲殻類のマカロニグラタンはカニやエビの身がふんだんに使われた贅沢な品だ。ホワイトソースではなくエビを使ったアメリケーヌソースを使っているようで、見た目の分量以上に満足感がある。


「港町だけあって海産物がおいしいね」


 美味しそうにトーストを齧るリネアの言葉に頷きながら、カミュはパスタを食べる。バターで軽く炒めたアサリとシメジの旨味とやや硬めの細いパスタが上手くかみ合っている。

 カミュとリネアがおいしそうに食べているのを見て嬉しそうに笑いながら、店員が港の方を手で示す。


「このスラグレカは絶海の歯車島のおかげで湾のようになっていて、一年を通して波が穏やかなんです。歯車島そのものは浮島で、スクリュープロペラか何かで海底の砂を巻き上げてくれるおかげで周辺は栄養豊富な海になっていて、美味しい魚がたくさん捕れるんですよ」


 窪んだ形状のスラグレカの港に蓋をするように歯車島が存在している事で、沖合の強い波を歯車島が食い止めているらしい。


「なるほどねぇ」


 グランズが感心したように外を見る。その横で、カミュはアンコウのフライを食べながら決意を新たにしていた。


「絶対にハミューゼンなんかに持って行かせない」

「カミュって案外、食い意地張ってるよね」


 苦笑するリネアに、メイトカルが同意を示す。


「ドラネコはラリスデンの新旧市街の穴場飲食店を全部知ってる勢いだからな。食い意地が張ってるというより美味い物に目がないんだ。俺も何度か店を紹介されてるが、舌は確かだぞ。安月給の時代に良い物を喰いたい時には世話になった」


 情報屋をしていたカミュと言えど、旧市街に住む孤児であることに変わりがない。ラグーンの修理や維持の費用、いつか旧市街を出る時のためにと貯金もしていたため日々に使えるお金はさほど多くなかった。

 そんなカミュが知っている店はどれも値段は安いがとびきり美味いという穴場の店で、メイトカルは大助かりしたらしい。


「そう言えばグランズ、今度、アン肝を奢ってもらうから」

「え、唐突に何の話?」


 不意に話を振られて、グランズが怪訝な顔をする。

 しかし、リネアはすぐにグランズと出会った日の事を思い出した。


「アン肝を横取りされたんだよね。確かに、お金を払ってもらってないね」

「いやいや、あれは店長さんのサービスで無料だって聞いたけども?」

「無料なら人の物でもとっていいの?」

「……奢らせていただきます」


 あっさりと論破されて項垂れたグランズに「よろしい」と偉ぶって頷きつつ、リネアは約束通りカミュにトーストを少し分ける。

 カミュもパスタを取り皿に少し分けてリネアに差し出した。


「それにしても、ネーライクからここまで三食蒸し料理だったから、こういうまともな料理はほっとするね」

「旅の途中はどうしても蒸し料理になっちゃうよね。火を起こす必要がないから手間も少ないし、薪を買わずに済むのが何より大きいよ」


 カミュの言葉に同意しながら、リネアがパスタをフォークに巻きつけて美味しそうに食べる。

 蒸気石と海水さえあれば調理できる蒸し料理は、夜の砂漠の冷たく乾燥した空気の中では温かいだけでもうれしい物だが、三食も続くと飽きてしまう。

 カミュ達とは別行動をとっているリリーマやパゥクルたちも各々がスラグレカの料理屋で蒸していない料理を食べて英気を養っている頃だ。

 食事を終えて店を出た四人は港へ向かう。

 港へと向かう直線に入ると、それはすぐに視界に飛び込んできた。


「あれが、歯車島……」


 カミュは海に浮かぶ歯車島を見て呟く。想像していた物よりもはるかに規模の大きい島だった。

 切り立った崖に周囲を囲まれた島。巨大な岩礁を削り出し、改造したようにも見えるその島は歯車島という名称から想像されるような機械らしさを表面的には感じさせない。

 内部にある機械が海水で腐食するのを嫌い、防御する目的で周囲を岩石で覆ってある。黒ずんだ岩石は海上でその存在感をことさらに主張するが、歯車島を見て次に目を奪われるのは絶えず吹き上がる蒸気だろう。

 島の各所から吹き上がり空へと昇る白い蒸気は、巨大なはずのスラグレカの灯台にも迫る太さと密度を持ち、島の上部を霧で覆っている。海風に流れて時折見える島の上部には蒸気を吹き出す管の群れと、周辺を警戒するために設けられた監視塔の存在が窺えた。

 蒸気の出所の下にはスクリュープロペラが存在している事が遺跡で入手した設計図から判明しているのだが、実物を見るとやはり驚きが勝るものだ。


「……何か音が聞こえるような?」


 カミュは潮騒の中に混ざる異音を聞き取り、集中する。歯車島の方から聞こえてくることだけは分かるが、正体までは掴めない。

 カチリ、カチリ、と規則正しく断続的な音が聞こえてくるのだ。機械的で硬質ではあるものの、とても澄んだ音。王都ラリスデンで売られているオルゴールにも似た耳触りのいい音色だ。


「――歯車が噛み合う音だと言われとる」


 カミュの疑問に答える声に振り向けば、左腕の金属義手を陽光に輝かせる老紳士が立っていた。

 グランズとメイトカルがすぐに頭を下げた。


「ラフダムさん、今回はお世話になります」

「うむ。船の手配は済んでいる。他の者はまだのようだが」


 カミュたち四人から視線を外して大通りの方を見て人影を確かめたラフダムは、係留柱に腰を降ろした。

 杖を地面について両手を添えたラフダムがカミュたちを見上げる。


「いい機会ゆえ、聞いておこうか」

「何を?」


 カミュが聞き返すと、ラフダムは見定めるような目を向けてくる。


「――おぬしらは何故この戦いに参加するのじゃ?」



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