第十五話 出発
朝を迎えて、カミュたちは最後の検診を行い伝染病に罹患していない事を確認するや否やすぐに出発の準備に取り掛かった。
見送りに出てきたウァンリオンが連絡事項を伝える。
「現地には昨日の夕方にラフダム殿が向かっている。小型の物になるが、蒸気船舶を手配してくれるとの事だ。それに乗って歯車島へ上陸してもらいたい」
「問題は上陸までの道筋だね」
ラグーンに取りつけたサイドカーに荷物を積みながら、リネアが呟く。
昨日のうちに歯車島の設計図から読み取れた進入経路が二つ存在している。周辺海域に複雑な海流を生み出すスクリュープロペラの配置から、馬力のある小型船舶でならば乗り込める死角がある事が分かったのだ。
上陸地点には監視塔のようなものが存在しているため、意図的に作られた死角なのは明白である。
しかし、古代からの長い年月の間に海流の変化などが起こっている可能性があり、死角から進入できるかは現地で確認する必要があった。
ウァンリオンが気を利かせて持ってきた椅子に座っているマーシェがカミュたちを見回す。
「と言うか、操船できる人っているの?」
「リリーマちゃんのとこになら何人かいるんじゃない?」
マーシェの質問にカミュが海華団長リリーマを指差す。
隔離病院では暇だったから、と髪を灰色に染め直したらしいリリーマが名前を呼ばれて振り返った。
「操船なら、あたしができる。他にも三人いるから、船を何隻か揃えられれば一気に上陸できる」
「おじさんもいけるクチだよん」
「グランズさんって何気に多芸だよね」
割って入ったグランズを見て、リネアが素直に感心した。
珍しく褒められたグランズは一瞬反応に困った様子で固まり、頭を掻いた。
「こういう時、どんなふうに返せばいいと思う? メイトカル君や」
「弄られることに慣れ過ぎてますね、先輩」
「だねぇ。リハビリしたいから、カミュ君もおじさんの事を褒めてくれていいのよ?」
「はあ?」
声を掛けられたカミュはラグーンに海水を入れながら短く答える。そのさげすむような視線と拒絶するような鋭い声にグランズが苦笑した瞬間、カミュはコロッと笑顔に変わった。
「わぁ、グランズは本当に何でもできてカッコいいね。秘密主義で謎めいてるところも男の奥深さを感じさせて、憧れちゃうなぁ」
「落差が酷過ぎて直接さげすまれるより心を抉られるんだけども!?」
「そう言うのが好きなんでしょ?」
「否定できない自分を見つけて驚嘆だよ!」
「先輩、そこを否定しないのは流石にどうかと思います」
「後輩にまでドン引きされた!?」
漫才を繰り広げている間にラグーンへの給水を終えて、カミュはドラネコキーホルダーのついたイグニッションキーをラグーンに差し込んだ。
「それじゃ、早めに出発しようか」
「目標はスラグレカに明日の朝到着で」
リネアがサイドカーに乗り込み、地図を広げて言う。
グランズやメイトカルも各々のスティークスに乗る中、ラグーンに跨るカミュの横に砂魚の整備隊長であるパゥクルがスティークスを回してきた。大会の時に乗っていた大型スティークスだ。賞品としてもらったのだろう。
「明日の朝到着とか言ってたように聞こえたんだが」
「道なりに進めば二日かかるけど、この面子なら砂漠横断で行けるでしょ」
疑問の声を上げるパゥクルにリネアがメンバーを振り返って答える。
ハミューゼン達が歯車島に上陸する前に乗り込んで歯車島を制圧し待ち伏せられるかが今回の作戦の成否を分ける。時間との勝負である以上、多少の強行軍は仕方がない。
しかし、いくら悪路に強いスティークスばかりが揃い、メンバーも傭兵ばかりであっても道なき道を徹夜で走り抜けるのは骨が折れる。
パゥクルが困り顔でカミュを見た。
「お前のナビがあんなこと言ってるぞ」
「行けるでしょ。リネアが言うんだから間違いないよ。ラフダムより先に到着しちゃったらご愛嬌って事で、出発」
「あ、おい、待てって!」
パゥクルの制止に取り合わず、カミュはラグーンを始動させて走り出す。
朝日を受けて黄金色に輝く砂漠に蒸気で一筋の白い線を描きながら、ラグーンは滑らかに加速し、古都ネーライクを後にした。
さっそく道路から外れて砂漠を走り出したカミュの後ろからヤハルギに跨ったグランズが追いかけてくる。
「昨日しっかり寝ておいてよかったわぁ。おじさん、二徹できなくなったのはいつからだったかな」
「三十年前くらい?」
「おじさんそんな歳じゃないよ!」
カミュに並んだグランズの抗議を聞き流し、カミュは空を見上げる。
雨の気配はないが、雲は分厚い。夜もこの調子ならば月明かりは期待できないだろう。
グランズの横にメイトカルが並び、カミュと同じように空を見上げた。
「日が沈むまでに道路に合流した方がよさそうだな」
「だってさ、リネアの意見は?」
「ボクが考えてるのは、遺跡を利用して古道を使う方法かな」
サイドカーの風防を利用して地図を飛ばされないようにしながら、リネアがルートを説明する。
今回の目的地であるスラグレカの周辺の砂漠には歯車島まで転々と遺跡が存在し、それぞれが石畳の古道で繋がっている。
カミュたちがいたネーライクも古都であり、古代文明時代から存在しているとされる都市だけあって、幾つかの断絶箇所はあるもののスラグレカ近郊の遺跡まで古道が繋がっていることが判明している。
「日中は古道も無視して砂漠を横断、夕方ごろにはフクレッテ遺跡群第四遺跡に到着して、そこから古道を利用してスラグレカに向かおうと思うんだ」
「あぁ、言い難いんだが、リネアちゃん、その遺跡はだいぶ前に撤廃の会が破壊してる。古道も一緒に」
「……え?」
メイトカルの指摘に、リネアが固まる。
長い間追われる身だったリネアの情報が古かったらしい。
リネアは地図を持つ手を戦慄かせ、前を見る。
「撤廃の会、絶対に許さない」
「だいぶ私怨が混ざってるような気がすんねぇ。それで、新ルートはどうするんだい。やっぱり道路に合流?」
遺跡探索が趣味のリネアの怒りに苦笑しつつ、グランズが話を戻す。
しかし、リネアは古道が使えない場合も想定してあったらしくすぐに答えを返した。
「一部道路も使うけど、礫砂漠を抜けてオアシスを目印にする道順を使おうかな。道路だけを進むより四時間以上は短縮できるから」
「了解。おじさんは各団長に教えてくるよ」
グランズがヤハルギの速度を緩めて、後方にいるリリーマやパゥクル達と合流する。
カミュは背後を振り返ってから、リネアを見た。
「王都を出た時は二人だったのに、いつのまにか大所帯だよ」
「ほんとだね。何人いるんだっけ?」
リネアが後ろを振り返って首をかしげる。
カミュとリネア、グランズ、メイトカルの四人に加えて、リリーマ率いる海華やパゥクルが所属する砂魚という傭兵団まで加わっている。
霧船拿捕作戦の時とは異なり、二つの傭兵団は全員が今回の作戦に加わっている。ハミューゼン側の戦力が分からないため、戦力を確保するのが目的だ。
「リリーマのとこは団員数十人くらいのはず。全員が武器を扱ったり整備ができる上に特殊技能持ちだから、全員が戦力として数えていいかな。砂魚は輸送護衛が主な任務だから戦闘力はそんなに高くないしパゥクルみたいな整備員もいるはずだけど、全部で二百人に届かないくらいって聞いてる」
「じゃあ、三百人くらいいるの? 砂埃が酷いわけだね」
ネーライクがあるはずの方向には砂漠の砂を巻き上げて走るスティークスやトラックの群れがあり、砂埃と噴き上がる蒸気のせいでネーライクの姿は見えない。
先頭にいるカミュたちには関係のない事だが、後方は砂埃で酷い目に遭っているはずだ。輸送護衛が主任務の砂魚ならば慣れたものだろうが、夜間は暗くて見通しも悪く、はぐれる者が出かねない。
ルートの説明をしておけば、はぐれても現地で合流できる可能性があるが、ハミューゼンの出方次第でははぐれた者を置いて行くことになるだろう。
「こんな大所帯で動いてたらハミューゼンに気付かれそうだよね」
三百人もの集団がたてる砂埃は大きく、遠方からでも十分に目視できるだろう。歯車島に先回りしている事がハミューゼンに知られたなら、対策を立てられる恐れがあった。
その点は士官学校卒のメイトカルを含む大人組が作戦を立てているだろうと、カミュは並走しているメイトカルに声を掛ける。
「若様、上陸後の作戦と各員の配置は?」
「歯車島に上陸してから微調整するつもりでいるが、制御塔制圧班、住みついている可能性のある魔物の駆除班、撤廃の会の上陸予想地点を固める防衛班に分けることになってる」
すでに二つの傭兵団とも話し合っているため、上陸後はスムーズに行動できるらしい。
「俺たちは制御塔制圧班だ。パゥクルたち、砂魚の技術班も連れていくことになる」
「分かった。休憩のときにパゥクルたちと打ち合わせした方がいいかもね。リネア、上陸地点から制御塔までの最短ルートは分かる?」
「住宅地を抜けるのが一番近いと思うけど、建物が倒壊している可能性もあるから現地では臨機応変に行動しないとかな」
「やっぱり、歯車島の現状が分からないのが痛いね。作戦を立てにくい」
だからこそ、ハミューゼンたちより先に現地入りしなくてはならない。
「ハミューゼン達の現在地ってどこだろう?」
新聞を確認する暇がなかったため、カミュはメイトカルに訊ねる。
「今朝の新聞には霧船がガムリスタ方面に向かったらしいと書かれてた。情報の伝達速度を考えると、もう到着している頃だろうな」
カミュとリネアが検診を受けている間に新聞を確認したらしいメイトカルの言葉に、リネアが不思議そうに質問する。
「マイトルではどうなったの?」
「郊外に霧船が停船して、そこに集まっていた撤廃の会のシンパを回収していったそうだ。後手に回った警察は食い止められなかったらしい。おそらく、ガムリスタでも同じことになるな」
傭兵の街ガムリスタを警戒する目的で作られた北部警察の拠点ロワロックが近くにあるものの、政治的な要因が重なってロワロックの警察は士気も技術も低水準だ。とてもではないが撤廃の会の合流を防ぐことなどできないだろう。
現地の隠れ酒場に入った事のあるカミュはロワロック警察を当てにすることは考えず、リネアに視線を向ける。
「ガムリスタとロワロックで会員を回収したら、次はどこかな?」
「港町コフタクを経由して海に出るんじゃないかな」
カミュたちが危うく逮捕されそうになった港町コフタクを地図上で指差して、リネアが考えを述べる。
「コフタクに拠点がある新聞社は良くも悪くも中立だから、ハミューゼンは新聞社に自分の素性を垂れこんで、新大陸出身者だって事をばらして世間を煽る情報発信を狙うと思う。警察に追われてた時のボクたちと同じようにね」
「だとすると、オレ達が歯車島に向かっている事もその新聞社で聞くかもしれないね。奇襲は難しいかな」
最初から奇襲はまず無理と判断されていたため動揺はない。
いずれにせよ、現地に着いてからでないとこれ以上細かい打ち合わせは出来ないだろう、とカミュはのんびりとツーリングを楽しむ事にした。




