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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第十四話 作戦会議

 古都ネーライクから絶海の歯車島に最も近い街スラグレカまではスティークスでおおよそ二日かかる。

 カミュはオスタム王国の地図で道順を確認しつつ、マーシェを見た。


「ハミューゼンの護衛として雇われてる傭兵は何人?」

「全部で七人。ハミューゼンの他に拳銃持ちが三人いるわ」

「全員の特徴と武器を分かる範囲で教えて」


 マーシェからの聞き取りで敵戦力を分析しつつ、カミュはウァンリオンとグランズ達の会話にも耳を傾ける。


「ハミューゼンが撤廃の会を設立した当初から歯車島を狙っていたのだとすれば、現地の人間は買収されている可能性も高いだろう」

「買収されていたとしてもまさか全員じゃないと思うけども、安全策としては外部から人を引っ張っていきたいわな。アテはあるのかい?」

「ラフダム殿がこちらに来ているのだから、人員確保も可能なのだよ。もっとも、戦力としては期待できず、あくまでも連絡要員として使う事になる」


 会員が撤廃の会として分離したとはいえ、ラフダムが会長を務める蒸気機関規格化運動会は王国全土に広がる規模の組織である。一部の企業や町工場との連携も取っており、幅広い情報網を有する。

 しかし、ウァンリオンの提案にグランズは頭を掻いた。


「規格化運動会の人たちは素人さんでしょうよ。荒事に巻き込むのは気が進まない。傭兵団はどうよ。それに警察の方からもおじさんの伝手で引っ張って来れるよん?」

「霧船警備の愚を二度も犯すことはあるまい?」

「あれは現場指揮官が無能だっただけっしょ? 心配なら、周辺警戒の警察と歯車島に上陸する傭兵組の二手に分けるってのも手だと思うね」

「なるほど。分業させれば互いの連携が乏しくとも仕事の領分を犯される事なく全力を発揮できる、と言うわけか。ちなみに、何故その分け方なのかね?」

「公務員を歯車島へ上陸させちゃうと、感染確認の検査で財務からにらまれちゃうからねぇ。それくらいなら自己責任で突っぱねられる傭兵の方が使い勝手良いでしょうよ」


 霧船に乗り込んだカミュ達に感染は確認されていないが、伝染病が蔓延した可能性のある歯車島へ公務員である警察官や軍関係者が上陸した場合、国の資金で感染していないかの確認をする必要が出てくる。

 すでに原因菌が死滅している可能性が高い以上、削減しておこうという話らしかった。

 話を聞いていたメイトカルが難しい顔をする。


「万が一罹患していると、大陸全土へ一気に拡大しますよ?」

「歯車島で一仕事終えたら、そのまま隔離病院へ直行でいいんでない? 傭兵にも事前説明は必要だろうけども」

「入院費は傭兵持ちと言う事か。人が集まると良いのだが」

「海華と砂魚がおじさんの一押しね。あの二つなら事情を知っている上にこちら側なのもはっきりしていて土壇場の裏切りを警戒せずに済む」


 嫌な大人の会話だなぁ、と聞き耳を立てていたカミュは嘆息する。しかし、グランズの提案に賛同しているだけに口には出さなかった。

 すると、部屋に人が入ってきた。ウァンリオンの部下でもある研究員の女性だ。


「ハミューゼン達の足取りがつかめました。現在、霧船はマイトル方面へ向かっている模様です」


 女性研究員の報告に、カミュはちらりとリネアを見る。

 マイトルはリネアとの旅の途中で中継地として候補に挙がった事のある町だ。井戸があるため飲み水に困らない事から撤廃の会に取り込まれ、活動拠点になっているとの噂が当時から存在していた。

 噂についてはウァンリオンも知っているのだろう。納得したように頷く。


「マイトルか。まぁ、予想通りではある。現地の警察はどうなっているのだね?」

「撤廃の会の一部が暴徒化したため、これの鎮圧にあたっています。混乱は収束しているとの事ですが、逮捕者があまりにも多かったため一部を釈放したそうです。霧船についての情報伝達が遅れたものと思われます」

「我々が現地の状況を今知ったくらいだ。無理もない」


 ウァンリオンがカミュを見る。

 地図に現在の霧船の位置情報を書き込んでいるカミュを見て、指示を出す必要はないと悟ったのか、ウァンリオンはすぐに女性研究員に向き直った。


「少し使いを頼まれて欲しい。ラフダム殿と、傭兵団砂魚、海華の団長を集めてくれたまえ」

「分かりました」


 女性研究員を送り出し、ウァンリオンがリネアに声を掛けた。


「進捗状況はどうだい?」

「うーん」


 カミュの隣で歯車島の設計図を睨んでいたリネアが小さく唸る。端的に芳しくない進捗状況を表現していた。

 カミュは霧船の位置を書いた地図を脇に置き、リネアが睨んでいる設計図を覗き込む。

 リネアの仕事はスラグレカで借り受けられる規模の船舶で歯車島へ上陸するための経路の発見だ。

 設計図から読み取れるスクリュープロペラの位置などから周辺域における海流を予測するという高度な仕事だけあって、難航しているらしい。


「スクリュープロペラが発生させる海流についてはこうなってると思うけど、船で潜り込めるかどうかは分からないね。現地の状況も良く分かってないし」


 リネアが別の紙に書きだした海流の図を一目見て、ウァンリオンは設計図と見比べる。


「ふむ、上出来だ。あとは私が確認しておこう。現地での船の手配についてはラフダム殿に頼むとして、問題は上陸後の展開か」

「そこはもう出たとこ勝負だよ。設計図通りに残っているとは思わない方がいいと思う。多分、建物が倒壊していたりするだろうから」

「ではなおのこと、先手を取る必要があるのだね」


 思案顔のウァンリオンを後目に、カミュはマーシェから聞きだしたハミューゼン一味の特徴や武器について書きだした紙をグランズに回す。


「これ読んどいて」

「ほいほい。カミュ君、字が綺麗だね」

「勉強したからね」

「苦労してんのね。あとは歯車島に上陸してからになるだろうけど、魔物の襲撃も考えておかないとだよん?」

「傭兵団の協力を取り付けるのが先じゃないかな。戦力が整わないとどうしようもないし」


 言いながら、カミュはマーシェを見る。


「マーシェは参加できる?」

「責任を取りたいから参加したいところだけど……」


 言葉を濁して、マーシェは腹部を押さえる。一夜明けたとはいえ、すぐに激しい動きができる傷ではないのだろう。

 カミュも傷については知っているため、参加するとは最初から考えていない。ただ単に次の協力要請を断れないようにするための方便だ。


「責任がとりたいなら、これからウァンリオンと一緒にラフダムに会ってきなよ。撤廃の会にだって事務所みたいなのはあるでしょ? あとは外部協力者、特に情報屋連中についても知っている事があれば洗いざらい話してきて。あとはラフダムが勝手にやってくれるから」

「わ、分かったわ……」


 カミュの指示に反対できず、マーシェは項垂れる。霧船で義手義足とはいえラフダムの腕や脚を折っているため顔を合わせづらいのだろう。

 カミュは項垂れるマーシェを見て、ため息を吐く。


「ここで協力的な姿勢を色々な人に見せておいた方がいいのは分かるよね。ウァンリオンが雇った傭兵って事になってるけど、絶対に怪しまれてるんだからさ」

「それは分かってる。けど、この騒動が片付いても何をすればいいか分からないし、責任の取り方としてはやっぱり警察に捕まるのが筋だと思うから――」

「また逃げる気?」


 心底呆れた、とカミュはため息交じりにマーシェを睨む。


「やれるかどうかじゃなくて、やりたいかどうかを考えればいいんだよ。逃げない限りはオレも手伝う」

「あ、ボクも手伝うよ」


 設計図を眺めていたリネアが軽い調子で片手をあげ、協力を約束する。


「カミュの友達だし、そんなに悪い人でもないみたいだからね。昔のカミュみたいでほっとけないし」

「リネア、余計なこと言わなくていいよ」

「照れてる、照れてる」

「照れてない」


 からかうリネアにそっぽを向いて、きょとんとした顔をしているマーシェを睨んだカミュは咳払いで誤魔化して話を続ける。


「とにかく、やりたいことを考えておきなよ。具体的でなくてもいい。ただ目標だけでもいい。実現するための方法くらい三人で考えればいいんだからさ」

「……ありがとう」


 呟くように礼を言ったマーシェは、直後に盛大なため息で疲れを吐き出してテーブルの上に突っ伏した。

 突然のため息にカミュは怪訝な顔をする。


「なんだよ、いきなり」

「五年前から何度も一緒に口入屋をやろうって誘ったのに、こんな簡単に……」

「マーシェがやってた口入屋はすぐに立ち行かなくなるって言ったはずだよ。現実問題、機械導入でこのざまでしょ。それでも固執してるのはただ逃げてるだけだってオレは分かったから、協力しなかったんだよ」

「ぐぅの音も出ないわ……」

「ねぇねぇ、カミュとマーシェさんって仲良いの? 悪いの?」


 辛辣な言葉を吐き続けるカミュとそれを浴び続けるマーシェという構図にハラハラして様子を窺っていたリネアが、判断を付けられずに口を挟む。

 カミュは不思議そうにリネアを振り返る。


「そんなに仲良くないよ。顔見知りって程度の間柄だし。腐れ縁みたいな感じ」

「えっと、ボクが心配する必要はないって事でいいんだよね?」

「無いんじゃない?」

「そんなあやふやな……」


 マーシェからも特に否定の類が出てこないため、リネアは放置する事に決めてカミュの前に歯車島の設計図を広げる。


「とりあえず、この住宅区の中央にある塔が歯車島を管理する制御塔みたい。ハミューゼン達が狙うとしたらここになるね」

「あいつらもタッグスライ遺跡の地下で歯車島の設計図が描かれた壁画を見てるはずだし、まっすぐ向かってきそうだね」


 カミュがリネアの意見に頷いた時、ふと思い出したようにマーシェがテーブルに突っ伏していた体を持ち上げた。


「そういえば、あの遺跡で鍵を見つけたわ。いま、ハミューゼンが大事そうに首から下げて持ってる」

「鍵? あぁ、陶器のあれね」


 カミュは一瞬首を傾げてから、苦い顔で思い出す。

 蒸気機関で動くミノタウロスの像が手に持っていた、はずれと書かれていた陶器の鍵である。

 設計者の底意地の悪さが露骨に見える陶器の鍵を思い出して苦い顔をするカミュだったが、隣にいたリネアは不思議そうにマーシェを見た。


「あの鍵って一抱えはあったはずだよね」

「陶器に包まれた状態だと、それくらいはあったかしらね。でも、ハミューゼンがさっさと割ってしまって、中から鍵を取り出したのよ。人形の中に一回り小さい人形が入っている玩具みたいに、陶器の鍵の中から手のひら大の金属製の鍵が出てきたの」

「あぁ、割るのが正解だったんだ……」


 遠い目をするリネアに、陶器の鍵が元々どこにあったのかを知らないマーシェは困惑する。

 カミュも遠い目で天井を見上げている。


「割らないようにミノタウロスの左手首ごと切り落としたのに……意地が悪すぎでしょ、古代人」


 カミュの言葉から、何があったのか分からずとも思い出したくもないことなのだと悟ったマーシェは言い難そうに続ける。


「あの、それでさ。ハミューゼンがわざわざ持ち出したくらいだから、あの鍵にはなにか使い道があるんじゃないかと思うのよ」

「確かに、何かありそうだね。なんだろう」


 気を取り直したリネアが復活して、鍵の大きさや形状を具体的に聞き出す。

 しかし、結局何を開く鍵なのか、ヒントは見つからない。

 カミュは話を聞いて用途を考えながら、ラグーンのイグニッションキーを弄る。


「――もしかしてさ、扉とかを開くんじゃなくて、起動させる物だったりして」


 ラグーンのイグニッションキーを目の前で揺らしてカミュが呟く。


「起動って、歯車島とか?」


 リネアの質問にカミュは頷きを返す。


「歯車島は浮島なのに流されたりしてないけど、逆に言えば同じ場所で静止してるわけでしょ。なら、歯車島を移動させるのにイグニッションキーみたいなのが必要なのかもって思ってさ」

「いずれにせよ、警戒しておいた方がいいね。奪えるなら奪っちゃうのもありかな」


 歯車島の設計図を見ながら、霧船でやって来るだろうハミューゼン達の上陸地点などを予想していると、部屋の時計が正午を知らせた。


「おじさん、徹夜で辛いから、明日の朝まで部屋で寝るよ。若人は引き続き頑張ってくれい」


 時計を見たグランズがこれ見よがしに欠伸をして部屋を出ていく。

 メイトカルも席を立った。


「それじゃ、俺も明日に備えて休む。ドラネコたちも早めに切り上げとけよ」


 後半はグランズと正反対の事を言ってメイトカルが廊下に出ようとすると、女性研究員がドアを開けようとする姿勢で戸惑っていた。タイミング悪くメイトカルに扉を開けられてしまったらしい。


「所長、ラフダム様がご到着しました。砂魚の団長もすぐに来るそうですので、別室へ」

「あぁ、もう来たのかい。では、私も失礼させてもらおうかな」


 気を取り直した様子で声を掛けてきた女性職員に返事をしたウァンリオンが立ち上がる。

 カミュはマーシェの肩を叩き、扉を指差す。


「ほら、行きなよ」

「わ、分かってるわよ」


 気が進まないのか、のろのろと立ち上がるマーシェの背中を押してウァンリオンが待つ廊下に放り出して、カミュは扉を閉める。


「オレも寝ておくよ」

「ボクも寝ようかな。カミュ、一緒に寝よ」

「はいはい」


 なおざりに返事をして、カミュはリネアと一緒に寝室へ向かった。




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