第十三話 方針決定
「――ばっかじゃないの?」
夜遅くに隔離病院にやってきたウァンリオンとマーシェの話を聞いたカミュの第一声である。
「オレ言ったよね? ハミューゼンは詐欺師だって。さっさと手を切ればいいものを、こんな土壇場で――本当にばかだよね。撤廃の会の活動になんか加わらなくても勝手にテロしてるんだから、マーシェが加わる必要性が皆無だって事にも目をそむけてさ。何か目に見える成果がないと世間に抗っている実感が持てなかっただけでしょ? 結局は逃げてるだけじゃん。五年前からちっとも成長してないよね。自覚してる? 手に職をつけるわけでもなく、勉強する事もなく、非生産的どころか破壊活動して時間稼ぎ? ははっ、何その冗談、ばかばかしすぎて笑えるんですけど。稼いだ時間を何に使うわけでもないくせに時間稼ぎって、言い訳にもならないじゃん。旧市街の連中が勉強する時間を稼いだってのも言い訳だよね。悲劇の英雄を気取ってるけど、自分も救えない英雄なんて滑稽なだけじゃん。周りに心配されてるのも知りながら自己満足に逃げ込んでさ。はっきり言ってあげようか、マーシェがやったのは時間稼ぎじゃなくて時間の浪費だよ」
「カミュ、そのくらいで」
マーシェを徹底的にやり込めるカミュを、リネアが抑える。
しかし、就寝中に嫌な知らせでたたき起こされたカミュの機嫌はすこぶる悪かった。
反論もできずに縮こまっているマーシェにため息を吐いたカミュが横を見る。視線の先には腕を組んでいるメイトカルがいた。
「若様からも言ってやりなよ。心配してたでしょ」
「ドラネコがあそこまで叩いた後で何を言えと……」
話を振られたメイトカルが頭を掻いてマーシェを見る。
「だがまぁ、俺もドラネコの言葉におおむね同意だ」
「叱るのもその程度にしてもらえるだろうか。私としては彼女が撤廃の会にいたからこそ無事に脱出できたようなものなのだ」
さらに叱責が続くと見たウァンリオンが口を挟み、マーシェは縮こまったままカミュを上目づかいに見上げた。
「ね、ねぇ、カミュ、言い難いんだけど」
「はいはい。壊れた蒸気機甲を貸して。修理するからさ」
「ご、ごめん」
マーシェがそっと武骨な蒸気機甲を差し出す。右手用のそれは酷い破損具合ではあったが、修理できない事もない。
カミュは破損具合を確かめて険しい顔をした後、リネアを見る。
「手伝って」
「分かった」
部品を取りに行くリネアを見送って、カミュはドライバーを使って蒸気機甲を分解し始める。
「それで、怪我はどうなの? まだ半日も経ってないでしょ?」
「手当もしたからとりあえず大丈夫らしいわ」
「あっそ」
銃撃を受けた脇腹を押さえて言うマーシェに、カミュはそっけなく言い返す。
部品が入ったケースを持って戻ってきたリネアが机の横でケースを開き、歯車やバネを取り出して机の上に並べだした。
「カミュとボクの蒸気機甲に使ってる予備部品だけど、これで大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。市販されてる部品で組み立ててあるから」
「やっぱりカミュ君が作っていたのか。一目見た時にそうではないかと思ったのだ。あの芸術的なラグーンと同じ匂いを感じたのでね」
カミュの手元を覗き込んだウァンリオンが眼を輝かせた。
一拍遅れて、マーシェが怪訝な顔でウァンリオンを振り返った。
「同志カミュとか言ってた時のこと? でもあの時、人違いだって言ってたわよね」
「マーシェ君と何らかのつながりがあるとハミューゼンに教えるのは得策ではないと思ったのだ」
結果的にあまり意味はなかったが、とウァンリオンは肩をすくめる。
二人の会話を聞いて、カミュは顔を顰めた。
「ちょっと、ウァンリオンに同志とか言われるのは聞き捨てならないんだけど」
「何を言うのかね。あれほどの愛を持ってラグーンをよみがえらせたのだから、カミュ君は間違いなく私の同志だ。誇っていい」
「酷い風評被害だ」
抗議しながら、カミュはリネアから部品を受け取りつつ蒸気機甲を直していく。
元々は、カミュが旧市街に住んでいた頃に作った物であり、技術的に難しい個所は存在しない。孤児を集めて口入屋をやっていたマーシェが旧市街のゴロツキを相手にしても立ち回れるように作ったオーダーメイドの品であり、幾つかのギミックが組み込まれているだけだ。
技術的に特筆すべき点もないためか、構造を把握したウァンリオンが場の面々を見回した。
カミュとリネア、メイトカル、グランズ、マーシェと順に見たウァンリオンは口火を切る。
「では、本題に移ろうではないか。ハミューゼンが新大陸へ出発する前に身柄を確保する計画を立てようと思う」
「警察の仕事でしょ、それ」
カミュが言うと、視線がメイトカルに集中する。
「グランズ先輩まで俺を見ないでくださいよ」
あんたは警察側だろ、とメイトカルが暗に注意するが、グランズは悪びれた様子もなくへらへらと笑う。
「いやぁ、ついね。このかっこいいおじさんを差し置いて視線を集めちゃう色男の顔を拝んでみた次第さ。冗談は置いといて、みんな新聞は読んでるかい?」
グランズの質問に、リネアは首かしげる。
「論文の執筆に忙しくて読んでないけど、どうかしたの?」
「砂漠の霧船拿捕の話が新聞記者にすっぱ抜かれて、いま王国各地で撤廃の会の会員が大暴れだよん」
「うわぁ、どいつもこいつも情けないなぁ」
ドライバを回しながら辛辣な言葉を吐くカミュにマーシェがいたたまれずに視線を逸らした。
「かーみゅー!」
「はいはーい。本当の事を言わないように自重しまーす」
リネアに睨まれて反省の欠片もない返事をしたカミュは、歯車の噛み合わせを調べつつ口を開く。
「警察は暴徒化した会員の逮捕や警戒で動けないとして、軍はどうなの? もうここまで大事になったら警察だけで対処する事案じゃないでしょ?」
カミュの質問に答えたのはウァンリオンだった。
「軍を動かすにはいろいろと面倒な手続きがあるのだよ。しかも、ハミューゼンの目的について証言できるのは現状では私と私が雇った事になっているマーシェ君のみ。新大陸が本当にあるのかさえ定かでない中、軍を動かすのは難しいとの判断だ。手続きの方は進めているが、ハミューゼンがどこで霧船の修理にあたるのか確定していない以上、軍を動かせたとしても後手に回るのは確実だね」
「お役所仕事はこれだから」
呆れたカミュはリネアに目配せする。
リネアは目配せを受けて仕方なさそうに自らのポーチを取ってきて中から手帳を取り出した。
「どうせ、ウァンリオンさんは気付いているだろうけど、ハミューゼンの目的地は多分、絶海の歯車島だよ」
リネアがテーブルの上に絶海の歯車島の設計図の模写を広げて見せる。本来であれば、研究論文としてまとめて発表するまで隠しておきたかった資料だったが、ハミューゼンが歯車島に向かう可能性がある現在、秘匿しておける情報ではない。
リネアは絶海の歯車島について大まかに説明する。
「知ってると思うけど、絶海の歯車島は古代文明最後期に建設されたと言われる巨大な人工浮島で、現在も周辺の海域に複雑な波を作り出している、砂漠の霧船に並ぶ巨大オーパーツの事だよ。近隣の漁師でも近づけないほど海流が複雑で上陸に成功した例もないね。でも、砂漠の霧船なら複雑な海流を無視して接岸できるよ」
「ほう、断言するのか」
興味津々で設計図を覗き込みながらウァンリオンがリネアの言葉に反応する。
「元々、霧船は歯車島に行くための輸送船みたいだからね。マーシェさんが聞いたって言う、ハミューゼンの好都合って呟きも、それが理由じゃないかな」
リネアが視線を向けると、マーシェははっとしたように顔を上げ、深く頷いた。
「ハミューゼンは霧船を貨物船だって言ってたわ」
「多分、歯車島に人員を輸送したりする、大陸との交通手段だったんだろうね」
マーシェの証言による裏付けも取れて、リネアは話を進める。
「仮定に仮定を重ねるけど、歯車島への交通手段が霧船なら、それを修理するための設備が歯車島に残されている可能性は高いと思う」
「――と言う事は、ハミューゼンの目的地は歯車島で決定って事でいいのかい?」
結論を急ぐように口を挟んだグランズは、顎を撫でながら思案顔をする。
「しかしねぇ、好都合って言葉は別の意味も含んでそうだと、おじさんは思うわけよ」
「へぇ、どんな意味?」
バネの具合を確かめながらカミュが訊ねると、グランズはテーブルの上に広げられている設計図を覗き込む。
「歯車島って言うのは食料の生産なんかも浮島内で完結するアーコロジーって概念で設計されてんでしょ? ってことは、どれくらいの人口を養えちゃうのかな?」
「多分、古代文明が持ち込んだ作物とか、歯車島の畑はダメになってると思うけど、人口二、三千人は養えるんじゃないかな」
リネアが設計図から読み取れる範囲の畑の面積や、判明している限りの当時の食糧生産量から割り出した数字を話す。
蒸気石のおかげで淡水を安定的に得られるため、面積に対しての人口はかなり多くなる。ウァンリオンがリネアの試算を読んで、頷いた。
「大体はこんなものだろうね。それで、グランズ君はこの数字を知ってどう思うのかね?」
「いや、もしかすると、ハミューゼンの野郎は砂漠の霧船無しでも絶海の歯車島に乗り込む算段があったんじゃないかと思ったのさ。浮島って言うけど、周辺に複雑な海流を生み出せるんならスクリュープロペラとかついてるんじゃないかと」
「……新大陸までアーコロジーに乗っていけば、食料や飲み水の心配は激減するし、戦力の大量輸送もできるってこと?」
「新大陸で戦争のきっかけを作ろうって言うんだから、まとまった戦力が必要でしょうよ。旧大陸にある一部勢力によるテロ攻撃ではなく、旧大陸にある国家規模の勢力からの奇襲攻撃だと認識させないといけないんだからねぇ」
グランズの意見を聞いて、隣にいたメイトカルが苦い顔で頷いた。
「先輩の言う通りですね。しかし、そうなると霧船で各地にいる撤廃の会の過激派を歯車島に上陸させる必要がある。二千人は集まらないとしても、千人程度ならば食い詰めた者が移民目的で加わりかねない」
「マーシェみたいな例もあるしね」
「カミュ!」
「へいへーい」
皮肉を謝る事もなく、カミュは適当に返事をして蒸気機甲に内蔵するクランク機構の稼働具合を確かめ、マーシェを見る。
「皮肉抜きで、マーシェみたいに参加する奴らはいるはずだよ。これについては、霧船拿捕の情報だけで各地に発生した暴徒が物語ってるでしょ。機械に代替されかねない単純労働者は文字通り必死なわけで、新天地を求めて旅に出る考えなしがいたっておかしくない」
話しながら蒸気機甲の外装を取りつけて、カミュはネジで固定する。
「ただ、グランズの予想が確かなら、ハミューゼン達が大陸各地で戦力を集めている間に歯車島へ乗り込む事が出来るかも」
特徴的な亀甲模様の象嵌を指でなぞって、カミュはマーシェに修理を終えた蒸気機甲を返す。
礼を言うマーシェに肩を竦めてから、カミュはリネアに向き直った。
「ハミューゼンに歯車島を丸ごと持って行かれたら、リネアの身が危うくなる。論文を発表しても現物がないし、霧船にあった資料をいくつか持ち出してある今ならウァンリオンの功績って事にしてリネアをスケープゴートにするくらい、国の連中ならやるよ」
「同志カミュ君、私が人の手柄を盗むような男だと思うのかね」
「ウァンリオンがやらなくても、国がやる。新大陸との戦争状態になる前に、ハミューゼン率いる撤廃の会について毅然とした態度を示しておけば、角は立つけど顔も立つ。あのテロ集団には我が国も困ってました、指導者は新大陸から流れて来たそうですね、って切り返すこともできる」
ウァンリオンとメイトカル、グランズの公務員三人組は何とも言えない顔をするが、マーシェだけはカミュの言葉にあっさりと頷いた。
「下の人間にまで気を配れる人が中枢にいるなら、工場への機械導入を急がせるために補助金を出したりしないわ。たった一人、首を差し出すだけで戦争回避できるならそうするでしょうね」
「リネアはどう思う?」
本人に意見を訊ねると、リネアはテーブルに広げた歯車島の設計図と睨めっこしていた。
「先手を打つのが得策だと思う。一度警察に追われた身としては、やっぱり信用できないもん」
リネアの言葉にメイトカルはバツが悪そうに頭を掻いた。嫌々ながらも逮捕するために追跡していた手前、リネアの言葉を否定できなかったのだろう。
方針が固まったところで、カミュはテーブルを囲む面々を見回す。
「それじゃ、作戦会議と行こうか」




