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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第十一話 ハミューゼン

 ずいぶん鮮やかな手並みだ、というのが機関部を見たマーシェの感想だった。

 素人目に見ても破壊の痕跡はなく、供給弁を閉じただけで機能はまだ生きていると分かる。

 ハミューゼンから渡された紙と見比べてみても機関部はいまだ健在であると判断できたため、マーシェはすぐに霧船を脱出するため甲板へと駆けだした。

 ピッキングの傷跡が残る甲板扉を開けたマーシェは真っ暗な甲板に出る手摺り越しに霧船の下を見下ろす。

 傭兵や警察のテントの一部が騒がしい。霧船にある排気管の位置と合わせて考えれば、マーシェが霧船の内部に侵入したことをラフダムの仲間が外に伝えたのだろう。

 侵入時と同じように排気管を通って外に出るのは難しい。甲板に出たのは正解だった。

 騒がしくなっている警察たちに背を向けて反対側の手摺りに脱出用に用意していたロープを固定する。甲板から下を覗けば、まだこちら側にまでは情報が届いていないのが分かった。つくづく、連携ができていない警備だ。

 錆びた手摺りに固定したロープは心許ないが、逃げ場のない霧船の上に長居するのも禁物。覚悟を決めたマーシェはロープを掴んで下に飛び降りた。

 蒸気機甲を着けているため握力は全く問題がない。手の平を覆う革とロープが摩擦で焼けて嫌な臭いがした。

 足物に砂の感触を感じると同時に、マーシェは脚を覆う蒸気機甲を作動させて衝撃を殺す。柔らかい着地と砂漠という条件もあって、マーシェの着地音は周辺の警察に聞こえていない。

 マーシェは何食わぬ顔で警察のテントを覗き込み、目が合った警官に声を掛ける。


「すみません、ちょっと報告があります」

「……報告?」


 見るからに傭兵といういでたちのマーシェに警官は眉を寄せて警戒の色を隠さない。マーシェは気にせず、霧船の警護に当たる傭兵の振りをして報告を口にした。


「なんでも、警備網の反対側から霧船に侵入した者がいるそうです。目撃者の証言では傭兵風の出で立ちをした若い男で、蒸気機甲を使いこなしているとか。逃走時に必ず警察側で食い止めてもらわないと私たち傭兵に紛れ込まれて見分けがつかなくなるとの事で、警備の強化をお願いします」

「あぁ、分かった。まったく、傭兵どもは不甲斐ないな。報告が終わったならすぐに持ち場に戻れ」

「では、よろしくお願いします」


 偽の情報を流しておいて、マーシェは関係者を装ってテントを後にする。

 情報が伝わる前にそれらしい偽の情報を流しておけば、警察の囲みをすり抜けやすくなると睨んでのことだ。

 急ぎ過ぎて見咎められないように注意しながら、マーシェは警官に挨拶をしつつ囲みを抜け、傭兵の持ち場に紛れ込む。

 後は簡単だ。誰が見ても傭兵に見えるマーシェを気にするものはなく、まんまと警備網の外に脱出できてしまった。

 遅ればせながら情報が伝わったらしく、警察の方で慌ただしい動きがあるが、まだ何も知らされていない傭兵たちは不思議そうに警察を眺めている始末だ。

 マーシェは夜闇にまぎれてネーライクへ走り出す。

 しばらく走ってネーライク近くまで来ると、傭兵集団がネーライクから歩いてくるのが見えた。

 傭兵集団の中に白衣の男を連れたハミューゼンの姿を見つけ、マーシェは手を振る。


「ハミューゼンさん、遅くなりました」

「いえ、大丈夫でス。それよりも、霧船の状態はどうでシたか?」

「供給弁が閉じられているだけで、特に故障している様子はないです」

「ソれは結構な事でス。こちらのウァンリオン氏から聞いた話の裏がとれた形でスね」


 ハミューゼンはそう言って、にこやかに白衣の男を見る。殴られた形跡があるが、白衣の男は意志の強そうな目でマーシェの様子を窺っていた。


「ふむ、常識撤廃の会とやらも一枚岩ではないようだ」

「蒸気機関撤廃の会でスよ。学者の割に物覚えが悪いでスね」

「はっはっは。蒸気機関そのものには興味がないくせに良く言ったものだ。いいかね。私は国家最高の蒸気機関フェチだ。そんな私が好悪関係なく蒸気機関に寄せる想いの熱さを計れないと思うか? 多少なりとも蒸気機関に悪感情を抱いているのはそこの娘のみだ。蒸気機関フェチの全身全霊を持って断言しよう」

「……じ、実に気持ち悪いでスね」


 流石のハミューゼンも薄ら笑いを苦笑に変えて、ウァンリオンから視線を外す。


「ところでマーシェサん、霧船への侵入に気付かれまセんでシたか?」

「すみません。気付かれました。霧船の中に三人組の傭兵がいて、戦闘になったので」

「気に病む事はありまセん。ウァンリオン氏を拉致シた時点で我々の存在は伝わっているはず。多少の時間差はあれど、結果に影響はないでシょう。それより、三人組の傭兵というとカミュサんたちでシょうか?」

「いえ、カミュたちじゃありません。あんな入り組んだ場所でカミュと出くわしたら、多分合流できませんでした」

「――おや、蒸気機関フェチの我が同志カミュ君と知り合いか。いやぁ、彼女たちが修理したラグーンもまた芸術的であった。一部始終を見ていたから詳細を語ろうではないか」

「黙らセなサい」

「ゴフッ」


 控えていた傭兵に鳩尾への一撃を入れられて強制的に語りを中断させられたウァンリオンが咽る。

 マーシェはウァンリオンを見る。


「カミュは別に蒸気機関が好きってわけでもないはずだけど」

「そうか。では、別人であろう」


 少々腑に落ちないところはあったものの、マーシェも別人という事で納得する。

 情報共有が済むと、ハミューゼンがウァンリオンをマーシェに任せて霧船のある方角へ歩き出す。


「では、行きまシょう。首尾よく霧船を奪い返セても、ボイラーを温める時間を確保シなくては動かセまセんからね」


 ハミューゼンの後について傭兵たちが歩き出す。マーシェはウァンリオンを縛る縄の端を持って、最後尾に続いた。

 ハミューゼンが霧船に乗船してからの段取りを傭兵たちに話しているのを聞いていると、ウァンリオンが小声で話しかけてくる。


「……奪い返すと彼が表現したことには気付いたかね?」


 ウァンリオンにちらりと目を向けたマーシェは無言で前に向き直った。当然、気付いている。

 霧船拿捕作戦の話を聞いて以降のハミューゼンは明らかにおかしな言動が目立っていた。元々が出自の定かでない人物だが、物腰だけは柔らかく、人を使う事に慣れている節が見られていた。

 しかし、拿捕作戦を聞いてからのハミューゼンは霧船に執着しているように見える。しかも、霧船について知り過ぎていた。

 気付いているのはマーシェだけではないのだろうが、元々この場にいるハミューゼンの部下はマーシェを除いて撤廃の会の活動に興味を示していない護衛たちだ。ハミューゼンの目的に関わらず仕事を全うするだろう。

 そもそも、ハミューゼンはわざとこの違和感を悟らせているように見えた。

 言葉を返さないマーシェに、ウァンリオンが話を続ける。


「ハミューゼンだったか。彼は蒸気機関の撤廃活動をこれからも継続していくと思うかい?」

「いつかは止めるでしょうね」

「そのいつかが来たとして、君は私を助けてくれるかい?」

「あなたも私にとっては敵よ」

「なるほど、君の目的は雇用問題か。確かに私は敵の中でも最たるものだ。しかし、君には禁忌となる行動があるはずだ。私がこれから殺されるとすれば、君はどう動く?」

「無意味な想定ね。いま、あなたを殺害してもハミューゼンに利益がないわ」


 呆れて話を打ち切ろうとするマーシェに、ウァンリオンが眼を細める。


「霧船を手に入れてもからもそうだとは限らないはずだが」


 話を続けようとするウァンリオンにマーシェが肩を竦めて返した時、霧船とそれを囲む警備隊が見えてきた。


「早くも責任を擦り付け合っているようでスね」


 ハミューゼンが混乱している警備隊を遠目に眺めてうっすらと笑みを浮かべ、ウァンリオンを振り返る。


「人選を誤ったのではありまセんか?」

「そのようだ。やれやれ、責任感というのは逃避癖のある者が持つには過分な代物だと教訓にしておこうではないか」

「おや、責任を取る立場にあるのは貴方も同じでシょう?」

「本来ならそうなるのだが、私が傭兵だけを使って拿捕作戦を成功させてしまったからネーライクの警察署長が怒り心頭でね。警備に関して私はほとんど手を出せなかったのだ。故に、私が警備責任を問われることはないのだよ。問われるとすれば君たちに捕まった点だろう。もっとも、私の権限で霧船の内部に腕の立つ者を配置したからその分のしわ寄せも来るだろうがね」


 ウァンリオンの言う腕の立つ者に心当たりのあるマーシェは、内心で納得する。

 ハミューゼンは嘆くように額を押さえた。


「人は変われど、やることは同じでスね。実に嘆かわシい。おっと、向こうもこちらに気付いたようでス。マーシェサん、ウァンリオン氏を連れて前に出てきてください。他の皆さんは手筈通りに」

「分かりました」


 マーシェはハミューゼンの指示に従い、ウァンリオンを縛る綱を引っ張りながら集団の前に出る。霧船の警備にあたっていた傭兵や警察が捕まっているウァンリオンを見て怯んだのが分かった。

 ウァンリオンの隣に立ったハミューゼンが火薬式の拳銃をホルスターから抜き放つ。


「王国最高の蒸気科学者の頭が吹き飛ばないよう、道を開けて頂けまセんか?」


 あくまでも柔らかな態度を崩さずにハミューゼンは拳銃をウァンリオンの頭に突きつけ、警備隊に命じる。

 ハミューゼンの護衛の傭兵たちも各々が武器を構えて警備隊を牽制していた。


「――目的は何だ?」


 警備隊の奥から大男が一人出てくる。服装こそ他の警官よりも立派だが、ネーライクの警察署長を示す階級章を身に着けていない。おそらくは警備隊の現場指揮を執っているのだろう。

 ハミューゼンは突きつけた銃口を空に向け、引き金を引く。

 乾いた発砲音と火薬の臭いが広がり、警備隊が身構えた。


「睨み合いで時間稼ぎをシ、ネーライクからの応援隊と合流スる形で我々を挟み撃ちにスるおつもりでシょう? こちらにはソんな茶番に付き合う義理がありまセん。道を開けなサい」


 淡々と警備隊長の目論見を看破し、ハミューゼンは要求を突き付ける。

 苦い顔をした警備隊長がウァンリオンを見た。


「道を開ければウァンリオン氏の身の安全は保障するのか?」

「我々はこの場でウァンリオン氏の頭を吹き飛ばシ、ネーライクに戻る事も出来まスよ? 最終通告でス。道を開けなサい」


 銃口でウァンリオンの頭を小突いたハミューゼンが選択を迫れば、警備隊長は苦々しい顔で警備隊を左右に分けようとする。

 しかし、警備隊が動く前にハミューゼンは空に向けて発砲した。


「我々から見て左側に寄りなさい。右側にいる者は始末シます」


 警備隊の間を通り抜けようとすれば挟み撃ちにされると考えたのか、ハミューゼンは警備隊長の命令を上書きする。警備隊長が万策尽きたとため息を吐いて空を仰いだ。

 警備隊が動く間に、ハミューゼンがマーシェに声を掛けてくる。


「霧船を動かすにはボイラーを温める時間が必要になりまス。ウァンリオン氏には内部まで着いてきて頂きまシょう」

「解放しないんですか?」

「この囲みを突破シ、霧船で逃走シた後、適当なところで逃がシまシょう」


 薄ら笑いを浮かべてウァンリオンの様子を窺うハミューゼンを見て、マーシェは背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。

 ハミューゼンの言葉は質問に答えたようだったが、彼の視線はマーシェではなくウァンリオンに向けられていた。


「……分かりました」


 ハミューゼンの命令を承諾しつつ、マーシェは警戒の度合いを一気に引き上げる。先ほどのウァンリオンとの会話に影響されているわけではなかったが、ハミューゼンの言動に不穏なものを感じていた。

 霧船への道が開き、ハミューゼンを先頭にマーシェ達は警備隊の前を悠々と通って霧船に向かう。

 甲板へ上がるための簡易的な階段が作られており、警備隊を警戒しながら上って行った。

 無事に霧船に乗船すると、ハミューゼンは傭兵たちを見まわした。


「これで一安心でスね。みなさん、すぐに霧船を稼働サセまス。船内に警備隊が潜り込んでいる可能性を考慮シて、事前の指示通りに行動してくだサい」

「了解。少しばかり早いが、旦那、目標達成おめでとさん」

「えぇ、第一目標でスがね。このような形で叶うとは――」


 傭兵の言葉に機嫌よく返したハミューゼンが言葉を切り、マーシェの視線に気付いて振り返った。


「……第一目標って何ですか?」


 マーシェの警戒心を知ってか知らずか、ハミューゼンは薄ら笑いを浮かべたまま口を開く。


「ちょうど良い機会ですから教えておきまシょう。ただし、その前に少々わたくシの昔語りにお付き合いいただきたい。なに、退屈はサセまセんよ。短い話でスシね」


 ハミューゼンの後ろで傭兵たちが霧船の船内へ走っていく。マーシェが撤廃の会に加わる前から護衛を務めていた彼らはハミューゼンの話を知っているのだろう。

 ハミューゼンは首から下げていた鍵を弄びながら、霧船の操舵室があるらしき後方を振り返る。


「ウァンリオン氏を連れてきてくだサい」


 マーシェに言いながら、ハミューゼンは霧船の後方に歩き出す。その背中を見て迷うマーシェにウァンリオンが声を掛けた。


「ついて行こうではないか。私も興味があるのでね」

「なんでそんなに余裕なのよ」

「なに、君の決断力と目的意識を信用しているだけさ」


 肩を竦めようとしたウァンリオンが自らを縛るロープを見て鼻を鳴らす。

 マーシェはウァンリオンに繋がる綱を引っ張り、ハミューゼンの後を追う。


「それで、第一目標って何のことですか?」

「ソれを説明スる前に、歴史のお勉強でス」


 ハミューゼンは霧船の甲板を覆う鉄を靴底で鳴らしながら、言葉を紡ぐ。


「この大陸で言う古代文明、正式名称ディーケェーズ文明はどこに消えたのか」

「ディーケェーズ文明?」


 そんな正式名称があったのか、とマーシェはウァンリオンを横目で見る。

 しかし、ウァンリオンはマーシェの視線を無視してハミューゼンに声を掛けた。


「この大陸とそう言ったね。まるでここ以外に大陸があるかのような表現だ」

「えぇ、その通り。大陸はここだけではありまセん。この呪われた旧大陸だけではないんでス」


 ハミューゼンの声にめずらしく怒気が宿る。

 ハミューゼンがウァンリオンを振り返る。いつもは糸のように細められていた目は常になく開かれ、瞳には憎悪の色が篭っていた。


「わたくシは古代文明の後継国家ディーケェーズ共和国から政治犯としてこの野蛮な旧大陸へ()()()れた(・・)のでス」



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