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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第七話  停船

 病室を調べてみたところ、薬品の類は存在しない事が分かった。

 遺骨全てが患者衣らしきものを纏っている事からおおよその予想がついていたものの、医者がこの病室にいた様子もない。


「若様、どんなかんじ?」

「全員成人男性だろう。骨折した様子もない」


 士官学校の卒業者であり、刑事でもあるメイトカルが古代人の遺骨を一つずつ調べながら外傷の有無を割り出し、結論付ける。


「全員、外傷はない。暴行を受けた様子もないな。毒死、病死、餓死……とにかく殺されたとは考えにくい」

「アバラに刃物の傷とかは?」

「心臓を一突きコースか? 見たところないな」

「いや、人肉食コース」

「お前な……」


 カミュの想像にツッコミを入れようとしたメイトカルだったが、無言で扉を指差されて口ごもる。

 扉には食べ物の出入口など存在せず、内側から施錠されているのだ。どんな心理状態であろうと、空腹が耐え難い物であることを知っているカミュからしてみれば食べ物のない密室に集団で閉じこもるというのは非常に不可思議な想定である。

 もっとも、空腹にも構っていられないような身体状態であれば話は別で、人肉食の証拠が見つからない以上、この病室に隔離された人々がよほど衰弱していたと判断する材料となった。


「リネア、そっちの日誌はどう?」


 スチール製の机から引っ張り出したカビだらけの日誌の内容を問う。

 リネアは破かないように慎重に日誌をめくりながら、首を横に振った。


「症状についてはいくらか書いてあるけど、後半は文字がぐちゃぐちゃで読めないよ。ただ、もしかすると古代文明が滅びたのは感染症が発端だったのかもね」


 リネアが日誌を閉じて言う。

 タッグスライ遺跡での話をカミュは思い出した。

 淡水を用いた蒸気機関の開発に成功していたらしき古代文明が、なぜ大陸内陸部へ進出せず真逆の海上アーコロジーである絶海の歯車島を建設したのか。その理由が大陸に脅威があったのではないかとする仮説だ。

 患者を隔離するしか対策が取れない感染症は十分に脅威となりえるのではないだろうか。

 しかし、もしもそうだとすれば絶海の歯車島という巨大な密室へ逃げ込んだ古代人たちはいったいどうなったのだろうか。

 リネアが扉の横の壁を指差す。


「魔除けの彫刻が民家や病院みたいな建物に彫られている理由や、古代文明後期に広まった理由も感染症という手に負えない脅威に対するせめてもの抵抗だとすれば筋は通ってるよ」

「なるほどね」


 リネアの考察に納得しつつ、カミュは病室を出てリネアとメイトカルを手招く。


「早く霧船を停船させよう。考察はその後で」

「そうだね」


 リネアが頷いて、カミュの後に続く。メイトカルも遺骨に一礼して病室を出た。

 カミュたちが病室を探索している間にリリーマ達への注意を終えてきたグランズがちょうど階段を降りてくる。


「そっちは終わったかい?」


 病室から出てきたカミュたちと目があって、グランズは片手をあげながら訊ねてきた。しっかり防塵マスクをつけている。


「傭兵組には伝達しておいた。というか。どこに行ってもおじさんの言葉が疑問を持って迎えられるのはどういう事なんだろうね?」

「傭兵ってそういうものだよ。罠に嵌められることを真っ先に警戒しないと使い潰されるからね」

「カミュ君がおじさんのこと慰めてくれんの!? ついに心の距離が縮まったんだねぇ」


 慰めるわけでもなくただ事実を答えたのだが、本人が喜んでいるなら夢を見させておけばいいかとカミュは放置する。


「そんな事より、機関部は見つかったの?」

「そんな事がおじさんには最重要だったりするけども、いまのところは見つかってないぜぃ」


 感染症についての報告ついでに各チームから聞きだした探索結果をグランズが説明する。


「どうも、霧船は三層からなってるようだ。おじさんたちがいるこの下層部分、砂魚のパゥクルたちが探索中の中層部分、リリーマ達海華が探索している上層部分ってね。追加で甲板もあるようだけど、リリーマ組が見つけた出入口は鍵がかかっていたそうだ」


 グランズが言う下層部分の通路を歩いて霧船の後方へ探索の手を伸ばしながら、説明を聞く。

 三層からなる霧船の内、下層部分は隔離病室、予備の配管や歯車などの資材、さらに砲弾と思しき球形の鉄塊がある。

 パゥクルたちが探索中の中層には食堂、食糧庫、倉庫、医務室が存在している。

 リリーマ達の居る上層はいくつもの客室が存在するほか、グランズが感染症についての報告を行った際には船長室らしき場所を発見、捜索していたとの話だった。

 グランズが聞いてきたそれらの情報から、カミュは霧船の配置図を頭の中に描いて行く。


「軍艦にしては砲弾の数が少なかったし、客室が多すぎる。もしかして、霧船は輸送艦なのかな?」

「大陸と絶海の歯車島を結ぶ人員輸送艦? あり得ない話じゃないね」


 リネアはカミュの予想に同意しつつ、首を傾げた。


「でも、絶海の歯車島の許容人口っていったい何人だろう」

「アーコロジーって言うくらいだから、そんなに多くはなさそうだけどね。上陸してみない事には何とも言えない」

「ボクが論文を書いても、許容人口が割り出せてないと説得力がなくなりそうだよ。設計図はあるし、農学とかの専門家がいれば推測できるのかな」

「ウァンリオンに頼んでみれば? 変態だけど、伝手はあるだろうしさ」

「そうだね、変態だけど、頼れるところはあるよね」

「――美少女二人の口から変態って単語が連呼されてると、おじさんにはこみ上げる物がだね」

「先輩、片方は男です」

「あぁ、もう、おじさんったら健忘症なんだからもう!」


 頭を抱えて悶えるグランズを無視して、カミュとリネアは先に進む。

 下層部分にあるのは資材ばかりで、これと言って注目する物はない。

 一度だけ、燻製と思しき動物のモモ肉がぶら下がっている部屋を見つけてリネアが飛び退いた程度だ。ほとんど骨だけになったそれが無数に天井から吊るされてしなびている様は身構えていないと驚いてしまう。


「隔離病室以外に遺体が見つからないね」

「倉庫の中で死ぬのはかわいそうだけどね。船長室はどうだったの?」


 リネアがグランズに質問する。

 グランズは天井を見上げて肩をすくめた。


「遺骨の類は見なかったねぇ。霧船が暴走したから脱出したのか、それとも別の部屋で死んじまってんのか知らないけども、まずはこれを停船させるのが先って――」


 グランズが不意に足を止める。同時に、カミュも後ろから掛けてくる足音に気付いて振り返った。

 リリーマの部下の一人が走ってくるのが見える。

 リリーマの部下はカミュたちの前で足を止めると、上を指差す。


「機関部を見つけた。集合してくれ」




 リリーマ達が見つけたという機関部は上層と仮名を付けられた部分の中心、やや後方に存在していた。

 リリーマからの連絡を受けて集まったカミュたちは機関部を見下ろす階段の踊り場に立ち、全体を眺めて感想を漏らす。


「でかすぎでしょ」

「うん、貯水槽みたいなのもあるけど、下の方がどうなってるのかいまいち分からないね」


 機関部は上層に入り口が存在しているものの、下層付近までをぶち抜く吹き抜けに設置される巨大な複合装置となっていた。空中に金属製の通路が伸びて、網目状に機関部全体へ延びている。

 しかし、その装置の動きに関しては分からない部分が非常に多い。

 歯車や蒸気管が無数に存在し、どのような仕組みによるものか摩耗が激しい部品は交換さえ自動で行われている。

 貯水槽は底に砂などが沈殿するのを防ぐためか定期的に開放して船外に排出する装置があった。

 霧船の大きさや速度からは想像もつかないほどゆっくりと回る巨大な歯車は、おそらくは動力を駆動輪に伝えている。

 しかし、何よりも驚くべき点は、そんな一連の大型機関が〝四つ〟存在する点だ。


「予備というより、元々超長期間の稼働を前提にした設計だよね?」


 リネアが動いていない三つの大型蒸気機関を眺めてから、カミュに意見を訊ねる。

 一つの機関が故障した場合でも、他の三つの機関のうちのどれかが仕事を引き継ぐ。ただでさえ現代文明では想像もできない耐久力を誇る古代文明の蒸気機関が四つ存在する以上、霧船が稼働し続けるのは当然かもしれない。

 もっとも、現代人がその技術の粋を集めても百年稼働する物は作れないだろう。

 カミュは稼働中の蒸気機関を見つめる。材質からして不明だ。金属光沢をもつが複雑に織り込まれたような模様が浮き出ている。見て分かる範囲だけでも鉄、銅、金などが用いられた部品が随所に存在していた。用途によって金属の種類を使い分けているのだろう。

 カミュの隣に立ったパゥクルが苦笑いしながら蒸気機関を指差す。


「きっと、純度とか調べたら頭を抱えるような結果が出てくるんだぜ?」

「想像に難くないね。それで、これはどうやって止めるの?」


 カミュはこの中で最も蒸気機関に詳しいだろうパゥクルに訊ねる。

 パゥクルは後方の仲間と相談しながら蒸気機関の各部の役割を大まかに推察し、片手を上げた。


「多分、いま動いている奴を止めても他の予備部分が動き出す。つまり、蒸気の元になっている海水なり淡水なりの供給を止めないとダメだ」

「あれが貯水槽だと思うけど?」


 リネアが指差した先を見て、パゥクルは頷いた。


「あれが、じゃなくあれも、だな。全部止めて回ることになる。供給弁は多分、あの黄色い奴だ」


 貯水槽から伸びる配管についた黄色い円形ハンドルを示してパゥクルは目を細める。


「あれを閉めるだけであっさり停まってくれるんなら、なんで霧船の乗員は死ぬ前に閉めなかったのか気になるけどな」


 まるで船の中で一生を終える必要があったようだ、とパゥクルは肩をすくめる。

 だが、カミュとリネアは別の考えだった。


「感染症が蔓延している霧船を迂闊に停船させたくなかったんだとおもうよ。霧船の周囲は高熱の蒸気で覆われるし窓もないから、原因菌が外に出ない」

「ボクもカミュの予想に一票。とりあえず、供給弁を閉めに行こう」


 リネアが率先して動き出すと、後ろからカミュとグランズ、メイトカルが続く。

 リリーマ達が後を追って、踊り場から空中に渡された通路を歩き始めた。

 空中を渡す鉄の通路は古代から存在しているとは思えない新品同様の光沢をもち、揺れる事も軋む事もない。

 ここまで丈夫だと不気味さを覚えるほどで、カミュは足元の感触に注意しながら進んだ。

 何事もなく黄色の供給弁に辿り着き、回してみる。

 やや抵抗があった物の、蒸気機甲の力を借りずとも回すことができた。


「これで停船すると良いんだけど――」


 カミュとリネアが蒸気機関を振り返った丁度その時、歯車が動きを止め、慣性に逆らう衝撃で足元が激しく揺れた。


「うわわ」


 バランスを崩したリネアの腕を咄嗟に掴んだカミュはすぐに引き寄せて通路の手すりを掴ませる。

 いきなり水の供給を切ったため、緊急停止する形になったのだろう。慣性に任せてしばらく走ると予想していたカミュたちは慌てて手近な物を掴んだため無事だったが、負荷がかかった歯車が軋む嫌な音が聞こえた。

 しかし、横転するようなこともなく、機関部が余分な圧力を生み出す蒸気を外に排出する甲高い音が数度聞こえた後、静寂に包まれた。


「……停まった?」

「みたい、だね」


 機関部からは外の様子が分からず、半信半疑ながらもカミュはリネアに言葉を返して手摺りから手を離す。


「乗り込む時の手間とかを思い出すと、停船させるのにももっと手間取ると思ったんだけど、素直に停船したね」


 タッグスライ遺跡にあったような大掛かりな仕掛けがなかったのが少し残念な気もするカミュだった。


「見方を変えれば――」


 リネアが機関部を見回して口を開く。


「霧船は制御不能で暴走していたわけじゃなかったって事だね」


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