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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第三話  砂漠の霧船

 訓練期間は一週間設けられていたが、リリーマを始めパゥクルたち砂魚やカミュたちも訓練が必要ないほど安全な着地を見せた。

 傭兵のリリーマやパゥクルたちはともかくカミュまでも難なくジャンプと着地をこなしたことに驚く者も多かった。何しろ、カミュの場合はリネアと相乗りまでしているのだから。

 警察からの逃亡期間中、伊達に砂漠の中を走行していたわけではないと図らずも見せる形になっていた。

 しかし、せっかく訓練期間があるのだから有効に使おうと意見がまとまり、この一週間全体訓練を行っている。

 ジャンプ台から次々に飛び出しては着地点に危なげなく降り立つのを繰り返す。海岸が近い事もあり、燃料である海水の補給にも事欠かなかった。

 訓練そのものは順調だった。


「――というわけで、明日、オレ達は砂漠の霧船へ乗り込みます」


 訓練最終日の夜、カミュはリネアとグランズ、メイトカルを連れてネーライクの一角へ足を運んでいた。

 計画立案者であるウァンリオンから許可を得て、撤廃の会についての情報を得るために蒸気機関規格化運動会の会長ラフダムを訪ねたのだ。

 カミュ達の訓練内容と計画について話すと、ラフダムは金属義手の左手で部下から送られてきたという報告書をめくる。


「ふむ、話は分かった。しかし、たったの数週間で国立研究所の所長との面識を作って来るとは驚きじゃ」


 カミュたちが裏路地でメイトカルたちに追い込まれたところを助けたラフダムだからこそ、カミュたちの立場で国が関わるような作戦に参加していることに驚きを隠せないようだ。

 ラフダムは報告書のあるページを開いてカミュたちに突き出す。


「港町ロッグカートの周辺で撤廃の会の宣伝活動が確認された。会長ハミューゼンによる講演も行われている。儂らが情報を流し、警察が突入した時には既に解散していたようじゃがな」

「ロッグカートね。おじさんとカミュ君たちとの出会いの地だよ。懐かしいねぇ」

「そうだ。あの時横取りしたアン肝の代金、いま払って」

「セコイ!?」

「先輩、旧市街育ちは食べ物の恨みが凄いんで、払った方が身のためです。俺も昔、ドラネコとマーシェにこっぴどくやられた事が……」

「三人とも、話の腰を折らないでよ」


 カミュとグランズ、メイトカルがずらした話題を無理やり終わらせて、リネアはラフダムを見る。


「すみません。話を続けてください」


 リネアが頭を下げると、ラフダムは気にするなとばかりに笑った。


「構わんよ。撤廃の会の活動が激化してからこっち、こんな和気藹々とした空気は味わっていないんじゃ。久々に楽しませてもらえとる。それはそれとして、ロッグカートの件じゃが」


 ラフダムは後ろに控えていたモノクルの初老男性に手振りで合図をする。

 合図を受けたモノクルの初老男性が持ってきたのはオスタム王国の地図だった。


「ロッグカートでハミューゼンの姿が目撃された最後の日が今から五日ほど前。その翌日、つまりは今から四日前に首都ラリスデンの郊外にある塩捨て場に賊が侵入したとの警察発表があった。内部関係者の話では、撤廃の会の犯行らしい」

「なんで塩捨て場を襲撃したんだろ?」


 リネアが首をかしげる。

 カミュは以前、リネアと共に通りがかった施設を思い出す。かなり巨大な塩の貯蔵施設ではあったが、あくまでも貯蔵する機能しかない。内部に蒸気機関があるとは思えなかった。

 グランズが答えを思いついて口を開く。


「塩捨て場を破壊すれば、首都で稼働している蒸気機関が出す塩の行き場がなくなる。他所の貯蔵施設へ持って行くことになるだろうけども、しばらくは運搬費用がかさんで塩捨ての料金が膨らむ。すると、費用削減のために蒸気機関の運用規模を縮小せざるを得なくなるって所かねぇ」

「先輩、それを目的とするには迂遠すぎませんか?」

「おじさんも話しててそう思った。ラフダムさんはどう見てるんで?」


 答え合わせを頼まれたラフダムは首を横に振った。ラフダムたちにも意図が読みにくいらしい。


「しいて言うなら、その迂遠な目的という事になるのじゃろう。ラリスデン郊外の塩捨て場ひとつであれば大きな影響ではないが、周辺の塩捨て場を次々に破壊していけば相応の打撃にはなるじゃろうからな」

「でも、その打撃は一般家庭にまで及ぶでしょうよ。ゴミと一緒に塩を捨てる時の廃棄料が値上がりしちゃうと、撤廃の会の支持基盤で構成員になってる労働者階級が一番割を食う。塩捨て場の襲撃実行犯は国内に居場所がなくなりかねないね」


 ラフダムの言葉に反論しつつ、グランズは頭を掻く。


「まぁ、最初に言い出したのはおじさんだけども、やっぱり目的としては矛盾してんね、これ」


 グランズの言葉にラフダムは深く頷いて同意を示し、考え込んでいるカミュに声を掛ける。


「どう思うかね?」

「……撤廃の会が掲げる目的がハミューゼンの目的と同じとは限らない。でも、撤廃の会の人間にまともな思考力や戦術眼があるとも思えない。だから、撤廃の会の動きはハミューゼンの目的を遂げるために動かされているとみるのが妥当だと思うよ」

「ふむ。ハミューゼンを詐欺師と評した君らしい意見じゃな。だとすると、ハミューゼンの目的は?」

「そこが分からない。情報が足りないんだよ」


 ハミューゼンという男についてわかっている事が少なすぎるのだ。傷だらけで砂漠を彷徨っているところをラフダムに拾われ、言葉を教わり、ラフダムの起こした規格化運動会から過激派を選りすぐって撤廃の会を設立後各地でテロ行為を行っている。現状で分かっている点はこれだけである。

 出身地や血縁者の有無など、様々な情報が抜け落ちている上に本人が詐欺師であるため、人となりも掴めない。

 ラフダムでさえわからないのなら、今ある情報で判断を下すことはできないだろう。

 カミュの脳裏にはハミューゼンに関する情報源として古馴染みであるマーシェの顔が浮かんではいるが、マーシェ自身がハミューゼンに与している現状では接触も難しい。


「ともかく、ハミューゼンが塩捨て場を襲撃した、もしくは襲撃を指示したとみてよさそうじゃな。あの辺りからネーライクまでは数日かかる。砂漠の霧船制圧作戦中に横入りしてくることはないとみてよい」

「ウァンリオンにも伝えておきます」


 この情報を得るためにウァンリオンからラフダムとの接触と作戦概要についての情報提供を許可されている。

 ウァンリオンとしても、砂漠の霧船制圧作戦中に邪魔が入るのを警戒して背後関係を調べた傭兵団を継続雇用し、いまも警備につけているほどだ。

 話を切り上げて立ち上がると、ラフダムがカミュたちに声を掛けた。


「作戦の成功を祈っておるよ」

「ありがとうございます」




 翌朝、古都ネーライクから五時間ほど離れた砂漠地帯にカミュたちは到着した。

 遠目から見ても、訓練期間中に建設したという巨大なジャンプ台が海を背景に存在を主張している。

 砂漠の霧船の動きに合わせて飛び込む位置の調整が可能なよう、ジャンプ台の幅は広く作られている。一週間がかりで建設したとの事で、その資材の運搬を護衛していたらしい砂魚の本隊は作戦に参加せず野営地で爆睡中だ。


「一雨来そうだね」


 リネアがカミュの隣で空を見上げ、不安そうに呟く。

 雨で視界が悪くなると、砂漠の霧船の排気口が目視できなくなる恐れもあった。


「この分なら作戦決行まで降らないと思うけど、砂漠の霧船が吐き出しているっていう大量の蒸気がどう影響するか分からないよね」


 リネアの言葉に頷きつつ、カミュは海岸の方を見る。海からの風は弱く、スティークスでのジャンプに影響を及ぼすほどではない。


「風が穏やかなのは救いかな。雨が降らないよう、祈っておくしかないね」

「遺跡で雨宿りができるよう祈っていた旅の間とは真逆だね」

「リネア、そんなお祈りしてたの?」

「さぁ、どうでしょう」


 白を切り通す構えのリネアに苦笑して、カミュは砂漠へ視線を戻す。

 太陽光に熱せられた砂漠から陽炎が立ち上り、景色が揺らいでいる。


「――関係者の方はそろそろ、最終点検に入ってください」


 研究所の職員がテントの下から声を掛けてくる。

 リネアがラグーンを見た。日差し避けのシートを被せてあるため、熱くなってはいないだろう。


「シート取ろうか」

「周りも用意を始めてるし、そうしようか」


 カミュはラグーンに被せてあったシートを取り、イグニッションキーを差し込む。

 その時、遠くから音が聞こえた。

 響き渡る巨大な駆動音。

 ラグーンを始めとしたスティークスが出せるような音ではない。もっと巨大な蒸気機関を積んでいなければ、砂漠のかなたから音が響いてくるはずがない。

 カミュは音の方角を見る。作戦の参加者たちも作業の手を止め、皆砂漠のかなたへ目を凝らす。

 陽炎の中、それは白霧を伴って姿を現した。


「来たね」

「うん」


 リネアが頷き、陽炎でも揺らがない巨大なそれを見つめる。

 砂漠の霧船。

 その堂々とした古代の巨大蒸気機関は砂漠の覇者ででもあるように悠然と走ってくる。

 首都ラリスデンにある王の居城を囲む城壁よりも高く、吐き出す蒸気はさらに高く昇っていく。

 鉄製と思しき船首は錆が目立つがみすぼらしさを感じない。重ねてきた歳月から来る風格さえも漂う姿だが、船首より後ろは吐き出され続ける水蒸気によって覆い隠されている。

 全体像は掴めない。全体の八割近くが蒸気に覆われている上に、吐き出される蒸気が大きく広がっているため、実際の何倍以上にも大きく見えていそうだ。

 巨大な船を動かしていると思しき蒸気機関の駆動音も非常に大きく、重々しく木霊する。荘厳な鐘の音にも似たその音は、近付くにつれて大きくなり、周囲を威圧する。覇者たる砂漠の霧船に近付けば命はないと脅すかのように。


「――各員、スティークスに乗車。作戦を開始する!」


 ウァンリオンの声が響くと同時に、カミュとリネアはラグーンに跨った。

 リネアがカミュの細い腰に腕を回してしがみ付く。


「いまからあの霧船に乗船するって思うと、ワクワクしてくるね!」

「リネアは呑気だなぁ。でも、ちょっと気持ちが分かる」


 カミュは挑戦的な笑みを砂漠の霧船に向けた後、ラグーンを始動させた。

 砂漠の霧船が発する物に比べればはるかに控えめで、しかし確たる重低音が響く。ラグーンが届ける駆動音は覇者に挑む小さな存在を鼓舞するようにカミュたちの心音と重なった。



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