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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第二話  突入訓練

 砂漠の霧船の制圧作戦には一週間の訓練期間が設けられた。

 ずいぶんと短い訓練だとカミュは思うが、撤廃の会が嗅ぎつけて戦力を集めてやって来るまでに霧船を制圧、拿捕したいという考えがウァンリオンにあるようだ。


「君たちに支給する防護服はこちらだ」


 カミュたちの下へウァンリオンが直々に防護服を持ってきた。

 人数分の防護服のサイズを見て、リネアが首をかしげる。


「ボク達用のもあるね」


 グランズ達やパゥクルたち傭兵とは異なり、カミュとリネアは小さい。見れば、女性であるリリーマ達にも体型にある程度あった防護服が支給されていた。

 ウァンリオンが軽く笑う。


「相手は未知の移動遺跡だ。内部の状態がどうなっているか分からないが、扉の類が動く状態とは限らない。換気ダクトなどを利用して内部調査を進められるよう、小柄な者にも参加をお願いするつもりだったのだよ」


 なるほどと納得しつつ、カミュは防護服を着込む。

 革製の長袖コートにズボン。ニスか何かが塗ってあるらしく、鼻を突く臭いがする。


「臭い……」

「ひゃはは、我慢してくれたまえ。蒸気を浴びても内部に水分が浸透しないように薬剤を塗布してあるのだ。それより、動き難くはないかね? 蒸気機甲の補助ありきで考えているのだが、動き難いようなら、この私が蒸気機甲を調整しよう」

「どうだろ」


 カミュは軽く腕や足を動かした後、蒸気機甲を作動させずに側転して見せ、感覚を掴むとバク宙を行う。


「うん、少し動きにくいけど、大丈夫じゃない?」

「ふむ、君の意見が当てにならない事は分かった」


 軽業師のような動きを、作動していない蒸気機甲という錘を付けた状態で軽々とこなしてみせるカミュを見てウァンリオンは初めて呆れたような顔をする。

 カミュに訊いても防護服の使用感は分からないと判断したウァンリオンがグランズへ視線を移した。


「どうかね?」

「肩関節が動かし難いってくらいかねぇ。単なる肩こりかもしれないから、肩叩きをお願いできるかな、リネアちゃん」

「四十肩って炎症だから、肩叩きすると悪化しない?」

「おじさん、そこまでの歳じゃないよ!」


 抗議するグランズの横ではメイトカルが感覚を確かめるように愛用の剣を抜いて型をなぞっていた。


「スティークスを運転する程度なら問題はないって感じだな。ドラネコほど身軽には動けないが」

「若様は体が硬いんだよ」

「ドラネコが柔らかすぎるんだっての」


 反論しながらも防護服による制限に体を馴染ませるように、メイトカルは何度も型をなぞっている。士官学校卒業者だけあって、綺麗なものだった。

 傭兵たちの何人かがメイトカルの動きを見て感心しつつ、周囲にいるカミュやグランズを見て怪訝な顔をする。年齢性別がバラバラで関係性が掴みにくい四人組だからだろう。

 傭兵たちも各々に感覚を確かめる中、カミュはリネアの側に行く。


「どんな感じ?」


 リネアは愛銃カルテムの収まったホルスターを持って悩んでいた。


「銃が凄く抜きにくいよ」


 防護服が動きを阻害する為、太ももに装着しているホルスターから銃が抜きにくいらしい。

 特に、リネアの愛銃カルテムは蒸気式の発射機構を有しており、比較的重たい銃だ。加えて、海水を供給するための小型海水タンクを腰の後ろにつけるため動き難さが増している。


「置いていくのは不安だし、どうしようかな」

「中に入ったらずっと構えてるとか?」

「疲れちゃうよ」

「とりあえず、抜いてみて」


 様子を見るために、カミュはリネアに銃を抜く動作をしてもらう。

 防護服だけあって生地が厚い事もあり、リネアが銃を抜こうと腕を動かすと腋の辺りで摩擦が発生し、動きを阻害していることが分かった。薬品を塗布してあるため摩擦力も大きいらしい。

 腕の長さと防護服の役割を考えると、避けられない事態である。

 リネアも原因に気付いたのか、解決法を探るように自らが着ている防護服を見下ろす。


「ヒップホルスターにすると海水タンクと競合するし、どうすればいいと思う?」

「平式の海水タンクにすれば良くない?」


 グランズが付けているような円柱式やカミュの付けている湾曲式など、色々な形の海水タンクが存在し、利点や欠点がそれぞれにある。

 強度や内容量に優れる円柱式は腰から外へ張り出す形状のため物に引っかかりやすい欠点がある。

 湾曲式は腰のラインに沿って緩やかに曲がっているため物に引っかかりにくく使用者の動きを邪魔しないが、内容量が円柱式に劣る。

 そして、平式と呼ばれる形状は内容量が湾曲式と同等、板状であるため円柱式よりは物に引っかかりにくいが湾曲式より引っかかりやすく、サイズによっては腰から左右にはみ出すため腕や袖がぶつかる他、上からコートの類を羽織っても形状の判別がつくなどファッション性も低い。

 リネアが露骨に嫌そうな顔をする。


「あれ不細工だから嫌だ」

「はいはい。わがまま言わない」


 リネアのわがままを聞き流しつつも、カミュは傭兵たちを見る。

 リネアと同じく蒸気式の銃を扱う傭兵もいるはずで、その解決法を探ればリネアにも応用できるのではないかと考えたのだ。

 ざっと見まわしてみたが、傭兵はみな平式と呼ばれる板状の海水タンクを背負っていた。かなり大型の海水タンクではあるが、上から歯車のデコレーションを施して一見大型の機械のように偽装している。身に付けている蒸気機甲もやや大型なため、著しく機械要素が多い出で立ちになっていた。

 リネアがカミュの視線の先を見て難しい顔をする。


「あれくらい突き抜ければ違和感もなくなるんだね」

「ブリキの玩具みたい」


 ネーライクの店先で見かけたブリキの兵隊を思い出してカミュが言うと、リネアが首を横に振った。あの格好は嫌だという無言の拒絶だ。


「――どうかしたかよ?」


 カミュとリネアが悩んでいるのを見て取ったのか、パゥクルが傭兵団砂魚の集団から離れてカミュたちに声を掛けた。

 事情を話すと、パゥクルは顎を撫でてしばらく考えた後、砂魚の集団に一度戻って何かを持ってきた。


「ウチで使ってる専用海水タンクだ。貸してやる」


 そう言って差し出してきたのは湾曲式の海水タンクだった。しかし、ホルスターを装着できるように改造されている。

 明らかな砂魚の備品を渡されて、リネアはパゥクルを見る。


「いいの?」

「貸してやるだけだ。作戦が終わったらきっちり返せ。代わりと言っちゃなんだが……」


 口ごもって頬を掻いたパゥクルがラグーンに目を向ける。


「あれ、見せてもらっていいか?」

「カミュ、いい?」

「分解しないならどうぞ」

「おぉ、助かる。V型二気筒なんてラグーンでもなきゃ使わないから、実物を見た事なくてな」

「――その気持ち分かるとも!」


 突如横合いからテンション高く声を掛けられ、リネアの肩がびくりと跳ねる。

 いつの間にそこに立っていたのか、ぬっと現れた白衣のギアファッション男ウァンリオンがパゥクルの両手を握る。


「同志よ。蒸気機関を愛好する我が盟友よ。このウァンリオンがV型二気筒シリンダーの妙なる神秘について解説しようではないか!」

「おい、なんだこいつ!?」


 パゥクルが驚いた顔でウァンリオンを見た後、カミュへ視線を移す。

 しかし、すでにカミュはリネアの手を引いてパゥクルたちから六歩ほど離れていた。

 パゥクルと目が合った瞬間、カミュは顔をそむける。


「訓練の準備、手伝ってこないと」

「ボクも行くよ」


 リネアも機敏にウァンリオン達から距離を取る選択をする。

 おいて行かれたパゥクルがラグーンの前に引っ立てられていくのを無視して、カミュとリネアは研究所の職員たちのそばへ足を運ぶ。

 砂漠の霧船に乗り込むためのジャンプ台設置に追われている職員に声をかけ、資材運びを手伝い始める。

 スティークスの重量を支えられる鉄製の資材は、蒸気機甲を使ってリネアと二人がかりならば運べる重量だった。

 ボルトで資材を固定したり、下部を砂で埋めて動かないようにしたりといった作業を手伝っている内にウァンリオンから解放されたパゥクルが恨めしそうな顔でカミュを睨みながら歩いてきた。


「助けろよ」

「ムリだと思ったら見捨てるのも勇気だよ」

「いっぱしの傭兵みたいなこと言いやがって」

「いや、元情報屋だし」

「あぁ……情報屋でもそういう事ってあるのか」


 傭兵団に所属する身として納得するしかなかったのか、パゥクルは苦い顔をする。


「まぁ、今回の作戦も命がけだし、見捨てる覚悟も必要だな」

「可能な時は助けるから安心しなよ」

「なんでドラネコが助ける側なんだよ。霧船で助けるのは傭兵のこっち側だろうが、情報屋が生意気言ってんな」


 整備隊長こそ何を言ってるんだろう、とカミュは内心首をかしげるが、いざという時に助けてもらえるならそれでいいかと納得する。

 そうこうしている内に整えられたジャンプ台と砂漠の霧船の排気口と同じ高さの着地場所の安全点検が始まった。

 カミュはリネアと共に職員たちの点検作業を眺めながら水を飲んで休憩する。

 遠目から見ると全体が良く分かる。


「あのジャンプ台、高くない?」

「二階建ての家くらいあるよね。ボクは高い所大丈夫だけど、カミュは……って聞くまでないか、ドラネコさん」

「あのくらいの高さならよく屋根の上にお邪魔するよ」


 旧市街であれば特に、雨樋を利用したり非常階段を足場にするなどで屋根の上に登り、向こうの通りへ近道する事があった。

 自分達は大丈夫でも他の参加者は大丈夫だろうか、とカミュは周りを見回す。

 大きなジャンプ台に感心した様子の傭兵たちに恐怖心は見えない。元々命がけで魔物や賊と戦うような者達だけあって肝が据わっているらしい。

 グランズやメイトカルも特に恐怖心は無いようだったが、やや難しい顔をしていた。

 グランズが愛車であるヤハルギを見て無精ひげを撫でる。


「あの高さまで上る以上助走を付けないとならないし、助走距離を考えると霧船へ突入するタイミングが難しくなるねぇ。トチると排気口横にごっつんこだ」


 グランズの懸念にメイトカルが頷いた。


「それに、着地するときの霧船の速度次第では排気口の中でこけますね。そうすると、後続の迷惑になる。この防護服なら早々怪我はしなそうですが、排気口の奥行きも分からない現状、賭けの要素が強い。国立蒸気科学研究所の研究者は頭のネジを蒸気機関に使いこんでるって陰口にも納得です」

「そんなこと言われてんの? まぁ、おじさんも納得することしきりだけども」


 ジャンプ台設営に使った蒸気式の工具をいとおしそうに撫でている研究所の職員をげんなりした顔で眺めながら、グランズが陰口に同意する。

 メイトカルは気持ち悪い笑みを浮かべる職員たちを視界に入れたくなかったのか、視線を自らのスティークスに向ける。


「先輩が先導役ですよね。って事は、訓練一番乗りも俺たちですか?」

「いんや。先にリリーマって女傭兵さん方がやるそうだよん。隊を三つに分けて、それぞれをリリーマ、パゥクル君、おじさんが率いる感じになってるから、メイトカル君たちはおじさんと一緒に三番手」

「ならちょっと、サスペンションを弄らせてください。今のだと硬すぎるんで」

「ほいほい。おじさんもヤハルギの点検しとこうかね。命を預ける相棒だし。カミュ君たちは?」

「とりあえずは一番手たちの様子を見てからにしたい」

「了解。一番乗り組が終わったら教えて」


 愛車に向かっていくグランズ達に手を振って送り出し、カミュはリネアと並んで一番乗りたちの様子を見る。

 リネアがカミュの肩を叩く。


「リリーマさんたちってレースに参加してなかったけど、運転技術は大丈夫なの?」

「全く問題ないと思うよ。リリーマって何でもやる万能型だけど、部下は一芸重視で片っ端から声を掛けて集めてるから、運転技術に優れた連中を集めて参加してる」


 ほら、とカミュはリリーマ達を指差す。

 リリーマを先頭にして走り出したスティークス四台は等間隔で縦一列となる。リリーマが徐々に速度を上げても続く三台は間隔を維持したままだ。

 ジャンプ台の下に到着した頃には四台ともが最高速を出していたが、間隔は未だ維持されていた。

 危なげなくジャンプ台を駆けあがった四台が次々に空中へ身を乗り出す。

 先頭のリリーマを始め、姿勢がぶれる様子はない。

 霧船の排気口の高さに合わせた着地点にリリーマがスティークスの後輪から着地。空中で落ちた速度をわずかに取り戻して前進すると、後続の部下が次々と着地していった。

 着地後の間隔は僅かに狭まっているが、本番で排気口の奥行きがどうなっているか分からないためにあえて間隔を詰めていたのだろう。三隊に分かれているため、一番乗りを決めるリリーマ達が間隔を詰めないと砂魚やカミュたちが排気口から溢れる恐れがある。


「凄いね……」


 全く危なげのないジャンプと着地に、リネアが感嘆する。

 カミュは興味なく水を飲んでいた。

 それなりに付き合いも長く、リリーマの実力のほどは知っている。


「リリーマって少年趣味以外に隙がないからね」

「……カッコいい女の人だと思ったのに、なんか知りたくない事を知った気分」

「世の中そんな情報ばっかりだよ。オレが言うんだから間違いない」


 元情報屋のカミュの言葉には妙な説得力が伴っており、リネアは諦めるように、あるいは世を憂えるように深いため息を吐くのだった。




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