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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第三章 行き着くところまで

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第一話  世界は広い。世間は狭い。

お待たせしました。原稿が完成しましたので毎週月曜から金曜の更新で進めていきます。

 レストアレース会場の撤収が進められる中、カミュたちを含む砂漠の霧船制圧作戦の参加者はネーライクのホテルに集められた。

 レンガ造り四階建てのホテル一階部分にある宴会場にはパゥクルたち傭兵団砂魚やリリーマ率いる傭兵団海華など、総勢十名以上が集まっている。


「ここにいるのって突入部隊なんだよね?」


 リネアが会場を見回しながら、カミュに訊いてくる。

 ろくな説明もなしに呼びつけられたため、カミュにも詳細は分からない。


「見た感じ、突入部隊と指揮官が集められてるんじゃないかな。パゥクルがいるくらいだし」

「あの人、整備隊長なんだっけ。カミュが参加を打診されたんだから、あの人も突入部隊としての基準には合格してるはずだけど」

「まぁ、他人はどうでもいいよ。それより、本当にリネアも突入部隊に入るの?」

「当たり前でしょ。カミュ一人だけ乗り込むなんてずるいよ!」

「ずるいって……」


 古代文明好きのリネアとしては砂漠の霧船という未知の古代遺物の内部調査の機会を見過ごせないのも本音だろう。

 しかし、カミュを心配しているのも事実だ。


「それに、突入部隊の人たちに考古学に詳しい人が誰もいないでしょ。貴重な資料になりそうな装置とかを壊しちゃったら目も当てられないよ。だから、ボクも行くの。絶対行くからね!」


 あくまで心配している事を口には出さないリネアに、カミュは苦笑する。


「分かったよ。でも、リネアはラグーンにオレと相乗りだからね」

「サイドカーは邪魔になりそうだし、仕方がないね」


 せっかく買ったのに、とリネアは残念そうに呟く。レストアレースが終わった後、新しいサイドカーを買ってきていた。

 二人の下に、皿の上を料理でいっぱいにしたメイトカルが戻ってくる。

 バイキング形式なのをいい事に、今日の夕食をここで済ませるつもりらしい。


「ドラネコ、俺もさっき研究所の人間に参加を表明してきた。霧船突入組に入るぞ」

「よく許可されたね」


 ウァンリオン達にとって、メイトカルのスティークス乗りとしての腕は未知数のはずだ。

 わざわざレストアレースまで開催して腕のいいスティークス乗りを集めたにしては、少し適当さが際立って見える。

 メイトカルがカミュの言葉に肩をすくめた。


「ドラネコは忘れてるみたいだが、俺は士官学校卒業のエリートなんだよ。警察に引き抜かれるほど優秀だ」

「そう言えばそうだったね」


 元々は軍人になるべく訓練していたのだから、スティークスのような移動手段についても相応の運転技術は持っているはずだ。メイトカルは卒業証明書か何かを提示して参加したのだろう。

 しかし、リネアが納得いかない様子で首をかしげる。


「でも、刑事のメイトカルさんをこんなにすんなり突入部隊に組み込むなら、警察や軍人に撤廃の会のシンパがいるって警戒していたのはウァンリオンさんの早とちりだったのかな」

「――いんや、その辺の調整はどこかの渋カッコいいおじさんのお仕事だよん」


 片手をひらひらと振りながらどこからともなく現れたグランズが会話に混ざってくる。


「ちなみに、おじさんも突入組ね。カミュ君たちの先導がてら、前を走ることになってるから、頼るといい。おじさんの頼りがいのあるところをみせてあげよう。惚れてくれてもいいのよ?」

「グランズが先導って心配だな」

「始まる前から疑われてる!?」


 今までの状況証拠から、グランズが警察関係者であることには察しがついていたカミュとリネアだったが、警察内部においてどれほどの発言力を持っているのかはいまいち掴めなかった。

 とはいえ、グランズのスティークス運転技術が並外れているのはカミュも知っている。傭兵として雇えと言いながら付いてきていたグランズを結局一度も撒けなかったのだから。

 話をしていると、会場の端の方にいた白衣の女性が歩いてきた。


「リネアさんですね。こちら、所長のウァンリオンからお渡しするようにと。契約書だそうです」


 ウァンリオンの部下らしい白衣の女性は厚紙で出来た筒をリネアに渡すと、その足でリリーマの方へ歩いて行った。


「こういうところできっちりしているのは公務員っぽいね」


 リネアが白衣の女性を見送りながら、筒の蓋を開いて中身を取り出す。

 全部で六枚の紙が出てきた。


「はい、一人一枚。霧船突入作戦で死んでも文句ないですよって誓約書ね。後、カミュ、この二枚が例の契約書」

「絶海の歯車島についての研究論文の件だね」


 ウァンリオンとの間で取り決めた、研究論文をリネアの名義で発表する旨に同意する契約だ。

 同時に、リネアの持っている情報をウァンリオンに開示する内容も含まれている。

 メイトカルが不思議そうな顔をして、カミュを見た。


「ドラネコ、ウァンリオンとの話の時から気になってたんだが、なんで今回の件に絶海の歯車島が絡んでくるんだ?」


 古代文明繋がりか、と訊ねてくるメイトカルに対し、カミュから目配せを受けたリネアが答える。


「あの時、メイトカルさんはいなかったから知らないのも無理ないと思うけど、タッグスライ砂漠第三遺跡についての話だよ」

「撤廃の会に爆破されたあの遺跡か。俺も現場に行ったが、酷い有様だった」


 遺跡の惨状を思い出したのか、メイトカルは苦い顔をする。

 リネアは契約書の内容に目を通しながら話を続ける。


「あの遺跡には未発見の地下空間があってね。クロムメッキらしき物があったりしたんだけど、一番大きい発見が――絶海の歯車島の設計図」

「……おい、マジか、それ」


 事の重大さに気づいて、メイトカルが声を小さくしながらカミュに確認する。

 カミュは静かに頷いた。同時に、後から現場を訪れたメイトカルが知らない以上、あの遺跡にあった古代の遺物は軒並み持ち去られていると考えられた。


「撤廃の会が現物を持ち去ったんだと思うけど、写しをリネアが持ってるんだよ」

「それが本当なら大発見だぞ。砂漠の霧船と並ぶオーパーツの二大巨頭だろ」

「現物が持ち去られた以上、妄想と区別がつかないけどね。ただ、ウァンリオンなら妄想だなんて一蹴しないでしょ。だから、リネアの持っている写しを見せる代わりに、砂漠の霧船を拿捕、制圧した後の調査発表で協力者の名前を全員分乗せて、希望者には所感を述べられる項目を作るよう持ちかけたわけ」


 これで、砂漠の霧船内部に絶海の歯車島に関する資料がなくとも、リネアの主張を公式に発表できる場が設けられることになる。研究発表よりも効果は小さいが、それでもリネアをスケープゴートにしようと考える者達への強い牽制になるだろう。

 同時に、国立蒸気科学研究所の所長という肩書を持つウァンリオンとの友好関係が築けるのも大きい。

 契約書の内容を確認し終えたリネアがポーチから万年筆を取り出して署名する。

 筒の中に契約書を一枚戻してもう一枚をポーチに入れた。


「さっきの人に渡せばいいのかな?」


 リネアはリリーマと話をしている白衣の女性を見ながら首をかしげる。

 カミュは会場内を見回す。ウァンリオンの姿はない。


「それでいいんじゃないかな。一緒に行くよ」

「お願い」


 リネアと一緒にリリーマの下へと歩き出す。

 いち早くカミュたちに気付いたリリーマがスパークリングワインの入ったグラスを軽く持ち上げて歓迎した。


「作戦について聞いてたところだ。ドラネコも聞いてくか?」

「どうせこれから全員に説明があるでしょ。それより、そっちの白衣のお姉さんにお話があるんだけど」


 声を掛けると、白衣の女性が振り返る。

 リネアが契約書入りの筒を差し出すと、即座に理解して受け取った。


「では、所長のウァンリオンに渡しておきます」

「お願いします」

「誓約書は後で参加者の方全員分をまとめて受け取りますので、しばしお待ちください」


 軽く礼をすると、事務的に告げて白衣の女性は会場端のスタッフルームへ歩いて行く。


「あんなに礼儀正しいってのに研究所の職員なんだよな。ってことは、あれも内側は変態なのかねぇ」


 去っていく白衣の女性を見送ってスパークリングワインを煽ったリリーマが失礼な事を言う。

 リリーマの言葉に同意や否定の言葉を返さずに、カミュはリリーマの連れているメンバーを眺める。

 以前、北部警察の拠点ロワロックにある裏酒場でみた三人の男女だ。カミュと目があった男の一人が苦い顔をした。酒場で掴みかかってきた男だ。


「このメンバーで霧船に乗り込むの?」

「霧船の中で戦闘が起こるとも思えないからな。操縦技術で考えればこの面子が一番安定する」

「やっぱ戦闘員じゃないんだね」

「本職じゃないってだけだ。まぁ、ドラネコには勝てないが、それでも腕っぷしは鍛えてる」


 こんな小娘に負けるとは思えない、とばかりに睨んでくる男女三人に笑顔で手を振ると、リリーマに頭を叩かれた。

 リネアも擁護するつもりはないらしく、呆れたようにため息を吐く。


「一緒に霧船を制圧する仲間なんだから、空気を悪くするようなことしちゃダメでしょ、カミュ」

「はーい」


 リリーマは反省の見えない返事をするカミュにため息を吐いた後、部下の三人を振り返る。


「お前ら、そこにいるドラネコは首都ラリスデンの旧市街で暴力団二つを潰し合わせて戦力を削った上で、即座に警察を呼びこんで二つとも検挙させちまった事がある。報復に来た残党も今は全員檻の中だ。下手に手を出すな。しゃれにならん」


 信じられないという顔をする男女三人を横目に、カミュは肩をすくめた。


「そんな昔のことを持ち出されてもね」

「カミュ、そんなことしたの?」


 胡乱そうな目を向けてくるリネアを、カミュはきょとんとした顔で振り返った。


「そんな事も何も、ラグーンを盗まれた時にリネアと一緒にやったじゃん」

「……転売屋のガスロンファミリー?」

「それそれ」

「道理であの時、メイトカルさんがタイミングよく現れたわけだよ。カミュが裏で糸を引いてたんだね……」

「糸を引くのも準備が大変なんだよ?」


 情報屋としてあちこちに顔を出して関係者に情報を提供し、意識を一つに向かわせる。言うは易し、行うは難しと言われる類の事だ。

 カミュとリネアの会話から、どうやら真実であるらしいと悟った男女三人が一転して気味の悪いモノを見る目をカミュに向けてくる。

 リリーマが言いたかったのはカミュの情報屋としての能力ではなく、残党を全て返り討ちにした戦闘力の方だったはずだが、伝わり方がねじ曲がったようだ。

 結果的にカミュに手出ししなくなったのなら良いと割り切ったのか、リリーマは空になったグラスを机に置く。


「そういや、このレストアレースは目的が色々とあったらしいが、そもそもの開催動機は所長のウァンリオンの思い出話にあるらしいってのは聞いてるか?」

「蒸気機関撤廃の会に皮肉で応えようって奴とは別?」

「別だ。あたしもさっき聞いたとこだが」


 リリーマはそう言って、白衣の女性が消えたスタッフルームの方をちらりと見る。情報源はあの白衣の女性らしい。


「なんでも、ウァンリオンは五年前にラリスデンで、ラグーンを乗り回す少女二人組を見たんだそうだ。シリンダー爆発事故の追従実験に使った後の廃車を蒸気科学研究所の裏手に捨てたらしいんだが、少女二人が乗り回していたラグーンの色と合致してたんだとさ。つまりは、廃車同然だったラグーンをレストアして乗り回していた少女二人組を目撃して感動したのが、今回のレストアレース開催の根本的な動機って話だ」


 そう言って、リリーマはカミュとリネアを見る。


「五年前にラグーンを乗り回していた少女二人組なんざ、ドラネコたちくらいだと思うけど、心当たりはあるかい?」


 問いかけられて、カミュはリネアを見る。


「ガスロンファミリーのアジトからラグーンを取り返した時かな?」

「撤廃の会に追われて首都を出る時かも?」

「どっちの時もあんな変態に出くわした覚えはないね」


 昔のことを思い出そうとしながら腕を組んで首を傾げ合っているカミュとリネアに苦笑しつつ、リリーマはスタッフルームから現れたウァンリオンに視線を移す。


「こうして世間は回っていくってね」




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