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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第二章 逃避した先

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第十三話 表彰式

 雨がやむ頃には後続の参加者も続々とゴールしていった。


「結局、撤廃の会のテロ活動は確認できずか。行く先々で出くわしてたから、ちょっと拍子抜けだね」


 カミュは最後の参加者がゴールラインを潜るのを見届けながら呟く。


「ボクとしては邪魔が入らなくてよかったと思うけどね。それに、ウァンリオンさんたちがやったっていう身辺調査が実を結んだ結果でしょ?」

「やっぱり有能ではあるんだろうね、あの人。……変態だけど」

「変態なのにね……」

「お二人さんやーい、美少女が二人そろって変態とか言うとおじさんは背徳感を刺激されて変な気持ちになっちゃうからやめてくれい」


 軽口を叩きながら窘めてくるグランズを横目に見て、カミュはリネアの耳に口を寄せて囁く。


「……あんな場所にも変態が」

「……うん、知ってる」

「声が聞こえないのに悪口言われている事だけは分かる! おじさん、まさか空気を読んでる!?」

「読み切ってくださいよ、先輩。周りの目が痛いので、速読してください」


 なんだかんだで二位に入賞しているカミュたちへの注目度はそこそこ高いらしく、周りがカミュたちの会話に聞き耳を立てて怪訝な顔をしている。

 メイトカルはうんざりしたようにため息を吐いて、グランズから一歩距離を取ろうとした。すかさず、グランズがメイトカルの肩に腕を回す。


「似た者同士、仲良くしようぜ」

「巻き込まないでくださいよ。というか、心外です!」


 やいのやいのとじゃれ合っているグランズとメイトカルからさりげなく距離を取って、カミュとリネアは表彰式の準備を始める。

 表彰される側であるため準備する物はさほど多くなかった。レーサーであることを示すヘルメットを小脇に抱えて、カミュは空を見上げる。

 雲間から青い空が覗いていた。一雨降らして、空も気が済んだのだろうか。


「――おい、ドラネコ」


 横から声を掛けられて、カミュは目を向ける。

 真っ赤に染めた髪を掻き上げながら、一人の女傭兵が歩いてくるところだった。


「リリーマちゃん、どうしたの?」

「ちゃん付けはやめろって言ってんだろ。会場警備で今まで離れられなかっただけで、ずっと会場内にはいたんだよ。二位入賞おめでと」

「わざわざそれを言いに来たの? 妙なところで律儀だよね」

「傭兵なんかやってると義理を通しておかなけりゃどうにも座りが悪いのさ。それで、そっちの琥珀色が旅の道連れか?」


 声を掛けられて、リネアは首をかしげる。この人は誰だろうと顔に疑問が書かれていた。

 カミュはリリーマを手で示して紹介する。


「こっちは傭兵団長のリリーマ。こういった大会でよく施設警備をやったり、魔物の討伐戦なんかもやってるけっこう大きな傭兵団をしたがえてる。髪の色がコロコロ変わる上にセンスがまるでないのが玉にきず」

「ドラネコ、不必要な事まで言わなくていいんだよ」

「こっちがリネア。オレの彼女」

「――はぁ!?」

「どうも、妻のリネアです」

「――ふぁあ!?」


 悲嘆と驚愕が混ざった不思議な叫び声をあげるリリーマに、周囲の人々が目を向けてくる。

 悪乗りが過ぎたかと思いつつ、カミュはリリーマの反応をさらりと流す。


「あっちの二人がグランズとメイトカル」

「他に訊きたいことがあるが、まぁいい……。あぁ、くそ、もっと早く粉掛けとくんだった」


 頭をガシガシと掻いたリリーマは、周囲の人々をじろりと一周睨み回して視線を外させると、カミュに向き直った。


「例の作戦には参加するのか?」

「ウァンリオンから打診があってね。参加するつもりだよ」

「そうか。あたしも直接出るよ。砂魚のとこも本隊が戻ってきてるそうだが、おそらく間に合わない。まぁ、あのパゥクルって奴の運転技術はそれなりに使えるし、問題ないだろ」


 そう言ってリリーマが視線を向けた先には傭兵団砂魚の整備隊長パゥクルが仲間に指示を出している姿が見えた。


「表彰式は見物してるから、せいぜい観客の視線をパゥクルの奴から奪っちまいな。ドラネコの顔なら一発だろ」

「リリーマが言うと卑猥」

「殴られたいのか、てめぇは」


 まったく、とため息を吐いて、リリーマはグランズ達のところへ歩いて行く。作戦についての話をしに行くのだろう。

 リリーマは不意に足を止め、カミュを振り返った。


「いまから表彰台に上がる奴に言うのもなんだけど、上には上がいる。そんで、上に行けばいくほど、景色がいいもんだ」

「何の話?」

「行けばわかるさ。たまには人生の先輩ぶらないとね」

「そっか、ありがとう、おばさん」


 感謝の言葉を贈ると、リリーマが銀貨を一枚投げつけてきた。

 額を狙って高速で放たれたその銀貨を、カミュは危なげなくキャッチする。

 リリーマは舌打ちして、グランズ達へ歩いて行った。

 リネアがカミュの手の中の銀貨とリリーマの背中を見比べる。


「お祝いかな?」

「多分そうだね。リリーマって気障なとこあるから」


 祝勝会にはリリーマも呼んでおこう、とカミュは銀貨をポケットに入れる。

 その時、表彰台の方からウァンリオンの声が聞こえた。


「栄えある入賞を果たした蒸気機関の愛好者たちよ! 集いたまえ!」


 ウァンリオンが両腕を広げて天を煽ぐと、狙い澄ましたように空の雲が割れ、青い空が顔を出す。雲間から差し込む一条の光が表彰台を照らし出した。


「まずは三位、シドア蒸気機関工房より、ハウフ・シドア!」


 ウァンリオンが呼びかけると、大柄な髭の男が進み出る。

 レース中盤戦、カミュと二台だけで一周回り切ったレーサーだ。ピットインのタイミングまで同じだったにもかかわらず、雨を予想できずに後半戦には関わってこなかった。

 ウェットタイヤでトップ争いを繰り広げていたカミュとパゥクルとは異なり、三位争いは遅れてウェットタイヤに交換した者達がしのぎを削る激闘だったらしい。

 表彰台の一番低い位置に上ったハウフ・シドアは少し不満そうに一位と二位の立ち位置を一瞥すると、腕を組んで前を見た。


「では二位の発表に移ろう。最年少参加者にもかかわらず雨を見事に読み切り、最後尾スタートから果敢な攻めで上り詰めたカミュ君だ!」


 ウァンリオンがノリノリで紹介した直後、観客たちから野太い声が上がる。


「かーみゅーちゃーん!」

「え、なにこのノリ不気味」


 声を張り上げる野郎どもを見て眉を寄せる女性たち。

 カミュは前に進み出て、表彰台の二位の段に上がる。

 女性たちが何やら納得したようにカミュを見た瞬間を見計らい、カミュはあざとく頬に手を当てて小首を傾げ、口を開く。


「オレ、男だよ?」


 野太い声を上げていた野郎どもがその体勢のまま硬直し、女性たちは驚きの表情でカミュをまじまじと見つめる。

 カミュは後ろ手を組むと、少し体を傾けてウインクした。


「だからお姉さんたち、よろしくね」

「かーみゅーくーん!」


 一転してキャーキャー騒ぎ出す女性たち。野郎どもは思考を停止したうつろな目をしていた。

 一人だけノリに加わらない真っ赤な頭の女性客がいる。

 呆れた顔をしているその女性客、リリーマが肩を竦めていた。

 十分以上に温まった会場の空気を察して、ウァンリオンが最後の一人を紹介する。


「そして、栄えある第一回レストアレースを制したのは傭兵団砂魚整備隊長。限られたレストア期間の中でフルチューンナップを施し、巧みな運転技術により一位をもぎ取った彼に愛すべき蒸気馬鹿の称号を贈ろう!」


 もらって嬉しいのだろうか、と小首を傾げつつ、カミュは隣の段を見る。

 上がってきた優男パゥクルを見て、女性客たちがさらに騒ぎ出す。

 パゥクルは笑顔で手を振って愛嬌をふりまきながら、カミュを横目に見た。


「……結果的に勝ちはしたが、納得できてない。あの状態のラグーンを修理し終えて、雨の読みは完璧。運転技術も大したもんだった。最後、風がやまなければ確実に負けていた。だから、納得いかない」

「風がやんだ影響はお互い様だよ。納得したら?」

「それができないと言ってる。悔しいんだよ、言わせんな」

「ふーん」


 気のない返事を返しつつ、カミュはパゥクルの足元を見る。

 二位の段にいるカミュより、膝の高さ分上にパゥクルは立っている。

 カミュは正面を見た。

 大会そのものが小規模な物で、しかも第一回とあって知名度も低い。観客は百人ほどいるように見えるが、中には警備担当だった傭兵や参加者の身内も混ざっているはずで、純粋にレースを見に来た観客はさほど多くないだろう。

 それでも、百人もの人間が送る拍手はカミュたちの立っている表彰台を音の波で揺らすほどの大きさだ。

 ほぼすべての視線が一位のパゥクルに向けられている。


「……独占しておいて、悔しいも何もないと思うけど」

「何か言ったか?」


 パゥクルがカミュを横目で見る。

 カミュはパゥクルの視線に気付いていたが、目を向けずに観客たちを見続けた。


「何はともあれ、勝ち取った以上は楽しみなよ。そこに立てなかった奴を悔しがらせて、次のレースを盛り上げるのが一位の役目で、特権でしょ?」

「なるほど、一理あるかもな」


 カミュの言葉に小さく頷いたパゥクルが拍手に応えるように片手を上げた。

 直後、拍手の勢いが増した。

 リリーマの言葉を思い出しつつ、カミュは正面の人だかりを見つめる。

 高さが足りないのか、奥の方の人の顔はよく見えない。

 拍手の矛先が自分ではなく、揺れる表彰台の振動は中途半端で不確かな自分の足元にふさわしく感じた。

 もしも、またレースに出られたなら、今度は一位を取ってやろう。

 そう思いながら、カミュは晴れ間の見える空を仰ぐ。

 空から差し込む光だけは、表彰台の三人を分け隔てなく祝福するように降り注いでいた。


これにて二章終了です。

三章開始は一月下旬から二月上旬を目途に考えています。


では、よいお年をノシ

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