第八話 傭兵団砂魚
「直っちゃうもんだねぇ。おじさん、ちょっと驚いた」
「他のスティークスだったら無理だったけどね」
カミュはグランズに言い返して、ラグーンに布を掛けた。
明日に始まるレースに備えて、カミュたちはピットの準備を行っていた。
すでに日も暮れ始めているが、照明がついているため作業に支障はきたさない。
予備のタイヤを転がしてきたメイトカルがカミュに声を掛けた。
「ラグーン以外は一週間で直せるように応急修理してあったんだろ。それでも無理なのか?」
「オレ達の知識はかなり偏りがあるからね。一通りの整備は出来るし、時間を掛ければ直せると思う。実物を見るまでは何が来ても直してみせるって思ってたんだけど……」
今は自信がない、とカミュは首を横に振る。
ラグーン用の海水タンクに給水用の蛇腹配管を繋いでいたリネアも首を振る。
「ボクもカミュと同じだよ。あんなひどい状態のスティークスが出てくるとは思わなかったからね。ボク達はラグーン以外のスティークスだと部品の互換性とかの知識が全くないから、カタログを見ながらの作業になってたはず。一週間でレストアが終わるとは思えないかな」
「その点、他の参加者は広い知識があって凄いよね」
「だねー」
カミュはリネアと他の参加者を褒めつつ、椅子に座った。
グランズが冷たい水を水筒からコップに入れて、カミュに手渡す。
「それで、カミュ君や、明日はそんな人たちとレースするわけだけど、大丈夫かい?」
「さぁね。セッティングも満足にできてないし、厳しいかもね」
他のチームとは異なり、コースも一度しか走っていない。細かいマシンセッティングなどできるはずもなかった。
グランズがリネアにも水を渡して、肩をすくめる。
「他の参加者はそう思ってないようだけれども。何しろ、あの状態のラグーンを一週間で直したんだ。警戒するよ、そりゃあ」
グランズの言う通り、ラグーンの修理を期日までに終えたことでカミュたちに対する注目度が跳ね上がっている。
元々は家族ぐるみでの思い出参加だと思われていただけにまるで警戒されておらず、他の参加者たちからは突然降って湧いたように見えただろう。
加えて、カミュはスタート位置も悪い。
スタートの位置づけはスティークスの運転技術で決められたものではなく修理の早さで決められたもの。つまり、どの参加者も運転技術についてほぼ未知数だ。
しかし、カミュはレストアの締め切り時間に間に合わせるためコースを一周、全力で回ってしまっている。その運転技術が侮れるものではないと他の参加者は知っているのだ。
最後尾に警戒すべきレーサーがいるのなら、進路を妨害して前に出さないようなコース取りをする参加者が出てくる。必然的に、カミュのコース取りは乱される。
「かなり厳しいレースになるぜい?」
「何とかするよ。何とかしないと、ラグーンを持って帰れないからね」
準備をあらかた整えたリネアが水の入ったコップを片手にカミュの隣に座る。
「何はともあれ、今日はゆっくり寝られそうだね」
「ずっと徹夜だったもんね。寝袋も洗わないと」
「レースが終わってからにしようよ」
とにかく休みたいから、とリネアは欠伸をした。
その時、ピットガレージの入り口扉がノックされた。
カミュは首を傾げてリネアを見る。
「誰だろ」
「みんないるよね。ウァンリオンさんかな」
「そういえばいないね。結局、あの人は何がしたかったんだろう」
「お二人さんや、とりあえず来客に対応しようか。では、メイトカル君、頼んだ」
「なんで俺なんですか。まぁいいですけど」
メイトカルが立ち上がり、扉へ向かう。
扉を引きあけると、そこには以前もカミュに声を掛けてきた優男と大男が立っていた。
腕を組んで不機嫌そうな顔をした優男が扉を開けたメイトカルを無視してカミュを見る。
「やっぱりお前がドラネコじゃねぇか!」
「こわーい」
「おおよしよし」
カミュが怖がった振りをして抱き着くと、リネアが慰めるように背中を撫でた。
そばにいたグランズが優男を鋭い目で睨む。
「おいおい、ウチの姫様を怖がらせるとはどういう了見だい。ドラネコだか何だか知らないが、人違いだって言ったはずだ。因縁つけるなら大会運営に告発するぞ」
「え? いやいや、だってその黒髪の子がドラネコだってネタは割れてんだ。こっちが雇った情報屋の中に知り合いもいた。間違いないって」
「間違いだからこんなに怯えてんでしょうが。うちらの姫様の涙が嘘だとでも言いたいのか、コラ」
「姫様、姫様ってその子って男の子だろ。ドラネコなんだから」
「こんな可愛い子をつかまえて男の子扱いとはどういう目をしてんだ。おじさんが良い眼科教えてやろうか?」
ノリノリで優男を糾弾するグランズを横目に見て、カミュは顔を挙げた。
「なんだ、男だってばれてるくらいなら素直に話を聞いた方がいいね。何の用?」
「――カミュくーん!? おじさんが上り切った梯子を外して放置するのは趣味が悪すぎんぜ、おい!」
「勝手に上ったんじゃん。知らないよ、そんなの」
「グランズさんが悪乗りするからいけないんだよ」
「リネアちゃんまで!?」
「グランズ先輩、ドラネコはこういう奴です」
メイトカルがグランズの肩を叩いてなぐさめる。
カミュたちのやり取りを見ていた優男は頭痛を堪えるように額を押さえていた。
「……漫才集団だったとか聞いてねぇよ」
カミュは優男とその後ろにいる大男を視界に収め、口を開く。
「それで、何の用? 情報屋は廃業してるけど」
「リリーマの言う通り調子が狂うガキだな。先に訊くが、ここの監視員は?」
「どっかに居るんじゃないの」
「ドラネコはこの大会についてどこまで知ってる?」
「情報屋は廃業したから、そんなに多くは知らないよ」
「ドラネコが大会運営側の雇った情報屋から情報を仕入れているのは調べがついてる。手に入れた情報を話してもらいたい」
優男の申し出に、カミュは苦笑して肩をすくめる。
「傭兵集団の砂魚が情報戦に弱いとは到底思えないんだよね。オレから聞かなくても直接大会運営側の情報屋に渡りをつけて訊きだせばいいし、その伝手も持ってるでしょ。それをしないのはオレが独自のルートで手に入れた情報を聞き出したいから。そのとっかかりを探すためにそんな商談吹っかけて来るってちょっと回りくどすぎるよ。新人教育の一環か何かなの? いくら商談を積み重ねても、情報屋との間に積み上がるのは信頼関係じゃなくお金だってこと、前任者に聞いてないのかな?」
「……お得意さんにしか話せない類の情報は持ってない、と?」
「お得意さんにしか売らないって形の商売をしていないって事。お金次第でどんな情報も売るよ。現役時代なら、ね。今は廃業してるからいくら積まれても話したくない事は話さない」
カミュは情報屋として交渉テーブルに着く気はないと断言する。
優男はしばらく考えた後、壁に背中を付けて楽な姿勢を取った。
「旧市街情報屋のドラネコは、ヤバい情報をたんまり持ってるって話だもんな。廃業したなら口が堅くもなるか。――こちらが聞きたいのはこの大会に対する撤廃の会の動きだ」
交渉での情報売買が成り立たないと見たか、優男は単刀直入に切り出した。
「もう知っているようだが、我々、砂魚は輸送隊護衛を主に活動している傭兵団だ。この会場設備や部品の輸送も半分くらいは我々が護衛してきた。団長は現在別の任務で他所に行ってしまって、今ここに残っている団員を纏めてるのが――」
優男は言葉を区切り、親指で自らを指差す。
「このパゥクルだ。整備隊長をやってる。ちなみに、会場の施設警備に砂魚は関与してない。背後関係は大会運営側にきっちり調べられてるけどな」
「それで?」
話の続きを促すと、パゥクルと名乗った優男は仲間の大男を振り返る。大男は視線を受けて一度頷いた。二人の間で何らかの意思疎通が行われたのだろうが、カミュたちには分からなかった。
「嗅ぎまわっていたくらいだからドラネコも勘付いているだろうが、この大会には裏の目的がある。我々砂魚はその目的を知りたいんだ」
「で、撤廃の会に関する何かが行われると考えた?」
「そういう事だ。リリーマから話を聞いている。ドラネコは撤廃の会がらみで警察に追われていたらしいな」
その警察関係者が二人もそばにいることに気付いていないらしく、パゥクルはグランズとメイトカルから意識を外していた。
パゥクルは鋭い視線でカミュを見る。嘘を吐かれてもすぐに見抜いてやると言わんばかりの気迫がこもった視線だ。
「警察に追われていたドラネコが何故、この大会に出場できた? 何か裏で取引してるだろ? それも、撤廃の会がらみでだ」
どうだ図星だろうとばかりに言い切るパゥクルを見つめ返し、カミュは余裕の笑みを浮かべて足を組んだ。
「ハズレ。って言ってもどうせ信じないだろうけどさ。せめてもう少し傍証を積み上げる努力をしていれば恥を掻かずに済んだろうね。健闘賞ってことでこちらが持っている撤廃の会の情報をあげたいところだけど、残念ながら動きが掴めてないよ。多分、会場にはいない」
カミュの言葉を聞いて、パゥクルは一瞬沈黙した。嘘をついていないかを探る眼をしているが、カミュは笑顔を崩さない。実際に嘘など吐いていないのだから、動揺するはずもない。
だが、パゥクルは情報のやり取りに関しては素人であり、分析力も甘い。それは碌に事前調査をせずにカミュの下へやってきて持論を披露した点からも明らかだ。
だからこそ、カミュにはパゥクルの次の言葉が予想できていた。
「嘘だな」
「なら嘘って事にして良いよ。話が進まないから、この大会の裏の目的とやらを知った時に砂魚はどう行動するのか聞いてもいい?」
「場合によっては一枚噛もうと思っている」
「なら大会運営側に直訴すべきだよ。オレは無関係だから、こうして話している時間も無駄。帰ってくれる?」
カミュは扉を指差して退室を促す。
しばらくカミュを探るように見つめていたパゥクルだったが、やがて諦めたように壁から背中を離して大男に声をかけ、ピットガレージを出ていこうとする。
しかし、途中でふと足を止めてカミュを振り返った。
「話は変わるが、明日のレースではドラネコがラグーンに乗るのか?」
「そうだよ」
「そうか。じゃあ、いいレースができそうだ。楽しみにしてる」
本心なのだろう、先ほどまで情報屋ごっこをしていた時とは違う楽しそうな声で言って、パゥクルは出ていった。
グランズが扉を閉めて、カミュを見る。
「カミュ君、実は裏の目的って奴を予想してたりするんじゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
「情報屋がただで得られる情報源からろくに話を聞かずに返したから、かな。大会関係の物資輸送を護衛していたんなら、あの砂魚って傭兵団からどんな品が運び込まれたのかを聞き出すこともできたはず。それをしないのが、おじさんは不思議なのよ」
グランズの探るような言葉に、カミュは横のリネアを見る。
「砂漠の霧船、この大会が終わったら見ようね」
「楽しみにしてるよ」
笑い合うカミュたちを見て、無視されたグランズは肩をすくめた。




