第六話 一番、二番
レストア期間二日目の昼、カミュはリネアと昼食を取りながら作戦会議を行っていた。
「いくつかのベアリングが割れてるしホイールも磨いてみたけどヒビが入ってるね。どっちも交換が必要だから、後でオレがとって来るよ」
カミュは部品置き場の方を見ながら言う。
二日目だというのに部品置き場には他の参加者が度々足を運んでいた。不良品を持って行ったことに気が付いたり、大きさが合わなかったりしたのだろう。
部品に関しては主催者側が時々補充している。一体どこからそんな量のジャンクを持ってきているのか不思議なくらいだ。
玉石混交なため多少の目利きが必要にはなるものの、旧市街でジャンク品ばかりと格闘していたカミュにとっては問題がない。
しかし、ラグーンは使用できる部品に他社製品との互換性がほとんどないため、欲しい部品が手に入るか分からなかった。
リネアがラグーンを見ながら口を開く。
「シートの張替だけは済ませた。それと、足回りなんだけど、フロントのブレーキの調子がおかしいんだよ」
調子が見たいと言ったリネアがラグーンを前後に手で押したり引いたりした際、妙な音がしていたのを思い出す。
「ディスクブレーキだよね。さっきラグーンを揺すってた時に何かこすれるような音がしてたけど」
「そうなの。物自体も古くて排熱が上手くいきそうもないから、部品を探す時にいいのがあったら取り替えよう」
「分かった。ブレーキ関連も注意しておく」
ラグーンは大型スティークスであり、馬力も相応にある。足回りに妥協はできない。
カミュは片手で計算式を書いていた紙の端にディスクブレーキ確保必須と書いて丸で囲み、強調しておく。
カミュの手元に視線を移したリネアが計算を上から確認しつつ、頷いた。
「ボイラーの大きさは大丈夫そうだね」
「十分だよ。安全弁もV型シリンダーについていたオリジナル品だから信頼性抜群。タンクの方もあれで大丈夫」
カミュは鉛筆の先でラグーンに積まれた海水タンクを示す。
「計器類の検査を行う必要があるよね。ボイラー圧とかさ」
「計算上は大丈夫そうだけど、実際に動かすと漏れ出ていたりとかも子供の頃にあったよね」
「あったね、そんな事。あの時ばかりはアルトナンおじさんも慌ててたなぁ」
昔を懐かしみつつ、カミュは計算を終えた紙を畳んでポケットにねじ込んだ。昼食はすでに済ませてある。
「それじゃあ、部品を取って来るよ。グランズ、荷物持ちをお願い」
「あいよー。よっこいしょっと」
「爺くさ」
「おじさん臭いと言いなさい! むしろいい香りと言いなさい!」
グランズが抗議しながらカミュの隣に並んで歩きだす。
部品置き場にはちょうど人がいなかった。錆びたり破損したりしている部品がずらりと並ぶ中を見まわりながら、カミュは目当ての物を探す。
グランズも部品を眺めていたが、どれが使えるかもわからないらしく手を出さないでいる。
「レストアした後はレースをするんだろう? マシンセッティングの時間は取れるのかい?」
「ムリだね。走れるところまではもって行って、レース出場規定を満たした後で調整かな。レストアが終わった事を証明するためにコースを一周はしるから、その時に路面状態を確認するしかない」
「たった一周か。厳しいねぇ」
グランズの言う通り、作業の遅れがレース結果に直結しかねないのがこの大会だ。完走できる参加チームが何組いるかもわからない中、セッティングの時間も取れないようなカミュたちが上位入賞を勝ち取れる可能性はかなり低い。
グランズが部品置き場から各参加チームの様子へ視線を移す。
「いくつかのチームは乗り手が技術者みたいだけれどもさ、あの傭兵団のところは乗り手も結構やり手っぽいぜい。他の上位チームもその辺を心得てる」
「だろうね。勝ちに来ているチームは人員も揃えてるんだよ。開催前の人集めから勝負は始まっていたってところかな」
「始まる前から出遅れてんね」
苦笑して肩を竦めるグランズに、カミュはフロントブレーキを渡す。
「よそはよそ、うちはうちだよ。レストア中は自分のところにだけ集中していればいい」
「おう、かっこいいね、カミュ君」
「無駄口叩かないで。ほら、これも持って」
カミュは次々とグランズに部品を渡しつつ、小さく声を落とす。
「……撤廃の会の動きは?」
食べ物を買いに出たり、煙草を吸いに行ったりして度々会場の外に出ているグランズは、すっと目を細めた。
「いまのところは確認できてない。会場警備に警官が配置されてないってのも本当だった。加えて、ここネーライクの警官に大規模な人事異動が最近あったらしい」
「やっぱり、この大会は政府関係で何か大きな裏があるね」
そして、と内心で続けてカミュは自らの作業区画にいる白衣の男を見る。
リネアの作業を興味深そうに眺めているその男、ウァンリオンはカミュたちの監視員だ。
しかし、それ以上に彼には大きな肩書きがある。
国立蒸気科学研究所の所長にして、今大会の実質的な資金提供者であり主催者なのだ。
そんな男が何故、カミュたちの作業区画で監視員などやっているのかが分からない。
「カミュ君や、あの男はどういう人間なんだい?」
グランズもカミュと同じ疑問を持っていたのか、訊ねてくる。
「グランズの方が知ってるんじゃないの?」
「しがない一傭兵のおじさんが公務員のこと知ってるわけないじゃないのさ」
「……内外で変態の名をほしいままにする蒸気科学者で奇人」
その偏執ぶりは主に部品などの製品に向けられており、過去から現在に至るまで工業的に生産された品物であれば製作会社や販売会社を町工場レベルまで特定可能だと言われている。
新技術よりも過去の技術研究とそこから有用な技術の発見、抽出、再構築を行う事にかけては、他の研究者をして「気色悪い」とまで言われるほどの熱中ぶりらしい。
おおよそ研究者への評価としては用いられない「気色悪い」という言葉からも、変態の名をほしいままにする背景が見えるというものだ。
「なんか、過去にレストアされたスティークスを乗り回している女の子を見たとかで、そこから過去の技術に傾倒していったらしいよ」
「なるほどねぇ」
グランズは顎を撫でてちらりとカミュの横顔を見る。何か含むところのありそうな視線だ。
そんな変態が何故国立機関の所長におさまったのかが知りたいのだろうと、カミュは話を続ける。
「ただ、分析力に長けたキレ者でもあるって話。蒸気機関の爆発事故なんかが起きると国立蒸気科学研究所に問題の蒸気機関が持ち込まれて原因分析されるんだけど、過去に二度、蒸気機関への細工で爆発事故に偽装された殺人事件を解決してる。警察より先に犯人を挙げたって話もあるね」
変態と言われるだけあって奇をてらった行動に関するエピソードが多い人物であり、行動一つ一つに意味を求めてはいけない。しかし、キレ者であるのもまた事実。
「掴みどころのない要注意人物ってところかな。オレ達に近付いてきたことに意味があるのかないのかもいまいち分からない」
いずれにせよ、警戒が必要だ。
何しろこの会場において最も政府中枢に近い人物であり、今大会に裏の目的があるのなら確実に関与している。
カミュたちが巻き込まれないためにも、ある程度の距離を置いておきたい人物だ。
「そんなわけだから、グランズは上手いこと距離を置いてよ。そういうの、得意でしょ?」
「か、カミュ君や、さらっと心を抉る発言するの止めてくんない?」
胸を押さえるグランズに肩をすくめて、カミュは部品置き場を離れた。
作業区画へ向かうカミュたちに気付いたように、別の作業区画に動きがあった。
どこかの傭兵団の技術員たちで構成されたその一団の中から二人、若い優男と大男がカミュたちに向かって歩いてくる。
明らかにカミュを見据えているその優男にカミュは遠慮なく警戒の視線を送った。
参加者同士の交流に罰則はなく、むしろ共に蒸気機関撤廃の会に対抗する同志として仲良くなることを奨励されているが、結局のところは競争相手である。最初の接触時は警戒するのが当たり前だ。
優男も大男も理解しているらしく、特に不快そうな表情は見せない。
カミュたちの進路を塞ぐように立ち塞がった優男と大男の前に、カミュは後ろにグランズを従えた状態で立つ。
「何?」
ただ一言、カミュは小首を傾げて問いかける。周囲から見れば少女が二人の成人男性を前に困惑しているように見えるだろう。
優男は大男の一歩前に出ると、左手で前髪を掻き上げた。
「旧市街情報屋のドラネコさんだな? リリーマから聞いてる」
「え? ……多分、人違いです」
「……え?」
困惑した演技でカミュがしらばっくれると、自信満々だった優男が顔をこわばらせ、狼狽える。
「あ、あれ? 人違い? 本当に?」
「多分、ですけど。ドラネコってあだ名みたいなやつですよね。本名は分からないんですか?」
「ほ、本名は聞いてないな。す、すまない。人違いだったようだ」
「いえ、なんか期待させたみたいでこちらこそすみません。見つかると良いですね、そのドラネコさん」
にっこりと白い可憐な花を思わせる笑みを浮かべて一礼すると、カミュは優男の隣をすり抜けた。
優男と大男は二人で何か相談し合ってから、自分たちの作業区画へトボトボと帰っていく。
二人の背中を見送っていたグランズはカミュの肩を叩いた。
「面倒臭いからって他人の振りしなくったっていいんじゃないのかなって、おじさんはあの二人を憐れんじゃうんだけども?」
「この期に及んで考え事を増やしたくないんだよ」
傭兵団が何のつもりで情報屋のドラネコことカミュに接触しようとするのか、そんなことは大会が終わった後に回したい。
カミュは作業区画に足を踏み入れると同時に横目を向ける。
ニヤニヤと笑いながら、ウァンリオンが机に片肘を突いてカミュを眺めていた。
「君たちにしては珍しいミスをしている。その部品は大きさが合わないはずだ」
カミュの視線を受けて、ウァンリオンがニヤニヤした笑いを引っ込めることなく指摘する。
だが、指摘はただ話題を逸らすための物だろう。ウァンリオンの笑みはカミュが優男たちと会話を始めた時から浮かび始めていたのだから。
嫌味な言動に映るウァンリオンの言葉に対し、カミュは笑顔で返した。
「よく分かったね」
カミュはグランズからウァンリオンが指摘したラグーンとサイズが合わない変速機を受け取る。
「でも、オレのラグーンについては分かってない」
ピクリ、とウァンリオンの眉が上がる。
部品や製品に精通しているといわれるウァンリオンのプライドを刺激したのだろう。カミュも煽るつもりで口にしている。
「カミュ、何も知らない人に説明してる暇ないんだから、早くこっちにそれ持ってきて分解してよ」
リネアに声を掛けられ、カミュは変速機を持ってリネアの横に座った。
リネアの前には鉄の棒が転がっている。
手渡された工具を使って手早く変速機を分解し始めたカミュの手元を覗き込んで、ウァンリオンが眼を細める。
「これは素晴らしい。そこまでしてラグーンを動かすか。実に重たい愛の結晶だ」
「当たり前でしょ。愛がないと動かないんだよ、こいつは」
カミュはウァンリオンに言い返して、変速機からいくつかの歯車を取り出してリネアに渡す。
リネアは受け取った歯車の直径や厚みを計ってから、中央に開いているシャフトを通すための穴を研磨機で広げる作業に移る。
カミュたちがラグーンのために持ってきたのは変速機そのものではなく、それに使われている歯車の方だった。
「流用できないなら加工して組み込む。そうじゃないとラグーンは動かせない」
「加工すれば組み込めるパーツは、カミュと一緒に子供の頃ずっと探し回ったもんね。そこらの技術者とは年季が違うんだよ」
カミュとリネアが得意になっているのを見て、作業区画の端に座り込んでいたメイトカルが呆れたような顔をする。
「年季も何も、ラグーンの実物に触れる機会がある人間の方が少ないんだっての。専門家が生まれる余地がない」
「なら、オレが一番」
「じゃ、ボクは二番」
「そういう問題じゃねぇ……」
くすくす笑いながら部品の改造を始めるカミュたちを見て、ウァンリオンが興味深そうに小さく頷き、呟いた。
「……いい滑り出しだ」




