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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第二章 逃避した先
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第五話  レストア開始

「カミュ!」


 ラグーンを押して作業区画に戻ってきたカミュに駆け寄ったリネアは、すぐにラグーンへ視線を向ける。


「ドラネコキーホルダーが付いてるって事はやっぱり……?」

「どうして流れてきたのかは分からないけど、考えるのは後回しにしよう。まずはこれを直すところから」


 リネアが頷いて作業区画へ戻り、ラグーンをジャッキアップする。

 カミュはラグーンの状態を見ながら必要になる部品を紙に書きだしていった。

 流れるように動き出した二人に、グランズとメイトカルは手を出せない。

 ラグーンの車体を器具で持ち上げたリネアは、ぐるりと廻りを一周して険しい顔をする。


「やっぱり、酷いやられ方してるね。でも、ボディとかどうやって直したんだろう」

「国立蒸気科学研究所の変態の仕業だろうけど、多分溶接したんだよ。普通、あの状態になったら諦めるものだけど」

「――その通りだとも。しかし、これほどの芸術品を前にボディの交換などという換骨奪胎にやすやすと踏みきれるはずがないではないか!」


 横合いから聞こえたやかましい声に顔を向ければ、ギアファッションのバングルを照明に煌めかせた白衣の男が立っていた。


「そのラグーンを修理すべく一直線に走り抜けるとは実に見る目がある。愛がある! 情熱があるっ! 気に入ったからこのウァンリオン自ら君たちの監視員になってみたのだ。さぁ、蒸気のように掴む事の出来ず、しかし確実に存在する君たちの愛情を見せてくれ!」

「……うぜぇ」

「カミュ、堪えて」


 リネアになだめられて、カミュは仕方なく作業に戻る。あまり騒ぐようなら監視員を交換するよう大会本部へ抗議すればいい。

 カミュは紙に書きだした必要な部品を取りに行くべく、部品置き場を見る。

 新品とジャンク品が混在し、いくつも並んでいた。


「とりあえず大物を取ってくる。リネアはディスクブレーキをお願い」

「分かった」


 カミュたちはそろって蒸気機甲を作動させて走り、部品置き場から必要な部品を見繕う。

 ボイラーを手にしたカミュは、シリンダーを探して視線を彷徨わせた。

 ラグーンに搭載されているシリンダーは、当時ほぼ手作りで仕上げ調整が行われていたという少数生産のV型二気筒シリンダーである。当時はラグーンの製作会社のみが生産し、技術を独占していたのだが、いまは一般公開されているにも関わらず生産している会社はすくない。町工場が少数生産しているだけだ。

 それというのも、ラグーンが自主回収の憂き目にあった事件で爆発したのがこのV型二気筒シリンダーだったからだ。省スペース化を成し遂げるというメリットはあっても工作技術が追いつかずに不良品を多く出したこのシリンダーは相応の技術力を持つ町工場が実力を見せ、維持する目的でしか作っていない。自主回収によりラグーンに連なるスティークスが世の中からほぼ姿を消した今、需要もほとんどない。

 だが、この大会の主催は国立蒸気科学研究所だ。実験目的などで備蓄していたV型二気筒シリンダーを持ち出してきている可能性は高い。

 視線を走らせたカミュは砲金製のシリンダーに目を留める。会場の照明を反射して金色に輝くそれに手を伸ばしたカミュは、蒸気機甲で強化された腕力に任せてそれを持ち上げた。


「流石は国立の研究所だ。オリジナルが残ってるとはね」


 町工場で作られた物ではなく、ラグーンの製作会社が製作した品だ。

 作業区画に戻ったカミュは、リネアと共に部品の点検を行ってからラグーンに向き直った。


「まずはカウルを外そうか」


 車体を覆う外装パーツ、カウルを外していると、監視員のウァンリオンが顎を撫でながら目を細めていた。


「実に手際が良い。メイトカル君の妹さんとは思えない」


 妹とは何の話だ、とカミュはメイトカルを横目で見る。メイトカルは全力で首を横に振った。素性を隠すために嘘を吐いたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 そもそも、重要参考人指定が解かれた現在、素性を明かしても一応は問題がない。主催者側に嘘を吐く方が良くないだろう。

 カミュはラグーンを分解しながらウァンリオンに声を掛ける。


「妹なんかじゃないよ」

「おや? おやおやおや、そうなのか。それは実に好都合だ」

「好都合?」

「なに、こちらの話さ」


 そう言って、ウァンリオンは意味深な視線をメイトカルからグランズへ移し、うっすらと笑みを浮かべる。

 やはり、このレストアレースには何らかの思惑が絡んでいると、ウァンリオンの反応から読み取れた。

 そしておそらく、メイトカルとグランズは目を付けられている。

 ウァンリオンの視線を受けたグランズが肩を竦めつつ、組み立て椅子に腰を降ろす。


「それよりカミュ君、直るのかい?」

「これだけ機械も部品もそろってるから直せる。でも、一週間はかなり厳しい」

「一週間以上あればこの状態からでも直せるのか……。国立変た――ウァンリオンさんならできるのかい?」

「無論だとも! と言いたいが、厳しいと言わざるを得ない」


 大仰な仕草で腕を広げ、自信満々に言い切った後で前言を翻す慌ただしいウァンリオンだったが、真剣な眼でラグーンを見る。


「そもそも、ラグーンは逆止弁一つとっても高度な技術者が手作業で仕上げを施していたものでね。カウルの面積を増やしつつ部品の小型化を行う事でデザイン幅を大幅に引き上げるコンセプトだった。しかも、そのラグーンはコンセプトを実現するために設計されたダイバシティーコンセプト。部品はラグーンの系譜で最も小さく、当時はノミかアリが作っていると陰口を叩かれた代物だ」


 ウァンリオンの言葉に嘘はない。

 その精密な部品の組み合わせが仇となってメンテナンスが難しく、整備不良車が続出した。


「故あって、部品の幾つかが我が研究所の備品庫に数点残っていたから持ち出したが、足りない部品も多い。その足りない部品を別の物で補う必要があるわけだよ。言葉を返すようだが、グランズ君。君は数十種類のまったく別の絵柄が書かれたパズルを渡され絵を完成させろと言われて、一週間で完成させられるかね? ちなみに、絵が完成しないと自主回収の憂き目を見るほど盛大にドカンだ」


 ウァンリオンはそう言って、両手をぱっと広げる。

 国立の研究所に勤める現役研究者ウァンリオンの言葉だけあって実に重い。

 だが、カミュもリネアも気にすることなく作業を続行した。

 他のスティークスであれば匙を投げていただろうが、ラグーンであれば直す自信があった。

 そもそも、カミュがラグーンを拾った時点で生産は終了しており、自主回収までなされていたのだ。乗り回していた時点でいくつもの他社製品を組み合わせて動かす、いわばキメラだった。

 ウァンリオンは作業を続けるカミュたちを見て楽しそうに笑う。


「そのラグーンの元の状態はまさに芸術だったよ。もはやオリジナルと言ってもいい部品の組み合わせ方ではあったけれども、あれほどうまく組み合わせ、なおかつ加工まで施して動かせるようにしている点に無上の愛を感じた。意地を感じた。だから、この場に持ってきた。蒸気機関撤廃の会なる不埒漢どもに目に物見せてやろうとね。蘇らせてくれたまえ、君たちの手で」

「見る目あるじゃん」


 笑いながら言って、カミュは部品置き場から持ってきた安全弁を確認する。


「リネア、そのまま足回りをお願い。モノショックはどう?」

「無事だよ。お父さんが作っただけあるね」


 モノショックと呼ばれるサスペンションを両手で大事そうに持って、リネアが思い出の品をカミュに見せてくる。


「おじさんが作っただけあって頑丈だね」


 カミュは今は亡き恩師に感謝しながら、部品置き場から持ってきた錆の浮いた配管を手に取る。

 長さや直径、重量を計ってから、小型のグラインダーで錆を落としていく。

 旧市街で生活しながらラグーンの修理をしていたカミュにとって、錆の浮いた部品を利用可能な状態にすることなど日常茶飯事だった。旧市街に持ち込まれる古びた蒸気機関製品の中から使えそうなものを持ち出してレストアし、販売していた事もある。

 錆を落とし終えたカミュは再度計測し直してから、別の部品を手に取った。

 タイヤのホイールだ。

 遺跡で破壊された時点で見るも無残な状態になっていたホイールはさすがに交換されていたが、あくまでも間に合わせだったらしく錆が目立っていた。ヤスリで目立つ錆を落とし、油を染み込ませた布で丹念に拭いて行く。

 使用する部品から手早く錆を落としていき、時折見つかる錆びついて固まったネジなどは蒸気機甲で強化した腕力と握力で外す。

 作業を続けていたリネアが蒸気機甲を動かすための海水タンクを外しながら、声を上げる。


「メイトカルさん、海水を持ってきて。あとカミュ、無理やりやるとこのネジ山潰れちゃうから、貫通ドライバー貸して」

「大きさは?」


 リネアに言われるままに工具箱を開けて、カミュは貫通ドライバーを手渡す。

 部品の錆取り、ネジの交換といった、ラグーンの組み立て前の作業を滞りなく進めていく。

 他の参加者はカミュたち同様に慣れた手つきで作業するグループと、途方に暮れてメンバー同士で相談しているグループなどに分かれていた。

 目下のライバルとなるのは、どこかの傭兵団の技術員たちらしい一団と町工場からの参加らしく店名入りの作業帽を全員が身に着けている一団といった所だろう。

 他も参加するだけあって士気が高く、油断はできない。

 元々のスティークス選びからして遅れを取っている状態である以上、ラグーンを知り尽くしている事でどれほど差を埋められるかは分からなかった。

 カミュはチェーンの清掃に取り掛かりながら、グランズに声を掛けた。


「グランズ、食事に行く暇がないから何か片手で摘まめるもの買ってきてくれない? 飲み物も欲しい。お金は渡すから」

「おじさんをパシることに躊躇がないなぁ。お金の方はこっちに任せて作業を続けなさい。メイトカルくーん、ちょっと食べ物買ってきてくれるー?」

「グランズ先輩、自分で行くみたいなこと言ってましたよね!?」


 海水タンクを運んできたメイトカルが即座に抗議する。

 グランズは「しょうがないなぁ」などと言いながら立ち上がった。


「他に何か欲しいものがあったら買って来るけど?」


 声を掛けられたカミュは錆だらけのボイラーを横目で見て、レストアレースのルールを思い出しながら口を開く。


「お湯を沸かしたい。大型の蒸気石とか、一式持ってきて」

「はいよ。そんじゃあ、行ってきましょうかね。メイトカル君もお仕事(パシリ)、頑張れよ」


 すれ違いざまに肩を叩かれたメイトカルがため息を吐く。

 そんなメイトカルに、カミュはさっそく声を掛けた。


「新聞紙とか、何か敷くもの持ってきて。そのコートでもいいよ」

「絶対その油まみれのベアリングとか並べる気だろうが、誰がコートを貸すかよ。ちょっと待ってろ」


 カミュの横に置いてある潤滑油などを見て使用方法を察したメイトカルが宿から持ってきた自分の荷物を漁り出す。

 買ってあったらしい今朝の新聞をカミュに投げ渡したメイトカルは、他に何か指示が飛んでくるのではないかと腕を組んで立っていた。

 カミュは受け取った新聞紙を広げてネジなどを並べながら、メイトカルに顎で椅子を示す。


「座ってていいよ。しばらくやる事ないから」

「さ、先に言え!」


 文句を言いながら椅子に座るメイトカルには目もくれず、カミュは作業を続けた。




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