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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第二章 逃避した先
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第三話  古都ネーライク

 古都ネーライクは古代文明最後期に成立し今なお続く海岸近くの都市である。

 砂漠の霧船の巡航路近くにあり、観光客も訪れる賑いのある大規模な都市だ。

 そんな歴史ある都市にやってきたカミュとリネアは、観光がてら散策していた。

 ブリキの玩具を売っている店先を横切る。ショーウインドウに並んだブリキの兵隊は、海岸近くの町で売られているからか馬ではなく小さなクジラやシャチに跨っていた。

 石積みのアーケードには服飾店や宝飾店が並んでいて、ネーライクの景気の良さを裏付けている。

 アーケードを抜けると地下通路への入り口が待っていた。元々は古代文明最後期に造られた水道だったとの事だが、改修工事などを経て現在は古都ネーライクの半分の面積に達する大地下道になっている。水道を利用したため古い地域ほど地下道が多く利便性が高いとの話だ。


「やっぱり古代文明時代の遺跡がそのまま残ってたりはしないね」


 リネアが地下道の壁面を見ながら残念そうに呟く。

 安全のため定期的な改修工事が行われているとの事で、かつての水道に使われた石などは残っていない。水道の配置くらいならば分かるが、地上部分も様変わりしているためいまいち想像しきれなかった。

 カミュは地下道の案内板を見つけて足を止める。


「博物館には展示されているだろうけど、入場料が高すぎてちょっと無理かな」


 博物館に限らず高いけど、とカミュは飲食店の店先に出ている黒板メニューを見て苦笑する。博物館周辺は観光地価格とでも呼べるような値段になっていた。

 しかし、観光客がネーライクを訪れる目的は何も博物館だけではない。

 カミュは案内板を眺めて面白そうな場所を見つけ、リネアの手を引いて歩きだす。

 地下通路を縫うようにして歩き、地上に出るとすぐそばにそれが見えた。

 運河である。

 首都ラリスデンで大量に消費される海水や海産物を送り出し、逆に鉄鋼などを運び込んでくる船が行き来するこの運河には大規模な橋が架けられていた。


「転造跳開橋って言うらしいよ」


 カミュが地下道の案内板に紹介されていた名前を言うと、リネアはその橋をしばらく眺めて何かを思い出したように手を打った。


「古代文明の遺跡で見つかった模型を再現したやつだね」


 この転造跳開橋は、運河における船の行き来を橋が阻害してしまわないように設計された可動橋だ。

 橋の片側にラックアンドピニオンと呼ばれる歯車を利用した機械要素を有しており、歯車が岸側へ転がる事で歯車に連結された橋桁が持ち上がって船は頭上を気にせずに通行できるようになる。

 カミュたちの前にある転造跳開橋はカミュたちの身長の倍ほどもある直径の歯車が二つ、橋の下には蒸気機関の要素であるボイラーやシリンダーが存在する。おそらく、ネーライクはおろかオスタム王国でも最大規模の蒸気機関だ。

 実際に稼働させると大量の蒸気を噴き上げながら歯車が回転して橋桁を持ち上げるのだが、吹き出す蒸気を浴びると火傷では済まない。そのため、橋の稼働時間が厳密に定められ、通行規制が敷かれるという。

 ネーライクの子供たちは船乗りに憧れる。転造跳開橋が唸りを挙げて蒸気を噴き出し、その怪力で橋桁を持ち上げる猛々しい姿を最も間近で見られるのが運河を行く運搬船の上だからだ。

 残念ながら、今日の稼働はすでに終わっているとの事で通行規制も解除されていた。


「このまま橋を渡ってレース会場の下見でもしようか」


 カミュは運河の対岸を指差して、リネアを誘う。


「もっと近くであの蒸気機関を見たいだけでしょ。カミュは子供だなぁ」

「リネアに言われるのは納得いかないんだけどなぁ」


 お互いを子ども扱いしながら、二人は郊外へ足を向ける。


「レースそのものはいろんなところで開催されてるけど、ジャンク品をレストアしてからスタートって形式は珍しいよね」


 大通りを並んで歩きながらリネアが言う。壁に張り出されているレストアレースの広告を指差して何事か話している男性二人組を見て思ったのだろう。


「レースって事を考えると参加者の条件を均一にしないといけないから、状態がバラバラなジャンク品をレストアする時点でレースの主旨には反しているって見方はあるんでしょ?」


 リネアの問いかけに、カミュは頷いた。

 参加を決めるに当たり、レストアレースの詳細を調べて蒸気機関撤廃の会が暗躍していないかを調べてある。その調査の中で、レストアレースに対する他のレース参加者の動向を把握するために評判も調べてあった。


「他のレースの参加者たちはリネアが言ったレース内容の他にも撤廃の会に真っ向から喧嘩を売る開催趣旨に懸念を表明してるよ。ただ、開催趣旨の内容があれだから、レース内容も皮肉が利いてて面白いって見方もあるね。それでも、参加者は少ない」


 プロのレーサーは撤廃の会のテロを懸念して参加を辞退している。スティークスの開発や販売を行っている各社も参加は見送る方針だ。

 撤廃の会の打ち壊し活動が実を結び始めていると感じる世情である。もしかしたら自分が巻き込まれるのではないかという恐怖から、蒸気機関にまつわる様々な活動が自粛ムードに入り始めているのだ。


「肝心の撤廃の会の動きは?」


 リネアが声を小さくして訊ねる。

 カミュも同じように小さな声で応じた。


「動きはなさそうだけど、確信はないね。元々ネーライクは観光客も多いから人の出入りを管理しきれてない。レースの主催は国立蒸気科学研究所だけど、どうも資金は所長のウァンリオンって人が全額出してるみたいで、傭兵が会場警備に雇われてる」

「なんで傭兵なの? 警察なり陸軍なりに警備の要請を出せば通るはずじゃない?」


 リネアが当然の疑問を口にする。

 主催としてチラシにも大きく名前が載っている国立蒸気科学研究所はその名の通り国の機関であり、政府にも近い。たとえ所長であろうと、テロ行為を誘発しかねないレースの主催に研究所の名を使う事など容易には出来ないだろう。

 このレースに政府側の思惑が絡んでいるのは明白である。

 しかし、会場警備は国家公務員である警察官でも軍人でもない。民間の傭兵たちだ。カミュが得た情報では雇われた傭兵たちは背後関係を徹底的に調べ上げられたらしい。


「ボク達参加者が撤廃の会を釣り出す餌にされたわけではないんだね」

「この大会を餌にするつもりなら、傭兵たちの中に撤廃の会が潜り込めるように表向きは調査を適当に済ませるはずだよ。でも、傭兵たちの間ではこの大会の会場警備を申し出た傭兵団は徹底的に調べられてる。団長に対しても調査する旨の通達が届いたっていうぐらいだから、撤廃の会を近づける気はないようだね」


 カミュが情報源として選んだ傭兵団長の中にはリリーマも含まれている。傭兵たちに顔が広いリリーマは、背後関係を調べるという調査員たちの堂々とした態度に好感を持ったらしい。

 裏でこそこそ調べて回る連中よりも分かりやすくて傭兵たちにはウケがいいとの事だった。

 リネアはカミュの説明を聞いて思案顔をする。


「大会にかこつけて傭兵たちの中に撤廃の会のシンパがどれくらい含まれているかを調査したのかな?」

「調査員の数や連携の仕方を見る限り、事前に教育されていたのは間違いないね。調査員として雇われた中に旧市街の情報屋もいたから、オレも情報をすっぱ抜けたんだけど、裏を返せば本職を何人も雇う念の入れようってことになる」


 情報の収集と整理を行う情報屋達を雇用しているのだ。調査に全力を尽くしているのが分かる。

 しかも、ここで注目すべきは雇われ情報屋の中に旧市街の住人がいる点だ。


「同じラリスデンでも新市街と旧市街の間には深い溝がある。それこそ、オレみたいな旧市街育ちはまともな仕事にもありつけないくらいにね。なのに、新市街に建物を構える国立蒸気科学研究所の国家公務員が旧市街の情報屋を雇用した。本来はあり得ない事態なんだよ」


 情報屋と調査員は違う。情報を収集、整理、分析した上で報告するのが調査員であり、商品として売買するのが情報屋だ。

 信用にかかわるため両者とも虚偽の報告はまずしないが、情報屋の場合は得た情報を外部に販売する可能性がある。

 政府主催のレースにまつわる調査で調査員を派遣しないはずがない。情報屋は別途雇われたものと考えるのが妥当だろう。

 しかも、費用を水増し請求されるなどの危険性を考慮してでも旧市街の情報屋を雇っている。


「……もしかして、主催者は公務員を信用してない?」


 民間人を雇う意図として真っ先に考えられる可能性をリネアが口にする。

 今回の場合、主催者が国立研究所の職員で分類上は公務員なのだが、警官や軍人を信用できない事情があるのだろう。

 カミュは周りに人がいないのを確認してから頷いた。


「蒸気機関撤廃の会じゃなく、優秀で背後関係が怪しくない傭兵を集めるのが本当の目的かも」

「革命でも起こすの?」

「それはないでしょ。撤廃の会が戦力を集めているのを政府側が知って、既存の傭兵団を抱えて撤廃の会を牽制しようって思惑かも」


 どちらにせよ、レースそのものにはあまり意味がないのかもしれない。

 ともすれば、自分たちの存在は歯牙にもかけられていないと聞いても、リネアの表情は明るかった。


「好都合だね。重要参考人の指定が解かれたとはいえ、難癖付けられないとも限らないから」

「言えてる。貰えるものさえ貰えたら、オレたちもさっさと遺跡巡りをしよう」

「ついにカミュも古代文明に興味を持ってくれたんだね」


 リネアが嬉しそうに笑う。

 だが、カミュはアルトナン博士の論文を否定できる古代文明の遺物を発見する目的で遺跡巡りを提案していた。

 タッグスライ遺跡のような直接的な証拠が残っているとはあまり思えないが、万が一の可能性に掛けて調査を行うのだ。

 重要参考人指定は解かれても、未だにリネアの立場が危ういモノなのはグランズやメイトカルからも指摘されている。

 自らに迫る危険を回避する方法を話しているにもかかわらず能天気なリネアに苦笑して、カミュは道の先を見る。


「あれが会場かな」


 古都ネーライクの郊外にある砂漠地帯。フェンスで囲われた会場が見えてきた。

 トタン壁で仮設された整備場(ピット)、観客席と呼べるのはスタートとゴールを兼ねる地点にある二百程度の椅子くらいだ。

 コースはチラシに描かれていた物と同じ形状をしているが、半分ほどが砂漠でオフロード走行が求められる。

 カーブ地点には内側を赤、外側を青で塗り分けられた杭が並んでいる。

 コースの途中には遺跡へ入る市街地部分が存在していた。

 リネアがフェンスの金網に手を添えて、コースを眺める。


「難しいコースじゃないね。草レースっぽい感じ」

「ジャンク品を時間までに修理しろって条件がなければの話だね。完走できる人がどれくらいいるのか怪しいよ」


 急いで修理したジャンク品でオフロードレースを行う以上、マシントラブルが多発するのは間違いない。

 しかも、今回の大会ではプロレーサーも本職の修理工も参加を見送っている。必然的にカミュたちのような素人ばかりとなるため、レストアからして難しい。もっとも、反骨心にあふれたどこかの町工場から出場するものがいるかもしれないが。


「主催者も素人が集まるのを見越して修理の時間を多めにとってくれるといいんだけど」

「ボク達は二人だけでの参加だからなおさら多めに時間が欲しいよね」


 グランズやメイトカルもいるにはいるが、作業の邪魔にもなりかねないためそばで見ているだけだ。荷物運びくらいなら頼むかもしれないが、部品を弄らせるつもりはない。

 リネアはコースを見つめて、腕を組んだ。


「セッティングもあらかじめて決めておく?」

「小回りが利くようなセッティングにしよう。まぁ、レストアする車種もどうなるか分からないから会場入りしないと細かい話は出来ないね」

「明日のお楽しみって事かな。これからどうする? 宿に帰るとグランズさんたちがいると思うけど」

「二人でどこかの店で食事してから帰ろう」


 グランズ達をハブる気満々の提案をして、カミュは会場に背を向けた。



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