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蒸気世界の夢追い人  作者: 氷純
第一章 逃避行
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第十二話 遺跡探検

 一晩開けても雨は降り止むどころか勢いを強めていた。

 テントの中、寝袋にくるまっていたカミュは雷の音で目を覚ます。

 ガラガラと鳴り響き、床が揺れている気さえした。ドーム天井に木霊した雷鳴は目覚ましというには少々野蛮だ。


「リネア、重い」


 昨夜は冷え込んだためか、リネアがカミュに体を半分かさねて暖を取っていた。寝袋にくるまっている事もあって身動きがとりにくいカミュはリネアを揺り起こす。


「ねぇってば、リネア。はぁ、しょうがないな……」


 先ほどの雷鳴でも目が覚めない以上、かなり深い眠りにあるとみて、カミュは諦める。

 どうせ雷鳴轟くこの雨では出発は見合わせなくてはならない。

 今は何時ごろだろうか、とカミュはテントの天井を見ながら考える。

 懐中時計などという便利だが高価な代物は見かけるばかりで買おうともしなかった。少し後悔したが、いまさら遅いと割り切るほかない。

 つらつらと今後の予定を組み立てていると、テントの入り口に人が立つ気配がした。反射的に枕元に置いている剣を掴む。


「二人とも、そろそろ起きたらどうだい。おじさんと違って疲れが翌日まで持ち越される身体じゃないだろう?」

「グランズこそ、まだ疲れてるんなら寝てたら? どうせこの雨じゃあ出発できないんだしさ」

「まぁ、その通りではあるんだけども。カミュ君の海水タンクの修理なんかもしないとでしょうよ。おじさんは愛車の蒸気石の塩削ぎしてるから、早めに起きといで」


 テントの入り口を開けないまま、グランズは去っていった。

 海水タンクの破損を思い出し、カミュはリネアの両肩を優しく掴んで、起こさないように横にずらす。

 自由になった体を寝袋から出して、少し寝癖がついた黒髪を軽く整えてから、剣を掴んでテントから出た。


「おはようさん。リネアちゃんはまだみたいだね」

「おはよう。寝かせておけばいいよ」


 愛車ヤハルギの蒸気石を取り出しているグランズと朝の挨拶を交わして、カミュは床の砂を足で払う。

 持ち運んでいる鍋にロワロックで買っておいた淡水を入れる。


「グランズ、ライター持ってる?」

「おじさんは煙草呑みだからね。あ、カミュ君は吸っちゃだめだよ。絵面が背徳的すぎる――いや、ありか?」

「何を真剣に悩むふりしてんだよ。お湯沸かすから火種にライターを貸してほしいってだけで、煙草なんて吸わないよ」


 暖を取れるようにと買っておいた薪を敷きながら、カミュが言うと、グランズはライターを差し出してきた。

 カミュはロワロックで買った新聞紙を適当な大きさに裂いて薪の下に詰めた後、ライターで火をつける。

 朝の冷たい空気がほんのわずかに緩まった。

 グランズは海水と反応させ過ぎたせいで付着した塩を蒸気石から削り取りながら、焚火にあたりに来る。

 グランズと向い合せになるのが何となく嫌だったカミュは座る位置をさりげなくずらしつつ、テントを振り返った。

 グランズがニヤニヤと笑う。


「昨日はカミュ君に古代文明への興味を持ってもらおうと頑張ってたし、疲れたんだろうね。カミュ君が相手にしないのがいけないよ。女の子には優しくしなさいってご両親に教わんなかったかい?」

「教わる前に捨てられたよ」

「ごめん……」


 後悔したような声を出して天井を仰いだグランズに、カミュは眉を顰める。


「その台詞は演技しながら言われても馬鹿にされたように感じるよ。オレ相手ならともかく、下手に口にしない方がいいね」

「……おじさん、そんなにわかりやすい?」

「いや、上手く隠し通せている方だとは思うよ。ただ単に、仕事で演技する大人を見慣れる環境で育っただけ。娼婦とか、男娼とか、最たる例だよね」

「おじさんがどんどん墓穴を掘っているみたいに話を展開させるの止めてもらえません? ただ単に、以降の台詞は言わなくても良かったよ!?」


 今の流れでよく気付いたな、とカミュは肩をすくめて、荷物の中から海水タンクを取り出した。

 ひびの入った個所を焚火にかざして状態を見た後、充填用として市販されているパテを荷物から取り出す。

 パテをヒビに塗り込んでから焚火に当てて乾かすカミュを見て、グランズが声をかけてきた。


「直ったかい?」

「いや、応急修理だけ。海水の保存だけなら問題ないけど、激しく動くと漏れるかもね」


 蒸気機甲に海水を供給するためのタンクである以上、激しい動きからは逃れられない。小回りの利く戦闘が特徴のカミュであればなおさらだ。

 適当な町で手頃なタンクを購入するしかないだろう。

 奥の手を使うための海水は鞘に直接保存してあるため問題はないか、とカミュは愛剣の鞘を撫でた。


「オレも塩削ぎしておこうかな」


 グランズに倣って、カミュは愛車ラグーンの蒸気石を取り出す。ボイラー内部にあるそれは発生させる蒸気を計算しやすいように四角く加工されたものだ。

 カミュは取り出した蒸気石を持って焚火のそばに戻る。

 金属のヘラの先を焚火に当てて熱し、朝露がつかないように配慮してから蒸気石に当て、慣れた手首の動きで付着している細かい塩を素早く削ぎ落した。


「慣れてるねぇ」

「塩削ぎを生業にしていた事があるからね」

「あぁ、もう、おじさんのバカん」


 グランズが頭を抱え、今度こそ自らが掘ってしまった墓穴に悶えて見せる。

 塩削ぎは子供でも少し教えればできる単純作業だ。カミュのようにヘラを一度熱して蒸気石に淡水が付かないよう配慮するコツを知っている者は少ないが、大陸中の誰でもできる。

 そんな塩削ぎは靴磨きと同様に浮浪児、孤児の生業としても有名である。

 単純作業ながら、数をこなそうとすれば重労働で時間もかかる。しかし蒸気で生活器具の多くを動かしている一般人は一々塩削ぎをする手間も時間もない。そこで、個人でも可能な慈善活動としての側面を持たせて浮浪児や孤児に塩削ぎをさせて幾らかの金銭を支払うのだ。

 そんな塩削ぎを生業にしていたという事は、低年齢で扶養者を失くしたことを意味している。そうでなければ、親が扶養者としての義務を何らかの理由で果たしていなかったかだ。


「はい、終わり」

「本当に慣れてるね。こんなに早いのに傷一つない」


 カミュの手の中の蒸気石を見て、グランズは感心したように頷く。演技半分、本音半分というところだろうかとカミュは分析しつつ、塩を落とした蒸気石をラグーンのボイラーにセットした。

 テントの中から人が動く気配がして、カミュは足を向ける。


「リネア、起きた?」

「起きた。カミュ、寝癖が直んないから、どうにかして」

「いまお湯を沸かしたところだから、持って行こうか?」

「お願い」


 リネアに頼まれて、カミュは焚火で沸かしていたお湯を小さな容器に移してテントに持って行く。

 リネアは右側頭部で跳ねている髪を指先で弄っていたが、カミュが中に入ると礼を言ってお湯を受け取った。


「まだ雨降ってるみたいだね。どうするの?」

「出発を見合わせるしかないね。流石に明日には止むだろうし」

「なら、探検とかしてみない?」

「探検?」


 おうむ返しに問いかけると、リネアは楽しそうに頷いた。


「この遺跡の探検だよ。多分、研究者の人たちが調べつくしているとは思うけど、暇つぶしだと思って、ね?」

「嫌だって言っても聞かないくせに」

「やっぱり幼馴染だね。ボクの事を良く分かってる」

「まぁ、いいよ。暇なのは本当だし。朝食を終えてからね」

「やった!」


 小さくガッツポーズするリネアを置いてテントを出たカミュは、ヤハルギに蒸気石をセットし直しているグランズに声を掛ける。


「暇つぶしに遺跡散策しようってさ」

「散策じゃなくて探検だよ」

「同じじゃん」

「違うんだなーこれが」


 リネアのこだわりは分からないながらも、カミュはグランズに向かって言い直す。


「遺跡の探検をしようってさ」

「ほいほい。まぁ、いいんじゃないかな」


 蒸気石をセットしたボイラーをトントンと叩いて、グランズは立ち上がり、遺跡探検に賛成した。




 朝食を取って片付けが終わるとすぐに、リネアが勢いよく立ち上がる。


「荷物を持って、出発!」

「ラグーンは置いていこうか」


 カミュは外の雨を見て、レインコートを羽織りながらラグーンを見る。

 いまいちノリの悪いカミュに不満そうな顔をしつつ、リネアが貴重品や探検に必要そうなロープなどを荷物から取り出す。


「そんで、どこを探検するんだい?」


 グランズがテントの中に愛車を入れて訊ねてくる。遺跡とはいえ屋内なのだから、テントに入れる意味がないのでは、とカミュは内心で首をかしげた。


「雨音を聞くとテントの中に入れないと不安なのさ。外出先で自宅の鍵や窓を閉め忘れた気がして落ち着かなくなるのと一緒だよ」


 そんなモノか、とカミュは納得しつつ、ラグーンとテントを見比べる。もともと小さいテントをカミュとリネアで使っているため、ラグーンが入る余地はない。タイヤに着いた土や砂の事を考えれば、テントの中に持ち込むのはよくないだろう。

 リネアがレインコートを羽織り、遺跡の中心を指差した。


「第三遺跡はタッグスライ砂漠遺跡群の中でも中心的な役割を持っていたと言われる都市だから、行政を司る建物を探そうと思うんだ。どうせ研究者が遺物を持ち去ってるだろうから、権威のある建物そのものを見る方が面白いしね」

「建物っていわれても、古代文明の建築様式なんかさっぱりわからないよ」

「ボクが教えてあげるよ」


 待ってましたとばかりに申し出てくるリネアに手を引かれて、カミュは建物を出た。

 途端に、レインコートに雨が激しく降り注ぐ。


「凄い事になってるね」


 カミュは荒れ模様の天気の感想を言ってから、ふと気付いて足元を見た。

 遺跡の道路は石畳だが、雨が溜まって川のようになったりはしていない。思い出してみれば、道路と同じ高さにありながら玄関扉が存在しなかったアーチ天井の建物も、一晩中雨に降られていながら床に浸水が見られなかった。


「遺跡の地下に貯水槽があるんだよ。古代文明の遺跡は全部ね。後期になると、今の文明とは違って淡水蒸気文明だったらしいから、雨水で蒸気機関を動かしていたのかも」

「塩削ぎが必要ない文明だったって事か。孤児には生きづらい文明社会だね」

「またそういうこと言う」

「文明を多角的視点で見直してるんだよ」

「ヘリクツばっか。あ、グランズ、はぐれちゃだめだよ」


 カミュの手を引くリネアがグランズを振り返って声を掛ける。激しい雨音に消されて声が届かなかったのか、グランズはレインコート越しに耳の辺りに手を当てて、もう一度言ってのジェスチャーをする。

 リネアが同じ言葉を繰り返すと、グランズは頷いた。


「ほいほい。しかし、本当に古代文明に詳しいね。蒸気機関撤廃の会は技術者や研究者を殺したりもしてるらしいけど、リネアちゃんたちが追われてるのはその関係?」


 グランズの質問に、リネアがカミュを見る。

 カミュは小さく頷いた。


「そろそろ教えておいてもいいと思う。いまいち得体のしれない奴だけど、積極的に俺たちの事を売る様子もないから」

「おじさんに聞こえないようにそういう事を言って欲しいなぁ」


 後ろからグランズの抗議が届くが、カミュもリネアも気にすることはない。

 リネアがグランズを振り返る。


「隣に来て。ボクらの事情を教えるから」

「お、本当に教えてくれるの? おじさんと美少女二人の心の距離が縮まった気がしてすんごい嬉しい」

「……え?」

「まって、そんな自然な間を開けて聞き返さないで。いつもの軽口なんだから聞き流して」


 寸劇を挟みながらリネアの隣に立ったグランズは、軽い調子で「じゃあどうぞ」と話を促してくる。


「少し込み入った事情ではあるんだけど、簡潔に話すね。質問はその都度、受け付けるよ」


 そう前置きして、リネアは話し出す。


「五年前、ボクは父と首都に住んでたんだ。でも、撤廃の会の人たちが来て、科学者で研究者だった父を狙って襲い掛かってきた。それで、首都を出たんだけど、父は古代文明に興味があったから首都を出た後これ幸いと遺跡探検をしたんだよ」

「リネアちゃんの古代文明好きはそこから?」


 グランズの質問に答えたのはカミュだった。


「首都を出る前からだよ」

「そっか、カミュ君は幼馴染だったね。二人のなれ初めも聞きたいところだけど、話を戻そうか」

「まぁ、カミュの言う通りボクが古代文明に興味があったのは首都を出る前からだった。多分、父もボクを巻き込んだ負い目みたいのがあって、遺跡巡りの理由も半分くらいはボクの気を紛らわせるためだったのかも。なんにせよ、父は遺跡巡りをしている間に古代文明滅亡についてある仮説を立てたんだ」


 降り注ぐ雨に混じって落ちた雷の音がやむのを待って、リネアが空を指差す。


「古代文明の遺跡は滅亡へ近付くほどに高台に造られるようになる。それは、人口増加に伴って進歩し、数を増やした蒸気機関が雨を呼び、土砂災害が頻発したからじゃないかって仮説。遺跡がほぼすべて砂漠にあるのも、元々は草原に造られていた物が豪雨や土砂災害での土壌流出が原因で砂漠化していったんじゃないかって話。特に、後期になるまでこの遺跡にあるような地下巨大水槽も設置されてなかった事から、今の文明と同じ海水を用いた蒸気機関が全盛で、塩を都市の外に捨てていたから、塩害も発生しただろうって」

「……聞いた覚えのある仮説なんだけど、どこで聞いたんだったかな」

「仮説提唱者でボクの父の名前は、アルトナンだよ」

「鉄道提唱者のアルトナン博士か!」


 合点がいったとばかりに手を叩いたグランズがリネアを見て納得する。


「アルトナン博士のお子さんなら、博学なのも頷ける。ようやくわかったよ。うんうん」


 カミュはグランズに白い目を向ける。


「嘘つき」

「嘘なんてついていないとも」

「そういう事にしとくよ」


 グランズが嘘を吐くのはいつもの事だ。

 自分が考えるべきはグランズが何故嘘を吐いているかである、とカミュは追及を放棄した。

 リネアが事情の説明を再開する。


「父の提唱した文明崩壊説が蒸気機関撤廃の会の主張を強化する事になっちゃって、ボクは警察からも蒸気機関撤廃の会の支援論者と目されて、重要参考人として追われてるってわけなんだよ」

「嫌な予感がするけど、一応聞いておこうか、アルトナン博士は?」

「死んじゃった」

「そんなあっさり」

「結構経つからね。半年くらいかな」


 割り切るには十分な時間だよ、とリネアは事もなくに言ってのけて、ふと足を止めた。


「ここ、地下水槽の点検施設だね」

「なんでわかるの?」

「都市全体の水道を管理してるわけだから、比較的に高い位置に造られるのと、玄関が大きめでちょっと特徴的なんだよ。上の方を見て」


 リネアに言われるまま、カミュは視線を上にあげる。

 扉があっただろう大きな穴の上に何かレリーフが刻まれている。嘴の下部が膨らんだ特徴的なシルエットの水鳥が描かれていた。


「ペリカンっていうらしいよ。絶滅してるから詳しい事は分からないけど、淡水を使うようになった遺跡に必ずこのレリーフが刻まれた建物があって、地下水槽に行ける階段があるの」

「へぇ、水を運ぶ習性でもあったのかな」

「かもね。中に入ってみようよ」


 事情の説明も終わったし、とリネアはすっかり探検気分に切り替えて、ペリカンのレリーフの下をくぐる。手を引かれているカミュもリネアに続いた。

 背後から思案顔のグランズが付いてくる。カミュの視線に気付いたグランズは茶化すように笑みを浮かべた。


「国家権力とテロ組織に追われる美少女二人組を守る旅って浪漫を感じないかい?」

「いや、あんまり」

「カミュ君は分かってないなぁ」


 やれやれとばかりに首を振るグランズから視線を外して、カミュは建物の中に目を配る。


「これといって目につく物はないね。金銀財宝が眠っているだなんて思わないけど、備品の一つでも転がっているかと思ったよ」

「全部古代文明の研究者が回収したんじゃないかな。国立博物館に行けばあると思う。展示されているかは分からないけど」


 カミュに応えて、リネアは建物の中を歩き始める。

 玄関から入ったその場所は広めのエントランスとなっており、天井付近の壁にあいた窓穴から雨が吹き込んできている。床は水浸しで、足を踏み出す度にピチャピチャと水音を立てた。

 エントランスの右側奥に小部屋があったが、何に使われていた部屋なのかは全く分からない。休憩室か、資料室か、そんなところだろう。

 エントランスの左側から伸びる通路に面する部屋もことごとくもぬけの殻で、研究者とやらの執念深い遺物回収の痕跡しかなかった。


「見っけ」


 通路奥、一番小さな部屋の隅に地下へ降りる階段を見つけて、リネアが嬉しそうに笑う。

 ただの階段の何がそんなに楽しいか、とカミュは首を傾げた。どうせ暇つぶしだと割り切っていたが、遺物の一つも見つからない現状では散歩としてもつまらない。


「おじさんから忠告だ。地下には下りない方がいいと思う。地下水槽は今頃雨水が溜まっているはずだからね」

「それもそうだね」


 グランズの忠告に素直に頷きつつ、リネアは未練がましく地下の階段を覗いている。

 カミュが耳を澄ませてみれば、階段の奥から水の音が聞こえてきた。

 どれほど巨大な水槽なのかは分からないが、数百年前に造られた古代の遺跡だ。水槽の底には砂が沈殿しているはずで、在りし日の容量を維持しているとは考えにくい。

 それ以前に、雨に降られる事など今までにも何度となくあったはずだ。砂漠の気候は日中暑いとはいえ、地下にあっては水分がどこまで蒸発するのか疑問が残る。

 カミュはリネアに声を掛けた。


「この遺跡の水道って地下に通ってるの?」

「そうだよ。溢れないように水は都市の外にある配管から放出したりもしてるんだって。第三遺跡だと北側にあったはずだよ。古代文明があった頃には川が流れてたみたい」

「良く考えられてるね」

「人が住んでいたんだもん。みんなで考えるよ。ねぇ、少しは興味もわいてきた?」

「うーん」


 気のない返事をしつつ、カミュはグランズを見る。


「なにわくわくしてんの? 大人の癖に」

「これこれ、カミュ君、八つ当たりはいかんね。幼馴染に共感できないからっておじさんに当たられても困っちゃうな」


 窓の外を興味深そうに眺めていたグランズは肩をすくめて、カミュを振り返る。


「大人は視野が広いから、現実と夢を同時に見れるんだ。覚えておくといいよん」


 したり顔のグランズに今度はリネアが肩をすくめる。


「グランズさんが言っても説得力ないね」

「おじさんを捕まえてなんてこと言ってんのさ。男はいつまで経っても浪漫の塊だよ?」

「やりたくもない事をするのが大人って事?」

「……手厳しいねぇ」


 グランズは赤髪を掻きあげて、苦笑する。

 今までここで終わるだけのやり取りだったが、リネアは引かずに追撃する。


「ボクらの事情は話したのに、グランズさんは軽薄そうな演技を続けている理由さえ教えてくれないの?」

「大人はずるいモノなのだよ。勉強になったろう?」

「反面教師って言うんだよね」


 悪びれずにはぐらかそうとしたグランズにリネアはちくりと皮肉を返す。

 リネアの観察するような瞳に見つめられ、グランズは「参ったね」と小さく零す。


「それに答えないと今後の旅には同行させてもらえない、とかかね?」

「答え次第では同行拒否だけどね」

「参ったなぁ、本当」


 グランズがリネアから視線を逸らし、カミュを見た。

 目が合ったカミュはリネアの手を軽く引いて自分へ注意を向けさせる。


「オレ達に危害を加えようとしてるわけじゃないから、今は泳がせておけばいいよ」

「え、カミュ?」


 リネアが驚いたようにカミュを見る。

 だが、カミュにまっすぐ見つめ返されて、リネアは諦めたように天井を仰いだ。


「分かった。カミュがそう言うなら今はこれ以上聞かないよ」

「おぉ、カミュ君に感謝だ。いつの間にカミュ君との心の距離がそんなに縮まったのか分からないけども」

「いや、むしろ離れてるよ。断言する」

「あからさまに突き放された!?」

「演技を続けておいて心の距離とやらが縮まるはずもないっての。まぁ、縮めたくないならそのまま続ければいいと思うけどね」


 カミュは見透かしたような瞳でグランズを見る。グランズは観察していなければわからないほどほんの僅かに眉をあげて動揺を示したが、すぐに飄々とした調子を取り戻した。


「探検を続けようじゃないの。危険な場面に遭遇し、共に乗り越えれば離れた心の距離も縮まるってもんよ?」

「オレは地面の下に行った人とお近づきになるのはちょっと……」

「ボクも嫌だなぁ」

「危険を乗り越えられずにおじさんが死ぬこと前提で会話するの止めて!」


 ひとまずグランズの事は保留として、カミュは窓の外を見る。

 雨は一向にやむ気配を見せず、リネア主導の遺跡探検は続くようだ。

 その後もあちこちを見て回ったが、さんざん研究者たちが調べただけあって面白みのあるものひとつ転がっていない。

 しかし、飽きてきたカミュだったからこそ、気付く事が出来たのだろう。

 住居にしては大きな建物の中を見て回っていた時の事だ。


「……地下室がある」

「え、どこに?」


 カミュの呟きを聞いて、リネアが部屋の中を見回す。しかし、地下へ続く階段など見当たらない。

 カミュはリネアの手を離して窓穴に近付き、外へ上半身を乗り出して建物の基礎を確かめた。何の変哲もない石積みの壁だ。

 しかし、カミュは窓穴から建物の中に体を引っ込めて床を両足で踏むと、やっぱりと呟いた。


「床が妙に高い。壁に空気穴がない。足下からカビの臭いもする」

「え? 全然わかんない。グランズさん、分かる?」

「いや、まったく分からんよ。ただ、床にカビは生えてないね」


 リネアに水を向けられたグランズが驚いたように床を見回して首をかしげる。

 ただ、地下室がある事は半ば確信しているカミュも入り口がどこにあるのかは分からない。


「隠し部屋とか隠れ酒場とかは大体別室から入るものだけど」

「カミュ、もしかして地下室に気付いたのって経験に裏付けられてたりする?」

「御禁制の品を扱う輩って旧市街にはごまんといたからね。保管場所や取引現場になりがちな地下室の情報はメイトカルが高く買ってくれるんだ。麻薬から密輸金塊、自動車用の大型蒸気石なんかが出てくるよ」

「うっひゃあ、情報屋ってのは怖いねぇ」


 グランズがおののく。

 カミュは隣の部屋に入り、足音を大きめに立てて反響音を確かめる。


「うーん、わからない」

「ここまで来てそれはないよ。カミュ、頑張って!」


 大発見かもしれないから、とリネアが意気込んでカミュを応援する。


「そんなこと言われても……」


 カミュはリネアとグランズを連れて建物の内部を一時間ほど歩きまわり、匙を投げた。


「いいや。地下室はなかったんだよ。それでいこう。そろそろお昼時だし」

「諦めちゃダメ! ねぇ、カミュだけが頼りなんだよ。ボクじゃ地下室なんて全然わかんないんだから。帰っちゃダメだってば!」


 ラグーンを停めてある建物へ戻ろうとするカミュの背中に抱き着いて、リネアが引き留めようとする。

 グランズは苦笑気味に隣の建物を指差した。


「もしかすると、隣に入り口があるかもしんないぜい?」

「それだ! グランズさんもたまにはいいこと言うね!」

「た、たまにか……」


 皮肉でもなんでもなく本音だと分かるリネアの言葉に、グランズが珍しく演技では無く傷ついた様子を見せ、肩を落とす。

 すでに面倒な気分になっていたカミュは隣の建物を見てため息を吐いた。


「じゃあ、隣をざっと見て回ったら帰ろう」

「それでもいいよ。さあ行こう」


 多分、地下室への入り口を見つけるまで際限なく続くな、とカミュは勢い込んで転びかけるリネアを見て思う。

 隣の建物は納屋のようだった。大きさからして倉庫という表現の方が近いかもしれない。


「あぁ、ここに入り口があるね」

「見た瞬間に分かるのかい?」

「これ以上地下空間から離すと掘るのが大変でしょ」


 カミュは地下室があると仮定した建物方面の壁に向かいかけ、途中で反対側に足を向けた。


「別の建物に入り口を作るようなひねくれ具合からして、反対側の壁のど真ん中から左右どちらかに少し寄った――ここかな」


 床石に積もった砂埃を靴でざっと払い、観察する。

 しかし、入り口らしきモノへの手がかりは発見できない。

 当てが外れたかと首を傾げたカミュだったが、リネアの足音を聞きつけて顔を上げた。

 一度外に出て倉庫を外から観察したらしいリネアはレインコートに付いた雨粒を落としてから手柄を誇るように胸を張った。


「ここの壁、不必要に分厚いよ」

「倉庫だからだとおじさんは思うけどね」

「壁の中に通路があるって事?」

「そこまでの分厚さじゃないんだよね」


 ふふふ、と口に片手を当てて笑みを隠しながら、リネアは倉庫の壁を端から観察していく。端から端まで観察を終えて、首を傾げた。


「あ、あれ? てっきり壁に蒸気仕掛けの何かが収まってるんだと思ったのに」

「仮におさまっていたとしても、数百年前の仕掛けが動くはずないよ。グランズ、ここの床石を壊してくれる?」

「まって、カミュ、遺跡に何する気?」


 リネアがカミュに飛びついて動きを封じようとする。


「ここだね、おじさんいっちゃいまーす」


 だんだんとグランズも面倒くさくなってきていたのか、カミュが指差した床石に蒸気機甲により強化された腕力で大剣を振り下ろした。


「あぁああ! あ、あぁ……あ!」


 リネアが悲鳴を上げ、砕け散った床石と砂埃に呆然と言葉をなくし、代わりに現れた結果に歓喜の声を上げる。


「地下通路だ!」


 グランズが破壊した床石の下には地下へと続いているらしい階段の端が見えていた。


「やった、やった。未知の空間だよ。一番乗りだよ、カミュ、大手柄だよ。大好き!」


 カミュの両手を取って上下に振りながら小躍りするリネアを見て、カミュは空腹を我慢する事にした。

 グランズがカミュを見て、やれやれと首を振る。


「リネアちゃんには甘いねぇ」




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