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精霊戦記  作者: 天仁
9/9

1-8

仕事とか筆の遅さで気づくとかなり遅くなっていました。

 走り始めてかなり経ち、俺は息が切れ始めていた。

 周りの風景はあまり変わっていないが、森のだいぶ深い所まで来たと思う。

 そう思い周りを目だけで確認していた矢先、少女はゆっくりと減速して、(ひら)けた――木々の感覚が他の場所よりもあいている――場所で足を止めた。

 そして微笑みながらこちらに振り返った。


「ここにいれば安全だ」


「安全って……」


 説明もなくそう言われても困る。

 少女は俺の表情で言いたいことを察したのか、頭を下げる。


「すまない。いきなりすぎたな」


「いや、いいんだけど。とりあえず、事情を説明してもらってもいいかな?」


「ああ。実は……」


 少女がそこまで言った時、首に下げていたペンダントが突如として光り始めた。

 赤黒い光を放つ小さな水晶玉を見た少女は、あきらかにしまったというような顔をした。


「どうしたの?」


「時間切れだ」


「え?」


 時間切れってまさか。

 なんとなくどういう意味か確信を持ちながら、それでも一応聞いてみる。


「時間切れっていうのは、どういうこと?」


「戻らねばならない。これはわたしの意志ではどうにもできない」


 やっぱりか。


「その水晶玉の力か?」


「ああ、そうだ」


「なら、その水晶玉を取ればいいんじゃないか?」


「それはできない。ある者との約束だからな。それに、これは時間を指定する(タイプ)だからな。これを逃すと家に戻れなくなってしまう」


 少女は左右に首を振る。

 すぐに少女は顔を上げ、俺の目を真剣な目で見やる。


「いいか、良く聞いてくれ。もうすぐこの森に災いがやってくる。できれば森から逃げて欲しいが、それができなければ、この場所から動かないことをお勧めする。この辺りが、この森の中で一番安全な場所だ」


 少女がそう言っている内に、水晶玉から放たれる赤黒い光はまるで生きているかのように彼女にまとわりついて行く。


「災いってなんだ? 何が来るっていうんだ!?」


 俺はまくしたてるように、そう問いを投げかける。


「それは、ひのせ……」


 彼女の言葉を遮るように光が強くなり、耐え切れず目を閉じる。

 黒いのに(まぶ)しいというのが不思議な感覚だ。

 そして光が消え目を開いた時、少女は姿を消していた。


「肝心なところが聞こえなかった」


 俺は肩を落とし、溜め息をつく。

 何かあるのなら、もっと具体的に教えて欲しかったな。

 最後に言った言葉は“ひのせ”か。

 取りあえずどう言うことか考えてみる。


 “ひの”とか“ひのせ”なんて言葉は、苗字か名前でもなければまずあり得ない。

 それに続けて何かを言おうとしていたから、おそらく“の”は助詞。

 さらに、走りながら聞いた時は“ひ”がどうこう言っていた。

 つまり重要なのは“ひ”という事か。

 考えられるのは “日”または“火”

 他にも“ひ”と言うだけなら候補はあるが、この状況で考えられるのはこの二つくらいだ。

 “日”で思い浮かぶとすれば、太陽や日光。

 でも、太陽や日光で何の予兆もなく何かが起こるとは考えにくい。

 だが、“火”だというのなら考えられなくはない。


 たとえば森が火事になるとか。


「……だとすれば大変じゃないか」


 森の木々が燃えているところを想像して青ざめる。

 この国は戦争中で、敵国に森が囲まれている。相手が森に火を放つという可能性は充分ある。

 もしそれが本当なら、早く村の人に知らせないと大惨事になる。

 絶対という確証はないが、用心をするに越した事はない。


 だが、今の俺は自分がどこにいるのか分からない。村の場所などもってのほかだ。

 精霊の加護があるらしいから――俺は悪意を持っていないので――辿り着けなくはないだろうが、本当に大丈夫だろうか。

 俺の世界にも虫の知らせや第六感などという言葉もあるが、それでもファンタジーのような物には不安を感じてしまう。

 心配ではあるが、今はそれに頼って行くしかない。


 そう思い、元来た方向へ引き返そうとしたのだが、その時どこからかカツン、カツンと二度ほど音がした。

 音は聞き取りづらかったが、それでも前方から聞こえたようだった。

 音の聞こえた方を見やる。

 今までと同じく天に突き立つような巨木だが、前方に見えた複数の木々は少しおかしく感じた。

 今までの場所の木々は生えている間隔はまちまちで、隣り合って並んでいる物もあれば、ある程度間隔が空いた物もあった。

 だが、目の前の大木は等間隔で並んでおり、地上に出てきている根が左右の高い位置で絡まっている。

 これはまるで木の根によって造られた壁だ。

 この先にある物を隠しているような、そんな印象を受ける。

 音がしたのはこの向こう側。

 音がしたということは、この先に何かがいる可能性があるということだ。

 もちろん森に生息する動物かも知れないし、人間かも知れない。後者であれば状況的にルウか敵兵のどちらかとなる。


「…………」


 正直考えている時間はないが、そこにいるのがルウだった場合は村までの道がわかるので、帰るのが簡単である。

 逆に敵兵ならば逃げればいいだけだ。

 だが、もしこちらの存在に気づかれ追ってこられたら捕まるかもしれないし、相手が味方の位置を把握していた場合は挟み撃ちにあうこともあり得る。

 そんな考えが浮かび、このまま加護とやらを信じて走るべきか、向こう側を確認すべきかで迷った。

 数秒間悩んだ後、取りあえず確認してみて、敵なら音を立てないよう注意して逃げようという結論に至る。


 意を決した俺はゆっくりと慎重に壁になっていた木の根に上り、その向こう側を見る。

 そこにあったのは、神殿とも呼べるほど綺麗で巨大――この森の木よりはさすがに小さいが――な建造物だった。

 長方形の白石が連なった柱が並び、村を出る頃よりも少し高くなった朝日がその間に差し込んでいる。

 屋根や床も同じく白石であり、屋根の下側は橋の様にアーチを描き、上側の形は普通に三角だ。

 床はタイルの様に敷き詰められていて、先程の音はこの床を歩いた時の靴音なのだろう。

 その建物の中央には台――建物と同じで白石でできている――とその上には巨大な水晶玉らしきものがある。

 だが、目を奪われたのは真っ白な建物にではない。

 その水晶玉の前では膝をついたルウが両手を胸の前で組み、瞼を閉じて祈りを捧げていた。

 フードは背中に下ろしており、アップにまとめた金色の髪を木の葉の隙間から差す朝日が照らし輝いている。

 目的の人物を見つけたにもかかわらず、そんな神々しいとも思えるほど美しい少女をついぼーっと眺めていた。


「何者です!」


 すると、ルウはそう声を上げ振り向いた。

 やばい。

 俺は素早く巨木の陰に隠れる。

 ルウは足元の細剣を手に取ると、立ち上がりながら剣を抜き構えた。


「村の者以外でここに立ち入ることは許されていません。出てきなさい!」


 振り返りざま眉の端を釣り上げて、怒鳴るように声を上げる。


「…………」


 逃げるべきかと一瞬迷うものの、そこにさらに声が掛かる。


「言っておきますが、逃げた場合は容赦しません!」


 細剣で刺すつもりなのだろうか。

 そもそも逃げるにしても、昨夜の彼女の走りを見ているので逃げ切れないことは分かっている。

 それに、ばれている以上は隠れるだけ無駄だな。

 これは投降一択だと思い両手を上げ、ゆっくりと立ち上がる。


「………カイトさん?」


 ルウは俺の姿を見て首を傾げる。

 相手が俺だと分かると、今度は疑問が浮かんだらしい。どうやら俺がここに来るとは思っていなかったようだ。

 俺はゆっくりとルウとの距離を詰めながら愛想笑いを浮かべる。


「とりあえず、剣をしまってくれない?」


「あっ、はい」


 ルウは毒気が抜かれたのかそれに素直に応じ、細剣の刃を手に持った鞘に納めた。

 それを確認して両手を下げる。


「カイトさん、どうして。いえ、どうやってここに?」


 ルウは顔を上げると、俺にそう問いかけてきた。

 どうやってと言われても、どう説明したらいいんだ。


「……女の子を追って来た」


 何と言おうか迷ったものの、結局そのまま言うことにした。森に入った理由のこともあるし、変な言い訳をしても仕方がない。


「女の子? 外見を聞いてもよろしいですか?」


「俺と同い歳くらいで、銀色のストレートヘアー。黒いワンピースを着て、黒いブーツを履いてた」


 ルウは首を傾げ、腕を組む。どうやら自分が知っている人物に当てはまる人がいるかどうか考えているらしい。


「……そんな人、村にはいなかったと思いますが?」


 結論は出たようだ。

 彼女も村のことは知らないようだったし当然だな。


「村の子ではなさそうだったな。この森に入るのも初めてみたいだったし」


「カイトさんもそうですが、よくこの状況で入ってこられますね」


「……そうだな」


 あの光る水晶玉のことはよく分からないが、俺みたいに異世界から来るなんていうのは、村の人にとってもルイート兵達にとっても予想外だろう。


「それで、ここは何なんだ? 見た目には、神殿っぽいけど」


 俺は辺りを見回した。

 大きな白石の柱が八本、囲うように並んでいる。

 横から見たのでは分かりづらかったが、どうやらこの神殿のような建物の形は上から見ると長方形をしているらしい。

 見た目はまさに神殿といった感じだ。


 ルウは「いきなり話を変えましたね」などと言っていたが、答えてくれるらしい。溜め息をつき、俺と同じように辺りに目を向ける。


「神殿とは少し違います。ここは、風の精霊を祀る祭壇です」


「精霊を祀る祭壇」


 この世界は神ではなく精霊を(たてまつ)る場所があるということか。

 “精霊の加護”とかあるみたいだし、精霊がこの世界では特別な存在なのだろう。

 もっとも、神殿と祭壇は似たようなものの気もするが、神様を祀ってる訳じゃないから神殿だとおかしいのか。


「精霊って祀るくらいすごいものなのか?」


 なんとなく気になったので聞いてみた。俺の世界だと神や仏などが信仰されているが、やはりこちらだと精霊が信仰されている理由があるのだろうか。

 そんな俺の疑問に対し、ルウはなぜか首を傾げる動作をしたが、それも一瞬で戻り説明を始めた。


「精霊は自然の摂理を創り出し、それに唯一干渉できる存在です。そんな精霊達を祀るのは当然なことです」


「自然の摂理?」


「雨が降る。風が吹く。火が燃える。そういったものです」


 俺の世界では天候として起きる自然現象だが、この世界では精霊が創り出したものとなっているのか。

 だが、気になるところはそこではない。


「それに干渉できる?」


「はい。風の精霊は自由に風を起こすことができるということです。もちろん、ただ風を起こせるというだけではありません」


 ルウはそこで言葉を区切り、答えを求めるように目を向けてくる。


「精霊の加護とか?」


 正解だったようで、彼女は微笑んでうなずいた。


「そうです。精霊が祭壇を守るための力。それが森を守ってくれます。もちろんわたし達、人間も同様です」


 ルウは胸に手を当て自分を指す。


「それって、祭壇を守るついでなんじゃ」


「そんなことはないですよ。……たぶん」


 一瞬あり得るとでも思ってしまったのか、目が多少泳いでいる。


「それにしても、ちゃんと祭壇が在るんだな。村には記録がないとか言ってたから、無いのかと思ってたけど」


「そう思って貰うのが狙いです。実際、この祭壇のことを知るのは村長の家系。祖父と母と、わたしだけです」


「村の人は知らないのか?」


「はい。この祭壇のことを外には知られないために、村の人には教えていません」


「精霊の加護のことは知ってるのに?」


「加護のことは昔から伝わっていることなのです。そもそも、村の人間は迷ってもすぐに村に戻ったり外に出たりできるのに、外の人間はよく迷うというのが不思議ですから、隠し通せるものではありません。なので、当時の村長が精霊の物語を利用してそういった形で伝えることにしたのでは?」


 もしそうだとしたら適当だな。昔の村長さん。


「各家には御霊体(ごれいたい)もありますから祭壇はなくても問題はないのです。祈りは普段そちらに捧げていますから」


 また新しい単語が出てきた。

 御霊体っていうのは、御神体の精霊バージョンってところか。


「もともと祭壇の管理は村の住人ではなく、家系だけで受け継いできたものです」


「それじゃあ、ルウはここの管理人というわけだ」


「わたしだけではありませんが、そうですね」


「へー」


 俺は感心しながらその建物を中から見上げる。

 天井は高く、おそらくビルの四階ほどの高さだと思う。

 柱は立方体の白石がずれなく積まれており、その周りにツタが巻きついて天井にまで達している。

 建てられてから長い年月が経っていることがうかがえた。

 この世界の技術がどういったものかは解らないが、昔の人達はこれをどれほどの時間をかけて作ったのか想像もつかない。

 そして、目を引くのはその祭壇といって差し支えないであろう、中心にある台座だった。

 柱や天井、屋根と同じく白石をブロックほどの大きさで長方形に削り、それを積み上げて作られている。高さは俺の頭より少し上だ。

 そして、その台座の上には両手でぎりぎり支えられるほどの大きさの水晶玉が乗っている。

 水晶玉は半透明の緑。ルウのレイピアの鍔の部分にはめられた宝石と同じ色だ。

 俺はその台座に近づき、水晶玉を仰ぎ見た。


「これは?」


「それは精霊石です。精霊水晶と呼ぶ人もいます」


「そのままだな」


「精霊の力が溜め込まれたもので、精霊の意識とも繋がっています。と言っても、時折わたしのような祭壇の管理者が祈りを捧げるくらいですが」


「そういえば、さっきも何か祈ってるみたいだったな。あれは何だったの?」


「あれはいろいろありますが、森から薬草を取らせて貰うお礼と、昨日のようなことがないようにお願いしていました」


「昨日のこと。ルウが兵士と遭遇したことか」


「はい。村の人を守ってもらえるようにとお願いをしていました。……もっとも……」


 後半、ルウはうつむき何かを呟いた。


「何?」


 聞き返すとルウは軽く首を左右に振り、「いいえ。何でもありません」と言うと、視線を俺に戻した。


「そう。ならいいけど」


 それから数秒の間、お互いに話すことが思いつかないようで気まずい雰囲気が流れたが、ルウが何か思いついたようで顔を上げる。


「あっ、早く薬草を取って帰らないといけないのでした。手伝って貰えますか?」


 俺のほうが少し背が高いせいか、上目づかい――本人は意識していないだろうが――でそう聞いてくる。


「あっ、うん」


 俺はなんとかうなずく。


「では、あちらをお願いします」


 祭壇の外に見える巨木の根のある一区画を指差した。


「取る薬草は先程の物と、もう一つ。これを集めて下さい」


 自分が持った籠の中から別の草を取り出して渡される。どうやら、ここに来るまでに別の場所でいくらか採取していたらしい。


了解(りょーうかい)。……あれ?」


 薬草を受け取りそう答えたところで、俺は首を傾げた。

 何か忘れているような気がして、記憶をたどってみる。

 そして、すぐに思い出す。


「そうだった!」


 突然目の前で声を上げた俺に、ルウはびくりと肩を揺らす。


「ど、どうかしました?」


 恐る恐るそう問いかけてくる彼女に、俺は焦りながらなんとか伝えようとした。


「えーっと、あの、森が大変らしいんだ」


「森に何か起こるのですか?」


「火事になるかもしれない」


「まさか、そんな」


 ルウは驚きつつもあり得ないとも思っているようで、とても信じられないというような表情を向けてくる。


「俺も聞いた話だから絶対とは言えないけど」


「誰に聞いたのですか?」


「さっき言った女の子だ」


「プラチナブロンドの?」


 プラチナブロンドって銀髪のことだよな。


「そうそう。その子だ」


 俺はうなずくと、ルウに走り寄る。


「本当かどうかはわからないけど、とりあえず村に戻ったほうが……」



 “ドーン!!”



 その大きな音で俺の言葉は遮られた。

 俺とルウは驚いてその方向を見やる。

 音の中心と思える場所からは、黒く太い煙が空に向かって立ち昇っていた。


「村の方角から!」


 ルウは悲鳴のような声を上げると、すぐにその場に向かうために走り出した。


「ちょっと待って!」


 俺は反射的にルウの手を掴み止めようとする。

 だが彼女の力は強く、止めるどころか逆に引っ張られ、そのまま一緒に走り出してしまった。

 ルウのほうは俺が手を掴んでいるのに気づいていないようで、足を止める様子はない。


「ちょっと、うわあ!」


 一気に駆けて巨木の根の壁を跳び超える。

 俺の口からは悲鳴が漏れた。

 なんという跳躍力。


「おい。待ってくれ!」


 何とか止めようと声をかけるが、ルウの耳には入っていないようだ。

 それもそのはず。

 走り出した直後から、背中を押すように突風が吹き始めていた。

 その風の空気を()く音がうるさくて他の音がまったく聞こえないのだ。

 風そのものは追い風だから、走るスピードが遅くなることはない。

 それどころか、一歩踏み出すごとに両足が浮いて、下手をすればどこかに飛ばされてしまいそうだ。

 そして、曲がれない。

 ルウは目の前に見えた木を横にずれて躱すが、俺はそのまま激突する。


「うぐっ!」


 ルウの手を掴んでいない方の手で顔だけはガードするが、それでも体や腕がぶつかって痛い。

 だが、そのおかげで違和感を覚えたのか、ルウはふと振り向いた。


「カイトさん!」


 驚きながら俺の名前を呼んだ彼女は止まるためか徐々にスピードを落とす。

 それに(ともな)って、追い風も()んでいく。

 足を止めたルウは、同じく止まった俺のほうに向き直る。

 だが、何を言えばいいのか分からないようで目を泳がせた。


「ひょっとして、俺のこと忘れてた?」


 その問いに、ゆっくりとうなずく。


「……はい。すみません」


 ルウはしゅんとして頭を下げる。

 頭が冷えたのか、先程までのあせっていた様子は消えている。


「それは仕方ないからいいけど、これからどうするつもりだ?」


「……村のみんなの元へ戻ります」


 ルウは顔を上げそう答える。

 俺はそうだろうなあと思いつつ、彼女の顔を見る。

 その表情は真剣なもので、冗談などではない。

 あの煙は戦闘によるものなのかは分からないが、状況的にその可能性は高いだろう。

 あの少女は祭壇の近くなら危険はないと言った。

 それを信じるのなら動かない方が賢明だ。

 だが、それを伝えても彼女はここに隠れているなんて選択はしないだろう。

 だって、きっと彼女には守りたいものがあるだろうから。


「そうか、じゃあ早く行こう」


 俺は恐怖で震えそうになる体を何とか抑えて明るい感じで言った。


「……ついて来るおつもりですか?」


 おそるおそるそう聞いてくる。


「もちろん。だって、俺はルウの護衛だろう?」


「…………分かりました」


 ルウは長江の後うなずきフードを目深に被った。

 彼女自身危険なことは承知しているようだ。

 そんな場所に俺を連れて行くのは嫌なのだろう。

 彼女は合って一日しか経っていない俺を気遣えるほど優しい娘だ。

 だからこそ守らないといけない。

 まあ、逆に守られそうな気もするけど……。

 いや、弱気になってどうする。

 俺は両手で自分の頬を挟むようにはたく。

 ルウは突然のことに驚いたのか、ビクッと肩を揺らす。


「どうしました?」


「なんでもない。それより、急ごう」


「はい」


 ルウはうなずくと、そっと右手を差し出してくる。

 握手かと思い軽く握ろうとすると、その手の手首をぎゅっと握られる。


「それでは、しっかりとつかまっていてください」


「え? あっ、はい」


 俺の返事が終わると、すぐさま彼女は駆け出した。

 俺は何とかそれについて走り出す。

 すると、それと同時に強烈な追い風がまたも背中を押してくる。

 今度は木にぶつかりそうになっても手を引っ張って躱してくれるからぶつかることはないが、何だこれは。

 これも精霊が起こしているのだろうか。

 俺はそんな疑問を浮かべつつ、この世界に来て三度目になる全力疾走をするのだった。



   *



 ドーン!



 再び大きな爆発音が鳴り響く。

 ルウは太くなりつつある煙を見上げ歯噛みする。

 森の木々が邪魔で煙の正確な距離は掴めないが、方角は村のある方向で間違いない。

 二度目以降はも十秒ほどの間隔で何度も音が聞こえる。

 まさか、自分が村を開けている時にこんなことになるとは思っていなかった。


(早く戻らないと)


 ルウは一刻も早く村へ戻るため、必至で足を動かす。

 だが、そんな中で右手に捕まり引っ張られることで、何とかついて来ている人物へと意識をやる。

 正直なところ彼は底が知れない。

 昨夜のこともあるが、あの時は最初に兵士と向き合っていた時は恐怖で体が震えており、倒した後も呆然とするなど、兵士を殴り飛ばしたのはあきらかに偶然としか思えない。

 動きは兵士や騎士のように洗練されてはおらず、どちらかといえば傭兵のような戦場だから何でもありというようなものに見えるが、それでも実践を想定したもののようである。

 おそらくは戦う訓練だけで、実践などはまったくやったことなどないに違いない。

 そんな人など連れて行っても足手まといか、よくて囮になってもらうくらいしか思いつかない。

 前者はお断り願いたく、後者は気分のいいものではない。

 それでも連れて来たのは、一人で置いて来てもきっと追ってくると思ったからだ。

 一人で勝手に動き回られるよりは、自分の目に届く場所にいてくれたほうがずっと安全だ。

 それに今は、一刻も早く村へ戻ることが先決だ。

 ルウはそう考え意識を前方へと戻した。




 魁人は森の木々が目にも留まらぬスピードで動いているような錯覚を覚えている。

 だが、実際に動いているのは自分だ。

 そんなことを彼が思っているなかで、未だ走り続けているルウは違和感を抱いていた。

 先程から精霊術も使い、かなりのスピードで走り続けている。

 にもかかわらず未だに村にたどり着けないのだ。

 いつもなら、そろそろ村に着くはずだ。


(おかしい)


 ルウはそう思いながら走り続けるが、そのすぐ後巨木の壁にぶつかりかけた。


(これは!)


「止まります!」


 ルウは振り返ることなくできるだけ大きな声でそう言うと、急ブレーキで巨木の十センチほど手前で止まる。


「うわっ!」


 だが、魁人はそうはいかず巨木にぶつかりそうになる。

 それを見たルウは握られた腕を引き、魁人がぶつからないようにする。

 それに加えて、止まる前にルウが声をかけてくれたおかげで、彼女より遅れはしたものの走る速度を落とせたため、魁人はなんとかぶつかることはなかった。


「大丈夫ですか?」


「なんとか。どうかしたのか?」


 辺りを見回しながらそう言った魁人は、ふと前方に見える巨木の根の壁に目を向けた。


「ここって」


「はい」


 ルウはうなずいて巨木でできた壁に向かい、魁人もそれに続いた。

 二人で協力してその壁を超えると、その向こうには先程まで二人がいた祭壇があった。


「そんな。どうして?」


 魁人の疑問にルウは祭壇を見詰めながら答えた。


「おそらくですが、加護……ですね」


「精霊が道に迷わせたってことか。なんのために?」


「わたし達を村に帰らせないため、でしょう」


「村にいったい何が起こってるんだ」


 魁人は口惜しさをはらんだ表情で、空へと昇る煙を見やる。

 あの煙の方角に村が有るのは間違いない。

 あの煙を辿っていければいいが、祭壇の在る場所の様に(ひら)けている場所なら可能だが、この森は木々が大きく頭上50メートルほどで覆いかぶさるように木の葉が空を隠してしまう。

 そのため、煙を見ながら移動することもできない。

 だが、魁人には一つ気になっている事があった。


「でも、昨日俺が一人で歩いた時は何もなく普通に村に着いたけど、何で今回は駄目だったんだ?」


「あの時は距離がそれほどなかったのと、精霊がカイトさんは村や森に危害を加えないと判断したからだと思います。今までは目的地の場所や方角が分かっていれば精霊の加護は効かないと思っていたのですが、それは間違っていたようです」


「精霊も本気ってことか」


 精霊の力で迷わされている。そう考えなければ理解できない事であった。

 そもそも今までは行き来できていたものが、今回に限ってたどり着けないばかりか、同じ場所に戻ってくるなど精霊が何かしているとしか思えなかった。

 だが、そうだとすれば打破する方法がないわけではない。


(時間はかかりますが他に方法はありません)


 ルウは気を落ち着かせるためふーと息を吐くと、顔を上げ、煙を見つめた。

 先程までは何度も聞こえていた爆発したような音はいつの間にか聞こえなくなっており、ただ黒く太い煙が空へ昇って行くだけになっていた。


「村に向かいましょう、カイトさん」


「向かうってどうやって?」


 なぜか煙の方を向いて二本の木の枝を持って空中で縦に並べていた魁人は、ルウに顔を向ける。

 聞いている時間も惜しいのだが、つい疑問が口をついて出てしまう。


「何をしているのですか?」


「出来るだけまっすぐな棒を縦に並べていけば、だいたい一直線に歩けるかなと思って……」


 本人もそんな方法で村に向かうのは苦しいと思っているのか、苦笑いを浮かべている。


「それは難しいでしょう」


「わかってるよ」


 ふてくされたように答え木の棒を捨てると、目に見えて肩を落とす。

 ルウはそんな魁人を後目に、自身の細剣を胸の前に持って来て握りしめる。

 そんなルウの仕草には気づかず、魁人は気を取り直すように顔を上げる。


「それで、さっき言ってた村に向かうっていうのは、具体的にどうするの?」


「わたしは精霊の力を無効にできます」


「え?」


 突然の告白に魁人は目を見開いた。


「この剣の鍔の中心にはまっているのは、祭壇に祀られているものと同じ精霊石を加工したものです」


 そう言って、ルウは鍔の真ん中にある緑色の石を指す。


「これは精霊の力を借りるものですが、同時に打ち消すものでもあります」


「つまり、それを使えば精霊の加護も効かなくなるってことか」


「そのはずです」


「はずって、曖昧だな」


「使うのは初めてなのでしかたありません。少なくとも伝承では可能です。その代わり追い風もなくなりますから、速さは落ちますけど」


「あっ、やっぱりあの風は精霊の力なのか。昨日の夜も速かったけど、それで走ってたのか?」


「はい」


「……」


(それなら昨日もさっきみたいに一緒に連れてってくれればよかったのに)


 魁人は釈然としない気持ちで、内心溜め息をついた。

 ルウは急に黙り込んだ魁人に首を傾げたが、魁人は気にしている暇はないと思い直し口を開いた。


「ごめん。時間がないし、早く行こう」


「では、力を使います」


「うん」


 魁人がうなずくと同時に、ルウは目を閉じて念じる。

 すると魁人には、剣にはまっている精霊石から薄い障壁が現れ、それが自分とルウを包み込んだように見えた。


「行きましょう」


「ああ」


 二人は目を合わせるとうなずき合い、村のある方向へと走り出した。



途中、魁人がいろいろと考えるところいるかな?と思ったんですが、ないならないでわけ分かんないなと思いそのまま入れました。

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