1-4
そこは森の開けた場所に存在した。
木造の家がいくつも点在し、予想したよりもずっと大きな規模の村だった。
一軒に三人とすると百人はいるな。そうでもなきゃ、村とは言えないか。
どのくらい前から森が包囲されているのかは知らないが、よく見つからなかったな。それだけ周りの森の規模がでかいということなのか。
そんなことを考えながら辺りを見回し、村の中へ足を踏み入れる。
すると、槍を持った俺と同い年くらいの少年が一人走ってきた。
少年は俺の前で立ち止まると、槍の切っ先を向けてくる。
槍は俺の喉から数センチの距離で止められた。
「何をしている!?」
「ひぃっ!」
いきなりの事に、俺は小さな悲鳴を上げて立ち止まる。
「ゲイン。どうした?」
槍を持った少年――ゲインの声を聴いたのか、家の中や村の至る所から人が集まってきた。
全員男だったが、それぞれが槍や剣など武器を持っている。中には草刈鎌や鍬、包丁など、武器とは到底呼べない物を持っている人もいた。
「侵入者だ。もしかしたら、ルイートの兵士じゃないか?」
ゲインは周りの人に目を向けながらそう言った。
「でも、鎧も何も身に着けてないぞ。そんな兵士がいるか?」
「確かに。武器も持ってない」
「だが、見ない顔だな」
村の男達はいぶかしんで俺を見た。
「いや、あの。俺は……」
事情を説明しようとしたが、突き付けられた槍の距離がさらに縮まる。
「うるさい。黙ってろ!」
ゲインは怒っているのか焦っているのか、そう怒鳴った。
その権幕というよりは、槍を向けられている恐怖により黙った。
「偵察隊とか?」
「それでも、武器ぐらい持つだろう」
「とりあえず、縄で縛って閉じ込めておくか。敵でないという保証はない」
俺を無視して話が勝手に進んで行く。
どうしよう。何か言わないと。でも、何を言えば……。
戦争に巻き込まれていて気が立っているのはわかるが、話もさせてもらえずに監禁されそうになるとは思っても見なかった。
こんなことになるんだったら、あの少女の名前を聞いておけばよかったと後悔する。
そんな時、新たな足音がゆっくりと近づいてきた。
一人の老人の登場にその場の全員が振り向いた。
「皆、どうした?」
「ロイスさん」
ロイスと呼ばれた老人は、集まっていた男達を見やり口を開いた。
ゲインは槍を突き付けたまま、顔だけをロイスさんに向け答えた。
「侵入者です。見たこともない奴が、村に侵入しました」
「はて?」
ロイスさんは俺に目を向け、首を傾げる。
どうなるんだ、これ?
話が聞いてもらえるのかどうかさえ、わからない状況だ。
だが、そこに聞き覚えのある声が響いた。
「お待ちください」
声と共に先程の少女が走ってきた。とはいえ、さっきとは打って変わって歩くよりは速い程度のスピードだった。
「ルウ?」
ロイスさんは少女のほうへ振り返った。
少女は皆の前で立ち止まる。近くへ来てわかったのだが、彼女の被っていたものが、白いフード付きケープに変わっていた。
「その方は、森で兵士に捕まりかけたわたしを助けてくれた方です」
「この者が?」
ロイスさんは俺の顔をまじまじと見る。
「はい。彼は敵ではありません」
少女はうなずいた。
だが、ゲインは納得できないようで、
「でも、ルイート兵が自作自演した可能性も…」
などと呟いたが、先程までの自信はどこへいったのか、少女に目を向けられると徐々に声が小さくなっていく。
「わたしが信用できませんか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「もし、彼がルイート兵ならとっくにこの村は見つかって、敵に囲まれるなり、襲撃されるなりしているはずです。ですが、そのような様子はありません」
その言葉に集まっていた男達は村の外に目を向ける。
そこには巨大な木々があるだけで、人の気配はまったくない。
「それに、もし害意のある人なら、そもそも村には入れないはずです」
それはどういうことだ。何か結界のようなものでもあるのか。
「理解していただけましたか?」
皆が確認するのを待って、少女はそう問うた。
村の皆は少女の言ったことはもっともだと思ったのか剣や鍬を下ろした。
ただ、ゲインだけは不満そうな表情をしていたが、少女の怒気に触れない方がいいと思ったのか渋々槍の切っ先を下げた。
すると、状況を見守っていたロイスさんが俺に近づき、深々と頭を下げた。
「旅の方。ここのところ村の皆は少々気が立っていましてな、本当に申し訳ない」
「いえ、状況は理解してますから」
出来るだけ笑顔で言ったつもりだが、やはりぎこちない笑みだったらしい。
少女はそんな俺の表情が面白かったのか、くすっと笑みをこぼすと、俺の元へとやってきた。
「とりあえず、お礼がしたいので家まで来てください。案内しますよ」
「え!」
その言葉に俺は驚いたのだが、それ以上に反応したのはゲインだった。
驚くほどのスピードで二人の隣にやってくる。
「待て。ちょっと待って! それはさすがにまずいだろ?」
「なぜです?」
「だって、相手は男だぞ。絶対、手を出してくるぞ!」
手を出すのは確定なのか?
若干腹を立てつつも、成り行きを見守る。この手の話は下手に介入しない方がいいだろう。
「大丈夫ですよ? お母様やお爺様がいますから」
「………」
ゲインの表情が固まる。
「何かおかしいですか?」
少女は首を傾げた。
「え? あ、いや。そうか、ならいいんだ。ごめん」
あわててそれだけ言うと、元の位置に戻った。
少女は再び首を傾げると、近くにいたロイスさんと短い会話を済ませ、俺の方へと向き直る。
「では、行きましょう」
少女は俺の手を引いた。
それに従うように、俺も歩き出した。
その後は、ロイスさんが集まっていた男達にそれぞれ指示を出していた。
それを遠目に眺めた後、少女に目を向ける。
親と一緒か。当然と言えば当然だな。別に二人っきりでも手なんて出さないけど。
そんなことを思いつつ少しうつむいて歩いていると、ふと少女とつないでいる左手に目が行く。
そういえば女の子と手をつないだのは保育園以来だと思い、顔が赤くなる。
隣を歩く少女の方はまったく気にする様子はない。
「あの……」
「なんでしょうか?」
指摘しようとしたが、少女はまるで意に反していない。
「……いや、なんでもない」
これくらい別にいいかと思い、黙っておく事にした。
そうこうしている内に、少女の家に到着した。
「ここ?」
「はい」
そこは木造の一軒家だった。外からの見た目では、一応二階もあるようだ。
少女は手を放すと、その家の扉を開けた。
「どうぞ」
そう言われ、恐る恐る足を踏み入れる。村に踏み入った時、いきなり槍を向けられたのが尾を引いていた。
「お邪魔します」
挨拶なしでは余計に怪しまれるかと思い、室内にそう声をかける。かなりぎこちない。
逆に、続けて入ってきた少女は丁寧にお辞儀をする。
「ただ今戻りました」
その声に、廊下の奥にパッと光が灯った。それと共に、パタパタと早足でランプを片手に持った女性が一人やってきた。どうやら手に持ったランプが今の光源のようだ。
「お帰りなさい。みんな騒いでいたけれど、大丈夫だった?」
「はい。問題ありません。お客様がいらしただけです」
「お客様?」
今まで目に入っていなかったのか、女性は首を傾げて俺に目を向けた。
「えーと、初めまして……」
それだけ言うのが精一杯だった。
女性は驚いたように目を見開いた後、にこりと笑みを浮かべた。
「初めまして。私はイリナ・ラシウス。あなたは?」
「俺は魁人・黒季です」
なんとなくだが、この世界の姓名は海外と同じように名前と苗字が逆らしかったので、そう名乗った。
「そういえば、わたしも自己紹介がまだでしたね。わたしはルウ・ラシウスです。以後、よろしくお願いします。カイトさん」
少女――ルウは軽く頭を下げた。
そうか、ルウって名前だったのか。さっき、ロイスさんが言っていたのは名前だったんだな。方言かなんかで呼んだのかと思ったけど。
「うん。よろしく。ルウさん」
先程助けたり助けられたりしたせいか、イリナさんと違って、ルウのほうが話しやすかった。
「さんづけなんて。ルウでいいです。皆そう呼ぶので」
「じゃあ、ルウ」
「はい」
彼女は笑顔でうなずいた。
イリナさんはそんなやり取りをしている俺とルウを交互に見やると、笑みを浮かべた。
「ふふっ、二人は今まで名前も知らなかったのに、仲がいいのね」
いや、ちょっと話していただけで、仲がいいと言われてもな。
ルウは微笑むとイリナさんへと向き直る。
「仲がいいなんて、カイトさんに失礼ですよ」
慌てた様子もなく淡々と答えた。
そんな事はないんだけどな。とか言えないからダメなんだろうなあ。などと思っている間もルウの話は続いている。
「カイトさんは先程話した、森でわたしを助けてくれたかたです」
それを聞き、イリナさんはうなずいた。
「あら、そうだったの。それならお礼をしないといけないわね。お夕飯ご馳走しようかしら?」
という言葉と共に、椅子を指して俺に座るよう促す。
「いえ、ご飯は食べたので大丈夫です。一晩泊めてもらうだけで充分ですから」
「それなら、寝る場所を用意するわね」
イリナさんはそれだけ言うと、小走りで部屋から出て行った。
それをあっけにとられて見ていた俺は、ルウの声で我に返った。
「すみません。お客様なんてめったにいらっしゃらないので、少々はしゃいでいるようです。あ、こちらへどうぞ」
苦笑いを浮かべたルウは、イリナさんと同じように椅子に座るよう促した。
今は布団の用意でもしてくれているのだろうし、座って待っているほうがいいかと思い、促されるまま椅子に腰を下ろす。
ルウは俺と向かい合うように座ろうとしたが、何かに気づいたように手を動かし、頭に被っていたフードを脱いだ。
そのまま、簪のように髪をアップでまとめるために使っていた細い金属の棒を引き抜き、頭を左右に揺する。
そこには、金色の長い髪が暗めのランプの灯りに照らされていた。
窮屈にまとめられていたようだが、解いた髪は絡まることなくスルッとほどける。
深い蒼の瞳と目が合った。
正直、見入ってしまった。
綺麗だ。目を奪われるほどに。
「どうかしましたか?」
ルウはボーッとした俺を不思議に思ったのか、首を傾げた。
「綺麗だなと思って」
「何がですか?」
「ルウが」
不意に聞かれたため、つい口をついて出てしまった。
「へ!?」
彼女は驚いたようで、目を見開いて固まる。
「えっ……あ!」
我に返った俺は、自分が何を言ったのか理解した。
自分で自分が言ったとは思えないようなことを言ってしまった。いつもの自分なら決して口にはしないような言葉だ。それを言ってしまうくらい見惚れていたということか。
ルウのほうは、突然のことに驚いた後、うつむき顔を朱に染める。彼女は常に顔を隠しているようなので、褒められることはあまり慣れていないのかもしれない。
「わ……わたしは、綺麗なんて」
慌てたように言い繕う彼女は、照れているのがまるわかりで、今度は可愛かった。
そのせいか、ついつい笑ってしまう。
「な、なんですか!?」
赤いままの顔を上げ、驚いたような声を上げる。
「ごめん。つい」
「つい、なんですか?」
「えーと、今度は可愛いなって……」
また言ってしまった。どうした、俺。マジで今日はおかしいぞ。
「…………」
ルウは益々紅くなりうつむくと、そのまま動かなくなってしまった。
反応が初々しいな。ついついもっと見たいと思ってしまうが、これがつい言葉に出してしまう原因だろうか。
だが、こうなってしまうと会話ができない。
自分の所為とはいえ、沈黙が重い。
どうしようかと思ったところで助けが来た。
「お部屋の準備が出来たわ。あら、二人ともどうしたの?」
イリナさんだった。俺とルウの様子を見てそう問いかける。
「いえ、何もないです」
俺はなんとかそう答える。
そして、気づいた事があった。
イリナさんは別のランプ――新しく点けたらしい――を持っていたのだが、それに照らされた髪と目の色はどちらも黒かった。
先程も見ていたのだが、ルウの髪を見た後だとどうしても気になってしまう。
染めているとは考えにくい。カラーコンタクトなど論外だろう。と言うことは、彼女の髪や目の色は父親譲りなのだろうか。
そんなことを考えている俺を他所に、イリナさんはルウに話しかける。
「ルウ。お風呂も沸かしたから、入ってらっしゃい」
「え!?」
ルウはかなり驚いたようで、目を丸くして立ち上がる。
「お母様。さすがにそれは……」
「いいのよ。走って汗をかいたでしょう? それに、もう沸かしてあるから入らなければ損よ」
イリナさんが笑顔でそう言うと、ルウは考える素振りを見せた後、もっともだと思ったのかぺこっと頭を下げる。
「ありがとうございます。では、入ってきます。ですがその前に、カイトさんを部屋に案内しなくては」
顔を上げると、今度は俺の顔を見る。
「それはわたしがするから」
その一言で安心したのか、「では、よろしくお願いします」と頭を下げ机に置いてあったランプを持つと、――ドアは開けておきますという気遣いも忘れずに――部屋から出て行った。
「わたしたちも行きましょうか。案内するわ」
ルウの後を追うようにイリナさんが続いて、俺もその後について部屋を出ていく。




