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その時俺は、小刻みに震えていた。
普通に怖かった。あの剣が何かを切るところは見たことはないが、話の流れや男の格好などから本物なのは間違いないだろう。つまり人を殺すための道具だ。
ナイフや包丁のような物で切られるのとはわけが違う。いや、ナイフでも刺されたり、切られたりすれば痛いだろうし、当たりどころによっては死ぬかもしれないが、この時はそんなことに頭は回らなかった。
(たぶん死ぬ。いや、絶対死ぬ)
俺はもうそのことしか考えられなかった。
男のほうは途中で入った乱入者である俺を、にらみつけてきた。
「なんだ、テメェは?」
「さあ、なんでしょう?」
俺は疑問符つきで、何とかそう答えた。表情は引きつっている。
俺としては今すぐにでも退散したいのだが、女の子一人残して逃げ出すのは嫌だった。
「あの。もっと、平和的にやりません? 話し合いで」
何とか引きつった笑顔を作りそう声を出すと、それを聞いた兵士達の空気が変わる。
二人はこの状況で何を言っているんだ、とでもいいたげな表情になった。
少女はというと、乱入して来た俺にいまだ驚いているのか、こちらに向いたまま固まっている。
そんな中で最初に声を出したのは、剣を抜いている男だった。男は舌打ちして声を張り上げる。
「ふざけんなよ!」
男の怒りの矛先は完全に俺に向いていた。
「こっちは最初はそのつもりだったんだよ。なのに、こいつは村の場所を言やぁしなぇ」
こいつという部分だけは視線が少女のほうに向いた。
「そうですか。でも、さすがに女の子に剣を向けるのは…」
「うるせえ。だったら、テメェが切られるか?」
(なんで、そんな話になるんだ)
男はよほど短気なようだ。もう、誰でもいいから切りたいらしい。こういう男が剣など持っていいのだろうか。
「待てよ。さすがにやり過ぎだ」
「いいだろ。この女も、人が殺される姿を見れば喋るさ」
もう一人の男が止めるのも聞かない。殺す気満々だ。
「ちょっと、待ってください」
俺は静止するように男に手のひらを向けそう言うが、男は剣を構えるとゆっくりと近づいてくる。
やばい。マジでやばい
すぐうしろは森だ。そこに逃げ込めればいいが、追いつかれる可能性が高い。それ以前に少女を一人残すわけにはいかない。
「こいつの代わりに死ね!」
そう言って男は向かって来た。
「やめてっ!」
男の死ねという言葉を聞き我に返ったらしい少女が、なんとか口を挟んだがもう遅い。
男の剣が振り下ろされる。
だが、男の予想を裏切り、俺はぎりぎりだがそれを躱す。
この時、俺は男の視線を見ていた。
俺は昔から喧嘩などでは、相手の視線を見て攻撃を予測して避けるのが得意だった。
今のもそうだ。視線から剣の動きをよんだ。
剣を躱されたことで、男はさらに頭に血を登らせる。
「テメェ。切られろってんだよ!」
男は叫び、俺に向かって剣を切り上げる。
それを数歩下がって躱す。
すると、剣を持ったまま腕を上げる格好になったため、男の腹部ががら空きになる。
チャンスだと思って拳を構えた。
男の腹部を殴ろうとしたのだが、そこで気づいた。男は鎧を身に着けている。それを殴れば俺の拳のほうがつぶれる。だが一番の問題は、殴るために前に出てしまったことだ。
今、俺は殴る気満々といえる態勢だ。この状態で剣が来ても躱しきれないだろう。
男もそのことに気づいたようで、そのまま剣を振り下ろそうとする。
だがそこで、どこからともなく声が頭の中に響いた。
『そのまま攻撃しろ』
「え?」
俺は聞き返していた。だが、答える声はもちろん存在しない。
拳を構えて固まったままの俺を見て、逆に好機と見た男が笑みを浮かべた。そして、今度こそと剣を振り下ろす。
迷っている時間はない。このまま何もせずに斬られるぐらいなら。
(そのまま、殴る!)
男の腹部をめがけ拳を放つ。その時、一瞬だが、拳から肘まで黒いオーラのようなものをまとったように見えた。
「うっ」
その拳は剣よりも先にヒットした。鎧に当たった割には不思議と痛みはなかった。
「ぐっ…」
男は足に力を込めて、何かに耐えているように歯を食いしばっている。
すると、どこからともなくピシッという音が聞こえた。
魁人はそのまま無理やり拳を振り切った。
男の体が宙を舞い、そのまま二十メートル程飛ばされ、背後の大木に激突した。
「がはっ」
男はその場に崩れ落ちた。気絶しているようだった。
「うそ」
その場の三人の中で一番に声を出したのは俺だった。自分自身でも信じられない。
どう見ても難のいい、しかも鎧を着た男を殴り飛ばしたのだ。
「おい。しっかりしろ」
もう一人の男が我に返り、倒れた男に駆け寄った。そして、倒れた男の様子を見た後、再び魁人を見やる。
「まさか。魔術か?」
「へ?」
魔術ってなんだよ。
いや、意味は分かるんだけど……。
男は俺からは目をそらすと、倒れた男に肩を貸し、助け起こした。倒れていた男の着ていた鎧には皹が入っていた。拳が当たった時に鳴った音は、鎧に皹が入った音だったのだろう。
それを見て俺は、自分の右手の裏と表を交互に見つめた。
男の鎧に当たった手の甲には、傷一つ残っていなかった。
もう一人の男は俺には勝てないと思ったのか、気絶した仲間を引きずりながら逃げていく。
少女と俺はそれを無言で見送った。
そして、男達の姿は消えた。
それから数秒間、残された俺と少女の間には沈黙が続いた。そんな中、少女のほうが先に話しかけてきた。
「……あの、助けていただいてありがとうございます」
俺はその時までいまだ起こったことが信じられず呆然としていたのだが、少女の声で我に返った。
「え! あっ、いや。お礼をいわれるほどのことは」
自分でさえ何が起こったのか理解できていない。自分の力ではなかったような気もする。それで心から誇ることはできない。
だが少女は、俺のところへと歩いてきた。スカーフで影になっていて、先ほどまでは見えなかった目元が見えた。
青というよりは、蒼と表現すべき色の瞳が凛としていて、輝いて見えるほど奇麗だった。
そんな彼女に見つめられてついついドキッとしてしまう。
そんな俺に少女は笑顔で言った。
「いえ。わたしはあなたに助けていただきました」
女の子に感謝されるのは悪くはないが、今はそれどころではないのを思い出す。
なんとか森からは抜け出さなくては。
「それはよかった。で、さ。あの、森からの出口、教えてくれない? 道に迷ってさ」
「道に……迷ったのですか?」
「うん。そうなんだ。だから、道を教えて欲しくて」
それを聞くと、少女は困った顔をした。
「それはいいですけど。森の外ではあの兵士達が陣を張っていますよ」
「え? なぜ?」
俺は首を傾げたが、それを見た少女の目がダメな人間を見るようなものに変わった。
「本当に何も知らないのですか?」
「だから何が?」
「この国、ウェーンベルは今、戦争をしているのです」
「戦争!?」
「はい。さっきの二人はおそらくルイート国の兵士でしょう」
少女は説明口調でそう言った。
おそらく、ウェーンベルというのが俺がいる国で、ルイートというのがこの国が戦争をしている国の名前らしい。
今の会話ではっきりしたのは、ここは日本ではないということと、地球上のどこでもないということだ。




