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まずは状況を整理しよう。
俺、黒季魁人は今日、家に帰りたくなかった。
今日は父さんの命日だった。一年の中でこの日は特に母親の機嫌が悪い。
母親は父さんとの再婚相手で、連れ子がいた。同い年の娘で、生まれた日では俺のほうが早いので、一応妹だった。
父さんが生きているうちは、母親とはそれなりに仲は良かったと思うのだが、亡くなった後は俺のことを露骨に無視している。俺に父さんの面影でも見ているのだろうか。
そういう事情で、俺が家にいなくて心配する人はいない。家の鍵は持ってるし、十二時過ぎてから帰ればいいだろう。
高校の教室を出た後、最終下校時刻ぎりぎりまで屋上にいた。その後は、なんとなく町を歩いた。特にこれといった事件が起きるわけもなく、いつも通りの平和な喧騒だ。
(晩ご飯はコンビニで買えばいいかな)
そう思いコンビニで雑誌を立ち読みしたのち、おにぎり二個とお茶を買い、公園に向かった。
ベンチがあるので座っていられるし、時間つぶしにもなるだろう。
そして、公園に向かっていた時だった。
なぜかふと子供の頃通っていた近道を思い出した。時間はいっぱいあるのだから、逆に遠回りで行ってもいいくらいだ。なのに、なぜか近道に足を運んだ。
近道となる暗く狭い路地を歩いて行く。
そこで引き返すべきだったかもしれない。
その路地はいつもより暗闇が長かった。
数分して、微かな明かりが見えてきた。そこに向かって歩いて行き、路地から外に出た。
するとそこは、見たこともない深い森の中だった。
すぐに引き返そうとしたのだが、うしろに今まで通ってきたはずの路地はなく、巨木がいくつもあるだけだった。
*
「ここは、どこだ!」
俺はそう声に出しながら左手にはめた腕時計を見やる。自動巻きだとかで時計を持って歩く時の振動で充電ができる。そのため、電池が切れないようにいつもはめている。
木々の間からかなり強い月明かりが差してくるため、針のさしている数時までよく見える。
現在、午後十時十三分。
父親の形見のそれは、この森の中で歩き始めて三十二分経ったことを示している。
「はあ」
溜め息をつき、近くにある巨大な木の根に腰を下ろした。
そして、上を見上げる。
(……でかいな)
この森の木は、すべて樹齢百年以上は経っているだろう。
そんなことを考えながら、鞄の中からコンビニで買ったおにぎりを取り出す。時間的にも遅い夕食だ。
包みを開けて、一口かじる。
おにぎりを食べながら鞄の中を見た。中身はノートが四冊と筆箱、それとおにぎりがもう一つ。一緒に買ったペットボトルのお茶(500ml)。この状況に役立ちそうな物が一つもない。
そういえば、持ち物ならもう一つあったと思い、ポケットの中を探る。腕時計と同じく父親の形見である。父親が亡くなる前に貰った四角形の黒い石だ。何かの役に立つと言われたが、特に役に立ったような覚えもない。
黒い石を制服のポケットにしまいながら、なんとなく上を見上げる。
家ぐらい見つけないとな、と思いつつおにぎりの最後の一口を食べ終わった時だった。
「やめてください!」
女の声が聞こえた。
俺は鞄を持って立ち上がると、声のほうへと向かって走り出す。
少し行ったところで、木の間からそっと覗いて見る。
そこには広い獣道があり、いかにもRPGに出てきそうな村娘の格好をした少女一人に、いかにも下っ端兵士と思える鎧を着た男が二人からんでいた。
ちなみに、少女はおそらく長い髪をアップでまとめていて、三角巾のようにスカーフを頭にまいている。手には籠を持っているが、籠の上に布がかかっていて、中に何が入っているのかはわからない。
なんかよくある展開だな。
男二人が嫌がる少女に詰め寄っている。これがゲームなら俺が少女を助けてフラグでも立てるべきだろう。
だが、今の俺から言わせると、正直スルーしたい状況だ。相手の兵士が一人で同い年くらいなら出ていってもいいが、大人の男二人とやりあって勝てるとは思えない。
だが、ここで逃せば今日中に人とは会えない気がする。
そういうわけで出ていくべきかどうか逡巡している間も、少女と男達のやり取りは続いていた。
「だから、俺達を君の村に案内してくれればいいんだ。村人には手を出さない。約束する」
「信用できません」
少女は頑としてゆずらない。
どうやら兵士の男達は少女の村に行きたいようだが、少女のほうは案内したくないようだ。
それから何度か同じやり取りをして、男達はしびれを切らしたようだった。
「小娘が。こっちが優しくしていれば」
片方の男は腰から剣を抜いた。
「おい。やり過ぎだろ」
もう一人の男がそれを止めようとする。
「これぐらいしないと、こいつはいうことなんて聞かねえよ」
そう言って男は、剣の切っ先を少女に向ける。
「おい。とっとと案内しないと…」
「案内しないと、何?」
少女は毅然としていた。剣を持った男にひるむ様子はまるでない。
「わたしを殺せば、あなたは村にたどり着けないわ」
男はその言葉に歯ぎしりした。遠くから見ている俺にも、男がかなり怒っているのが見て取れた。
「貴様~」
ついに男は剣を振り上げた。
「おい。やめろ。相手はただの女の子だぞ」
もう一人の男は冷静なようだ。だが、剣を振り上げた男は静止を聞こうとしない。
「殺しゃしねえよ。ちょっと、痛い目見てもらうだけだ」
男は剣を振り下ろした。
その時、男の視界から少女が消えた。
「なっ!」
男の驚愕した顔に、少女の蹴りが決まる。
どうやら男の剣を避けて跳ぶと、男の顔面に蹴りを入れたらしい。
「おー。スゲェ」
遠くから見ている俺の率直な感想である。つい声に出してしまった。
あれだけ早く動けるんなら、簡単に逃げられたんじゃないか?
俺はあの素早くも綺麗な動きをもっと見たいと思った。
少女は少しの間宙を舞うと、距離を取って着地する。
「もう帰ってください」
スカーフで影になっていて少女の表情は見えないが、おそらく男二人をにらみつけているのだろう。男達に向けた顔をまったく動かさない。
顔面を蹴られた男は数秒間顔を手で押さえていたが、
「こんの、小娘がー」
と言いつつ手を顔から離し、少女をにらみつけた。男は鼻から血を流していた。
すると、それを見た少女が息を飲んだ。視線は男から動かなかったが、手で頭を押さえながら数歩後ずさる。
それを、好機と見た男が少女に再び剣で斬りかかった。
何かに気を取られていたらしい少女は、ハッとしてそれを避けた。少女はそのまま仰向けに倒れる。
少女はとっさに体を起こそうとしたが、眼前に男に剣を突きつけられた。さすがの少女も転んでいては逃げることはできないだろう。
「さあ、痛い目に会いたくなきゃ、早く村に案内しな」
男は血をぬぐったようで、鼻血は止まっていた。
だが、剣を向けられても相変わらず少女がひるむことはない。
「嫌です。殺すなら、殺して」
その態度がさらに男を怒らせたようだった。
「いいだろう。望み通り殺してやる」
「おい。まずいって。この子は単なる一般人だぞ。それに、村の場所だって」
もう一人の男が止めるが、男は剣を引こうとはしない。
「うるせえ。わざわざ案内させなくても、軍全員で探せばすぐに見つかるさ」
男は血が頭まで登っていて、本当に切るつもりのようだ。剣を大きく振り上げた。
「おい。やめろって!」
もう一人の男の声を聴く耳は持ちそうにない。
「死ね!」
男はそう叫んで剣を振り下ろそうとした。
いけない。そう思うと同時に、体は動き出していた。
「待て! お前!」
男は聞いたことのない声に、手を止めた。剣は少女の数センチ前で止まる。
男達は驚いたようにこちらを振り向いた。




