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短編集

童話「森のパンケーキ屋さん」は未完成

作者: さゆみ



 さまざまな動物たちが暮らす森の中に、ぽつりと一軒パンケーキ屋さんがありました。それはおいしくて笑顔になれるパンケーキだったので、いつもお店の前には長い行列が出来ていました。でもオランウータンのココナさんが、たった一人でお店を切り盛りしているので一日に焼ける枚数は限られてしまいます。

「ごめんなさい。今日はもう売り切れでーす」

 ココナさんが店の窓からいつものように顔を出していいました。

「くっ、ダメだったか……」

「あーあー」

「ココナさんのパンケーキを食べないと、なんか元気出ない……」

 食べられなかった動物たちはとても残念そうに肩をおとして帰っていくのでした。


 甘い香りの漂う店内では、白ウサギのロクさんがカウンターの席に座ってパンケーキが焼けるのを待っています。

「はいロクさんお待たせしました。今日最後のパンケーキです」

 白い無地のお皿には、ずらして並べた三枚のパンケーキ。その上に輪切りにした丸ごと一本のバナナ。まぶした粉砂糖が雪のようにきれいです。

「わぁ〜」

 ロクさんの瞳がキラキラと光っています。

「目が赤いけど泣いていたの?」

 ココナさんがたずねると、「もとから赤いんだよ」とロクさんはお決まりのセリフをいいました。そしてすぐさま一枚目のパンケーキにかぶりつきました。

「うまぁ〜、ふわふわだ」

 二枚目は別添えのホイップバターとメープルシロップをかけて、もぐもぐもぐ。

「それでいてこのもちっと感!」

 最後の三枚目はチョコレートシロップをかけてバナナと一緒にいただきます。

「これぞテッパン、チョコバナナ」

 食べ終わるとロクさんの口元の毛がチョコ色に染まっていました。


 お客さんがすべて帰ったあとは、後片付けをして明日の準備をします。ココナさんはいつものように手早く用事を済ますと、ふーっとため息をついて店の外に出ました。そして高くそびえる木々のてっぺんをゆっくりと見上げると、吸い込まれるように森の奥へと入っていきました。


 それをじっと木の上からテナガザルのアトムが見ていました。


 また朝がやってきました。相変わらずココナさんのお店の前には長蛇の列が出来ています。するとココナさんは窓を開け、いつものように「おはようございます。今から開店しまーす」といいました。

「待ってましたー」

「いぇーい」

「うほっ!」


 お店に入れるのは座席数の二十一人までです。パンケーキを食べた動物たちはニコニコ顔になって帰っていきます。そしてとうとう本日の材料がなくなってしまったため、閉店になりました。今日の最後のお客さんは小型キリンのルイスです。

「ごちそうさま。おいしかったです」

「それは良かった。また来てくださいね」

 ルイスはニッコリ笑って帰っていきました。







***







 午前十時。ここは、とある町の心愛(ここあ)の部屋。


「ねえ、起きてよ〜」

 布団を被りエビ型になって寝ている心愛の耳元で声がしたような気がしました。

「いい加減に起きろよ」

 心愛は布団の中で目を開けました。やっぱり声が聞こえてきます。

「起きろ、起きろ、起きろー」

 その声は一段と大きくなりました。

「何なのよ。うるさい」

 心愛は被っていた布団を捲り上げ声のする方に顔を向けました。


「…………」

 一瞬世界が固まりました。

「ぎゃあーー」

 そこにいたのはテナガザルでした。

「おはよう」

 テナガザルは誇らしげに言いました。

「だ、誰か……」

 心愛はそのまま動けなくなってしまいました。


「あのさー、最後まで責任持って欲しいんだよね。ボクってエキストラなんかなぁ。いや、違うよね。話しのカギを握ってるんじゃあないかな」

 テナガザルはペラペラと話し始めました。

「つーか困ってるんだよね、みんな。パンケーキ食えないし。進めないんだよね。方向指示してほしいわけ。ボクの言ってること分かる? 作者さん」


 心愛は思い出しました。書きかけの童話の中に一瞬だけ登場させたテナガザルのことを……。童話が書きたくて書き始めたのはいいけれど、これといったプロットもなく、次第に創作意欲が消えてしまい放置していたのです。

「ごめんなさい……えぇっと……テナガザルさん」

 テナガザルはカーテンレールに飛びつくと長い手足でぶら下がり呆れたように言い放ちました。

「もしかしたら、ボクにつけた名前とかって忘れてる?」

「ちょ、ちょっと待って」

 心愛は脱ぎ散らかした服や雑誌の中からスマホを探し出しタップすると指を滑らせながら書きかけの童話を探しました。

「あ、あった! アトムだ」

「そう、ボクはアトム。名前まで付けたってことは、なんか役割があるんだよね」

「あ、ごめんなさい。何も考えてない」

 心愛は苦笑いをしました。

「ええ!! 考えてないの??」

「うん……あの時はホント思い付きだった。あ、でもスパイ的な要素みたいのがあったかもしれない……何となく」

「とにかく、あれから話しが止まっているんだよ。ココナさんは引きこもったままで、ルイスは迷子だし、ロクさんはずっと口の周りがチョコだらけで、要するに朝が来ないから店も開かない。なぜか唯一自由がきいたボクがあの森を必死に乗り越えてこの汚い部屋に来てしまったってわけ」

 アトムはカーテンレールに片手でつかまり、カーテンを開けて、両足をぶらぶらさせて言いました。埃がチラチラ舞っています。

「分かった。頑張って書くから、もう少し待ってて」







***







 次の日の朝。今日もココナさんのお店の前には長蛇の列が出来ています。動物たちは、ココナさんが窓から顔を見せてくれるのを今か今かと待っていました。

 ところがいつになってもココナさんは顔を出しません。これはおかしい、という事で白うさぎのロクさんがお店のドアを叩きました。

 ドンドン、ドンドン

「ココナさん、おはようございます。今日はお休みですか?」

 ドンドン、ドンドン

 しかし、いくら叩いても返事はありません。ドアも窓にも鍵がかかっています。

「仕方ない」

 最悪の事態を考えてしまったロクさんは、近くに落ちていた石で窓ガラスを叩きわりました。お店の中に飛び込むと、調理場の中でココナさんが倒れていたのです。







***







「ちょっと、どこに行くの?」

 いったん執筆を中断して部屋を出ようとしている心愛に向かってアトムが聞きました。

「ええと、トイレに行ってくる。あと顔も洗いたい」

「急いでね。まだ話し全然進んでないし、ボクも出てこない」

 しばらくして、心愛はミルクティーとバナナを持って部屋に戻ってきました。

「アトムくん、バナナ 」

 心愛はバナナを一本アトムに投げました。

「サンキュー」

 

 何気に書いてしまった童話のキャラとまさかのリアル朝ごはん……

 心愛はミルクティーを飲みながら心の中で呟きました。

「このバナナうまいね〜、初めてバナナ食べたけど」

 アトムは器用に皮をむきながらバナナを頬張っていました。


「お母さんに部屋の掃除しなさいって言われた。去年大掃除してないから。バイトが忙しかったんだ。今日で冬休みも終わりだし、あと、友達と午後遊ぶ約束しちゃってる」

 アトムはきれいにバナナ一本を食べ尽くし、ちらっと心愛を見て「ふーん」といいました。

「なので、童話書くの遅くなるかも」

「いいよ、別に。こんなうまいバナナ毎日食べられるなら、いつまででも待ってるよ。それと、テナガザルって歌を歌えるって知ってた?」

「え? そうなんだー。アトムくん歌えるの?」

「たぶん……まだ歌ったことはないけどね」

「そっか。情報ありがとう。でもたぶんその設定はないと思う」







***







 ロクさんは、ココナさんに駆け寄り長い耳をココナさんの口元に近づけました。スー、スー、息をする音が聞こえました。

「よし、大丈夫だ。誰か手伝ってくれ!!」

 ロクさんは大声で叫びました。


 ゴリラのジャンブーがココナさんを軽々と抱え、寝室に運び、そっとベッドに寝かせました。動物たちは心配そうにココナさんを見守っています。しばらくすると眠い目をこすりながらオオカミの女医カーラーがやって来ました。診察を終えると動物たちに言いました。

「過労で貧血を起こしたようです。ゆっくり休養をとれば良くなると思います。ただ、倒れたときに右腕を強く床に打ち付けたため、腫れがひどいようです。みんなココナさんが無理をしないように協力してあげて下さいね」

 動物たちはホッと胸を撫で下ろしました。そして一日も早くココナさんが元気になれるように毎日順番にココナさんのところへお見舞いに行き、身の回りのお世話をしました。ココナさんは少しずつ元気を取り戻していきました。


 それから一週間がたちました。右腕はまだ少し腫れていますが、動物たちの献身的な看病のおかげですっかり顔色も良くなりました。その日は小型キリンのルイスがお見舞いに来てくれていました。ココナさんはルイスに言いました。

「ルイスさん、頼みがあるんだけどいいかしら」

「はい、もちろんです」

「連れて行ってほしいところがあるの」


 ルイスはココナさんを背中に乗せて森の奥に入っていきました。







***







「うーん、なんか疲れたけど書くのって楽しい」

 心愛は両手をあげて伸びをしました。

「でも、これから久々に中学の時転校しちゃった友達と会うから、また帰ったら書くね」

 心愛が振り返るとベッドの上で平たくなってアトムが寝息を立てていました。

「寝てるし……でもこいつ可愛い〜」


 髪の毛を整えながら心愛は考えました。アトムをいつどこでどのように使うか、何にも考えていなかったからなぁ。一応、敵キャラ設定だったんだけど、別に出さなくても完結いけるしなぁ。それに早く登場させないと家のバナナ食い尽くされるし、監視されてるのもウザい。てか何着て行こう。今日外寒いかなぁ。セーターにしようかな。まじでアトムどうしよう。うーん、まいっか。しばらく様子見で行こう。


 心愛はアトムを起こさないようにそっとクローゼットを開けて買ったばかりの白いチェスターコートを羽織り、鏡の前で全身チェックをすると部屋を出ていきました。

 外に出ると案外暖かな陽気でした。あ、LINEの未読溜まってる。開くの面倒くさいなぁ。あー、お腹減ったし、何食べよう。いつものパンケーキ屋平日だからすいてるかなぁ。あ、そっか! 最悪アトムが出てくるところ削除しちゃえばいいし。

 心愛はいたずらっぽく笑いました。


「なに笑ってるの?」

 心愛のバッグの中からアトムがひょっこり顔を出しました。


「ぎょええええ!!!!」

「いい天気だね」

「わかったから、頑張って書くから、部屋で待っててーー」






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― 新着の感想 ―
[良い点] 美味しそうなパンケーキのお店の描写から始まり、ワクワクするようなお話のスタートだったと思います。 いくつかの楽しそうなキャラクターも魅力を感じました。 [気になる点] ラストのインパクトが…
[一言] なにこれオモシレー (>ω<*) あと心愛かわええ……。 童話にメタフィクションがこんなにしっくりハマった作品はこれまで読んだことがありません。 さゆみちゃんヤルじゃん! あと心愛って、たぶ…
[一言] 読ませていただきました。 ココナさんのパンケーキ食べたい! なんて思って楽しく読み始めたのですが……。 書きかけの原稿を既に一ヶ月ほど放置している者としては、耳が痛いです。 きっと今夜はう…
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