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ロー・ティーン

作者: 青空女兄

「あ〜、なんだよこれっ」


もう、いやだ。

わかんない。やりたくない。


「おにいちゃん、どうしたの?」


後ろで話し声がする。

妹とお父さん?

うるさいな。

なんだかお父さんが説明してる。

ほっといて。


家族を不安にさせるようなことしてるけど、

でもしょうがないじゃん、解けないんだからこの問題!


なんだよこれ、なんで僕が解けないの?


階段を下りて居間に行く。


「休憩?」


お母さんが聞くけど僕はちょっとお菓子をねだってから

すぐまた部屋に戻った。

やりたくないけど受験勉強中だし。



今は2月。

もうすぐ受験日だ。

初めての受験。

やだなー、みんな入れればいいのに。

なんでこんなことするの。

やだやだ。


僕は県で一番難しい高校を志望している。

つまり一番成績良い生徒が行く学校。


そうとは限らない?

でも僕にとってはそう。

高校なんて選ぶ基準ないじゃん。

中学での成績に合わせて「入れる・入れない」を

決めるだけでしょ。


そんで僕は学年でも成績上の方みたいだから

順当にそこに行くことになったわけ。

決めた、とは言わないんじゃないか。

だって入れる成績があるなら上位校を目指すもんでしょ?



そういうわけでそれほどすんごく不安ってわけでもないけど

そりゃ初めての経験だから絶対安心なんて思わないわけさ。

だって「ふるい落とす」ためにするんでしょう?

中学浪人なんて考えられないね。

万が一、って可能性があるだけでやっぱ怖いよ。


だから僕でも勉強する。

ふだんから真面目に授業受けてる僕でも。

わざわざ受験用に。




登校する。


もうすぐ卒業なのか。


そんなことより受験の方が目の前の重大事だけど。



高校に行けばなにか変わるかな。


中学とは違うだろうか。



中学なんて小学校からの持ち上がり。

同級生だったみんなが急に

学生服やセーラー服着だしてなんかこそばゆかった。

ほかの小学校からも入ってきたから

知ってる顔と知らない顔が半々だったけどね。


しっかしなに?

部活って入るもの?


そんでまたなんで運動部ばっか?


クラスの男子がこぞってそこに入る。

野球とかサッカーとかラグビーとか。


あー、うっさい。

野蛮。

部活の話ばっかりだし。

それだけならまだしもちょっかいだしてくる。

なんて馬鹿なんだ。こいつら。



「なんで隠してんのー?」


いいでしょ、べつに。


「なんかあるんじゃないのー?」


体育で着替えてたときに

一人が騒ぐと同時にどんどんほかの男子も集まりだした。


近づかないでよ!


恥ずかしいんだから。

ズボンなんてさっさと穿きかえたい。

パンツ見られたくないもん。

なんでそんなときを狙って声かけてくるんだよ。


囲んでくる。

僕は背が壁。


うずくまる。


こいつら、サッカー部の連中?

馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!


輪の外でだれかが叫んでる。「やめろっ」って。


その隙に逃げた。


追いかけてくる。


馬鹿!

なんで!?


トイレに逃げる。

大の方に入って鍵掛ける。


なんで?

うるさいあっちいけ!


上から覗くなよ!

下から覗くな!


始業の鐘が鳴ってみんなクラスに戻っていった。

もう、ほんとにイヤ!




一年生、

最初のテスト、

僕の点数はずいぶん良かったらしい。


へえ〜。

普通に勉強してただけなのに。


小学校じゃ予習も復習もしてたでしょ、みんな?



どっから漏れたんだか

僕の成績に皆が触れてくる。

ガリ勉とか天才とか言ってくる。


馬鹿か。


ガリガリなんて勉強してないよ。

普通にしてるだけでなんでそんなこと言われなきゃなんないの。

みんながさぼってるだけでしょ。



部活ばっかやってんの?

色気づいてんの?



なんだか平和だった小学校時代に比べて

中学校はざわざわしている。

「比較」が蔓延している。

やだなあ。


すっごく安っぽいことばっかり。

比べる比べる比べる。

うらやみ? 嫉妬? 自慢?

ここが田舎だから?



テレビや雑誌や本の中はそんなことない。

すごい人、すばらしいことばかり。

大人だから?


ガキなんていやだ。

早く大人になりたい。

馬鹿なことばっかり言ってるこんな環境から

はやく出たい。




僕は利用した。


せっかく優等生って思われてんだから

そうしとこう。

「きみらとは違うんだ」ってことにしときゃ

なれなれしく近づいてこないだろ。


わけわからないこと言ってきても

アンタッチャブルになってやる。


僕は特別なんだ。


特別だからきみらと同じことしないんだ。


同じ扱いしないで。


同じこと考えてると思わないで。


エッチなこと?


そんなのいっつも気になってるよ。

辞書も医学書も見ちゃってるよ。

「性」とか「陰」って言葉見るだけで想像膨らんじゃう。


だけどそんな話したくない。


そんなナイーブな、恥ずかしいこと、

なんでわーわーしゃべってんの、男子、馬鹿!


ねえ?

女子もそう思うよね?

いっつもそう言ってるよね?


なのになんで味方になってくんないの?


野蛮な男子達は敵でしょ。

僕ら話合うはずだよね。




男女の席は列ごと交互。

二つの席はぴったり付ける。


・・・ことになってる。


離すんだ。この子。


なんで?


小学校同じだったでしょ。

昔から知ってるのに・・。



知らない。


知るもんか、こんな馬鹿な女。


下敷きには雑誌の切り抜き、

アイドルなんか挟んでるし。


馬鹿みたい。

いっつも名前呼んじゃって。


知るもんか。




部活は三年間、三つ入った。

ぜんぶ文化部。


なんでだろう? ぜんぶ数ヵ月しかやってない。

僕のせいじゃないもん。

そんな雰囲気だったんだもん。



だけど三年生の時だけは

ちょっとは続いた。美術部。

秋の文化祭まではいた。


男少なかったなあ。

女の子多かった。


でも静かな子ばっかり。

クラスの女子とは違うよ。


ずっと気になってた朝賀さんとも同じ。


いっつも家の部屋で思ってた。


「あっちが朝賀さんの家の方だなあ」



絵なんてあまり興味なかった。

でも無部ってのもどうかと思って入った。


女の子達はみんな真面目に描いてる。

一年生からやってきてるんだもんね。

真剣だしうまいよね。


一応部員だから

文化祭には美術部員としてなにか描かなきゃいけない。


めんどくさ・・。


油絵なんてわかんないし、

描きたいものなんてないよ。



怒んないで!


顧問の先生に怒鳴られた。

しぶしぶ描いた。

それに悔しいし。


初めてまともに描いた油絵。




三年間の放課後はそんなことで、

部活の記憶なんてあんまりない。


僕の放課後は本屋。


漫画。



最後の授業終わったらね、

五分後には学校の敷地の外だよ。


まだ誰も出てきていないグラウンドの横の細い道、

一人で歩いたんだ。


だーれもいないグラウンドってなんてさっぱりしてるんだろう。

校舎の外、

ほかの生徒もぜんぜんいない。

学校で僕が一番。


みんなはクラスでうだうだしてるんだ。残ってるんだ。

部活が始まるまで。

同じ部活の友達としゃべってるんだ。


僕はない。


放課後に学校内に用事はない。


残ってない。



まっすぐ本屋。

誰も居ない通学路はなんにも邪魔することなく

そこへ通じてる。


そして「蛍の光」が流れるまで立ち読みすんの。

まだ読んでない漫画つぎつぎ。

毎日来たって読み切れない。


だから休日は開店と同時に行くんだ。


閉店までいたりする。


夏休みなんていくらでもだね。



だけど、夏休み・・。


「ひまー」

「なんかないー?」


口ぐせ。


つまんなかった。


テレビ見ても同じ物ばかり。


午前中はアニメもやるけど

午後は変な番組ばっか。

つまんない。


友達かあ。




小学校はいる前まで

ひろしちゃんがいた。


いっつも僕を誘ってくれてたの。

いっつもいっつも。


自転車乗れるようになったのも

ひろしちゃんのおかげ。


補助輪外してさあ、

後ろつかんでくれててさあ。


ひろしちゃんは真っ先に乗れてたな。

自転車。


僕はやだったもん。

転んだら痛いもん。



なのに一年生の時転校してっちゃう。


・・・・・。


思い切ってクラスの友達んち行ってみた。

一人で。


居なかった。



いや!



やだやだ。



やだもう、行かない。

行きたくない。


一人で家にいる!




今日って14日?


バレンタインだよね?


受験も近いけどみんな気にしてなくないよね?



気にしない。


僕は気にしない。


気にするなんて恥ずかしい。

そんなとこ絶対見せたくない。



なに?



机、なに?



なんだこのゴソッとしたの。

机の下の教科書入れに入ってるもの。



手触りでわかる。

紙だって。

包装紙っぽいの。


知らない。


知らんぷりをする。


僕は触ってない。


みんなのいるところでなんか確かめない。


最後の授業まで通した。



・・なにこれ?



なにげなーくを装ってしゃがんでみたの。

しゃがんで見たの。


包装紙だ。


クシャって丸まって。


いたずらだろうってわかる。



馬鹿な男子がやったんだろか。


でもそんなことよりがっかりの方がちょっとだけ大きかった。




松田!


なにおまえ!?


朝賀さんが気にしてるっぽい。

でも松田は気にしてないっぽい。


松田。


にくたらしい。


一年生の時からにくたらしかった。


別の小学校から上がってきたあいつ。


「おまえ暗い」


なんでそんなこと言われなきゃいけないの!?


もうちょっと人に気をつかいなよ?


言われていやなことなんてわかんないの!?


どこにあるのそんな堂々とした自信!



僕は腹が立って腹が立って。

ほかの男子とはうまくやってるあいつが

理不尽で理不尽で。


あきちゃんにいつもこぼしてた。


あきちゃんは優しいもん。


勉強はできないけど

ぽっちゃりしてておどけた感じ。

女の子にもかわいがられてる?


そう!


隣の兼沢さん!


僕とは席を離して無視してそっぽ向くのに

あきちゃんとはよくしゃべる。

あきちゃんは僕の後ろの席なのに。


腹立つな。


差別だ差別。


でもあきちゃんは差別しないもーん。


ほんと、優しい。




雅くん、

背の順でも低い方の僕より

もっと小さい。


顔も子供みたいだし。


かわいいよね。


いいなあ。


あんな感じならもてるのかなあ。


学生服も体より大きい感じ。


丸顔だし髪さらさらしてるし目も小さいし。


かわいいよね。


いいなあ、かわいい子。


あんな風なら男子にもかばってもらえるのかな?

女子にもすぐに好かれるのかな?


かわいいなあ。


かわいい男の子いいなあ。




「お兄さんってできないの!?」


僕はそれに気づいたときショックだった。



どう考えても僕が長男である以上

これからお兄さんができる可能性はない。


・・・だってお父さん、遊んでくんないし。

いっつも仕事忙しいし。


・・・お母さんはなんか怖いし。


小さいときなんかね、

僕がいっつも家で遊んでると怒るの。

「外で遊びなさい!」って。


『男の子らしくない』って言われてるようで、いやだった。



妹は仲良かったのになあー。

部活なんて始めるんだもん。

遊んでくれなくなったもん。


お兄さん欲しいよ。


僕と遊んでくれるお兄さん。


僕にいろんなこと教えてくれるお兄さん。


学校のガキ連中なんかと違って大人のお兄さん。


守ってくれるお兄さん。




初めて高校の校舎入った。

どきどき。


やっぱりちょっと大人びた雰囲気がする。


難しい勉強をしている所って感じがする。


高校ってなにやるところなのか

わかんないけど、

行くことになっているだけだから

こうして勉強やってきて受験してるけど、

なにがあるのかな。


うまく合格したら春からは

ここに登校することになるんだな。


こんな、自転車で飛ばさなきゃこれない遠くに。



町内の外に出なきゃいけなくなる。




合格してあとは卒業だけ。


歌の練習なんかしてる。

「巣立ちの歌」?


歌うのは好き。


合唱コンクールとか楽しかったのに。


ほんと、男子は馬鹿。


真面目に歌うのなんかくだらない、

なーんて雰囲気を出しまくり。


おかげで僕も安心して歌えなかった。


なんでわけわかんないツッパリするんだろ。

ほんと、ガキだ。




卒業。


泣くのか?


みんな泣きそう。

女子なんて。


部活?

恩師?


恩師、かあ。


顧問の先生、

美術の先生だったけど、


「一度くらい本気になれっ」


授業でも怒られたことなかったのに。


担任の先生にも怒られたことなかったのに。


だって僕は優等生だもん。

怒られるなんてそんなヘマしません。

先生は優等生好きでしょ?



理科の先生、

僕の、合っているはずのテストの解答、

丸付けてくんなかった。


すんごくむかついた。


記述問題は得意じゃないけど、

だけど僕の答えそんなに間違ってないでしょ!?

いいじゃん、丸付けたって!


思わず口に出した。「あいつむかつく」


したらクラスのツッパリくん寄ってきた。

「だよな」って。


だよな、って、きみと一緒にしないでくれよ!

僕はもっとレベルの高い所で腹立ってるんだ。


でも、なんできみ、話しかけてきたの?



美術の、

美術部の、先生。


くやしかった。


そういえば・・・むかつかなかった。

怒られたのに。




式が終わった。


卒業証書はこのあと

クラスで先生からもらうんだ。


みんなと離れて校舎をぶらつく。



これ・・・僕の絵。


美術部員の文化祭の絵。


どうなるのかな。


戻ってくるのかな。僕の初めて描いた絵。



去年の夏

まだ受験を気にしないでいられたとき

机の上に広げたキャンバス。


窓の外に見える雲を描いた。


青くておっきくてそこにもくもくと白。


青ーく塗って、白ーく塗って、

下に適当に屋根とかいろいろ描いて。


でも描いたんだ。初めて。



兼沢さん?!


「卒業だね」


え、なんで普通に話しかけるの?

ずっとそっぽ向いてたのに。


「今までごめん」


僕の言葉。

どうしてだろう。

向こうのセリフじゃないの?

どうして僕、そう言ったんだろう。




中学時代、か。


あの漫画で見てたら

「とっても青春!」ってイメージなのにな。

期待はしてたのにな。

漫画とは違うな。



僕、トイレ行かなかったもんな。


嘘。


行ってた、こっそり。


「おしっこする姿想像できない!」

なんて言われてた僕。


そりゃそうだよ、がんばって

そうしてたんだもん。


僕は特別。


そんな姿見せない。


だって優等生だもん。


みんなと同じことなんてしないんだ。


入学してすぐ手に入れたんだ、

「特別」のレッテル。


特別だから同じことしない。


できない。


・・・みんなは漫画の中のような

青春送った?


喧嘩したり

恋愛したり

誤解したり

一緒に笑ったり

泣いたりした?




卒業証書。


一人一人担任の先生からもらった。


これで、最後かあ。



「よーし、最後に黒板にみんなで書こかー」


大盛り上がりだ。

殺到してる。

うん、僕も行きますか。



押される。



すっころぶ。



筒が落ちる。

僕の卒業証書。


机からこぼれる。



「ここ、取ーり!」


「あたしんとこ取らないでー」



みんな争奪戦してる。

黒板に群がってる。



見上げる僕。

転がる筒。

こぼれ落ちた僕ら。



「おまえ書かないんだ? ライバル減りぃー」



・・・松田?



奴は背の高さを活かして上の方をでかでか取る。



書かないなんて言ってない

みんななにはしゃいでんだ

出遅れた

もう書くとこない

いいや、べつに



大文字が踊る。



「友情!」


「努力!」



黒板の上半分が真っ青真っ黄色に彩られた。

喜色満面の男。




ふ、ふざけ・・・




「松田あっ」




筒を取る。


机に戻す。


赤チョークをつかみ

群れへと突っ込む。





この日ぼくは十五歳になった。






END


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