不登校な彼は笑わない
第二話です
「私の両親を探してください!ってどういうこと!?」
大きな叫び声を上げた光祈は首を傾げた。その横に座っている星凪の頭の上にもはてなマークが浮かんでいる。
それに気づいた遜葉は鞄の中に手を入れて一枚の紙を机の上に置いた。
二人はその紙を見ると少し悲しげな表情を浮かべた。
紙にはたった一言。「愛してる」とだけ書かれている。
「昨日、家に帰ったらこの紙だけが置いてあったんです。家の中には誰もいなし電気も水道も使えなくて……。今日は教科書とかノートとか学校で使うものだけ鞄に積めて友達の家に泊まらせてもらいました」
なるほどね。光祈がボソリと呟くと今日の新聞を持って来て机の上に広げた。
「天野ちゃん、連続失踪事件のことは知ってる?」
光祈が訊ねると遜葉はブンブンと首を振った。
「んとね、ここ三日ぐらい連続して行方不明になる人が増えてるんだ。まぁ、こんな町だから普通なんだけどさー。もしかして、これに関係あるのかな?と思って見せてみた」
光祈は笑顔で「どう?」と聞いてくるが遜葉は首を振る。そして、今にも泣きそうな顔で口を開く。
「私、昨日の夜に事件に巻き込まれたのかなと思って警察に電話してみたんです。親の名前を言って行方不明なんです、て言ったらそうですか、とだけ言われて一方的に切られたんです。その後はどんなに掛けても繋がらなくて」
「あちゃー」
光祈が頭を抱えるようにして後ろへ倒れこんだ。さらに、隣に座る星凪は裏の有りそうな何かを企んでいるような笑顔で笑っている。
遜葉はその二人の様子にただならぬ事を感じ取り黙ってしまった。
「大体の事情は分かりました」
しばらくの沈黙が続いた後、星凪が口を開いた。その横の光祈はスマホを取り出すと誰かに電話を掛け始めた。
何が始まるんだろう。遜葉は不安そうにその様子を見つめる。
「――依頼内容は後で話すから降りて来て。え?面倒?何言ってんのこの引き籠もり!えぇ!?ゲームのセーブポイントがない?なんとかしなよ!」
光祈くん、お兄さんみたい。いつものバカぽい光祈の姿しか知らなかった遜葉はフワリと笑った。
すると、光祈はスマホから耳を離すと星凪に手渡した。星凪は呆れたようにため息を吐くとスマホに耳を当て一言。
「ブレーカー落とすよ」
その言葉とほぼ同時に二階で人の動く気配があった。星凪ははぁーーと長いため息が吐くと光祈にスマホを返す。
相変わらずだね。光祈はフワッと笑った。
トントントンと二階を歩く音が聞こえ誰かが階段を降りて来た。それに気づいた遜葉は階段の方へ振り向くと一人の少年が立っていた。
光祈が着ているのと同じ学校の制服の上に黒の長い外套を羽織り腰まで伸びた長い髪の毛を一つにまとめた彼は驚くほど顔が整っているのに無表情だった。
「不機嫌そうだね?」
「誰のせいだと思ってんだよ」
光祈が人当たりの良い笑顔で聞くと、彼は皺を寄せ不機嫌そうな冷たく低い声で答えた。
その様子に遜葉は呆然とその少年を見つめていた。それに気づいたのか、彼も遜葉の方を見つめてくる。遜葉は慌てて目線を逸らした。
「なに?」
「な、なんでもないです」
ふーん。彼は興味なさそうに鼻を鳴らすと光祈の横に腰を降ろした。そして、ポケットからスマホを取り出すと無表情で指を動かす。
「あの……」
遜葉が困ったように口を開くと、星凪が申し訳無さそうに微笑んだ。
「この子もここの従業員なんですよ。名前は朝倉和麻くん」
「俺より一つ年上なんだよー」
てことは……。
「先輩!?」
遜葉が驚いたように叫ぶと明らかに不機嫌そうな顔と目が合った。慌てて「ごめんなさい」と謝ったがなんの反応も無しにまたスマホに目を落とした。
「和麻は不登校なんだよねー。まぁ、家にいる方が好きなんだってさ。所謂、引き籠もり?残念だねー」
そんな和麻の代わりにと光祈が説明する。
はぁ。遜葉はなんとも言えない返事を漏らした。
「あのさ、俺の方が先輩なんだけど。敬ったらどうなの?」
「えぇーー、別にいいじゃん。幼馴染だし一緒に暮らしてるんだし」
無愛想な和麻の肩を光祈はバシバシと笑顔で高く。その行為にさらに不機嫌になった和麻はムスッとしながらスマホをいじる。
「それで、和麻くん。依頼の話なんだけど……」
「聞こえてるから、話して」
星凪がその流れを一旦切ろうとして話し掛けても顔を上げない。星凪はため息を吐くと口を開く。
「彼女は天野遜葉さん。両親が失踪してしまい、探して欲しいらしいです」
ふーん。和麻は興味が無さそうに鼻を鳴らした。結局、顔を上げる気配は無い。
遜葉はそんな和麻を不安そうな顔で見つめる。
すると、急にスマホをいじっていた手が止まる。和麻は相変わらずの無表情で遜葉を見ると口を開く。
「失踪者名簿に天野って名前はないね。考えられんのは意図的な隠蔽だろうな。または、そもそも失踪なんてしてないか」
「隠蔽?」
遜葉はコテンと首を傾げた。
「詳しくはまだ話せないけど……とりあえず、調べてみる。両親の名前は?」
聖華と悠一。遜葉は静かな声で告げた。
ふーん、と和麻は鼻を鳴らすと椅子から立ち上がる。
「3日で調べ上げる」
和麻はそう告げると階段を上がっていく。
遜葉はポカンと呆けてしまった。その様子にニヤニヤと光祈が笑う。
「いやー、和麻があんな風に協力するなんて珍しいねー」
「そうなの?」
そうそう。と光祈は答えた。
「天野ちゃんが可愛いから惚れたんだよ」
光祈がニヤッと笑うと同じくして遜葉の顔がボンと赤く染まる。
「ふざけんな、バカ」
上から不機嫌な声が振りかかり全員が上を向いた。そこには吹き抜けからイライラしてるように顔を出す和麻の姿がある。
「どうしました?和麻くん?」
星凪が尋ねると和麻はジッと遜葉の方を見る。
遜葉の顔はまだ赤いままで、それに腹が立っているように和麻はムスッとしていた。
「お前、住むとこないんだよな?」
「えっ!?あ、は、はい!」
急に聞かれて慌てて返事をする。
「星凪さん、こいつ空き部屋にでも住まわせたら?んじゃ、俺部屋行くから」
バタンと和麻は部屋へと戻る。
一方的な相談だった。それに星凪はニコリと笑う。横に座る光祈も嬉しそうだった。
あのー、と遜葉は恐る恐る口を開く。
「空き部屋って……?」
「俺ら、ここに住んでるんだよー。あともう一部屋空いててさ。そこに住まない?っていう提案だよ」
そう告げた光祈はフワリとした笑みを浮かべた。
「珍しいんだよー、和麻が自分から提案してくるのって」
へぇー。と遜葉は声を漏らした。
遜葉は少し気になっていた。
それは今日出会った和麻について。
――彼が全く笑わないことについて。
誤字脱字の報告や感想待ってます