黒の系譜02-36-1『決着:ゴブリンガンナー』
前話からがらっと雰囲気を変えて、ゴブリンガンナー戦です。
頬を掠めるゴブリンガンナーの攻撃。
体勢を崩しながらも、私は構えた矢を放ちました。
「はっ!」
「ヒュー! 惜シイナ! デモ外レゴブゼ? BANBANBAN!」
「――ぅぐっ!」
35射目。
ゴブリンガンナーは軽々とかわし、返す刀で私の両肩と腿を打ち抜きました。
隙を見てはポーションでの回復は行っていますが、何度回復してもすぐに傷が出来るので、体中がすっと痛んでいます。
ですが我慢できない痛みではありませんし、何より私は負けられません。
クロさんにここは任せてくださいと、言ってしまいましたから。
(それに、苦戦はしていますが、段々見えてきた事もあります)
「ヒュー、中々頑張ルジャネエゴブカ!」
攻撃を終える度に、ゴブリンガンナーは指に息を吹きかけています。
ただの癖なのかそれとも意味のある行動なのか。
いえ、一度息を吹きかけずに攻撃しようとして慌てて攻撃を止めたことがありました。
きっと、必要な行動なのでしょう。
(つまり、攻撃の後に一瞬だけ隙が出来ると言う事ですわ)
それをどう生かすかはまた別の話になってくるわけですが、少なくとポーションを使えるくらいの隙はあります。
(……ですがポーションも残りわずか。あまり無駄遣いは出来ませんわね)
最低限、傷口にだけポーションを振りかけ、私は再び弓を執ります。
「決メタゴブゼ! テメェハ殺サナイゴブ! オレ様ノ女ニシテヤルゴブ! GOBUGOBUGOBUGOBU!」
「御免こうむりますわ! やっ!」
「ツレネエジャネエゴブカ! BANBAN!」
「なっ!? 矢に当てて軌道を……ぁぐっ!」
「ヒュー、オレ様クライニナルト、コノグライ朝飯前ダゼ?」
36射目。
真っ直ぐゴブリンガンナーの胴体を狙った矢は射撃によって軌道を逸らされ、狙いとは大きく外れた位置に突き刺さりました。
その矢を見て、ゴブリンガンナーは馬鹿にしたように笑います。
「GOBUGOBUGOBU! ダガ弓ノ腕ハイマイチゴブナァ? 掠リモシネェゴブゼ?」
「くっ、小癪な……」
「コレナラ、動ク必要モネェゴブ!」
(いいえ。それは違います)
そしてもう一つ。
今自分でも言っていましたが、、ゴブリンガンナーは戦闘を開始してからその場を一歩も動いていません。
ですがそれは『動く必要が無い』のではなく『動けない理由がある』のだと、私は考えています。
(もし動けるのなら、今の攻撃は易々と躱せたはずです。なのにわざわざ『攻撃で矢の軌道を逸らせる』などというとても面倒な手段を用いました。いくら射撃に自信があり、その腕を見せつけたいからといって、そこまで回りくどい事をするでしょうか? いいえ、しないはずですわ)
となると、やはり奴はあの場を動けないと言うのが有力です。
その根拠の一つとして、ゴブリンガンナーがずっと踏みつけているゴブリンの死骸があります。
最初はあのキザなゴブリンの事だから、ただ格好をつけているだけだろうと思っていました。
ですが、奴が攻撃をするたびに足元のゴブリンの死骸が徐々に崩れていっているのです。
ひょっとしたら、ゴブリンガンナーの攻撃に使われている弾丸は……。
(仲間の死骸すら攻撃の手段に利用するなんて……!)
でもそうなりますと、奴が今踏みつけている物以外周囲に他のゴブリンの死骸はありません。
ならば、奴は下手にあの場を移動することはないでしょう。
自分の勝利を確信しているようですし。
「ハン! 随分撃ッタミテェダガ、全部無駄ゴブゼ! オ前ジャ、オレ様ハ倒セネェゴブゼ!」
「そんなことありませんわ」
奴の周りに突き刺さった36本の矢。
それらは全て勝利への布石です。
初めから私は〝死に矢〟など射ていませんから。
「オイオイ! 悠長ニ考エル暇ナンテネェゴブゼ! BANBAN!」
「――っく!」
集中が途切れた一瞬を、ゴブリンガンナーは見逃しませんでした。
恐ろしいくらい正確な射撃で、私の両腕を打ち抜きます。
「でも!」
腕が撃たれると分かっていれば、こちらも先んじて狙いを調整しておくことが出来ます。
狙いさえ合っていれば、あとは痛みを我慢するだけ矢は射れます。
私がお父様から教わった弓術は、腕の痛みくらいで怯むようなヤワな技ではありませんわ。
「――やぁっ!」
「ゴブ!? ヒュ――」
37射目。
狙い定めた私の矢はゴブリンガンナーの頬を掠め、そのやや後方に突き刺さりました。
今の一射で確信しました。
攻撃後に僅かな隙が出来る事も、移動することが出来ない事も、そして私の勝利も。
「ヒュー、チョット冷ヤ冷ヤシタゴブゼ!」
「……あら? 外れましたわね」
「GOBUGOBUGOBU! ヤッパ、弓ナンテ時代遅レノ得物ジャ、オレ様ノマグナムニハ敵ワナイゴブゼ!」
憎たらしい笑みを浮かべるゴブリンガンナー。
(……わざと外したとはいえ、やはり少々腹立たしいですわね)
私は本当の狙いが悟られぬよう、わざと矢を外しました。
その気になれば、あの汚らわしい身体に矢を射立てる事など造作もありません。
余裕のよっちゃんいか(クロさんに教わった諺)です。
ですが相手は相当な手練れ。
普通の矢の1本や2本で仕留められるような相手だとは思っていません。
もし下手に矢を当てて警戒されたり、移動されたり、攻撃パターンを崩されたりでもしたら私の勝機は一気に薄くなります。
本来なら当てる必要もなかったのですが、そこは私のプライドの問題でした。
(負けっぱなし、と言うのも癪ですものね)
考えて自分で笑ってしまいます。
何だか、クロさんやエミリーちゃんみたいですわね。
「……何ガ可笑シイゴブ? 矢ヲ外シテ気デモ狂ッタゴブカ?」
「いいえ、ただの思い出し笑いですわ」
「アンナ下手クソナ腕デヨク笑ッテラレルゴブゼ!」
「わざと外したんですのよ?」
「強ガルンジャネェゴブ! ナンナラ、オレ様が後デ足腰立タナクナルマデ、手取リ足取リ腰振リ指導シテヤルゴブゼ? GOBUGOBUGOBU!」
「品のない魔物ですこと」
私は、静かに弓を地面に突き立てます。
「オ? 降参ゴブカ? イイゴブゼ? 大人シクオレ様ノ……」
「控えなさい」
勘違いも甚だしいゴブリンガンナーを睨みつけ、私は右手に魔力を集中させていきます。
――クロさんは言いました。
私には私に合った魔力の使い方がある、と。
そして特訓と称し、魔製珠による魔力精製の基礎を教えてくださいました。
「ナ、何スルカワカラネェガ、サセネェゴブ! B――」
「たぁっ!」
「――ANBAN!? オ、オレヨリ速イゴブ!?」
左手の中に持っていた魔封珠に魔力を込め、ゴブリンガンナーの攻撃射線上に投擲します。
ゴブリンガンナーの攻撃は憎たらしいくらいに正確なので、その射線場に魔封珠を投げるのはとても簡単でした。
互いにぶつかって弾け散ったのは魔封珠でした。
しかし弾けると同時に内に込められていた魔術を展開します。
「ミ、見エネェ壁二オレ様ノ弾丸ガ弾カレタダトォ!?」
「あら、[エア・スクリーン]を見るのは初めてでしたか?」
生み出された風の膜は、続く攻撃を見事に防ぎます。
クロさんから黒猫院のトラップ用に預かっておいた魔封珠が、まさかこんな形で役に立つとは思いませんでしたわ。
(いいえ、クロさんの事です。こうなる事も想定していたのかもしれませんわね)
「ナ、何ゴブカソレハ!? 詠唱モ無シニ魔術ガ使エルナンテ聞イタ事ネェゴブゾ!?」
「あら? 貴方より早かったみたいですわね?」
「ホ、ホザクゴブゥゥゥゥッ!」
私は弓を執り構えます。
矢は持たずに指先に精神を集中――弦を引きながら、徐々に魔力を精製していきます。
白色の軌跡が結晶となって、生み出されたのは一本の矢。
魔製珠によって結晶化した魔力の矢です。
「ふふ……案外、やってみれば出来るものですね」
何百、何千という食器の精製……あの地獄のような特訓が功を奏したようですわ。
私の手の中に生まれた透き通る透明の矢は、私がイメージした通りの物でした。
「ア、アリエネェゴブ! 魔力ヲ矢ニダト!? オ前モマサカオレ様ト同ジ……?」
「お黙りなさい。貴方と同じ? 冗談にしても笑えませんわ」
これは仲間たちとの絆が作り出した矢。
仲間の屍を弾丸に変えるのとは、訳が違います。
「これで、終わらせますわ」
私は紬ぎます。
クロさんに教わり、ルーお姉さまと特訓して、エミリーちゃんが応援してくれて、私が編み出した新たなる可能性を。
「〝白〟よ、〝閃光〟と為りて、敵を〝貫け〟。[シャイン・レイザー]」
詠唱しながら、私は意識を矢へと向けます。
そう魔術を魔製珠白銀の矢へ込めるのです。
原理は魔封珠と同じ。
やってできない事はないと思うんです。
言ってしまえば、ぶっつけ本番ですわね。
「だとしても! ここでやらなきゃ女が廃りますわ!」
「オイオイ、本気ゴブカ!?」
透き通っていた矢に淡い光が宿って白銀の光となります。
一段と強く美しく輝きを増した矢は静かに燃え、リィンリィン、という透き通った音色を奏で始めました。
「ソンナノ見タ事モ聞イタ事モネェゴブ! サセネェゴブゼ! BA――」
焦っていて、いつもの動作をしていないのに気が付かなかったのでしょう。
バァン、という破裂音と共にゴブリンガンナーの指が爆ぜました。
「ゴビュルァ!?」
やはりあの指を吹く動作には意味があったのですね。
さしずめ、指の中を発火させて弾丸を射出する、という攻撃方法を用いていたのでしょう。
あの息を吹く動作は、指の中の火を消すための手順。
そしてそれを行わなかった事で、思わぬ爆発を呼び起こした。
なんともあっけないものです。
「ゴブフッ!?」
爆発の勢いで倒れたゴブリンガンナーの視界に、奴が『無駄』と馬鹿にした矢が突き刺さっています。
「ゴ、ゴブ!?」
あの様子……やっと気が付いたのでしょうか?
「ゴブブブ、ココレハ何ゴブカ!?」
私が〝わざと〟外して射ていた全ての矢の先に付けられた魔封珠の存在に。
「今教えて差し上げますわ。やっ!」
ゴブリンガンナーの頭上遥か高くに向けて放った白銀の矢。
「たぁ!」
天高く昇るその矢へ向けて、更にもう一本の矢を放ちます。
上空で2本の矢が重なり合った時、白銀の矢が閃光となって弾け、光の雨を降り注がせます。
「[シャイン・レイザー]、しめて37本の光の矢ですわ」
「ゴブブブブ!?」
降り注ぐ光はゴブリンガンナーを避けて、周囲を貫きます。
「―-ッテ、当タッテナイゴブ? GOBUGOBUGOBU! ビビラセルジャネェゴブ……カ?」
そう、光の矢が貫いた物は37個の魔封珠。
「お気をつけくださいね? その魔封珠はクロさんのお手製――」
「ゴ――」
激しい閃光。
迸る爆炎。
「―-最大火力の[ファイア・ボール]が込められた魔封珠ですから♪」
「ブ――!?」
ゴブリンガンナーを取り囲むように設置した、37発の地雷の連続爆発。
爆炎は折り重なって膨れ上がり、巨大なドームに為ります。
激しい轟音と猛烈な爆風を複数の[エア・スクリーン]で防ぎながら、私は自身に[ヒール・リング]を施しました。
「……これは想像以上に恐ろしい威力ですわね。次に使う時は数を調整しましょう」
炎のドームが消えた後には、ゴブリンガンナーどころか草も木も岩すらも、綺麗に抉られて残っていませんでした。
「ごきげんよう」
私は低俗な魔物に丁寧に別れの挨拶を告げました。
「あら。もう跡形もなくなってしまったから、言っても無駄でしたわね?」
弓を置いて、その場に座り込んだ私はクロさんの走り去っていった方へ思い切り腕を突き上げました。
(クロさん、私は勝ちましたよ。……だから、クロさんも負けないでくださいね)
この想いが届くと信じて。
みらは、おこらせると、こわいんだよ(クロ談)
低俗な魔物には容赦しないミラさんでした。




