黒の系譜02-32『緑の群』
というわけで満月の夜ですよ!
黒猫院の自室で一人オレは気合いを入れた。
「…………行きますか」
今晩は満月、[更神]が使えるオレは単身宰相ザッハークの元へ乗り込むつもりでいた。
誰にも気づかれぬようこっそりと部屋を出て、抜き足差し足で黒猫院を出る。
「わふぅ…………」
途中熟睡しているクロマルの横を通り過ぎ(番犬としてそれはどうなのか?)、後ろを振り返ったオレは、部屋で眠っているであろう仲間に言うつもりで囁く。
「じゃ、行ってくる――よん?(ぽよん)」
黒猫院を出たオレは、柔らかい物に行く手を阻まれた。
「やはり、お一人でお行かれになるつもりだったんですね?」
「ま、そんなこったろうと思ってたけど」
「ん、いつものクロ」
オレがぶつかったのはミラ。
「にゃにゃっ!?」
そう、院の外には当たり前のようにミラ、エミリー、ルーさんの3人が立っていた。
みんな装備を整えた姿で、明らかにこれから寝所に入るような格好ではない。
「えっと……どうしたのかな? みんな」
「どうしたもこうしたも……ねぇ?」
「それはこちらのセリフですわ、クロさん?」
「ん、クロ。どこ行く?」
「よ、夜の散歩にですことよ?」
オレはみんなに心配をかけないよう嘘をつく。
なーに、女神すら欺いたオレの演技力をもってすれば……
「嘘ですわね?」
「うぐっ!」
「ん、嘘」
「うぐぐっ!?」
「あんたって、ホント嘘がヘタよねー」
「うぐぐぐっ!」
三人の白い目が突き刺さる。
バカな!? オレの迫真の演技が通じないだと!?
「ってかわかってんのよ。どーせ教会にでも殴り込みに行くつもりなんでしょ?」
「ぎくっ!」
「ん、しかも、一人」
「ぎくぎくっ!」
「もっと言えば、あのザッハークという宰相に真相を問いただしに行くつもりですわよね? そして同時にイリアお姉ちゃんの解放もしようとされている。いえ、クロさんの事です、まずはイリアお姉ちゃんの解放が先と思っているのでしょう」
「ぎくぎくぎっくぅっ! は、HAHAHAナンノコトカナァ?」
オレは白を切りつづけたが、
「「「(じとー…………)」」」
三人の白い目に耐えきれなくなって、ついに白状りました。
「あい……全部みんなの言ったとおりです……」
「「「やっぱり」」」
「で、でもね! ホントにアイツは、ザッハークは危険なんだ。だからみんなを危険に巻き込みたくなくて……」
あのザッハークと言う男の力は未知数だが、相当な力を持っているだろうことは間違いない。
それもレベルが高いとか、強力な魔術や戦技が使えるとかそんな単純な話じゃない力を、だ。
そんな奴が相手だから、オレも相当無茶するだろう。
そんなキケンな相手との戦いにみんなを巻き込みたくなかったのだ。
「だったら、なおさら一人じゃ行かせらんないわ」
「ん、ついてく」
「だから危ない奴なんだって!」
「だから? あんた一人なら大丈夫だっての? またロリエルん時みたいにはならないって言えんの?」
「クロまもる、お姉ちゃんの仕事」
「ロリエルなんかよりよっぽど危ない奴なんだよ! どうしてわかってくんないのさ!」
「わかってないのはアンタよ!」
「ん、エミ、言うとおり」
「だからっ!」
「クロさん」
オレは静かにミラに抱きしめられた。
ミラが耳元で囁く。
「(そこまでのお覚悟、また〝あの力〟を使われるのですね?)」
「(……知ってるの?)」
「(ティタルニア様から聞きました。クロさんは大きな犠牲を払って、あの力を使っていると)」
オレの最大級のチート〝更神〟
クロード=ヴァン=ジョカーの真の力を引き出す代わりに、オレの中の何かが失われていくという諸刃の剣。
「(……お使いになるんですね?)」
「(使うよ。でなきゃ、アイツは倒せない)」
「(だから私たちがいては邪魔になる、と?)」
「(違う! みんながいてくれたらどれだけ心強いか……でも、ワタシはみんなを危険な目に合わせたくない……自信がないんだよ。みんなが強くなってるのも分かってる。でも、万が一が起きた時、ワタシは正気を保てる自信が無い)」
オレを抱きしめるミラの力が強くなる。
オレの身を案じてくれているんだろう。
ゆっくりとオレを離したミラは真剣な瞳でオレに言う。
「わかりました。私はもう止めはしません」
「うん、それじゃあ……」
「――ですが、付いては行きます。危険だというのなら教会の前まででもいいんです。少しでもクロさんの近くにいさせてください」
ミラは寂しそうに微笑む。
「仲間、ですから」
「ミラ……うん、わかった」
「じゃ、トーゼンアタシもよ! ってか、ダメだって言われたら逆に殴り込みかけてやるわ!」
「ん、かちこみじょーとー」
「二人とも……ぷっ、あははは!」
オレは思わず笑いだしていた。
オレの中で張りつめていた物がゆっくりほぐれていく。
「わかりましたよ! みんな付いてくればいいです! その代わり、ワタシの命に変えても守りますから、そのつもりで!」
「じゃ、アタシはこの拳に誓って親友のアンタを守ってやるわ」
「じゃあ、私はこの弓と大精霊様に誓って」
「ん、おねえちゃんに、まかせる」
オレたちは手を重ねる。
「目標はイリアさんの解放!」
「でもアレね? クロが教えてくれた例の作戦……イノキダイノジ?」
「〝いのちだいじに〟ではないですか?」
「エミ、おバカ」
「にゃによー!」
あぁ、なんてバカバカしいくらいに頼もしい。
万が一なんて万に一つ、いや億に一つだって起こさせやしない。
それぐらいできなくて何がチートだ。
「じゃあ、いくよ? えいえい!」
「「「「おー!」」」」
と、気合いを入れ直した所に、
「大変ッス! あぁ、良かったッス! みなさんお揃いだったんスね!? って、なんスかそのポーズ?」
農場の責任者、ケーンさんがやってきた。
手を振りあげたままのポーズだったオレたちは羞恥に赤面しつつ腕を降ろしごほん、と咳払いをする。
「え? なんで腕降ろすのよ? せっかく決まってたのに?」
「エミリーだまらっしゃい」
エミリーだけはそうでもなかったようだ。
ホントこういうところだけはたまにうらやましくなる。
と、今はそれ所ではなかった。
「ケーンさん。そんなに慌ててどうしたんです?」
「そそそそそうッス! 大変なんスよ! ベニィ!」
ケーンさんが呼んだのは奥さんのベニィさん。
彼女は誰かに肩を貸しながらゆっくりとやってきた。
「なっ!」
ポーションによる治療を受けたのか傷は無いようだが、着ている服は血で真っ赤に染まっている。
格好から坑夫さんらしき事はなんとなくわかるが……
「ゴブリンだ。ゴブリンどもが攻めてきやがった……!」
その知らせは、和んでいた空気を再び凍り付かせるくらいには十分な不吉さを持っていた。
――――――
皇都の北側。
夜の城壁から望む北の平原には無数の松明の炎と、それによって照らし出される草とは別の昏い緑の波によって埋め尽くされていた。
オレはリーフィさんから借りた双眼鏡を降ろして舌打ちする。
「よくもまぁ、こんなにいたもんだよ」
――その知らせは余りに突然だった。
『ゴブリンだ。ゴブリンどもが攻めてきやがった……!』
その知らせを持ってきたザップという男は、北の鉱山で働く鉱夫だった。
『前から皇都には鉱山内のゴブリン退治を頼んでいたんだ。何人もの鉱夫が殺され、攫われた女もいる。だが皇都からは一向に兵が派遣されて来ないし、来るのはギルドの依頼を受けた冒険者ばかり……そいつらも中に入ったっきり帰ってくる事はなかったんだ』
今日の夕方ごろ、やはりクエストを受けて入っていった冒険者が夜になっても戻らない。
今までの事もあるし、心配になったザップは鉱山の入り口近くまで様子を見に行った。
そこで見たのは、何百、何千というゴブリンの群。
いや、武装して統率された動きをするソレはもはや一個の軍隊のようだった。
とっさに物陰に隠れたザップは、自分たちの暮らす居住区が蹂躙される様を見てようやく事態の重大さに気づく。
『もう、あそこに生きている人間はいなかったよ……チクショウ!』
それでもザップは危険を顧みず居住区に突入し、ゴブリンどもに襲われながらもなんとか馬を奪取。
助けを求めるために皇都まで駆けてきたのだという。
『で、畑の〝猫の像〟が鳴いてたので、自分が見回りに行ったッスけど……』
『猫の像? ……あぁ、[アラート・シグナル]の魔封珠を埋め込んだ〝獅子の像〟の事だね』
『えぇー? 獅子ッスか? てっきりマフラー撒いた猫かと……』
『どこからどう見ても獅子です!』
ともかく、ケーンさんが獅子の像の下に倒れていたザップを発見、回復処置を施して報告に来てくれたと言う。
『北の方に、たくさん明かりが見えるの』
『まだ遠いッスけど、多分間違いないと思うッス』
まだ距離はあると言っても、こちらはまったく寝耳に水だ。
数千のゴブリンが相手ともなればそれなりの準備も必要だろう。
何にせよ時間が無い。
オレたちはすぐに行動を開始した。
「――ただいま。おチビ、そっちはどうカシラ?」
「リーフィさん、、おかえりなさい。こっちは最悪ですよ。そっちはどうです?」
「サイッテー」
まず誰より、オレはリーフィさんを頼った。
シェラ商会は貴族街に店を持っているから、それなりに発言権があるのではないかと踏んだのだ。
事情を説明したところ、リーフィさんはすぐに王城や教会へ状況を知らせに行ってくれた。
まぁ、それもあまり良い収穫は得られなかったみたいだが。
「王族も貴族も神官どももうちの商売敵どもも。教えてやった途端、ドイツもコイツも逃げる準備を始めやがったワ」
「皇都の兵は?」
「城を守るのに忙しいそうよ」
「例の騎士団とかって奴らは?」
「『ゴブリンごとき我らが出るまでもない』とかってビビりながら言い出したあげく、自由街の男どもを徴兵するとか騒ぎ始めたわ」
「最低ですね」
「ホントよ」
つまりこのまま放っておいたら、禄に戦ったこともないだろう自由街の人たちが矢面に立たされるという事か。
もしかしたら、そこにティムがいたかもしれないと思うとぞっとする。
「可哀そうに」
「あら? いい気味とは思わないの? アンタの事差別してた連中じゃない?」
「確かにそうですけど、でもやっぱり同情はします。それに、何とかできるなら何とかしたいです」
「そうだったワ。あんた『人の幸せは私の幸せですうふふ♪』とか言っちゃう脳みそお花畑ちゃんだものね?」
「そういうつもりはないですけど……」
別にオレは聖人君子でもなければ脳天気でもない。
オレの知らない所で死んでいる誰かの事まで考えて行動してるわけじゃないし、打算的に人助けをすることだってある。
ただ目の前で理不尽に晒されている人がいるのに、黙って見ているだけというのがイヤなだけだ。
「おちびはホント〝いいこちゃん〟ね。そのうち『誰かを救うために世界を滅ぼす』とか言い出したりするんじゃないカシラ? そこまで人助けできるなんて、とんだドMね」
「自分でもたまにどうかと思う時はありますけど、なにもそこまで言うことは……ドMて」
「あら、意味がわかるの?」
「ぜーんぜん。ワタシ、ピュアですので」
「面白い冗談ね」
冗談のつもりなんて全然ないんだけど……失礼しちゃうなぁ。
「むぅ……そういうリーフィさんは違うんですか?」
「ジョーダン! あてくし、〝自分が一番〟がモットーなの!」
いつものようにドSっぽく振る舞うリーフィさんだったが、大丈夫。オレはちゃんとわかっている。
「ですよねー。今リーフィさんに何かあったら、シェラ商会が大変ですもんねー?」
「なっ……!」
シゲーロさんが不在の今、シェラ商会のまとめ役は実質リーフィさんだ。
どこもそうだが、トップが崩れた組織ほど脆い物はない。
そして組織が崩れて困るのは、当然トップだけじゃない。
今、リーフィさんの両肩には何十、ひょっとしたら何百と言う従業員の命運がかかっているのだ。
だからこの人は必要以上に余計な重荷を背負わないようにしているのだ。
「……なんのことカシラ?」
「何のことでしょうね? ふふ♪」
「おちび、やっぱあてくしあんたが嫌いだわ」
「酷いなぁ。ワタシはこんなにリーフィさんの事好きなのに」
オレが冗談を言って笑ってみせると、リーフィさんはフン、と鼻をならしてそっぽ向いた。
「やーい、照れてる照れてる!」
「クロ、さん…………?」
後ろでカラン、と音がした。
いつの間にか戻って来ていたミラが持っていた弓を落としたようだ。
「えっとミラさん、いつからいたのかな?」
「……今、来たところですよ?」
なんだろう。とてもデジャブです。
「『酷いなぁ』の辺りからです」
「そっか。うん、たぶんミラはとても誤解をしていると思うんだ」
「……クロさんの色恋にそこまでとやかく言うつもりはありませんが、一つだけ聞かせてください」
「だからミラさん、誤解がですね?」
「ティム君の件といい……クロさんは、女装された男性がお好きなのですか!?」
「断じてノーですから!」
オレは全力で否定した。
幾ら相手の見た目がキレイでも男の人は好きにならない。
なぜならオレは男(中身)だから。男(中身)だから!
残念ながら(誰が残念なのかは理解不明だが)全くそっちの気はない!
「ってか、ミラはクリ――「アァン?」……リーフィさんの性別知ってるんだね」
「はい。ルーお姉さまも知っていますわ」
そりゃそうか。
二人はシェラさんとも仲が良さそうだったもんな。
当然リーフィさんの事も知ってたか」
「リーフィさんは確かにお綺麗ですし、仕事も出来る方ですし、婚約相手としては申し分ないかとは思います。 ……性格を除けば」
「いやだからワタシにその考えはまったくありませんとさっきから」
「やーねぇ。あてくしほど旦那を立てる妻もいないんじゃないカシラ?」
……旦那の尻を踏みつけて高笑いしている姿しか想像できません。
「でも、そうね。さっきも言ったけど、おちびみたいなのはタイプじゃないの。ゴメンなさいね」
「フラれた!? 告白してすらいないのにフられたよ!?」
「ほっ……」
「こらそこ! 人がマジへこみしているのにあからさまに安堵しないの! いや別に気にしてるわけじゃないけど傷ついちゃうからね! 全然気にしてないけどさ! ぐすん!」
「も、申し訳ありません」
まったく、大戦の前だと言うのに、二人のせいでオレのガラスのハートがブレイキングだよもう!
「しくしく……」
「女々しいのもダメね。ますますタイプじゃないワ」
「じゃあ、逆にリーフィさんのタイプってどういう人なんですか?」
「わ、私も少し興味が……」
「あてくしのタイプ? そうね……」
あ、答えてくれるんですね。
てっきりいつもみたいに『知りたかったら足をお舐め!』とか言い出すかと思ったのに。
「……お人好しを生業に出来る人、カシラ? それでいて、自分の芯は曲げず、愛する者の為に愚直になれる人」
「それって……」
オレの頭の仲に浮かんだ人。
温厚な微笑みを浮かべる、ちょっと小太りで愛する妻の為に無理してでも頑張っちゃう……
「さぁてね?」
妖艶に微笑うリーフィさんの表情にちょっとドキッとする。
一瞬。
ほ、ほんとに一瞬だけど『綺麗だ』って思ってしまった。
(しっかりしろオレ! いくら見た目がキレイでもこの人は男だぞ!)
オレは自分を律してキッとリーフィさんを睨むが、胸がまた少しドキドキしている。
落ち着けオレー、まずは落ち着くんだー。
「リーフィさんは男、リーフィさんは男、リーフィさんは男…………!」
「その通りなんだケド、なんかムカつくわね(むにぃ)」
「りーふぃふぁんふぁふぉふぉこ、りーふぃふぁんふぁふぉふぉこ……」
何だろう頬がひりひ……駄目だ意識を集中しろ!
リーフィさんは男、リーフィさんは男、リーフィさんは男、リーフィさんは男、リーフィさんは男、リーフィさんは男…………!
「……あの、先ほどのはクロさんにも当てはまらないんですか……? お人好しで……」
「ぜーんぜん! いいこと? オチビのはお人好しじゃなくてお節介って言うの。しかも自己犠牲付きのかなり重くて厄介なお節介ね。そんなただの自己満足を押し付けられても、こっちはうれしくもなんともないワ(むにむに)」
「りーふぃふぁんふぁふぉふぉこ、りーふぃふぁんふぁふぉふぉこ……」
「それで最終的にハッピーエンドなら別にいいワ。みんなで喜んで抱き合って、幸せを分かち合えばいい。でも、そうならなかった時、一体どれだけの人間の心に悲しみと後悔と絶望が残るのカシラ?」
「――っ! 確かに、そうかもしれません」
「りーふぃふぁんふぁ……」
「しつこいわね、いい加減にしなさいっての(ばっちーん!)」
「おふぉぶ!? ――はっ! オレは一体なにを!?」
いけない、少し記憶が飛んでいる。
リーフィさんもミラもやけに難しい顔をしていて、何故か頬がとてもひりひりするんだが、一体何が起きたのか? …………さっぱりわからない。
「いいことお嬢。後悔したくないならしっかり見張ってなさい。でないとすーぐ無茶するからね。男って奴は」
「はい!」
「ぶふぉぁっ!? いえいえいえいえいえ、ワタシは花も恥らう乙女ですよ? ……ってかそれを言ったらリーフィさんも男じゃ(ボソッ)」
「アァン?」
「ひぃっ! なんでもございません!」
うん、こんな恐ろしい顔出きるなんてやっぱこの人は男だよ!
オレはミラの後ろで小さくなって震えながら確信した。
……ザッハーク戦かと思いきや、まさかのゴブリン。
どこまでも悪い意味で期待を裏切り続ける、それが作者! ……ダメじゃん。
ご、ごほん。でもそれなりに戦闘は続くので、ね? ほら……頑張ります!




