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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第二章
76/104

黒の系譜02-27『ノワーブル・キティ』

今回は別視点でお送りしています!

『ノワーブル・キティ』は造語で、意味は後で説明があります。

 オレはぼんやりと空を見ていた。

 腹は空きすぎてもはや空腹感すら感じず、渇いたのどからは唾も出てこない。

 最後に飯を食ったのは、いつだっただろうか?

 いや、飯と呼べるような物を食ったのはもう遙か遠い日のことで、一番最後に食ったのはその辺で野垂れ死んでいたネズミの死骸か。

 オレも、ああなるんだろうか?


「はは……はら、へったなぁ」


 余りに腹が空きすぎたせいか、あるはずのない食べ物の匂いが漂ってくる。

 濃厚なチーズの香り……あるはずのない物を思い出すなんて、そろそろオレも本格的にやばいな。

 ま、このまま食いものの夢を見たまま死ねたなら、それはそれでいいのかもしれない。


「もしもーし? まだ生きてる?」


 ははは、ついに幻聴まで聞こえてきやがった。


「ね、聞いてる?」


 女の声、そうか。ついにオレにもお迎えがきたのか。


「……ダメだ。息はしてるけど反応がない。一度これを……」


 突然、口の中に何かが流れ込んできた。

 あぁ、美味い。

 爽やかな甘みと酸味が口いっぱいに広がり、体に力が溢れてくるようだった。

 いや、実際に動かそうと思っても動かなかった指先に力が戻ってくる。

 こりゃ、オレ本格的に死んだな、間違いない。


「これで大丈夫かな?」

「……おどろいた」


 何とか頭だけ動かし、声のする方を向くとそこには声の主の姿があった。

 どうやら、オレをお迎えにきた天の使いは猫耳を生やした姿をしている。

 やばいな。

 オレ、今までさんざん獣人族を邪険にしてきちまった。

 相手が猫の神さまとなりゃ、地獄行き決定じゃねえか。


「もしもーし? ワタシの事、わかる?」

「あぁ、地獄の死者だろ?」


 声の主は頬を膨らませて、『ひどいなぁ』と不満気な様子。

 オレは何かまずいことを言ってしまったらしい。


「ワタシみたいな美少女を捕まえて〝地獄の死者〟はないんじゃない? 天使ならまだわかるんだけど?」

「天使? じゃあ、オレは天国へ行けるのか?」


 オレみたいな奴でも天国に連れてってくれるってのか。ありがてぇ。

 今度もし生まれ変わる事があったら、獣人族、特に猫族には優しくしよう。


「いや、まだ死なせないよ」


 猫耳を生やした天使は、可愛らしく笑う。

 あぁ、確かに言われてみればコイツは天使かもしれないな。

 そんな事を思って笑うオレの前に、天使はコトン、と皿を置いた。

 立ち上る湯気、鼻孔をくすぐる良い香り、自然と涎が出てくる。


「さ、暖かいうちに召し上がれ」

「こ、れは……?」


 飯だ。

 

「――っ!」


 オレは飛び起きた。

 そんな力がどこに残されていたのか分からないが、オレは目の前の飯を前にもはやなにもかもがどうでも良くなっていた。


「飯だ! 飯……! 飯だぞ!」

「だからそうですって」


 オレは流し込むようにそのチーズの香る白いスープを飲み干した。

 体の奥から暖かいものが染み渡る。


「めしだ……! うめぇ、うめぇなぁ……!」


 オレは嗚咽混じりにその感動を噛みしめた。

 涎と鼻水以外の液体を流したのはいつぶりだろう。

 慈愛に満ちた表情でオレを見ていたのはただの美少女でも猫でも天使でもない。

 オレの女神だった。 




―――――




 その人(猫?) に会ったのは本当に偶然だった。

 いや、死にかけていた私からすれば、奇跡と呼んでも間違いのない出会いだった。


「ぅぅ…………ぐぁ…………」


 あまりの空腹で前後不覚に陥っていた私は、腹を壊すだろうと分かっていながらその辺に落ちていた腐りかけの残飯を口に入れていた。

 味も栄養もあったもんじゃないソレを咀嚼しながら、何度も空っぽの胃の中身をぶちまけそうになり、ソレすらもったいないと必死で飲み込んだ私だったが案の定、腹を下した。

 動く事もできず体は徐々に衰弱し、このまま糞便にまみれたまま一生を終えるのかと思うと、あまりにも惨めだった。


「これは、ヒドいな」


 誰かが、近くに立っている気配がする。

 この辺で誰かに近づいてくる人間がいるとすれば、大体相場は決まっている。

 略奪者。

 こいつも、私が死んだら身ぐるみを剥いでいく気なのだろう。

 こんな死に様を晒した上、身ぐるみまで剥がされるのか。

 もはや惨めを通り越していっそ、清々しくさえある。


「――このままだったら、悪い病気とかになっちゃうかもしれない」


 ……はっ?

 こいつは何を言っているのだろう?

 今まさに死にかけている人間を前に病気の心配?

 というかそもそも他人の心配をするなんて、正気か?


「[リ・フレッシュ]」


 途端に身体が冷たい水にさらされ、周囲を漂っていた悪臭が消え去る。

 こいつ、一体何をした?


「それに大分弱ってる……[アナライズ]。うん、お腹を壊してるのか。これなら何とかなる」


 軽く私を見ただけで腹を壊していると分かるなんて、こいつは神官か何かなのだろうか?

 いや、そんなはずはない。

 あんな城壁の一番奥で偉そうに神の教えとか訳の分からない言葉を垂れ流すだけの奴らが、わざわざこんな汚い所へ出向くはずがない。

 じゃあ、はぐれの癒術師(ゆじゅつし)? いいや、門外街に癒術師がいるなんて聞いたこともない。

 というか、癒術師は引く手数多だし、こんな場所に落ちぶれて流れ着くわけがない。

 だったら、この不審者は一体何者なんだ?


「[メディック]」


 不審者が何か言った途端。

 私のお腹を蝕んでいた鈍痛がまるで嘘だったかのように消え去った。


「……いた、くない?」


 私は、夢でも見ているのだろうか?


「良かった。少しは楽になった?」


 私はゆっくりと、立っている人物を見た。

 私と同じ獣人、でもピンと立った耳は猫族のそれだ。


「アンタが、治してくれたの?」

「まぁ、そんなとこかな?」


 恐らく、高い薬か何かでも使ったのだろう。

 よっぽどの金持ちでお人好し、きっと南大陸(サウザール)の商家のお嬢様かなんかだろう。

 同じ獣人の(オンナ)として、よけいに惨めになる。


「(ぐぅぅぅぅぅ!)」


 腹が治ると、忘れていた空腹がぶり返してきた。

 よりによってこのタイミングなんて……恥ずかしくて死にたくなってきた。

 いや、いっその事さっき死んでいればこんな惨めな思いはしなくて済んだのに。


「お腹空いてるの?」

「……あぁ空いてるさ! 悪いかい!」


 相手は命の恩人だというのに、空腹のせいで気が立っている私は怒鳴り声をあげてしまう。

 いや、空腹のせいにしてはいるが、私は目の前の小娘と自分のあまりの差にイライラしていたんだろう。

 みっともない。

 私は自分が情けなくなってくる。

 

「悪くない」


 俯く私を、その子は優しく抱きしめてくれた。


「あなたは、悪くない」


 耳元で囁かれる涙交じりの震えた声に、私は気づけば泣いていた。

 こんな風に誰かに優しく抱きしめられたのはいつ以来だろうか。

 私は声を上げて子供のように泣きじゃくった。

 見ず知らずの少女は、私が泣き止むまでずっと側にいてくれた。

 それが何より嬉しかった。




―――――




 今日は馬車が通らなかった。

 空腹を必死で堪えながらじっとするだけの毎日。

 たまに通る貴族の馬車に物乞いをしては、戯れに与えられる餌に群がり、奪い合う毎日。

 ただ生きるために。

 いや、果たしてこれが生きていると言えるのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 何でもいいから、腹一杯飯を食いたい。

 ダメだ、頭を使っていたら余計に腹が減ってきた。

 今は、ただじっと食べ物がやってくるのを待とう。



「……い! ……いものだ!」


 辺りが騒がしいので起きてみると、みんな一目散に走っていく。


「チッ馬車か!」


 しまった、完全に出遅れた。

 慌てて起きあがったオレは、残されたわずかな力を振り絞って飢えた餓鬼の群に加わる。


――着いた先に馬車はいなかった。

 余計な体力を使ってしまったと悔やんでいると、何やら美味そうな香りが漂っている。

 見れば、少し先の広場で料理を作っているではないか。


「ご飯食べたい人はならんでくださいねー」


 いや、それだけじゃない。

 料理をしている猫族の女は、金もとらずに料理を配っているではないか。

 物好きな連中がいたもんだと思いながらも、オレも必死で走る。

 急がなければ、せっかくの美味そうな飯にありつけない。


「はいはい並んだ並んだー!」

「ん、順番まもる」


 そこで、オレはあり得ない物を目撃した。

 あの餓鬼のような連中が、弱そうなガキや女どもの言われるままおとなしく並んでいやがる。


「(バカな連中だ)」


 いくらここで食い物を配るような物好きな連中だって、ここにいる全員の飯なんざ用意できるわけがねぇ。

 結局は早いモン勝ち。

 奪い合いがここでのルールだろうが。

 オレはさも当然のように列の先頭の奴を押し退けて前へ出て、


「割り込み禁止、よ!」

「ぐふっ!」


 腹に重たい一撃を食らって、地面にひざを突いた。

 見上げたオレは、あまりに信じられない光景に目を見開く。


「他の連中も! 割り込んだり、他の人の食べ物取ったりしたらこうなるわよ! 覚えときなさい!」


 オレを殴ったのは赤い髪をしたちんちくりんのガキンチョだった。

 ありえない、言葉にならない呻きを上げ、オレは意識を失った。



――目を覚ますと、広場はすっかり閑散としていた。

 どのくらい気を失っていたかわからない。

 だが、自分が食いっぱぐれたことだけは分かる。

 くそ、オレはただ飯が食いたかっただけなのに……!


「あ、起きた?」

「ひっ!」


 声をかけてきたのはさっきの赤髪のガキンチョ。

 また殴られるかと思って身構えたオレだったが、差し出されたのは余りに意外な物だった。


「ほら。アンタの分」

「これ……は?」


 器に装われた湯気を放つ白い液体。

 初めはそれがなんなのか見当もつかなかったが、よくよく匂いを嗅いでみると、唾液が溢れて止まらなくなる。


「飯……?」

「そーよ。クライムバスターって言うらしいわ」

「〝クラムチャウダー〟! まぁ、モドキではあるけど。でも少なくともそんな必殺技みたいな名前ではないよ!」

「似たようなもんじゃない!」

「どこが!?」


 さっき料理を作っていたガキが言うには、これは『クラムチャウダー』というらしい。

 かつて自由街で料理人をしていたオレでも、まったく聞いたことも見たこともない未知の料理。

 しかしこの鼻腔を揺さぶる芳醇な香りに、オレは釘付けとなっていた。


「食って、いいのか?」

「いーわよ。アンタで最後だし、アンタだけ食えないなんてふこーへーだもんね」


 バカな、あれだけいた人数全員に食い物を配ったというのか!? 信じられない。

 だがそんなのは今はどうでもいい。

 目の前に食い物がある、それだけで十分だ。

 オレは奪い取るように料理を貪った。


「熱っ!」

「あたりまえじゃない。ゆっくり食べなさいよ。誰も盗らないから」


 オレは熱々の液体を息で冷ましながらゆっくり口をつける。

 口に含んだ瞬間、あの芳醇な香りが身体いっぱいに広がる。

 これはチーズの香りか?

 しかしチーズだけでこんなにも深いコクとまろやかさが出るだろうか?


「こ、この白いのはチーズか?」

「半分正解ね。チーズを温めたヤーヴァミルクで煮込んだものよ」

「なぜエミリーが偉そうに語るのか……作ったのはワタシなのに……」


 ヤーヴァミルク!

 耳にしたことはあったが、希少価値が高すぎるせいで一生食すことがないと思われていた素材。

 それがこんなにたっぷりと使われている。

 浮かんでいるのは……モイの実か! たしかにモイの実は安価なうえに食べごたえもある。少しでも十分な満足感が得られるはずだ。

 そしてこの緑の草……レンホウか! あの苦い野菜が煮込むだけでこんなに甘くてまろやかな味に変わるのか!? レンホウは栄養価も高いし、弱っている身体にはもってこいの食材じゃないか。

 待てよ? じゃあこの茶色い物はまさか……


「肉……肉だ! がつがつはふはふ……これはヤヴァ肉か! はは……あははははは!」


 何故だろう笑いが止まらない。


「ははは……うぐっ! くそぅ、なんで涙が出やがるんだよあははは……チクショウ!」


 涙が止まらない。

 飯、いや料理を食べてこんなに幸せを感じたことが今まであっただろうか。

 そこからオレは無心で食べ続けた。



「うまかった……」


 食べ終わってしばらく経つというのに、オレはまだその余韻に浸っていた。

 こんな美味いもの、もう二度と食う事はないだろう。

 だからこの味をしっかりと心に焼き付けておきたかったのだ。


「そ、なら明日も来るといいわ。明日もやるから」

「なっ!? 明日も同じ事をやるだって!?」

「やりますよー? そのために今からお皿も用意してますからねー! ミラ、何枚できた?」

「ご、50枚ほど……!」

「いいペースだよ! その調子であと200は行こう!」

「は、はい!」

「これも魔術訓練の一環だからね! ワタシもあと400は頑張るから!」

「は、はい!」


 そんなバカなはずがあるか。

 あれだけの人数に料理を振る舞って、更に明日は600は用意するって言うのか!?

 そんなの、食材がいくらあっても足りないだろう。

 オレがその事を頭の足りなそうな目の前の少女に懇切丁寧に説明したところ、少女はとんでもない事を言い出した。


「だいじょーぶよ。足りなくなったら、また仕留めてくればいいんだから」

「たよりにしてるよー!」

「え、エミリーちゃん、頑張ってください!」


 自信満々に言う少女と、応援する少女たち。オレは頭が痛くなってきた。

 この子たちは知らないかもしれないがヤヴァイコーンの群は初心者殺しとも言われる危険な相手だ。

 魔物ランクが低いからと手を出した初心者冒険者たちを圧倒的なまでの数の暴力で蹂躙する、それが奴らなのだ。

 飢えた門外街(ここ)の住人たちが決死の覚悟で挑んでは、逆に餌にされてきたような凶悪な相手だぞ?

 こんなちんちくりんの少女が挑んで勝てるような相手じゃない。


「……悪いことは言わない。奴らには手を出すな」

「ふふん♪ 心配してくれてんの?」

「飯を貰った分くらいは、な」

 

 言って自分でも驚いた。

 ちょっと前まで他人は蹴落とすものだと思っていたオレが、親切に忠告までしてやるなんて。


「だいじょーぶよ。アタシ、こう見えても結構強いのよ?」

「ワタシの方がもっと強いけどね!」

「アタシの方が強いわよ!」

「じゃあまた勝負する? 前と全く同じルールで?」

「ふふん! いいのかしら? アンタ、一回負けてんのに? ――奴隷のクロ?」

「エミリー、今君は言ってはいけない事を言った! 明日奴隷になってるのはそっちだよ!」

「じょーとーよ! ハエヅラかかせてやるわ!」

「クロさん! 手が止まっています!」

「あ、あい……」

「やーい、怒られてや――」

「エミリーちゃんも! まだ片付けの途中ですよ!」

「はい……」


 やはりこの子たちはバカだ。

 飯をくれた恩人ではあるが、しょせん他人は他人。

 オレはもうそれ以上何も言わなかった。

 


――だが、その言葉の意味を翌日オレは理解する。

 昨日と同じ時間に同じ場所で、彼女たちはまた炊き出しをしていた。

 食材を用意出来たことには驚いたが、やはりヤヴァイコーンに挑むなんて無茶はしなかった様で少し安堵した。

 ま、まあ料理が食べれるからだけどな。


「おうおう、手前ら美味そうなもん作ってるらしいじゃねぇか!」

「ここがオヤブンのシマと知ってやってんのかー?」

「なによアンタ? 食べたいならちゃんと並びなさい」


 列に並んでいたオレは、横入りしようとしていた連中を見てぎょっとする。

 そいつらは、この辺一体で幅を利かせている連中だ。

 一人一人はそんなに強くないのだが数の多さに物を言わせて暴れまわるので、ここいらで奴らに逆らおうなんて馬鹿はいない。

 奴らに何かされても、大人しく身を引く。

 それがここいらでの暗黙の了解となっている。


「お前、そいつらには――」


 このまま騒ぎが起きて飯が食えなかったら困る。

 オレが凄み返しているバカな少女に忠告しようと前に出た時だった。


「手前、オレ様が誰か分かっていっがるっぷ!?」


 リーダー格の男が白目を向いて倒れた。


「りりりりーだーるびっじゅ!?」

「てめ! なにすぅねりゅん!?」


 続いて近くにいた幹部クラスの数人も、バタバタと倒れていく。

 否、少女が腹に強烈なパンチを放って気絶させているのだ。


「そうか、昨日のオレはあんな感じだったのか」


 なんかバカらしくなったオレは何事も無かったかのように列に並び直した。

 オレの後ろに並んでいた獣人族の女が覚えていてくれたらしく、元の所に戻ってもいいと言ってくれたのだが、オレは丁寧に礼を述べたあと断わった。

 割り込みと勘違いされて、あの少女に襲撃されたらたまったもんじゃない。


「触らぬ神にたたりなし、だな」


 のんびり自分の番を待つオレの脳裏に浮かんだのは、ヤヴァイコーンの群を蹂躙する赤髪の少女の姿だった。

 驚くほどに違和感がなかった。 

 用意された料理は、全員がおかわりできるぐらい用意されていた。

 当然おかわりした。




―――――




「ててて……こりゃ、まずったッスかね」


 周囲に人気のない岩場で、手負いの自分はぼんやりと死を覚悟していたッス。

 つい最近Dランクになった自分は調子に乗って、少し難しいクエストに手を出してしまったんスけど……思えば、あれがそもそもの間違いだったッスねぇ。

 一緒にパーティを組む事になった3人組。

 どうにもうさんくさい連中だとは思ってたッスが、まさか自分を囮にして逃げ出すなんて考えもしなかったッス。


「ギギギ…………」


 岩場の陰から見える、今回のターゲット。


「[ロック・ゴーレム]……刃が立たないってこういう事を言うッスかね?……上手くもなんともないッス」


 全身が頑強な岩でできているソイツには、軒並み刃物による攻撃が利かなかったッス。

 それどころか、大枚はたいて用意した【バトルハンマー】ですら数回攻撃しただけで壊れる始末。

 改めて魔物ランクDの恐ろしさを理解したッス。

 ま、もう全部遅いんスけどねぇ。


「回復手段なし、逃走手段なし、戦闘手段なし……どうしたもんッスかねぇ」


 自分が見上げた空は綺麗な星空だったッス。

 懐かしいッスね。

、農作業が嫌になって『冒険者になるッス!』と家を飛び出し皇都へやってきて、もう数年スか。

 こんなに広い空を見たのはホント久しぶりッスねぇ。

 あぁ、とーちゃん、かーちゃんは元気にしているッスかね?

 こんなことなら、家で大人しく土いじりでもしていた方が、長生きできたかもしんねぇッス。


「ギギギギ……」


 すぐ背後で[ロック・ゴーレム]の発する音が聞こえたッス。

 もう、終わりッスね。

 今の自分に残されたのはもうこの身体だけッス。

 だったらせめて最後に一発、この拳が砕けたとしても一発くらいは入れないと格好がつかねッスよ。


「くらえぇぇぇぇぇぇっッス!」


 全体力を拳に乗せた自分は、岩場を飛び出てロックゴーレムに殴りかかったッス。

 ガス、という鈍い音と思ったより確かな手応えが拳に伝わってきたッス。

 

「ギギ…………(ガラガラ)」


 そしてなんと驚きッスが、ロック・ゴーレムの身体が音を立てて崩れたんスよ。


「やった、ッスか?」

「おぉー、お見事ー!」

「ぎゃーッス!?」


 突然背後から聞こえた声に、驚いた自分は大・絶・叫! ッスね。

 今の今まで、自分以外の誰かがいるなんてわかんなかったんスもん。


「だだだだだ誰ッスか!?」

「んー? 通りすがりの考古学者です」


 見たところ、相手は黒髪に猫の耳を生やした獣人族の少女ッス。

 しかも首からタグを下げているし、どうやら冒険者らしいッスね。

 ってか、こんなに小さな子が冒険者なんて……世も末ッスよ。

 コーコガクシェというのが何かは分かんねぇッスけど、何の目的があってこんな危険な所に一人でやって来たんスかねぇ?


「いや、無事でよかった。アナタがケーンさん?」

「あ、ああそうッスけど……ってぇ、どうして自分の名前を?」


 この子とはたしか初対面だったはずッス。

 だって、こんな可愛らしい子の顔を忘れるはずがないッスから!


「んと、ベニィさんから頼まれて様子を見に来ました」

「ベニィッスか!?」


 ――ベニィ。

 自分と同じまだ駆け出し冒険者で、そばかすがチャーミングな女の子ッス。

 彼女と出会ったのは自分がまだEランク(以下長いノロケが続くので割愛)……でもどうして彼女が?


「はい、なんか一緒に皇都を出たはずのパーティーの奴らが3人だけで逃げ帰ってきたとかで」

「あぁ、確かに」


 アイツら、名前なんていったッスかねぇ?

 げ、ゲスとかクズとかカスとか、そんな名前だったような気がするッスけど。

 ホントその通りの連中だったッスけど。


「で、それでアナタの身を心配したベニィさんが今にも飛び出しそうだったので」

「なんて事ッスか……それで君が来たんスか?」

「はい、ちょうどこの辺に来る用事もあったし。困っているか弱い女性は放っておけないので」

「君もか弱い女の子じゃないスか!」


 自分が叫ぶと、少女はやけに複雑そうな顔をしたッス。

 でも、そんな事より、


「(シュゥゥゥゥゥゥッゥ)」


 少女の背後で魔力が集まり、周囲の岩がガタガタと音を立て始めたッス。

 超やばいッス!


「下がるッス!」


 あれはロック・ゴーレムが生まれる兆候ッス。


「くそ、まさかこんなタイミングでなんて……マジついてないッス」


 理由はわかんないッスがさっきはロック・ゴーレムが弱っていたおかげで何とか倒せたッス。

 でもそう奇跡が二度も起こるはずねぇッス。

 自分にあとどれだけ力が残って入るかは分からないッスけど、せめて自分を心配して来てくれたこの少女だけは無事に逃がさないといけないッスよね!


「君、ここは自分に任せて逃げるッス!」

「え、でも……」

「そのかわり無事に皇都にたどり着いたら、ベニィに伝えてほしいことがあるッス……愛しむぐっ!?」


 少女に指で口を押さえられ、決め台詞を最後まで言えなかったッス。

 くすり、と笑う少女がどこか艶めかしく、自分の心臓がドキドキと高鳴てるッス。

 ダメっす! 自分にはベニィという最愛の……


「それ以上言ったらダメですよ? それ死亡フラグですから?」

「ふ、フラ?」


 何を言っているッスか?

 言葉を発する前に、目の前に最悪が形となって現れたッス。


「ギギギギギギギギギギ…………!」

「ギギッギギギギギギギ!」

「あちゃー、ここで新手っッスか!?」


 どこからとも無くやってきた2体のロック・ゴーレム。

 そうこうしているうちに、新しいロック・ゴーレムも誕生しちゃったッス。

 ロック・ゴーレムが3体。


「くそ……ここまでッスか!」


 地面に手をついて、涙する自分に少女はのんきに親指を立てて笑ったッス。


「ナイスです。それは救援到着フラグですから!」

「きゅうえ……ふら? 君はさっきから何をいって……?」

「まぁ――」


 気がつけば少女の手の中に、高密度の魔力が集まっているッス。

 そのあまりに深い色に、自分は冷や汗が止まらなかったッス。


「――救援はワタシだったんですけどね? 青、指先、圧縮、[アクア・ジェット]!」


 少女が無造作に腕を振るったッス。

 バシュン、というすさまじい音がして、驚いた自分は思わず目を閉じてしまったッス。

 真っ暗闇に、ガラガラとなにかが崩れる音が聞こえてくるッス。


「……い、今の音は?」


 恐る恐る目を開いた自分が見た物は、バラバラに切り刻まれたロック・ゴーレムの残骸と、岩肌に残された巨大なドラゴンにでも付けられたかのような深い爪痕ッス。


「さって、じゃあ採取採取……ふんふふふーん♪」 


 少女はまるで花畑で花でも積んでいるかのように、落ちてる残骸を広い始めたッス。

 いや、超シュールな絵面(えづら)ッスねぇ。


「あそうだ。これ、アナタが倒したロック・ゴーレムの魔核ですよ。たしかクエストの達成証明に必要でしたよね?」

「え、あ、ありがとうッス」


 そもそも、さっきのロック・ゴーレムはどうして弱っていたッスか?

 きっと通りすがりの少女によって、倒される寸前までダメージを与えられていたッス。

 腰が抜けてしまった自分に、少女は落ちていた魔核を投げてよこすッス。


「(可愛らしい猫族? とんでもないッス。虎、それもドラゴンと渡り合えるような化け虎じゃないッスか)」


 その後、ロック・ゴーレムの素材を全てアイテムボックスにしまい終えた少女は『もう少し欲しいかな?』などととんでもない事を言って、更に10体のロック・ゴーレムを仕留めていたッス。

 超こえーッス。

 更に魔術らしき物を発動し、本来の目的だったという周囲の岩を巨大な球体に切り出し、アイテムボックスに次々と収納していったッス。

 もはや驚きすぎて声も出なかったッス。

 二人で帰路に就いた際、チラッと見えた彼女のギルドランクはE。

 やっぱ、自分には土いじりをしている方が性に合っているのかもしれないッスねぇ。




―――――




 ここは、どこだ?

 壁があって屋根もあるが、全く見たことがない場所だ。

 たしか俺はいつもの寝床で寝ていて、いやそれよりも俺は確かに死んだはずだった。

 今日食う物にも困り、外をうろついていたらたまたま見つけた魔物。

 他に仲間も見あたらず、一匹しかいないならなんとかなるかと襲いかかると、


『ヴァァァァン?』

『ヴァァァァン?』

『ヴァァァァン?』


 茂みからあっと言う間に仲間が現れた。

 どうやら餌はこちらの方だったらしい。

 まぁどうせ死ぬのは変わらない。

 俺はせめて一かじりでもしてやろうと奮闘したつもりだったが、あっさり奴らの角に体中を滅多刺しにされて……

 そこから先の記憶がなく、気がつけばここにいた。

 何がどうなったのかはわからないが、こうして無い知恵を働かせられるってことは、一応生きてるって事だろう。


「……っ!」


 身体はまだ思うように動かない。

 

(というより、身体の感覚がない?)


 驚いたことに、腕を動かそうとしても、足を動かそうとしてもぴくりとも反応しやがらない。

 そりゃ、あれだけやられて五体満足な訳がないか。


「……まだ動けないと思います。そのまま安静にしていてください」


 ふと、耳元に少女の声がする。

 聞き覚えのない声だが、ひょっとすると案外この子に助けられたのかもしれない。


「あんたが、助けてく、れたのかい?」


 命の恩人の顔も見ないで、俺は尋ねた。


「ごめんなさい……」

「なにが、だ?」


 いきなり謝られ、何事かと驚いた。


「ちぎれた部分までは治せませんでした……」

「あぁ……」


 そういうことか。

 道理で手足の感覚がないと思った。


「……いいや、それでもありがとう。命あっての物種っていうだろ?」


 俺は嘘をついた。

 はっきり言ってしまえば、両手両足を失ってどうやって生きていけばいいのか、俺には分からない。

 だが、


「ごめんなさい……」


 今にも泣き出しそうな声で謝る小さな少女に、そんなことが言えるわけがない?

 必死で俺を助けようと手を尽くしてくれたであろう少女に、『死なせてくれればよかったのに』なんて残酷なセリフが言えるわけがない。


「なーに、例え腕や足が無くたって――」


 世の中にはどうにもならないことがある。

 両手両足を失い、あとどれだけ生きられるかは分からない。

 だがせいぜい助けてくれた少女に恥じないよう生きて見せようじゃないか。


「いいえ、腕や足は無事なんです」


 へ? そうなのか?

 

「動かなく感じるのは麻酔、感覚をなくす薬を打ったからで、腕も足も全部そろってます」

「あの状況から、腕も足も無事に済んだだって!?」

「はい」


 にわかには信じがたい話だが、少女が俺の腕を持ち上げて見せてくれる。


「はは、間違いねぇ。俺の腕じゃねえか!」


 こんな奇跡があるなんて、人生まだまだ捨てたもんじゃねぇってことか。


「ちょっと待ってくれ、じゃあちぎれたってのは一体……」

「――っ!」


 少女は高級そうな鏡を俺の顔の前に差し出した。


「これを見てください」

「これって……これが、俺か?」


 そこに写っているのは間違いなく俺の顔。

 だが前と違うところが確かに一つだけあった。


「あぁ、そういうことか」


 俺は理解した。

 鏡の中に写る俺の頭の前の方に、申し訳程度に残っている髪が全てだった。

 そう、それが全て。

 他の髪は、全て消え去り、つんつるてんの枯れ野原となっている。 


「頭頂部の損傷が思った以上に酷くて……何とか剥げた頭皮やヒビの入っていた骨は再生できたんですが毛根までは……ごめんなさい!」


 はは、マジかよ。

 俺は言葉も出なかった。


「なんとか毛根が生きていた部分の髪は再生できたんですが、おかげでこんなダイゴローヘアーに……!」


 少女は嘆く。

 だが俺は笑う。

 

「嬢ちゃん、いやお嬢さん。気にしないでくれや」


 剥げた頭皮やヒビの入った骨を修復? そんなヒドい状況だった俺が生きている?

 しかも五体満足でこうして喋ることも笑うこともできる?

 そりゃ、なんて奇跡だよ?


「さっきも言っただろう? 命あっての物種、俺は生きている。それだけで十分さ。なに、髪は俺の代わりに犠牲になってくれたんだ」


 そりゃ確かにちょっと、奇抜かもしれねえが……よく見てみりゃこのダイゴローヘアー? もなかなかイカしてんじゃねえか。

 かすかに感覚が戻ってきた手を、少女に伸ばす。


「ありがとう。あんたは間違いなく命の恩人さ」


 やっと動くようになった頭を動かして少女を見る。

 瞼を濡らしながらも花が咲いたような笑顔になった少女は、可愛らしい猫族の少女だった。

 

(……あぁ、この子、いやこの人……この方が天使か)


 俺は、一生をかけてこの少女に尽くそうと誓った。


――後に黒猫親衛隊と言われる秘密ギルド誕生の瞬間である。




―――――



 こうしてお人よしでお節介で厄介だが親しみのある黒猫の少女の存在は門外街の住人、そして自由街の冒険者たちにも広まっていく。

 彼女に救われた、もしくは関わった、襲われた、戦った、ボロ負けした、惚れ込んだ、崇拝した者たちは畏敬と親愛を込めて彼女を呼ぶ。


――気高き黒子猫(ノワーブル・キティ)〝クロネコ〟と。

『ノワーブル』はノーブル(気高いとか貴族とか)とノワール(黒のフランス語)を合わせた造語です。え、英語とフランス語まぜていいのかって?

い………………………………異世界だからきっとイインダヨ(遠い目)

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