黒の系譜02-17『フィリル・ダリア』
皇都フィリル・ダリア。
そこでオレたちを待ち受けていたのは、想像以上に酷い扱いであった。
「いらっしゃ――なんだい。獣人連れか、帰れ帰れ!」
「けっ、獣連れに売るもんなんてねえんだよ! おい、塩まけ!」
「申し訳ありません、お連れの獣人は店内への入店ができません。表につないでおいていただけますか?」
「げっ! 獣人だ! お前、商品隠せ! 盗まれるぞ!」
行く先々でこんな扱いである。
よく見れば街中にはほとんど一般の獣人族の者はいない。
少しギルドタグをつけた獣人族の冒険者も見るが、その人もぼったくりのような金額で商品を売りつけられているような状況である。
当然宿屋だってなかなか見つからない。
「なになに『獣人お断り!』に『獣人入店禁止』……ホントふざけた場所よね!」
「申し訳ありませんクロさん……嫌な思いをさせてしまって……」
「ううん、ワタシは大丈夫だよ」
担いでいたルーさんをベンチに寝かせてエミリーも腰かける。
ミラもその隣に座り、オレにも座るよう促してくれた。
だがオレはその好意をやんわり断った。
「〝獣人族の使用を禁ず〟だって。獣人族は獣だからイスなんて使わなくてもいいって事かな? ホントどうかしてるよね」
「あ、申し訳ありません……気づきませんでしたわ」
「まったくだわ! こんなイス!」
「エミ……すとっぷ…………」
立ち上がってベンチを蹴り始めたエミリーを宥める。
ベンチに罪はないし、何より上で寝ているルーさんがいい迷惑だ。
「クロさん……せめて、ここでだけでもフードを取りませんか?」
ミラもベンチから立ち上がり、オレを気遣ってそんな提案をしてくれた。
オレに向けられる街の人間からの悪意ある視線が増えていることに、ミラも気づいている様だ。
確かに、このフードを取ってオレが獣人ではないと分かれば、周囲からの対応も変わるだろう。
「うん、多分それが一番いい方法なんだろうね」
「クロさん……」
でも、それだとオレまで獣人差別を容認してしまっているようで嫌なのだ。
……だがそれは、言ってしまえばオレの勝手な意地だ。
それでミラたちにまで迷惑をかけるのは、やはり違うのかもしれない。
「ごめん。ちょっと意地になってた、かも。ミラたちにまで迷惑かかっちゃってるもんね」
オレはフードを取ろうと手を掛けるが、その手をミラとエミリーが止める。
「迷惑なんてことはありません。私はクロさんが嫌な思いをするくらいなら、と思っただけなんです」
「そーよ。意地? それが何? 迷惑? じょーとーよ! それがアンタの信念だ、ってんならとことん付き合ってやるわ!」
「二人とも……わぷ!」
具合が悪いはずのルーさんが起き上がってオレを後ろから抱きしめる。
「クロ、悪くない」
「はい、ありがとうございますルーお姉ちゃん。……でも重いのでちょっとのしかかるのは……!」
「…………おしおき(ぐだー)」
重いと言われてお怒りのルーさんが、さらに体重をかけて来る。
ま、まずい。オレの後頭部へ当たる桃源郷の感触が幸せすぎて力が抜けてしまいそうになる。
必死でオレが堪えていると、
「ちょっとアンタたち! 宿代払えないってどーいう事よ!」
「てぃ、ティム。いいんだよ」
少し離れた所で、何やら揉め事の気配がする。
「うるっせーなぁ。こんなボロ宿、泊まってやっただけでも感謝してほしいくらいだぜぇ? なぁ?」
「だぜぇ?」
「おうよ!」
「だから、泊まったなら 宿代払うのは当たり前でしょ!? アンタ、冒険者のくせしてそんな簡単なことも分からないわけ!? バカじゃないの!?」
「あぁ!? てめぇ、ガキだからと思って黙って聞いてりゃ……ぶち殺されてぇか!?」
「だぜぇ!」
「おうよ!」
「ご、ごめんなさい! お代はいりませんから! ほら、ティム! あんたも謝りなさい!」
「嫌よ! なんでこっちが謝るのよ母さん! 悪いのはこのゴロツキどもじゃない!」
どうやら、宿屋の親子が態度の悪い客と揉めている様だ。
怒っている少女は10~14歳くらい、赤茶の毛を三つ編みにした素朴な感じの少女だ。
お母さんに庇われながら、冒険者の脅しに屈せず抗議の声を上げている。
相手の男は、20~30くらいでソフトモヒカンのとても人相が悪い男だ。
男の後ろには仲間と思しき男たちがいるが、ソイツらもまったくケンカを止めようしない。
それどころか、いつでも男に加勢せんばかりの態度である。
「くはは……おいガキ。てめぇ、Dランク冒険者の俺様をその辺の飲んだくれと一緒にすんじゃねえよ」
「だぜぇ」
「おうよ」
「どこが違うってのよ! このごくつぶし!」
「てぃ、ティム!」
男の眉間に皺が寄る。
あ、アレはいけない。
とオレが思うのとほぼ同時に、エミリーが駆け出していた。
「エミリー!」
呼んでもエミリーは止まってくれない。
オレとミラは顔を見合わせてため息をついた。
ま、エミリーの熱血漢はいつものことだからしょうがないけどね。
「はぁ……ミラ行こうか」
「はい、クロさん。お姉さまは、ここで休んでいてください」
「ん……(ぐでー)」
ルーさんをベンチに寝かし直し、エミリーに続いてオレたちも走り出す。
あのままじゃ危ないもんね。
「いいだろう。じゃあ、俺様の実力見せてやるよ。てめぇの身体にたーっぷ「だっしゃー!」ふぇらぶびん!?」
「あぁ、遅かった!」
「知らない冒険者の方、ご愁傷様です……」
エミリーによる強襲で顔面をぶん殴られた男は吹っ飛び、建物の石壁に大きな穴をあけた。
死んではいないが気絶はしたようで、ぴくぴくと小さく痙攣している。
あ、危ないっていうのは相手の方ね? 南無三……
「ふぅ……アンタ大丈夫?」
「え、あ、うん」
「てんめぇ、よくもゲッスオを!」
吹っ飛ばされた男の仲間の一人が斧を振り上げてエミリーに襲い掛かる。
「――ふんっ!」
「危ない!」
オレは二人の間に割って入り、
「おりょ?」
「だぜぇ!?」
エミリーの蹴りを少し上に逸らし、斧を振り上げた男を足払いして転ばせる。
ブォオン! エミリーの猛スピードの蹴りが通り過ぎた。
オレが足を払わなければ、今頃男は脳髄をぶちまけていただろう。
「エミリー! それ普通の人相手だと死んじゃうから!」
「あら、ちょっと力み過ぎたかしらね?」
「あば、あばばばばばば………ばけも……ぐはっ!?」
小便を垂らして腰を抜かしている男のみぞおちに拳を入れて黙らせる。
それ以上言ったら、本気でエミリーにぶちのめされちゃうからね。
「……〝爆ぜよ〟! [リトル・ボムズ]!」
残ったもう一人の男は魔術師だったようだ。
男の発動した爆裂球の魔術が、こちらへ向かって飛んでくる。
しかし、
「やぁっ!」
ミラの放った矢が、オレたちの所へ到達する前の魔術球に当たって破裂させる。
「おうよ!? ま、まだだ、集え〝形無き〟ま――」
「させません!」
「りょぶっ!?」
ミラが続けて放った2本目の矢が男のお腹に的中、詠唱を阻害する。
哀れお腹を押さえて悶絶する男。
ふふふ、絶交のチャーンスだ!
「ていや!」
オレは魔術師の男目がけて新発明品を投げつける。
ちゃっちゃらーん! その名も【魔封珠(まふうじゅ~)】!
コレは内側の魔素を抜いて空にした魔物の魔核に魔術を詰め込んだマル秘アイテムだ。
珠が砕けるか、魔力を込めることで魔術が発動するようになっているのだが、今回込めておいたのは[アース・ニードル]、しかもオレの特別性で……まぁ、効果のほどは実際に見てからのお楽しみだ。
「…………[ポップ・アップ・エア]……がく」
「おぅょっ!?」
悶絶している男の足元で風が巻き起こり、男の足を絡めて体勢を崩す。
使ったのはベンチの所ででぐったりしているルーさんだ(今ので完全に力尽きたらしい)。
「あ」
その男の足元でオレの投げた魔封珠が砕け、地面が光り輝く。
スバン、と地面から突き出した土の鉄拳は、
「fしうfhs;rfjひあ;fj:あぎゅ!?」
吸い込まれるように体勢を崩した男の股間を抉った。
「おぉぅ……」
オレはまったく関係ないのに精神的ダメージを受けて自分の股間押さえてしまった。
あれは、痛い。
といっても、今のオレにはアレの痛みがもう分からなくなってしまった。
少し寂しい気も……いや、全然しないな。
「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……………………」
「えっと、ご愁傷様です」
いや、本当なら顎をアッパーカットして昏倒させるつもりだったんだ。
それがまさか、こんな事になるなんて……まったくいいデータがとれた(めもめも)。
と、言う訳で自称ランクD冒険者たちは、あっさりと全滅した。
オレたちの大勝利である。
「悪、即、バーン!」
「エミリー、ナニソレ?」
「何って、勝利のポーズ? ほら!」
「……ワタシはしないよ?」
「エミリーちゃん、ノリノリですわね。あ、私もしませんよ?」
「にゃ、にゃにおー!?」
「な、なんなのさ。アンタたち?」
腰が抜けて呆然としている宿屋の親子に、オレたちは答える。
というより、エミリーが答えた。
「ふっ……名乗るほどのものじゃないわ。でも、そうね。あえて言うなら〝エミリーと愉快な仲間たち〟のエミリーかしら?」
「いや、超名乗ってるし! しかもまだその名前引っ張るの!?」
「ええと、我々は、しがない冒険者ですわ」
宿屋の少女は、『はぁ』と気のない返事をして立ち上がるが、立ち上がると同時に素っ頓狂な声を上げる。
どうやら重大な事に気が付いてしまったようだ。
「あれ? あ……あーっ!? 壁!」
「壁?」
「うちの壁が壊れてる!?」
「「「あ」」」
男が突っ込んで大破した壁の上には〝宿屋・バートンの泊まり木〟という看板がかけられている。
壁から汚い尻を生やしているのは他でもない、さきほど初撃で吹っ飛んだゴロツキ冒険者だ。
そうした犯人はもはや言うまでもない。
「ねぇ、責任者、だれ?」
「く、クロかしら?」
「すっ(エミリーを指すオレ)」
「すっ(エミリーを指すミラ)」
「アンタだね?」
「こ、この裏切り者ども!」
「いやだって、〝エミリーと愉快な仲間たち〟なんでしょ?」
「うぐ、それは……!」
それにアレはどう考えても後先考えず吹っ飛ばしたエミリーが悪い。
オレなら、もっとスッマートに解決出来たはずだ。
少女は、命の恩人から器物損壊犯にジョブチェンジしたエミリーに詰め寄る。
「アンタ、名前なんだったっけ?」
「な、名乗るほどのものじゃにゃいわ!」
「観念しなよエミリー」
「誤魔化すのは良くありませんわ、エミリーちゃん」
「う、うらぎりものどもー!」
「うるさーい! いいからさっさと修理代払えこらー!」
結局、未払いだった宿代はしっかり(気絶している)男たち(の懐)から徴収して、宿屋の壁はオレが魔術で責任をもって直させていただきました。
いやぁ、[アース・ウォール]って、こういう事にも使えてホント便利な魔術だよね。
―――――
「アタシもここで寝る!」
「いやいやいや! 普通に部屋で寝てよ!?」
宿屋〝バートンの泊まり木〟の裏、納屋の目の前でオレはエミリーをなだめるのに必死だった。
「だって、アンタだけここなんて……そんなのおかしいじゃない!」
「なによ。うちのやり方に文句あるってんなら、出てってもらってもいいのよ?」
エミリーの言い方に不満があったのか、宿屋の少女ティムは不機嫌そうに言う。
せっかく宿が見つかったのに、少女の機嫌を損なって追い出されては元も子もない。
オレは必死だった。
「文句なんてないよね! エミリー、お願いだから部屋に戻って!」
「むぅ……!」
暴漢を追っ払い、なおかつ宿屋を修復し(原因はエミリーにあるけど)、暴漢たちから宿代を徴収し、更に賄賂としてヤヴァ肉を献上したことで、ようやくオレたちは本日の宿をゲットできたのだ。
ただ、
『世話にはなったけど、やっぱり獣人を一般の部屋に泊めるわけにはいかない。裏の納屋でもいいなら使ってもいい』
この皇都で獣人を宿に泊めたとなると、評判や信用に関わるそうだ。
オレとしても、早くルーさんを休ませてあげたかったし、オレ自身一人で考えたいことがあったし、むしろその条件でウェルカムだったのだが……
『納得いかない!』
と、エミリーが言い出したのはいつものことである。
「――それにね。ここそんなに広くないから二人で寝るのは大変なんだよ……主にエミリーの寝相が悪いせいで」
「な、なによその言いぐさ! ふ、ふん! 分かったわよ! アンタ一人だったら寂しいと思って言ってやったのに! だったら勝手にすればいいじゃない!」
エミリーはぷんすか怒って部屋に戻っていった。
まあ、エミリーもオレの為を想って怒ってくれていたことは解っている。
(ありがとう)
オレはエミリーに聞こえないように、その後ろ姿にお礼を言った。
「ミラ、後でフォローお願いしてもいい?」
「はい。エミリーちゃんには、明日にでも私からもお話しておきますわ」
「うん、ありがと」
オレは隣に立つミラに感謝する、が。
「でも、どうしてミラは枕を持ってるの?」
寝間着姿で、枕まで持参してきているミラにオレは尋ねた。
ミラはよどみなく、むしろ何を当たり前のことを聞いているんです? とでも言うかのように答えた。
「はい? もちろんここで寝るからですわ?」
「ミラまで!?」
オレは必死の説得でミラを部屋に戻らせた。
もし嫁入り前の娘を納屋で眠らせたなんてチェスターさんに知られたら、オレはもう大手を振ってあの屋敷に戻ることができなくなってしまう。
オレも嫁入り前の娘だって?
オレに嫁入りなんて絶対ないからいいんだよ!
「変な奴らね。獣人に同情するなんて」
「そうかもね」
皇都では、こんな子どもにまで差別意識が芽生えているのか。
少し残念にも思うが、こうして納屋とはいえ屋根付きの部屋を貸してくれたんだ。
まだ、手遅れという訳ではなさそうだ。
何せ皇都のほとんどの宿屋が、獣人立ち入り禁止か、獣人は表に繋いでおくべしとなっていた。
そんな中、納屋とはいえちゃんと眠るための環境を用意してくれたのだ。
「泊めてくれて、ありがとう」
「ふん! こんな所を使って感謝するなんて、ほんと獣人は卑しいわね!」
オレは苦笑いしながら納屋のドアを開けた。
「ん、クロ、遅い」
信じられるだろうか?
そこには丁寧に布団を引いて寝そべっていたルーさんの姿があった。
「た、大変ですクロさん! 部屋にお姉さまがいませ……お姉さま!?」
「なによルーミア! 一人だけ楽しそうな事してずるいわよ! アタシもやっぱここで寝る! こっちの方が面白そうだわ! 狭いって文句言うならクロは外で寝なさい!」
「え!? 実はエミリーここで寝たかっただけなの!?」
「そうよ?」
「オレへの同情とかは!?」
「なんの話よ?」
「酷くない!? エミリー超酷くない!? ミラもなんか言ってやってよ!?」
「大丈夫ですクロさん。二人で寝れば外でも寒くありませんわ」
「そしてなんでミラはワタシと一緒に外で寝る気満々なの!? お願いだから布団を敷き始めないで! ほら睨まれてる! 睨まれてるから!」
いつものようにオレたちがバカ騒ぎをしていると、睨んでいたティムがはぁ、と息を吐いた。
宿を閉めだされるのかと思って、オレはびくびくしていたが、そんなことはなかった。
「ホント、変な奴ら!」
呆れたのか、ティムはそれ以上何も言わずに宿に戻っていった。
その後どうにかルーさんを部屋まで運び、ミラを部屋まで送り届け、エミリーを閉め出した。
「疲れた。皇都を歩き回った時より、何十倍も疲れた……」
みんなが大人しく寝るまで一度オレは鍵(と言う名のつっかえ棒。主に仲間の侵入を防ぐために用いられる)をかけて寝たふりを決め込む。
人払いをするだけのつもりだったのに、えらく疲れた。
本当ならとっとと眠りたいのだが、そういう訳にもいかない。
オレにはまだやるべきことがあるのだ。
「そろそろいいかな?」
オレは外へ出て宿屋の様子を伺う。
ミラたちの部屋はしん、と静まり返っている。
うん、問題なく寝てくれたようだ。
「じゃ、行きますか」
オレは身支度を整えると、夜の皇都へと繰り出した。
どうしても心残りが一つある。
それを済ませなければ、オレは先に進めないと思っていたのだ。
(せめて、お墓ぐらい……ね)
それぐらいしか、今のオレには出来ないから。
見上げた星空は城壁によって切り取られ、今まで見てきたどの星空よりも小さかった。
――結局オレが帰って来たのは、徐々に空が明らみ始めた頃。
満身創痍のオレは、藁で作ったベッドの上に倒れこむように寝てしまった。
ちなみに3バカ冒険者の名前は、リーダー格の男が盗賊の『ゲッスオ』、斧使いの戦士が『ズック』、魔術師が『スカー』です。かなりどうでもいい話ですが。




