黒の系譜02-11『神音』
さて、こっからはクロのターンです。
性懲りもなく頑張りました。
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※8/19 【隷属の首輪】を【従僕の首輪】に修正しました。
[ブレイジング・クロス]を[ブレイジング・クロイツ]に修正。同じ話中でまちがえるってどうなの自分!?
薄暗い教会の中は、身の毛がよだつほどの静けさがあった。
教会の厳かさなどどこへやら、微かに灯る蝋燭の光は不気味に揺らめき、祭壇にいる者の影を怪しく映し出していた。
「おや、おかしいですな。今宵は大事な儀式があるので誰も通さぬよう、サーラたちには厳命していたはずでしたが?」
「彼女たちなら、オレの仲間たちと表でどんちゃん騒ぎしてるよ」
「どおりで外が騒がしいと……やれやれ、言いつけ一つ守れんとは、あとで厳しい躾が必要ですな。――それで、クローディア様はこんなお時間に何用で?」
「用か……そうだね懺悔室は空いてる?」
オレはゆっくりと祭壇へと歩き出す。
暗いので顔は良く見えないが、声色から上機嫌であろう事は聞き取れる。
「教会は迷える者をいつでも迎え入れますとも。それで、以前申し出を断った事を懺悔されるおつもりですかな?」
「違う」
オレは祭壇の上からこちらを見下ろしているロリエルを指さす。
「懺悔するのはお前だ! この変態神官!」
「ぐひょひょひょ! 言うに事欠いて神に仕える聖職者の私めが変態? 悪い冗談だ!」
近づいてやっと見ることが出来たその醜い顔に、苛立ちを覚えたオレは近くにあった椅子を思い切り叩き割る。
こんなヤツを、知らなかったとはいえ一時でも立派だと思った自分が腹立たしい。
そして、平然と自身を聖職者と語っていることが、何より許せなかった。
「冗談と笑って済ませられる話だったらどれだけ良かったか! 罪もない子たちを隷属させて、己の欲望を満たすためだけに扱うなんて……!」
「それはとんだ誤解です。私めは、哀れな子どもたちを引き取り、神の僕として修業させていたにすぎません」
ロリエルは嗤う。
「だってそうでしょう? 無知で浅はかで卑しい獣などが、虐げられるのは自然の摂理。女神も祝福を与えて下さるわけがないのです! だから私はあのゴミどもの身体を私自らの手で清め、女神からの祝福が得られるようにしてやったにすぎませぬ。そう私はあの惨めな牝たちに、祝福を、生命を、生きる価値を与えてやったのです! そんな慈悲深い私が称賛されこそすれ、どうして非難されると言うのでしょう!?」
「もういい。聞きたくない」
聞いているだけで耳が腐りそうだった。
「だと言うのに貴様は! 私の海よりも深き慈悲を断った! なんと嘆かわしい! 私に救われるべき貴様が! 私に縋るべき貴様が! なぜ私と同じように立ち、同じ言葉を喋り、同じ空気を吸っている!? 神の僕でも何でもない貴様が! この神を指さし、糾弾する? そんなことがあるはずがない、いやあっていいはずがない!」
「いいから黙れ! でないと、ただじゃおかない」
オレの堪忍袋の緒は、もう限界だった。
「しかし神は寛大だ。今すぐ我が前に跪き、足を舐めて懺悔せよ。さすれば貴様の卑しき身も、清めてやってもよいぞ? 貴様からは、極上の牝の香りがするからなぁ……一晩かけてじっくり、たぁーっぷり、清めてやるぞぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」
警告はした。
「[ウィンド・カッター]」
「ぶひゃ、ひゃぁっ!?」
オレがスペルワードを唱えると、風の刃がロリエルの頬を切り裂いた。
どす黒い血が飛び散り、ロリエルは信じられないという顔でオレを睨みつける。
「え、詠唱なしで魔術だと!? そそそそれにきききき貴様! かかかか神たる私に傷をつけるなど……!」
「黙れって言ってるだろ。薄汚い豚野郎。[ウィンド・カッター][ウィンド・カッター][ウィンド・カッター]……」
「ひっ! ひゃげ! ひぎゃっ! ひぎゅっ!」
オレの放つ風の刃が、ロリエルの手を、足を、体を、少しずつ一閃する。
殺したり、致命傷になるような傷は与えない。
こんなヤツ、殺してやる価値もない。
ただ今まで自分がやってきたことを死ぬほど後悔させてやる。
「や、やめっ! ひぃっ!」
「[ウィンド・カッター][ウィンド・カッター][ウィンド・カッター][ウィンド・カッター]……!」
恐怖に顔をゆがめるロリエルに、オレは容赦なく魔術を叩き込む。
体中を血や汗や尿まみれにしながら、ロリエルは丸くなって震えている。
こんなヤツに、あの少女たちが食い物にされていたかと思うだけで虫唾が走る。
「やめい! やめろっ! やめねば…………そ、ソイツもただじゃ済ませんぞ!」
「あ?」
ロリエルの喚き声に、オレは魔術を止めた。
「ぐひゅ! そういえば貴様、こやつとは知り合いだったなぁ?」
ロリエルはよたよたと立ち上がり、勝ち誇ったように嗤うと、じゃらじゃらと鎖を引っ張る。
その先にくくりつけられていたのは、
「シャル!」
あの大事にしていたボロボロの服を切り刻まれ、放心した様子でされるがまま立ち尽くすシャルだった。
鎖は彼女の首元、あの〝モミジの飾りがついたチョーカー〟に繋がっていた。
「お前! シャルにまでその首輪を!」
「おっと、口のきき方には気をつけ為されよ? 神の御前だ、そうだろうシャァールゥ?」
「……はい、神官さま」
ロリエルの言葉に、まるで感情の込もっていない声で応えるシャル。
遅かった。
既にシャルは【従僕の首輪】によって支配されているようだった。
「――っシャル!」
「無駄ムダむぅーだぁ! 儀式を終えた今、シャルはもう神の下僕だ。やれやれ……〝神僕の儀〟だけでも終わらせておいて助かった」
シャルは、オレの声に応えない。
それでもオレはシャルを助けると決めたんだ。
「シャル! いまたすけ――」
「だから、動くなと言っているだろう? さもなければ――」
ロリエルが鎖を引っ張る。
するとシャルは機械のような動きで、祭壇上に置かれていた短剣を手に取り、
「思わず『死ね』と命令してしまうかもしれんぞ? ぶひゃひゃひゃ!」
自身の首元へ突きつけた。
オレは、飛び出しそうになる足を必死で地面に縫い付ける。
「最低だよ。アンタってヤツは」
「だから口のきき方には気をつけろと言っている。シャァールゥ……髪を、切れぇ」
「……はい、神官さま」
シャルはなんのためらいもなく、自身の髪を切った。
オレは歯を食いしばり、必死で自分を抑え込む。
「これで分かっただろう? コイツはもうワシの奴隷、おっと間違えた。神の僕だ。ぶひゃひゃひゃひゃ!」
シャルの髪を汚い舌でなめまわすロリエル。
今すぐあの舌を引っこ抜いて、汚い口を縫い付けてやりたかった。
だが、オレは堪える。
「さぁて、賢い貴女の事だ。ぶひゃ! どうすればいいか、わかるだろう、ん?」
シャルを盾にとって安心したのか、ロリエルはオレに近づいてくる。
「ぺっ!」
至近距離で浴びせられる腐ったドブの臭いのような口臭に吐き気を催したオレは、唾を吐きかけた。
ロリエルは頬に付着したオレの唾を舌でなめとると、オレの頬を平手打ちして命令する。
「…………頭の悪い牝猫だ。シャル、自分の腕を切れ」
「……はい神官さま。 ――っう!」
シャルが機械的にナイフで自分の腕を切り付けた。
内心オレは舌打ちする。
こいつはシャルを傷つける命令に躊躇わない。
何かあれば、本当に何の抵抗もなく、『死ね』と命令するだろう。
結局こいつにとって獣人たちは己の自己顕示欲や自己満足といった欲望を満たすための道具でしかなかったのだ。
「諦めよ。貴様はもう神に救われる以外の道はないのだ」
十分にわかった。
コイツがとんでもない外道野郎だと。
ロリエルは懐から真新しい首輪を取り出し、手の上で弄ぶ。
「神は寛大だ。貴様には特別に二つ、選択肢を与えてやろう。一つは自らこの神の僕たる証を身に着け、己の全てを捧げると誓う事。もう一つは神の手によって証を与えられ、全てを捧げると誓わさせられること。さぁ選べ、惨めで愚かで卑しい者よぶひゃはひゃひゃひゃはひゃ!」
コイツの言うとおり、オレは諦めることにした。
シャルを救うには、もうそれしか方法がないのだから。
「…………」
「ほぉ、自ら証を求めるか? 善きかな善きかな。それでこそ神の僕に相応ぶひゃひゃ! さぁはやぶひゃ! その身をささぶひゃひゃひゃひゃ!」
オレはロリエルの手から【従僕の首輪】を受け取ると。
「[ブレイジング・クロイツ]」
「ぶひゃ?」
スペルワードを唱えた。
たちまち炎がオレの手の中から立ち上り、巨大な火柱となる。
更にそれは炎の十字架となって、汚らしい首輪を消し炭に変えた。
状況を理解できず、ロリエルは馬鹿みたいに口を開けたまま、腰をついた。
「こ、これは旧魔術……? い、いやそ、そんなことより貴様ぁ! 何をしたか分かっているのか!」
そう、オレはもう諦めた。
こんな豚野郎でも、少しは人間らしい感情があるかと、わずかにでも良心があるかと期待していたが、無駄だったようだ。
会話は人間の持てる最高の平和解決の手段らしいが、豚野郎相手には意味がない。
だったら、もう容赦も手加減もしない。
「よ、良かろう! 貴様がそのような態度を取るなら、こちらにも考えがある! シャァールゥーーーー! し――」
「[アクア・ドロップ]」
「ぬがっ!? ぼぐぁぼがぼが! ごぶっ!」
オレが唱えると、ロリエルの顔が水球で包み込まれる。
案の定、声を出す事はおろか、まともな呼吸さえできなくなったロリエルが命令を出すことは出来ない。
溺れる虫のように、必死で宙をかき分けるロリエルを無視して、オレはシャルに駆け寄った。
「シャル、助けに来たよ」
「…………」
シャルは答えない。
とりあえず腕の傷を治すため[ヒール・リング]をかけ、続けて[アナライズ]で状態を確認する。
案の定【特殊状態:隷属】という表記が目に入った。
オレはすぐに首輪を外そうと手を伸ばすが、バチィ、という音と共に弾かれてしまう。
ならばとばかりに魔術で切ろうとしたが、コレもダメ。
不可思議な力によって魔術がかき消されてしまう。
(ちっ、これが〝装着者の命がある限りはずれない〟ってヤツか)
先ほどオレが燃やした首輪は、効果を発揮する前だったためあんなに簡単に処分ができた。
なのに装着された途端これほどとは……厄介だ。
団長さんが『急げ』と言っていた意味をようやく理解した。
「だったら、[ディスペル][キュア・ボディ][メディック]」
思いつく限りの状態回復魔術を使ってみるが、どれも効果はない。
というより不思議な力でかき消され、まともに発動もしない。
「そうだ――[アンチ・カーズ]!」
オレは咄嗟に思い出した解呪魔術を発動してみる。
まばゆい光が瞬き、一瞬効果がありそうに見えたのだが、聖なる光はすぐに弾け霧散してしまった。
これは思った以上に厄介なアイテムである。
こうなると、やはりロリエルに外させる以外方法はなさそうだ。
「シャルごめんね。[スリプル]」
「…………すぅ」
シャルが握っていたナイフが大理石の床に落ち、金属音が教会内に響く。
意識を失ったシャルの身体を受け止め、オレは入り口近くの長椅子に眠らせた。
ロリエルに命令されて暴れられても困るからだ。
「[エー・ティー・エフ]」
オレは静かに眠るシャルの周囲に結界魔術を施す。
かなり頑丈に造ったので、これで多少暴れてもシャルには傷がつかないはずだ。
「もがが! もが!」
あぁ、忘れていた。
ロリエルはもがいた挙句に祭壇下まで転げ落ちてきていた。
「しぶとい奴だ。ま、今はそれで良かったんだけど」
ロリエルは首を掻きむしって、顔を真っ青にしたまま悶絶しているが、まだ生きてはいた。
コイツにはシャルの首輪を外させたり、色々させなくてはいけない事がある。
まだ死んでえ貰う訳にはいかないのだ。
オレは先ほどまでシャルが握っていたナイフを拾い上げると、ロリエルの口元めがけてナイフを突き立てた。
ナイフが突き刺さると、水球はパァンと音を立てていとも簡単に弾けた。
「ごぼっ! ごぼぉぁ! ぎ、ぎざまぁ!」
「うるさい」
「ヒィッ!」
オレはナイフをロリエルの口に突っ込む。
少々口の中を切り、ロリエルののどから悲鳴が漏れるが、オレは気にしない。
「選ばせてやる。大人しくシャルを解放するか。自分からシャルを解放したいと思うまで苦しむか」
「あが、あがががが!」
ロリエルは恐怖と恥と怒りの混ざった目で、オレを睨んでいる。
「さあ、選べ――」
青ざめた顔で目をぐるぐるさせていたロリエルの目が、不気味に裏返った。
そして、
「ぐひゅ♪」
壊れたように笑い出し、口の中のナイフを噛み砕いた。
「ぐびゅぐあががげびぇびぇびぇびぇびゃ!」
――コイツは危険だ!
脳内にシグナルが流れ、オレはロリエルから距離を取る。
「がひゅ! ごのばだじが! ごぼぉ! がびであずごのばだじがぁ!」
ボロボロの服で、焦点の合わない瞳で、口から大量の血を吐き出しながら、狂ったように叫ぶロリエル。
その姿はあまりに異常。仮にも聖職者だった時の面影は何もない。
ロリエルは懐から取り出したポーションを己の血と一緒に飲み干し、醜く嗤う。
「げふっ! がふっ! 貴ざまのようなごむずめに……! っふー、良いようにされる筈がない!」
ロリエルは空になった瓶をオレに投げつける。
それをオレは軽く首を振って難なく避けるが、その際に頭のフードが取れた。
「その姿……? 貴様、人間だったのか?」
「変な事を聞くね。獣人だって人じゃない? っていうか、オレは最初から自分が猫族なんて言ってないけど? 勝手に勘違いしたのはそっちでしょ?」
驚愕の表情と共に、オレの顔を見て頬を緩めるロリエル。
どうやら気持ち悪いことにオレの素顔はお気に召されたようだ。
「……そうか! 無詠唱による魔術に、人間離れした身体能力、ただの少女とは思えぬ知恵にその美貌……! 貴様が、いや貴女様が〝スーサの聖女〟であらせられるか!」
合点がいったと微笑むロリエルだったが、その瞳の濁り方は聖女を前にした敬虔な信徒の物ではない。
「ぐひゅ! ぐひゅひゅひゅひゅ♪ 私はやはり神に選ばれたのだ! あの聖女が自ら神の元を尋ねようとは! まさに奇跡! これぞ運命! ぐひゅひゅゆひゅ! 我らは出会うべくして出会ったのだ!」
涙を流しながら、そんな戯言を言うロリエルをオレは締め上げた。
オレの正体なんてどうでもいい。
今はシャルの話をしていたはずだ。
「じゃあその聖女が命じる。ロリエル、シャルを首輪から解放しろ。他の神官たちもだ」
「ぐひゅひゅひゅ♪ おぉ神よ、いや神はわたしか? いやわたしが神か? ぐひゅひゅひゅ……♪」
「聞いているのか!?」
「かみみかみかみかかかかみみ……げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
オレはロリエルを床に叩きつけ、馬乗りになって詰め寄る。
しかしロリエルはむしろ苦しむどころか、恍惚とさえしている。
ダメだコイツ、本格的に手遅れだ。
「げひゃ? おや、これは? あぁ、なんという事だ…………」
ロリエルは大げさに嘆き、顔を手で覆う。
ただしその口元だけは嗤っていた。
「この聖女は、違う」
「違わないさ。これがお前たちの言う聖女様だよ」
「ちがひゅぐふ! 貴女は、いやお前はあまりにも穢れている! 俗世に産まれたせいで、獣を友と呼ぶような醜い心を持っていがぶぁ!」
オレは思い切りロリエルの頬をぶん殴った。
もう我慢しない、これはお前がいま馬鹿にしたシャルの分。
「がふっ! ごふっ! ごべっ! がびゅ! がぼ! ごが! げひゅ!」
それにエミリーや他の団員の分、団長さんの分に、神官さんたちの分。そしてさっきオレがぶたれた分だ。
残念ながら、オレは神さまみたいに左の頬をぶたれたら右の頬を差し出すような愛の心を持っていない。
左の頬をぶたれたら、左の頬をぶん殴る。おまけに右の頬も殴って倍返しだ。
「けが、れている! ぐひゅひゅひゅ……♪」
死なない程度に手加減はしたつもりだが、少しやり過ぎただろうか?
壊れたように笑うロリエルは、不気味以外の何者でもない。
「私が清めなくては……」
「いいから早くシャルを……」
「わたわたしががっがががあ! きよき、きよよよっよきよめなけけえければばばばば!」
壊れたテープレコーダーのように、繰り返すロリエルは懐から真っ黒なネックレスを取り出した。
また【従僕の首輪】かと思って身構えたが、全然違う。
「きょこきょこここここうがっがからううううげたままままったこのちがらぁぁぁぁぁああぁぁ!」
アレはもっと禍々しい何かだ。
「待て! それは使っちゃ……!」
「かみよよよっよおよ! わだぢをしゅくくくふくぜせぜえぉお!!!!!!」
ロリエルの叫びに呼応して、ネックレスの中心にはめ込まれた黒い魔石から、どす黒い泥のような闇が溢れ出した。
ヘビのようにオレの腕に絡みつこうとするそれを振り払い、ロリエルごと壁へ叩きつける。
べしゃっ、と壁に背中から張り付いたロリエルは、奇声をあげたままネックレスから溢れだす闇に呑みこまれていった。
完全にロリエルを飲みこんだ闇は、中の物を咀嚼しているかのように蠢く。
しばらくして、真球に近い形になったその闇は、ドクン、と大きく胎動した。
そして、
「GURUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUA!」
中で得体のしれない何かが咆哮する。
嫌な予感が止まらない。
(あれを野放しにするのはまずい!)
直感的にそう判断したオレは先手封殺とばかりに、魔術をたたき込む。
「[アース・ニードル]! [ウィンド・カッター]! [ブレイジング・クロイツ]!」
黒い球体を地面から延びた何本もの棘が貫き、風の刃で幾重にも斬り裂かれ、トドメとばかりに炎の十字架で焼き付くす。
爆音をあげて周囲の物を吹っ飛ばした炎の十字架が消えたとき、
「マジか……」
そこにはまだあの黒い物体が残っていた。
形を少し波立たせたはしたが目立った傷はなく、すぐに真球に戻って変わらず壁に張り付いている。
それどころか、先ほどより二周り近く大きくなってすらいる。
「グブブブブ……ヂガラガミナ゛ギル゛ゥゥゥゥゥ!」
ひどく皺枯れたおぞましい濁声が、球体から発せられる。
「間に合わなかった……!」
オレは覚悟を決め、その異形と相対する。
「グブブブブブ! ゴレガァ! ガミノヂガラダァァァァァ!」
デロン、と球体は壁からはがれ落ち、地面にぶつかってベシャっと潰れる。
しかしそのままもぞもぞと盛り上がっていき、真球となる。
そこから今度は短くて太い手足のような物が生えてきた。
「ゴギゲンイガガガナ? ゼイジョォ? オデザマバ……ザイゴォダッァァァァァァ!」」
そして頭頂部に2対の蝙蝠の羽のような物を生やした、イボガエルのような顔がにょきっと生えてきた。
終始気味の悪い奴である。
「グビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャビャ!」
そのかつてロリエルだったモノは、紫色の瞳を輝かせ、裂けたような口から汚い粘液を吐き出しながら嗤う、嗤う、嗤う。
「グブブブブ! イイギブンダァ! ザイゴウノギブンダァ! ゴレゾガミノジンノズガダァ!」
「でっかい炎! [ファイア・ボール]」
愉悦に浸る不気味な生き物の顔面めがけてオレは問答無用で特大の炎弾をぶち込む。
爆音をあげて炎弾は命中、醜い顔を炎で包み込む。
しかし、
「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛? ナニガジダノガ?」
そいつは顔を燃やしながら、何事もないかのように首を傾げる。
かと思えば、大きな口を裂いて、炎を丸呑みした。
うげ、おまえは世界びっくり人間か!
ゲップ代わりに軽く炎を吐き出すと、ソイツは不気味に嗤う。
「グブブブブ! オザナゴノマリョグノナンドビミナゴドガ! ザイゴウダ! モッドグワゼロォォォォォ!」
脂肪の塊のような全身をブヨブヨと波立たせながら、ソレはオレの方へ突進してくる。
「言うことがいちいちキモいって! 針山! [アース・ニードル]!」
オレは奴の胴体めがけて何10本もの石棘を繰り出す。
四方八方から飛び出した石棘に貫かれれば、少しは足止めできるかと思ってのことだ。
しかし、その醜い身体が止まることはなかった。
棘が黒い身体に突き刺さったかに見えたが、ズブズブと音を立てて身体は前進してくる。
どうやらアレの身体は普通の生物とは違い、スライムのように不定形の物体の集まりになっているようだ。
どれだけ縫い止めても、間をすり抜けて来るのでは意味がない。
(物理が効かないぢ、あの見た目……エミリーだったら卒倒してるな。なら!)
ブヨンブヨンとこちらへ寄ってくる巨体めがけ、オレは魔術を発動する。
「胴体一閃! [ウィンド・カッター]!」
巨体の胴を一薙するように、オレは風の刃を放つ。
「バ?」
見事に身体を両断されたソレは、突進してきた勢いそのままに、上半身だけべしゃ、と地面に落ちて潰れた。
頭からぐしゃっといっているので、普通なら一発でお陀仏コースだろうが。
「やったか! ……って、結構なダメフラグだよね」
そんなセオリーを目の前の怪生物が知っているかは不明だが、ダメだったことは一目瞭然である。
斬られて地面に潰れた上半身に、ヨタヨタと近づいていく下半身。
そして綺麗に平らになった切り口から、無数の管のようなモノが伸びると、地面に広がる黒い固まりとつながり、見る見る元の形へと戻っていく。
「グブブブブ! ムダダァ! オレザマバガミダァ! ガミバジナヌゥ!」
「神どころかどうみても悪魔だって……! 極大! [シャイン・レイザー]!」
やはり肉体的なダメージを与えても効果はない。
ならばここは王道に乗っ取って、闇属性っぽい敵には光属性だ。
そう考えたオレは直径1メートル近い極太の光のレーザーをロリエルに発射する。
レーザーは間にあった長イスを焼き切りながらロリエルへ一直線に向かう。
(これなら!)
しかし、ロリエルは動じない。
「グァバァ♪」
それどころか、醜く顔を崩すと腹部をまるで口のように開き、レーザーを受け止める。
否、
「マジか……それはちょっとないわー」
美味しそうにレーザーを呑んでいる。
先ほども[ファイア・ボール]の炎を呑み込んでいたし、まさか魔術も効かないというのだろうか。
「くっそー。チート野郎め! だったら作戦変更! [アナライズ]! ……ってか、最初からこうすれば良かったんじゃ?」
オレは弱点を探るため、ロリエルの【ステータス】画面を開く。
しかしソレを見てオレはまた言葉を失った。
【ロ■エル・デモノ:Lv.■■
種■:創■魔■族
弱点:魔核
万■の■石の発動によって■■化した元神官。己の身に■る欲■を肥大化させ、■■となった■い心の持■主。
固■の形を持■ない魔力体であ■ため物理■撃は無効■され、また魔力を■収し己のエ■ルギーと■て変換■るため魔■も効■がほとんどない。
唯一の■点は■■だが、■■に■1■■■の魔核を■■■■、倒す■は容■■■ない】
ありえない事だが、【ステータス】画面が文字化けを起こしている。
というより、黒い色で所々塗りつぶされたり、後から無理矢理書き足したりしたかのような、そんな不自然さだ。
こんな事、あのリリメの時ですら、起こらなかった。
あまりに異常。
目の前の相手はそういうレベルの相手ということらしい。
(でも、弱点らしき物はわかった)
何とか解読できる範囲で、弱点が魔核だとわかったのはありがたい。
いくら不死身に見えても、ちゃんとコアは存在している。
攻略の手段はあると言うことだ。
「細部集中! [ポケット・ソナー]!」
「グブ?」
オレは目に魔力を集中させた[ポケット・ソナー]でロリエル・デモノを看る。
先ほど胴体を石棘で滅多刺しにしても、魔核は破壊できなかった。
上半身が潰れたときにも、魔核は見つからなかった。
と言うことは魔核は別の場所にある、もしくは体内を移動するタイプなのだろう。
ならば、だ。
「これで……お前の弱点はまるっとお見通しだ!」
魔核にはどうしても魔力が集中する。
ならばこの精緻スキャンできる[ポケット・ソナー]ならいとも簡単に見つかる。
「お見通し……だ?」
はずだった。
「グブブブブブブブブ♪ オデザマノジャグデゥン? ナンダゾレバァ?」
「うそ、でしょ?」
オレの目に映るロリエル・デモノの身体は、まるで夜空。
まばらに散らばる均等な輝きの魔力の光の中に、魔核らしき物は見あたらない。
オレは精度をもっと集中させるが、星のような光の数が増えただけで、やはり魔核らしき物は見つからない。
「ギバズンダガァ?」
「しまっ!」
気がつけば近距離まで接近していたロリエル・デモンの腕に、オレの首が締めあげられる。
「イッダダロォ? オデザバハガミダァ! ジャグデンナド、アルワゲガナイィ!」
「ぐ、がはっ!」
オレの首もとで蠢く黒い闇。
もぞもぞと這い回って大変に気色が悪い。
すぐさま逃げ出したいのだが、息ができず魔術の発動ができないため腕を振り払うことができない。
オレ、超ピンチ!
「グブブブブ! ゴノママ、ドリゴンデヤルゥ! イギデイルヨウジョバ、ドンナアジガズルノダロウナァ♪ グビャビャビャビャビャ!」
(ひぃ! キモチワルイ! なななななにか、なにか武器になるようなもの……!)
ロリエルの腕から這い寄る闇が、オレの身体をゆっくりと嬲るように徐々に広がっていく。
このままでは本当にジ・エンド。
酸素が足りず、ぼーっとしてくる頭で、必死に何か手はないか考える。
(あ……れは…………?)
顔の辺りまで闇が這い回ってきた所でオレの視界に入ったのは、先ほどロリエルが使っていたポーションの瓶だ。
そうだ、まだあるじゃないか。最高の武器が。
とはいえ、こんなことは試した事もない。
当たるも八卦、当たらぬも八卦、こうなればもう一か八かの賭けだ。
「と、ぎ……すま、す!」
「グブブブブ♪ モウズグ、モウズグオバエバワダジノモノニィィィィィ!」
意識を手に集中する。
「い、めーじ!」
「オウジョウギワガ、ワルイゾォォォォォ!」
残っている精神力を、全て注ぐ。
「いっ、けぇ!」
「バヤグドリゴマレェ…………オ?」
ザシュ、と言う切断音。
視界が真っ赤に染まる。
「ざ、まあみろ!」
オレの体は力なく地面に落ちる。
「ギギギギギザバァ!」
だが、オレを浸食しようとしていた闇は本体から離れたことで、それ以上の広がりはみせなかった。
「ブギダドォ!? ゴンナモノォ! ドゴニガグジモッデイダァ!?」
ロリエル・デモンの腕を両断したのは真紅の刃。
真っ赤に透き通る刀身はルビーの様。
柄も鍔もないその貫き身の刃は、
「げほっ、げほ! ……こちとら魔力にだけは自信があるもんで」
オレの手の中の魔製珠から生み出された物だった。
「名付けて、魔製剣! そのまんまだろ、ってツッコミは受け付けない!」
――闇に完全に取り込まれそうになったあの瞬間、ポーションの瓶を見てふと思った。
そういえば、魔製珠で生み出す物はある程度形が変えられる、と。
ポーション瓶のような形からドロップのような球体、ミルトさんが作り出したハートのような複雑な形まで様々だ。
だったら、剣も作り出せるのではないか?
後はもう賭けでしかなかったが、結果は成功。
魔製珠から延びた刃は、ロリエル・デモンの腕を見事に両断した。
「オ、オノレェェェェ! アドズゴジダッダドニィィィィ!」
「やれやれ、ホントに食われるかと……」
「(うぞうぞ)」
「ぎゃー!? 本体から離れたのにまだ動いてるき、気持ち悪い! [リ・フレッシュ][リ・フレッシュ][リ・フレッシュ]!」
オレは魔術で体表を這っている黒い物を念入りに洗い流した。
さっぱり綺麗になったはずなのに、まだうぞうぞとした感触が残っている。
「うぅぅぅぅ…………早く帰ってお風呂に入りたい」
だがそのためには目の前のヤツを何とかしなければならないと言うより全てコイツのせいじゃないかちくしょう!
「悪いけど、さっさとご退場願おうか。――主にオレの精神衛生のために!」
「グブブブブブ! ゾレバムリダァ!」
斬ったはずのロリエル・デモンの腕が、再び生えてくる。
てゆーか、うん。
あの程度じゃ倒せないのは分かってたし。
「オデザマバジナナイィ! ナニヲヤッデモムダダァ!」
「たしかに。刺しても、斬っても、潰しても、焼いても、光魔術でもダメ。おまけに弱点のコアが見つからないと来た」
なんて無理ゲー。いいや、クソゲーと言ってもいいレベル設定じゃないか。
これがゲームなら負けイベントの可能性も考えるが、現実はそんなに甘くない。
負け=死。というか、コイツ相手だとそれ以上に最低の結末が待っているだろう。
だが、
「ダッダラァ、オドナジグオデザマニグワレロォ!」
「それは、御免こうむる」
それならこっちも手段は問わない。
目には目と歯を、歯には歯と鼻と目を。
相手が化け物に成り下がったゲス野郎なら、こっちはそれ以上の地獄を見せてやる。
「(すっ)」
「アァ? ナンダゾノデバァ?」
オレは右手を広げてロリエルへ突きつける。
「マッデグダザイィ、ドデモイウヅボリナラァ……ゼ、ゼンラニナッデイノヂゴイズレバァ。ズ、ズゴジバマッデヤルゾォ? グババババババババババ!」
「――5分」
「アァ?」
オレは目の前の汚物を見下して言う。
「5分で終わらせる」
もうそれ以上、コイツに付き合ってやる時間はない。
「ヂ」
ロリエル・デモンはみるみると表情を変え、憤怒の形相となる。
「ヂョウジニノドゥナァ! ゴノメズブダガァァッァァァァァ!」
怒りに身をやつし、オレへ突進してくるロリエル・デモン。
オレはその哀れな思考回路に嘆息すると、
「[リ・ジェネレート]」
自身に魔術をかけた。
この[リ・ジェネレート]は字で何となく分かると思うが回復魔術の一種だ。
効果を分かりやすく言うなら持続回復。
30秒間の間、少しずつであるが持続的に体力を回復し続けてくれる。
「グブブブブ! ゴゴデガイブグゥ? ヂマヨッダガーー」
「精製、型式〝サーベル〟」
オレは言いながら、細身の刃をイメージする。
たちまち結晶化した紅い剣は、刀身と柄が最低限あるだけの恐ろしくシンプルなサーベルだ。
だが、今はそれだけで十分。
「ゾンナビンジャグナゲンデナニガァ!」
オレは答えることなく、叫ぶ。
「[ムーン・スラッシュ]」
スキルアシストによって、オレの腕が瞬速で振るわれる。
「ア゛?」
紅いサーベルから放たれた弧月状の軌跡が、衝撃波となってロリエル・デモノを縦に両断する。
オレは手の中の剣を床にたたきつけて消すと、突進の勢いそのままに迫る敵を睨みつけた。
「精製、型式〝ツヴァイハンター〟」
オレは両手剣をイメージする。
精製されたのは、オレの身の丈よりも大きな紅い両手剣。
剣というより、巨大なガラス片に申し訳程度に持ち手をつけただけのものに見える。
だが、今はそれだけで十分。
「[八咲斬]
スキルアシストに引っ張られ、オレの身体が宙へ舞う。
常人では有り得ない動きに身体がみしみしと悲鳴をあげるが、[リ・ジェネレート]の効果で徐々に回復される。
剣を振り抜く勢いで空中を回転しながら縦横斜め、八等分するようにロリエル・デモノを切り裂く。
着地と同時に地面に剣を叩きつけたオレは、すぐにロリエルへ向き直る。
「精製、型式〝ダガー・ツイン〟」
慣れた得物はもはやイメージすら必要ない。
両手に現れた二対の紅い短刀を手に、オレは瞬時に間合いを詰める。
「[キリング・ダンス]」
片足で踏み切り、スキルアシストによって、オレは凶刃の旋風と化す。
何が起きているのか、理解が追い付かないであろうロリエル・デモノの身体を微塵切りに蹂躙していく。
無理な動作の繰り返しに身体を激痛が走るが、徐々に回復はされている。
それでもそろそろ身体へのダメージが回復量を上まってきたようだ。
発動終了と共にオレは短剣を地面に突く。
短剣は消え、少々ふらつくが何とか姿勢を保つ。
まだだ。
「っ精製! 型式〝カタナ〟!」
オレの手に現れる一振りの刃。
やや反り返りのある、美しいフォルムのソレをオレは構えると静かに叫ぶ。
「[瞬華終刀]……!」
急激なスキルアシストに、オレは顔を歪めた。
しかしそれも一瞬。
「(カチン)」
無いはずの鞘に刀を納める動作を行うと、紅い刀は音もなく消える。
同時に、室内だと言うのに一陣の風が吹き抜けた。
「hdjデェjshgギュysjskボァsgjッ!?」
否、幾重にも重なる斬撃の嵐がロリエル・デモノとその周囲を蹂躙する。
コアの位置が特定できないなら、欠片も残さず斬り尽くせばいい。
嵐が止んだ後には、数え切れないほどに切り分けられたら黒い欠片だけが残っていた。
「くっ!」
スキルアシストがきれ、身体にかかる負荷が限界に達したオレはひざを突く。
今の状態のオレに出来る最大最高の手。
もしこれでダメなら。
「グブブブブ♪」
どこからともなく、あの吐き気を催すような濁声が聞こえてくる。
「ズゴジオドロイダガ・・・・・・イッダバズダ」
そこら中に飛び散った黒片が、まるで各々意志を持っているかのように集まり、元の姿に戻っていく。
真っ黒な塊から生えた顔が、勝ち誇ったかのように嗤う、嗤う、嗤う。
「グビャビャビャビャビャビャ! ガミバジナヌゥ!」
やはり、駄目か。
オレはやっと動けるまで回復した重い腰を上げ、嘆息する。
こうなったら、今のオレに出来ることはもうない。
潔く諦めて、オレは手を挙げた。
「グブブブブ♪ ザァ、モウムダダドワガッダダロウ? アギラメデオドナジグオデザマニィーー」
「――お前に一つ、良いことを教えてやるよ」
オレの目の前に広がっている[メニュー]画面。
「いや、悪いことかな?」
「アァ? ナニヲイッデ・・・・・・」
その端っこの方。
そこに表示された時計は、〝00:00〟つまり、
「今日は新月だ」
日付が変わった事を告げていた。
今宵は新月。
オレが、真の力を発揮できる刻である。
「時間稼ぎはもう十分。――懺悔は済んだか化け物。お前の寿命はあと3分だ」
オレは右手を高く掲げて叫ぶ。
「更神ッッッッッッッッッ!」
青い閃光が弾ける。
次回もクロのターンです。
例にもよって活動報告はお休みしますが、更新予定だけ。
……日曜日さ! 引っ張るよ! 超引っ張るよー!




