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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第二章
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黒の系譜02-08『ホントウノカゾク』

作者的にちょっと鬱っぽい話です。

前の程は酷くないですが、人によっては酷く感じるかもです。


 翌日、起きてすぐにエミリーと一緒にオレはサーカステントへと向かっていた。

 エミリーはまだ少し眠そうにしていたが、オレは急いで確かめたいことがあったのだ。


「ふわぁ……しっかし、だーれも居ないわね」

「うん、やな感じだ」


 宿屋の中にこそ人はいたが、宿屋からここに至るまで、他の村人の誰とも会っていない。

 これくらいの時間ならもうカムの収穫作業を行っているはずなのに、今日はすれ違うどころか遠目にも人の姿が確認できなかった。

 あの夜と似た空気に、とてもいやな予感が頭をよぎる。


「クロ、顔怖いわよ」

「ん、ごめん。ちょっと思い出したくないこと思い出しちゃって」


 エミリーは『そう』とだけ言って、深くは尋ねようとしなかった。

 しばし無言で走っていると、目的地のテントが見えてくる。

 そしてそこには、大勢の村人の姿もある。

 まずは村人の無事に安堵する。


「ちょっと安心した、かも?」

「……そうも言ってられないかもしれないわよ。見なさい、アレ」


 テントに押し掛けている人々は手に手に鍬や鍬、鎌などを持ち、鬼気迫る表情で叫んでいる。


「――責任者を出せー!」

「――獣人差別反対ー!」

「―――獣人にも自由をー!」


 テントの前に殺到している人々に、オレは焦りを覚えた。

 いったい、何が起きているというのか。


「すみません! 通して……! 通してください!」

「さっさと道をあけなきゃ……ほらアレ、アレするわよ!」


 人だかりをかき分けて、どうにかこうにか最前列まで到着すると、そこには鬼のような形相で仁王立ちする団長さんと、向かい合っている村長さん、ロリエル、そして……


「だ、だからオレのモノを返せって言ってるだろう! そもそもそういう約束だったはずだ!」


 オレを獣人族と勘違いして罵倒してきた、あのダッドとかいう男がいた。


「オレのモノだぁ? 何のことを言ってるかさっぱりわからないねぇ」

「ふふふ、ふざけるな! ここにいる……獣人奴隷のことだ!」

「はて? うちに奴隷なんていないが……? アンタ頭でもやってるんじゃないかい?」


 大声でみっともなく喚き散らすダッドに、団長さんは終始とぼけた態度を取っている。

 だが鼻がヒクヒク言っているので、あれは相当我慢しているぞ。

 

「生憎とうちにはアンタからの預かり物なんて一つもないよ! だからさぁ、さっさと帰ってくんな!」

「くっ、この……!」

「まぁまぁ、ダッド殿。ここは私にお任せください」


 そして前に出たのは他でもないロリエルだ。

 ロリエルはいつもの厭らしい笑みを浮かべたまま、諭すように団長へ話しかける。


「ふん! わざわざ教会の神官様がアタシに何の用だい? ありがたいお説教でもしてくれるってんなら、他を当たっておくれ。そういうのは間に合ってるんでね」

「いいえ。私はあなたになど用はありませんよ」

「あん? だったらなんの……?」


 ロリエルは団長には目もくれず、あの気持ち悪い笑みを浮かべるとテントの方へ声を張り上げた。


「聞いているんでしょう!? シャルロット!?」


 ギクッとして団長が振り向く。

 トボトボとテントの中から出てきたシャルは、俯いたまま暗い表情をしている。


「カール! お前はテントの中にいなって……」

「――さて、シャルロット。聞いていただろう? じゃあわかっているはずだ。君のお父さん、ダッドが迎えに来たんだよ」

「お、おう……久しぶりだな、シャーロット。い、いやシャルロットか」


 この獣人嫌いのダッドがシャルのお父さん?

 一体ロリエルは何を言っているのか?

 

「君はわかっているのだろう? 先祖帰りの獣人族として君が生まれてしまったせいで、獣人差別の酷かった君たちの村でご両親がどれだけ苦労させられたのか。そしてそのせいで君のお父さんが、泣く泣く君を手放さなくてはならくなったのかを」

「カール! 聞くんじゃないよ!」

「…………」


 やたらと芝居がかった口調で、わざわざもっともらしい説明をご丁寧にしてくれるロリエル。

 村人たちから歓声が上がり、にんまり笑うロリエルだったが、その瞳は酷く濁っている。


「そしてわかってやってほしい。ご両親がそのことをどれだけ後悔していたのかということを。それこそ生まれ育った村を出て、こんなにボロボロになってまで君を探し続けていたと言うことを!」

「ふ、ふん! 調子のいいことばかり言いやがって! だったらこの村にアタシらが来たって知って、何ですぐに迎えに来なかったんだい!? どうせ迎えに来る気もなかったんだろうに!?」

「それはそうでしょう? 自分が一度捨てた子への罪悪感の前に! たやすく名乗り上げられましょうか? いや、私ならそんな恥知らずな真似は出来ない!」


 団長の反論に、これまた取って付けたような理由を重ねていくロリエル。

 ロリエルの後ろに隠れた男は、その間一切の肯定も否定もせず、ただおどおどと事の成り行きを見ているだけだった。


「なのに! この男は! だというのに! 君を迎えに来た! それがどういう意味か? …………聡明なシャルロットなら、分かるだろう? いや、ここまで言っても分からないなら!? ……君はとんだ親不孝者だ」


 ロリエルの卑怯な言葉に、ぴくりと反応するシャル。

 その表情は、泣いているような、喜んでいるような、怒っているような、とても複雑な顔をしている。


「さぁ、ダッドよ! 今一度、娘の名を呼ぶのだ!」

「お、おぅ……」


 ロリエルは男に耳打ちをして下がる。

 ダッドは少し顔をしかめたが、ロリエルに一つ頷いて前に出た。


「シャル、すまなかった。許してほしいとは言わん、ない。だが、もう一度俺に……そのチャンス? ……を、くれないか? だろうか?」


 用意された台本を読んでいますと言わんばかりのたどたどしさなのに、村人たちからは歓声が起きる。

 目の前で繰り広げられる、親子の感動の再会という茶番劇に感極まって泣き出す者までいる。

 なんなんだ、コレは。


「カール! 聞くんじゃない! あんな奴、親でも何でもな――」

「黙ってろよクソババァ!」


 団長さんの伸ばした手を、パシンと振り払って、シャルは叫ぶ。


「お前こそ、オレの親でも何でもないくせに! 偉そうに命令してんじゃねえよ!」

「か、カール……」

「おれはカールじゃねえ! サーカス団員でもねぇ! お前の……!」


 シャルはつらそうに叫んだ。


「お前の家族じゃねえ……!」

「っ! バカたれカールッ!」

「――っ!」


 団長さんが拳を振り上げる。

 殴られる、と思ったのかシャルは目を閉じて歯を食いしばった。

 しかし、団長さんの拳がシャルに触れる事はなかった。。

 その代わり、


「……勝手にしな! もうあんたの事なんて知らないよ!」


 背を向けて団長さんはテントの中に戻っていった。

 オレの目にはその背中が、いつもの堂々とした団長さんとは違うように映った。

 背中が、泣いている。


「ぐふふふふ♪ これにて一件落着、まさに女神の御心のままにですなぁ♪」


 村人たちは、ダッドを、シャルを、そしてロリエルを讃える盛大な拍手をする。

 その尊敬の眼差しを一身に受けるロリエルの顔は、あまりにも醜く歪んでいた。

 ロリエルはきれいに二つに割れた人垣の中を、まるで奇跡の人のように悠々と帰っていく。


「ちっ! 初めからそういやよかったんだこのクソが! おらっ! 帰るぞ!」

「――っつぅ!」


 黙って顔を上げようともしないシャルの腕を乱暴に引っ張って、ダッドは帰っていく。

 その様子を見ても、村人たちは疑いもしない。

 これが本当の親子の姿なのだと、本気で信じているのだ。

 そんな事があるわけないのに。


「シャル!」


 オレの声に気がついたシャルは、少しだけ顔を上げた。

 その目には涙が浮かんでいる。

 それは果たして喜びの涙か、それとも……


「シャル! シャル! これでいいの!? シャル!」


 叫んでも、シャルは応えない。

 ただ、わずかに動いた口元が『じゃあな』と言っているような気がした。


 誰もいなくなったテント前で、オレは拳を握りしめる。


「…………これで良かったと思う?」

「…………アタシに分かるワケないじゃないの。バカなんだから」

「こう言うときだけ自分の事バカって認めるのは、ずるいよ」

「そうかもね」


 オレもエミリーも、やりきれないまま呆然と立ち尽くしていた。

 宿に帰って食べたその日の夕食は、まるで砂のような味がした。



―――――



 その夜の事である。

 ぼんやり考え事をしながら[マップ]を眺めていると、不審な動きをするアイコンを見つけた。

 辺りはもう真っ暗だし、[メニュー]画面に表示されている時刻は〝22:48〟を示している。


(こんな時間に何を……?)


 気になったオレは不貞寝するエミリーを置いて、こっそり宿を抜け出していた。


―――――


 深夜の果樹園を、その男は挙動不審に歩いていた。


「………………」

「どこへ、行くつもりですか?」

「ひっ!?」


 その人は、オレが声をかけると驚いてその場に転がった。

 腰が抜けて立てないでいるその男は、


「それも、たった一人で? 答えてくれますか ――ダッドさん?」


 シャルの親を名乗るあの男だった。

 彼は、布の袋に最低限の荷物を詰め、人目につかぬよう果樹園の方から村の外へ向かっているようだった。

 そして、その傍らに自分の娘の姿はない。


「これは……あれだ。ちょっと、その……外に用事? いや、散歩にだな?」

「こんな時間に? そんな荷物を抱えて? たった一人で? 何のために?」

「いや、あの……ちっ!」


 オレと目を合わせようともしないダッドに、オレは詰め寄る。

 答えない男の代わりに応えたのは、怒気をはらんだ声だ。


「……どうせまた逃げ出すんだろう? はんっ、やっぱり腐った性根はそのままだったようだね!」

「お、お前は!」

「あれ? こんばんは。団長さんも夜のお散歩ですか?」

「……そんなところさ」


 背後からやって来た団長さんに、ダッドは顔を引き攣らせる。

 オレは団長さんがダッドを尾行していたのを[マップ]で確認して知っていたので、別に驚きもせず尋ねた。

 どうやら、団長さんは最初からこの男を信じていなかったらしく、あれからずっと様子を伺っていたようだった。

 団長さんは汚物を見るような目でダッドを見下ろし、胸ぐらを掴んで持ち上げた。


最初(はな)からおかしいと思っていたんだよ。アイツの事を〝疫病神〟とまで吐いて捨てたコイツが、どの面下げて父親面できるってんだい? はん! あの神官の言った通りだよ、この恥知らずめ!」

「ひぃっ!? は、はなっ!」

「シャルが疫病神、だって……?」


 オレの呟きを聞いて、団長さんが教えてくれた。


「カールを引き取る時に、全部コイツがそれはもう丁寧に教えてくれたのさ。こっちは聞いてもいないのに。べらっべらと何度も何度も同じ事ね。おかげで覚えたくもないのに覚えっちまったよ」


――ダッドの住んでいた村は酷い獣人差別の残る村で、獣人を奴隷として扱う風習が残る村であった。

 ごくごく平穏な夫婦だったダッドとその妻だったが、二人の間にシャルが生まれたことでその歯車が狂いだす。

 人族同士だった両親の間に生まれたシャルは妖狼族、つまり人族ではなかった。

 これは〝先祖帰り〟と呼ばれる現象で、母親の何世代か前にいた獣人族の血が発現したのだろうとの事だった。

 母親はシャルの誕生を喜んだが、ダッドや、他の村人たちはそうではなかったようだ。

 その日から他の村人による、あからさまな差別と嫌がらせが始まったと言う。

 そんな日々の中で、シャルの母親は死に、ダッドたちもまた村を追い出され流浪の身となった。

 平穏な日々を送っていたダッドからすれば、シャルは妻も村も何もかもうばった疫病神に他ならなかったと言う。

 そんなある時、怪物の狂宴(マッド・パーティ)の存在を知り、これ幸いとシャルを押し付けて逃げ出したと言う。


「つまりコイツは最低のクソ野郎ってこった」

「えぇ、最低のクソ野郎ですね」

「う、うるさい! お前らに分かるものか! 家族を! 村を! 何もかも奪われたオレの気持ちが! それも何もかも全部! アイツが生まれたせいだ! アイツさえ生まれてこなけりゃ……ずびゃ!?」


 団長さんがダッドを地面に叩きつけ踏みつけて唾を吐きつける。

 

「もうアンタの戯言は聞き飽きたよ。アンタなんかどこへでも好きな場所へ行っちまえばいい!」

「ぐぎ、ぐぎぎぎぎ!」

「ただし、あの子は。シャルロットは、アタシが連れて行く。もう二度と文句は言わせないよ!」


 やはりこの団長さんは……うん、そういう人だよね。

 オレは思わず微笑んでしまった。


「……それで? あの子はどこへやったんだい?」

「ごふっ……かはっ、ははははは……!」


 団長さんの問いに、ダッドはむせながらも不敵に笑う。

 その不気味な表情に、ゾッとする。


「なんだい! なにがおかしいんだい!?」

「ほらよ!」


 ダッドは笑いながら懐から革袋を取り出して、投げた。

 地面に落ちると、袋からはじゃらじゃらと金貨や銀貨が溢れだした。


「……なんだい? この金が一体なんだって……」

「売ったのさ」

「な!」

「獣人のガキ一匹で大したボロ儲けじゃねえか……くくくがぁ!?」


 オレが殴るより早く団長さんの鉄拳が飛び、ダッドは殴られて宙を舞う。


「ぐほぉ…………く、ふふふ……」


 地面に打ちつけられてもなお、笑っている男は、あまりにも異常だった。

 団長さんはマウントを取って何度も何度もダッドを叩きのめし、それでも笑い続ける男に、詰問する。


「どこのどいつだ! どこのどいつに売ったんだ! 言えっ! 言わなきゃ殺すよ!」

「ぐぼっ! ぐがぁ!?」

「落ち着いてください! それ以上やったら本当に死んじゃいます! こんなヤツどうでもいいけど、シャルの事を聞かないと!」

「――っ! っふぅー!」


 オレは団長さんの腕にしがみついて、必死で宥める。

 団長さんの気持ちは痛いほどわかるが、今はシャルの行方の方が大事だ。

 荒い息をしながらも何とか殴る腕を止めてくれた団長さんに代わって、虫の息なダッドにオレはポーション瓶を叩きつけて無理やり回復させ、質問する。


「答えてください。誰に、シャルを売ったと言うんですか?」

「くくくく……くくくはははは!」

「コイツっ!」


 再び団長さんが拳を振るわれる。

 しかし、その拳が触れる直前。


「神官だよ!」


 ダッドはさも面白そうに言った。


「あの偉そうなロリエルとかいう生臭神官さ。あの野郎がどうしてもというから、わざわざ売ってやったんだよ!」

「な、んだって!?」

「………………」


 驚きを見せる団長さんだったが、それとは逆にオレは『やはりか』と思っていた。

 やはりあの時言っていたのは……


「そもそもアイツに唆されなかったら、オレだってわざわざあんな疫病神を連れ戻そうなんて思っちゃいねぇよ。あのクソ神官が買ってくれる、っていうからあんな一芝居打つ羽目になったんだ」

「じゃあ初めからあの子を売るつもりで連れ戻しに来たってのかい!?」

「そうだとも! でなきゃなんで俺様があんな獣臭ぇガキを引き取るかっての!」

「コイツっ!」

「ぐぎゃぁ!?」


 団長さんが殴る前に、今度はオレが殴っていた。


「アンタ……!」

「もういいです。こんなヤツほっといて、早くシャルを迎えに行きましょう」


 オレが地面に横たわる男に侮蔑の眼差しを送って背を向けると、男は壊れたように笑いだした。


「げひゃひゃひゃひゃ! だったら残念だったなぁ。ぐへっ、アイツはもうお前らのモンじゃねえからなぁ」

「どういう、ことですか?」


 顔を見れば今度は殴るだけじゃ済まなそうだったので、オレは男を見ずに尋ねた。

 きっと、その顔はとても醜く歪んでいたことだろう。


「あの腐れ神官はよぉ……ぐひゃっ! 本当に腐った下醜野郎だったからさ! なにせ――」


 男の口から腐った膿のように出てくる言葉に、オレは正気を失うかと思った。

 気が付けば団長さんの制止も待たずに走り出していた。

 糸のように細くなった月に照らし出される、あの丘の教会へと。

鬱なのは早く過ぎるに限ります。

加速加速!

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