黒の系譜02-04『怪物の狂宴』
村に着いてから少し時間は経って夕方くらいの事です。
『クラヒト、クラヒト起きなさい』
誰かが、誰かを呼んでいる。
『もう朝よ! クラヒト! もう、美織ちょっと起こしてきて』
『えぇー? 面倒くさいなぁもう……』
懐かしい声だ。
そうか、これは……
『起きろ兄貴! 朝だっつってんでしょ!』
オレの家族、いやかつてのオレの家族の……
『起きろ! おーきーろって!』
もう再び会うことはないであろう、大切な――
「起きろって言ってんでしょ! クロ!」
「………………ふぁ? あみ……?」
「寝ぼけてんの?」
オレは何者かに激しく揺さぶられて目を覚ました。
オレの安らかな眠りを妨げたのは、真っ赤な髪のツンデレ少女だった。
「むにゃ……? ん、なに? 人がせっかく気持ちよく寝てたのに?」
とても懐かしい夢を見ていた……気がする。
はっきりとは覚えていないが、たぶんいい夢だった。
だというのに、エミリーに起こされたせいで、どんな夢だったかも忘れてしまった。
「まだ寝る時間には早いわよ!」
「たしかにまだ日も暮れてないけど……でも他にすることないでしょ? オレたちはお留守番なんだし」
「拗ねてんの? 子どもねー」
そう、ここにいるのはオレとエミリーの二人だけ。
ミラとルーさんは商隊に付き添って村を出ているのだ。
――というのもこの村に到着した際に盗賊連中を引き渡そうとしたのだが、この村の支部ではできないと言われた事に端を発する。
罪人の引き渡しなどは少なくとも中規模のギルド支部まで行かなくてはならず、ここからだと南にある〝トスタム〟まで行かなくてはならないとのこと。
『ですが困ったことに、南の街の教会は神音派の信者が多いのです』
『おおぅ……』
神音派、それはかつていたいけな少女を聖女として奉りあげ拉致監禁した過激な教会信者の一派である。
つまりオレの天敵だ。
『じゃ、じゃあまっすぐ皇都へ向うのは? 少し手狭にはなるけど、どうせ行くことになるんだから、ついでに……』
『それが、ここから先の街道の橋が先日から続く大雨のせいで陥没して通行不能になっているそうなんです』
『おおぅ……』
皇都へ行くためのルートは二つ。
このまま街道をまっすぐ行くコースと、トスタム側へ迂回して、幾つかの街を経由するコース。
真っ直ぐ行けば2日でつけるが、今はまだ川が氾濫しているので通れるようになるには4、5日はかかる。
迂回するコースでも日にちにすれば4、5日はかかるが、神音派と出くわす危険もある。
ということで、大人しく街道が通れるようになるまで待つこととなった。
盗賊たちはとりあえず先に商隊の人たちとミラ、ルーさんだけでトスタムへ連行し、オレとエミリーは留守番となったのだった。
で、オレは不貞寝した、と。
「子どもじゃない! じゃあなに? 魔術の特訓でもする?」
「アンタの教え方はわかりにくいのよ! って、そうじゃなくて」
しどい、これでもミルトさんを立派に育て上げた前例があるというのに……反則使ったけど。
「サーカスよ! サーカス!」
「あぁ、そういえば来てるらしいね」
「なによ、知ってたの?」
「まぁ一応ね」
どこで聞いたかは知らないが、エミリーもこの街にサーカスが来ていることを知ったようだ。
「見に行くわよ!」
「うん、やっぱりそうなるよねー」
期待に胸膨らますエミリーのキラキラした瞳に、オレはやれやれと思った。
こうなった鉄砲玉娘には、何を言っても無駄だとわかっているからだ。
「何よ、ノリが悪いわね。アンタもこーゆーの好きじゃない?」
「まぁ、そうなんだけどさ。村の人たちの評判があんまよくなさそうだったから」
村長さんたちの話や、昼間見た団長さんの印象から、あんまりオレは乗り気になれなかったのだ。
もし村長さんが言っているように、悪いサーカス団だったとしたら、オレはまた一悶着起こさなくてはいけないかもしれない。
「バッカねー。〝怪物の狂宴〟って言えば、北の大陸中に名を轟かせる有名なサーカス団なのよ!? 面白くないわけないじゃない!」
「そーなの? 詳しいね」
「見に行ったことがあるのよ! ……その、知り合いと」
「へー……ってことはエミリーってノーザニア出身なの?」
「そうだけど、そんなの今はどうでもいいでしょ! ともかく、あの怪物の狂宴が面白くないわけなんてないの!」
別にオレはエンターテイメント性の話をしていたわけではないが、あのエミリーでも知っているとなると相当有名なサーカスなのは間違いないだろう。
ふむ……これは自分の目で確かめる必要がでてきたな。
「で? 行くの? 行かないの? まぁアンタが行かないっても、アタシは行くわよ」
「わかったよ。 行く、エミリー一人じゃ心配だしね」
「よし! ならさっさと起きる! 開演時間までもう時間がないわよ!」
ぺいっ、とシーツ事ひっくり返されたオレは『30秒で準備しなさい!』というツンデレ少女の理不尽な命令のまま準備することとなった。
(さてさて、怪物の狂宴とはいかに?)
果たして村の人々の言うような、怪物どもの巣窟なのか?
それともエミリーが言うようなすごいサーカス団なのか?
そしてオレにできることが何かあるのか?
ちゃんと自分で見て、考えて、判断しなくちゃいけないんだ。
(けっして、サーカス楽しみだわーい、なんてこれっぽっちも微塵も寸分たりとも思ってませんともひゃっほーい!)
「こら! 手を止めんじゃないわよ! あと20秒!」
オレがもたもた着替えていると、本当に30秒数えていたエミリーに部屋着をひっぺがされた。
理不尽だ。
―――――
そんなこんなで雨が降りしきる中、二人でサーカスを見にやってきた。
「おっきー……」
「ふふん♪ だからすごいって言ったでしょ♪」
「なぜエミリーが自慢げなのかわからない……でもうん、有名だっていう事はある、のかな?」
軽く千人は収容できそうなサーカスのテントは中に入っただけで圧巻の一言だった。
こう言ったものは初めてなので余計に大きく感じるだけなのかもしれないが、とても壮観である。
しかし、席はガラガラ。親子連れが数組いるぐらいで、ほとんど空席になっている。
村の人が全員来れば、席の半分くらいは埋まりそうなものだが、あの様子だと来る感じはなさそうだもんな。
現に来ているのはオレたちと同じ宿に泊まっている旅人たちだ。
「どう? 来てよかったでしょ?」
入り口で入場用のチケットを受け取りながら、偉そうにそんなことをおっしゃるエミリー君。
「はいはい。でも、そういうのはチケット代を自分で出してから言ってよね」
「う、うっさいわね! ルーミアに預けてたの忘れてたんだからしょうがないじゃない!」
そうです。このエミリー君、自分のアイテムは全部ルーミアさんに預けているのです。
この世界にはアイテムボックスなる便利アイテムは存在するものの、なかなかに値の張る物で誰でも持てるものではない。
ルーさんはお店で使っていたから持っていてし、ミラもチェスターさんが持っていたものを譲り受けた。
オレは〝五次元ウィンドウ〟があるから必要ないが、エミリーはそういった物は持っていない。
なのでパーティーの保護者であるルーさんに全部預けてしまっていたのだ。
そしてルーさんがいない今、この娘。
「〝一文字〟なんだからしょうがないでしょ!」
「〝一文無し〟ね。まったく……」
なのでここの会計はオレ持ちである。
たぶん返してくれることはないだろうが、まぁ一つ貸しだと思っておくことにしよう。
「あ、ほら! 始まるわよ!」
「話をそらした! まぁいいけどさ」
パチパチ、と観客席からまばらに拍手が起きる。
エミリーが隣でバチバチバチバチ! とすさまじい勢いで拍手をしているので、オレは控えめに拍手を送った。
そしてサーカスの幕が開ける――
―――――
結論から言おう。
「すげー」
思わずそんな素に近い言葉遣いが出てしまうほど、サーカスの演技はすばらしかった。
よく調教された魔獣の見事な曲芸と人間の見事な掛け合いの数々。
軽業師の男性による素晴らしい曲芸に、剣を構えた男女による美しい剣舞。
幼く見える少年少女による手に汗握る、しかし無邪気で可愛らしい空中ブランコの見事な演技。
そしてあの、怖い団長さんとは別人かとおもうほどの滑稽で愛嬌のあるピエロ。
どれをとっても感嘆、の一言に尽きる。
「最高!」
エミリーなんて歓声の送りすぎて、声が枯れてしまっている。
このサーカスを見たら、エミリーが我が事のように自慢したくなる気持ちも十分うなづける。
だが、だとすればどうして?
(こんなにすごいのに、どうして村の人たちは……?)
村人からの評判はとても悪かった。
サーカスを始めて見る人ばかりだというから、刃や魔獣を使った演目に多少驚くのは分かる。
でも果たしてあそこまで評判が悪くなるのだろうか?
「あ、また誰か出てきたわよ?」
「ピエロ、だね。もう一人の」
その疑問の答えは、最後の演技ではっきりした。
「カァール!」
団長さんの演技が一通り終わった後に続いて出てきたのは、えらく小さなピエロ。
泣いているような、笑っているような模様の仮面で顔を隠した子どものピエロだ。
「あのしっぽのもふもふ感は間違いない! 昨日逃げ回っていたカール少年だね!」
「アンタってたまに……いや、何でもないわ。今はサーカスを楽しまなくちゃね」
カール少年はぎくしゃくと礼をしながら、アクロバットな演技を始める。
だが、その演技はというと……
「……なんか、下手くそね」
「下手くそ、っていうより、やる気ない感じ?」
「そうそれ、そんなカンジ」
カール少年の演技はやたらとぎこちない。
言ってみれば、無理矢理やらされている感が満載な動きなのだ。
今までのすばらしい演技に次いでコレか、とオレが苦笑いしていると、団長さんが懐から何本ものナイフを取り出す。
そしてそれをおもむろにカール少年に投げつけた。
「きゃーっ!?」
客席から悲鳴が上がる。
カール少年はかなりすれすれの位置でそのナイフを避けた。
「おかしい」
思わずオレは呟いていた。
団長さんも一瞬動きを止め、何か考えているようだったが、すぐに第2投を投げる。
再び観客から悲鳴が上がる。
今度はさっきよりも、ぎりぎりだった。
実際はかすりもしていないが、素人目には危なかったように見えたかもしれない。
それでもナイフを投げ続ける団長と、ギリギリの位置でかわし続けるカール君。
もしこのスリル感を売りにしているなら大成功かもしれないが、ナイフを投げる団長さんの表情はそう言っていない。
「クロ、アイツ。わざとやってるわね」
「やっぱりエミリーもそう思う? うん、あれは絶対わざとだ」
昼間に村であった一幕、団長さんが本気で投げつけるリカムを彼は、平然とかわし続けていた。
あの時より何倍も手を抜いて投げている団長さんのナイフに、あんなに苦戦する訳がない。
「手を抜いてる。というより、観客にわざと自分が危険な目にあっているって、見せてるみたいだ」
「なるほど、つまり〝ヤラシー〟ね」
「〝やらせ〟ね」
突然、ぴたっ、とカール君が動きを止め、こちらを向いた。
それに慌てたのは団長さんである。
ナイフを投げようとしていた体勢を無理矢理変えたので、そのままずっこける。
結構面白い動きだったが、それを笑う観客はこのテントの中にはもういなかった。
そうか。
もしサーカスを初めて見る人が、今までの流れを見ていたとして。
最後にこんなのを見せられたら、サーカスへの印象が一気に悪くなるかもしれない。
オレはぼんやりそんなことを考えていた。
「カァァァァーーーーール!」
団長さんの叫びにびっくりして、我に返った。
ミルトステージからカール君の姿が消え、なぜかオレたちの方へ怒りの形相を浮かべる団長さんの姿があった。
「よっ」
正確に言えば、いつの間にかオレたちの方へやってきていたカール君に、である。
「お前、村にいた猫だよな」
突然話しかけられて、オレが驚いていると、目の前のピエロは面白そうに口元を歪めて、手を差し出す。
「えっ?」
「握手。猫はそんな事もしらないのか?」
呆気にとられながらオレが手を差し出すと、ピエロは握手しながら肩をぽんぽん、と叩いた。
「隣のお前も」
「お前!? ふん! アンタなんかと握るような手はないわ!」
「いいから!」
半ば強引にエミリーの手を取り、同じように肩を叩く。
それだけすると、満足そうに笑ったピエロはステージすそへ帰っていった。
一体、何だったんだろうか。
「ちっ! これにて今宵のサーカスは終演にございまーす!」
団長さんが告げるが、それに応える拍手の音は始まりの時よりも小さかった。
「なんだったのかしらね、アレ」
「なんだったんだろうね、アレ」
未だあの時のカール君の行動がわからないまま、オレとエミリーは席を立つ。
エミリーはすごく楽しみにしていただけ、あの終わりにはどうにも納得がいかないようでもあった。
入り口までやってきて、オレはそこではたと気づく。
「あれ? チケットがない?」
「なにやってんのよ……ってアタシもないわ」
「落としたのかな? ちょっと戻ってみる」
「あ、待ちなさい! アタシも!」
テントを出入りする際には必ずチケットの確認があるっぽい。
チケットが無くては外に出る事もできないので、慌てて席に戻る。
「あるー?」
「ないわね……」
「エミリー、いくら手に汗握ってお腹が空いたからって食べなくても……」
「食べるかっ!」
よく探してみたのだが、どこにも落ちていない。
一応[五次元ウィンドウ]の中も確認するが入っていないし、他にも見あたらない。
(しょうがない。事情を説明して、最悪もう一度チケット代を出してもいいか)
そんな事を思い受付の人に相談したのだが……
「チケットを落としてしまったんですが……」
「落とした? よく探してみたのかい?」
「はい」
「あー……ちょっと待っててくれるかな?」
受付の人は笑顔のまま奥へ入っていった。
なぜだろう、とてもいやな予感がする。
受付の人は険しい表情で戻ってきた。
「どうしたんだい?」
あの団長さんを連れてである。
ま、まさか責任者が出てくるような事態になるとは……
「いえ、実はこの子たちがチケットを落としたと……」
「はい、開演前は持っていたんですが……」
「ふん、不思議なこともあるもんだねぇ。……ちゃんと探したのかい?」
「探したわよ! それでないから困ってんの!」
「ホントに買ったのかねぇ?」
さきほどのサーカスでの失態があったせいか、団長さんはどこかやさぐれているようにも見えた。
「こんなクソみたいなサーカスに払う金なんてない、なんて思って無料見しに来ただけなんじゃないのかい?」
「そんなワケないじゃない!」
やけっぱちっぽく言った団長さんに怒ったのはエミリーだ。
そのあまりの怒り様に驚いたのは団長さんたちの方である。
「最後はちょっとアレだったけど、それ以外は最高だったわよ! 大陸中に轟く〝怪物の狂宴〟の名は伊達じゃないって本気で思ったもの!」
「そ、そうかい?」
「はい、ワタシも同じ気持ちです。だからお代はきちんと払います。いえ、払わせてください」
団長さんは少し考えた様子だったが、受付の人がこしょこしょと何か耳打ちすると、ニンマリと笑う。
あ、うん。とてもいやな予感がする。
「さて困ったね。こんなにいい客の言う事はアタシらとしても信じたい」
「困ってるって顔じゃないですよね?」
「困っているさ。信じたいが、証拠がない。もし仮に無料見われたとあっちゃぁ大陸中に轟く〝怪物の狂宴〟の名折れだからね!」
「ならもう一度チケット代を払うわ! ……クロが」
「そうだね。もしお代が必要なら必ず払います」
「それは出来ないよ。それこそアンタらの言い分が正しかったら、アタシゃお天道様に顔向けできないよ」
チケットが無くては出してくれない。
でもチケット代を払わないのも払うのも駄目。
じゃあどうしろと言うのだろうか?
「だからこうしようじゃないか」
団長さんの表情が今までにないくらい、楽しそうに歪む。
あ、これは間違いなく面倒事に巻き込まれるぞ。
「明日1日だけでいい。少しばかりうちの仕事を手伝っておくれ。それで互いにチャラにしようじゃないか」
この顔は見たことがある。
シェラさんとか、エミリーとか、ジャミアさんとか、言っても聞かない人たちと同じ顔だ。
雰囲気的にこの団長さんもそんな感じがする。
つまりここでオレが〝はい〟と言わなかったらきっと帰してもらえない、ということだ。
しょうがないので、オレは諦めたように首を縦に振った。
エミリーなんて何が楽しみなのか、目を輝かせながらブンブンとヘッドバンギングしている。
(まぁしょうがない。これで帰してもらえるなら、安いものだよね)
と、オレが考えていたのも束の間。
「よし、じゃあそうと決まれば寝床の準備だ! オッズ、すぐに支度しな!」
「はい団長!」
あっれー?
「あの、ワタシたちは帰らせてもらえるんじゃ……?」
「何言ってんだい! 明日1日って言っただろ!? あたしらの朝は早いんだ! 朝起きてすぐに仕事ができるように今日は泊まりに決まってるだろうが!」
な、何という自分理論!
このサーカス、やっぱり噂通りのブラック企業だったのか!?
「なーに。ちゃんと飯ぐらいは出してやるから安心おし。ただし、働かなかったら飯は抜きだ。働かざる者食うべからずってね!」
「いたっ、くはないけど痛い!」
オレの背中をバシバシ叩きながら笑う団長さん。
今更ながら、オレはとんでもない事をしでかしてしまったんではないかと気づいた。
「聞いた!? クロ、泊まりよ! サーカス団1日体験よ!?」
そんなオレの心労を分かりもせず、エミリーは期待に胸膨らませていた。
この能天気娘ときたら……!
(あぁミラ、ルーさん、早く戻ってきてください。エミリーと二人だけでやっていける自信を失いました)
エミリーと団長さんが楽しそうに笑っている横で、オレは一人さめざめと泣いていた。
テントを打つ雨は、未だ上がらない。
クロはなんだかんだ言ってお子様っぽいところもありますね。
エミリーといい勝負です。……子ども心を忘れない大人だったんでしょうね。
ちなみに活動報告の方にも書いてますが、黒いふではご意見ご感想ご質問などなどをお待ちしております。ネタバレとかで話せないものもありますが、答えられる範囲では答えますので、お気軽にどうぞ。




