黒の系譜02-03『ヨソモノ』
なんやかんやでメイジン村に無事到着しました。
「おぉー。これはすごい」
目の前に広がるリカム畑(果樹園というのか?)を見てオレは素直にそんな言葉が出ていた。
果樹園というより森のようだったが、その広大な面積に目をぱちくりさせてしまう。
そういえば木になっているリカムを見るのも初めてだったので、オレはテンションが上がってつい木の周りをぐるぐる回っていると、村長さんに笑われてしまった。
反省反省。
「なんの。人より木の方が多いような村でして、そんなに驚かれるほどのことではございませんよ」
謙遜する村長さんであったが、それでもどこか誇らしげに見えた。
――村に着くと、村人総出で出迎えられた。
なぜならここはスーサ領の一つで、ミラは領主の娘だからだ。
うん、実に単純だね。
チェスターさんからは特別な出迎えはいらないと通達があったらしいのだが、村人たちがお世話になっているミラたちを出迎えたいと自主的に集まったらしい。
改めて領内でのチェスターさんやミラの人気に感心させられた。
「よかったら、おひとついかがですか?」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
収穫作業をしていた男の人が、木になっている実を一つもいでくれる。
かじると甘い果汁が口いっぱいに広がる。
「んまい!」
そのまま綺麗にリカムを平らげると、よっぽど嬉しかったのだろうか、男性は持ちきれないくらいリカムを取ってくれた。もう一つは頂いたが、残りは食べきれないのでこれは後で美味しくいただくとしよう。
横でエミリーが物欲しそうな目をしているが、まだ本調子ではないのでお預けです。
「それで……」
「なるほど……」
ミラは村長さんや村の大人の方々とお話し中である。
今回やって来たのは別に仕事とかではないのだが、どうしてもそういう話になっちゃうんだろう。
終わるまでオレはそわそわしながら、村の様子を見て回ることにした。
ここ〝メイジン〟はさっき村長さんが言っていたように、小さな村である。
家も人もスーサに比べると大分少ない。
だがそれを補って余りあるほどの広大な果樹園が広がっている。
と、スーサとは全然違う印象を受けなくもないが、
「あらあら。可愛らしいお嬢ちゃんだこと! 猫族の子かい?」
「オレよりちっちぇーのに冒険者かよ! すっげー!」
「猫だからそのペンダントも猫なの!? いーなー、あたしもほしいなー」
「あの盗賊、ねーちゃんが倒したってほんとかよ!」
このフレンドリーな感じはスーサと似ているかもしれない。
「ふふふ……盗賊なんてこう……一ひねりさ!」
褒められて調子に乗ったオレが、その場で盗賊たちを倒したシーンの再現を行っていると、なぜかおば様たちがお菓子をくれた。おひねりまで貰ってしまうとは、これは[職業:旅役者]にでも改めた方がいいだろうか? ふふん♪
「……ネコのマネしてるとこ悪いんだけど、先に宿で休んでてもいい?」
「ん? なんだエミリーか」
オレは一度演武を止めて、息を整える。
別にネコの真似なんてしているわけではないが、周りの子ども達が猫の真似をしながらくるくる回っているので、勘違いしたんだろう。
「ルーミアもいるわよ……」
「くろ、きゅーと……」
「ひゃわわわわっ!?」
いつものように抱き着かれたのだが、ルーさんはそのままオレにのしかかるようにして倒れこんできた。
さっきまでに比べればまだ顔色が良い方ではあるが、まだ薬の効果が抜けずぼんやりしているのだろう。
突然だったのでオレも心の準備が間に合わず、結果二人でそのままばたんと地面に倒れこむ。
「たおれたぞー!」
「のっかれー!」
「わー!」
「ちょ……! おもっ! 重いからやめ……!」
「くろ……!? 後でおしおき」
「いえルーさんの事でなくてですね!?」
もうてんやわんやである。
慌てて起こしてくれた村のお姉さま(おば様改め)に、村に一件しかないという宿屋の場所を教わり、動けないルーさんを運搬していった。
エミリー? 自分で歩かせたよ?
人が親切で『肩を貸そうか?』と言ったのにいらないって言い張ったから。
まったくこれだからツンデレは……
「じゃあ、よろしくお願いします」
「おい」
宿屋の方に二人をお願いして出てくると、突然見知らぬ男の人に呼び止められた。
「ワタシですか?」
「他に誰がいるってんだよ!」
少し埃っぽい服を来た、無精ひげの中年男性である。
少し怯えたような、それでいて怒っているような目でオレを見ている。
怪しい感じがするので一応[アナライズ]をかけてみる。
【ダッド:Lv.5
種族:人族
年齢:35歳
職業:無職
北の大陸からの移住民。獣人族嫌いのせいで、各地で問題を起こし、街や村を転々としている】
うん、嫌な予感しかしない。
とはいえ、声をかけられた以上無視する訳にもいかない。
「何か御用ですか?」
オレが尋ねると、男はびくつきながらも、オレを指さす。
「き、汚い獣人風情が、人間様の宿なんて使うんじゃねぇよ」
一瞬、驚いてオレは動けなかった。
ひょっとして今のはオレの聞き間違いだろうか?
「お、おい! 聞いてんのかよ! こ、この薄汚い獣め!」
聞き間違いではないらしい。
なるほど、獣人嫌い、ね。
「……どこを使おうとワタシの勝手でしょう?」
「けっ! そんな勝手女神様がゆるすわけねえだろうが! この牝奴隷が!」
今まで会った人たちは良い人ばかりだったから分からなかったが、こういう人もいるんだ。
きっとオレを獣人族だと勘違いしたままなら、この人の態度は変わらないだろう。
オレは小さな溜息とともにフードを脱いで、素顔を晒す。
耳がない事に気が付いた男は、ばつが悪そうに吐き捨てた。
「な、んだよ! ただのガキじゃねえか! 紛らわしい真似すんじゃねぇよ!」
「誤解が解けたようで、何よりですわ。おじさま」
「ちっ! これだから最近のガキは……(ブツブツ)」
男は自分の吐いた暴言をわびようともせず、ぶつぶつ言いながらその場を去って行った。
オレはフードを深々と被ると、唇を噛みしめた。
こんな優しい村にも、ああいう人はいる。
その事実が小さな棘となってオレの胸をチクチクと刺した。
―――――
「それで、お怪我はありませんでしたか!」
広場に戻ってさっきの事を話すと、ミラにやたらと心配された。
まぁ何かされたところで負ける気はしないが、こうして心配されるというのはなんだか嬉しいなと思う。
「うん大丈夫。何もされてないから」
「そう、ですか?」
「うん、だからミラは戻ってていいよ? まだ話の途中なんでしょ?」
「はい。すぐに終わらせてまいりますわ」
ミラはぺこりとお辞儀をすると、カルーアさんの所へ戻っていく。
なんでも今後の予定で少し相談があるようだ。
後で詳しい事は教えてもらうとして、今は例の不届きものの話である。
「それは、おそらくダッドですな。村の者が不愉快な思いをさせたようで、まことに申し訳なく思います」
村長さんが頭をさげるので、オレは『いえ』とだけ答えて首を振った。
「もしかして、この村には結構いるんでしょうか? 獣人種の方を良く思わない人は」
もしそうなら、素顔が割れる危険があったとしてもこの村にいる間くらいはフードを取った方がいいかもしれない。
オレ個人が何かされるなら別に対処のしようもあるが、一緒にいるミラやエミリー、ルーさんにまで危険が及ぶのはのぞましくない。
「いえそんなことは! むしろ他の村の者たちは好意的な者ばかりです!」
「そうですよね」
先ほど集まっていた人々は、少なくともオレに好意的に見えた。
アイコンもずっと青いままだったし、それこそ一瞬ダッドさんとやらが赤くなった以外はずっと変わらずである。
「ええ。向こうの丘にある教会は獣人族の方がほとんどなんです。若い方ばかりですが、薬を調合できる方もいるので、たまに分けて貰ったりして互いに助け合っているんですよ。そのせいもあって村人は獣人族に好意的なんですが」
村長さんが指さす方向には立派な教会が建っている。
なるほど、それなら確かに悪意的な感情は持たないはずだ。
「ダッドは、つい最近この街へ流れ着いたばかりなのです。前にいた村でも獣人族がらみでいざこざを起こしてしまったようで、あまり彼らに対し良い感情を持っておらんようで……」
それでも村人たちとは何とか仲良くやろうとしていたらしい。
教会の獣人族とも、相手が教会に所属していると言うこともあって多少は折り合いをつけていたそうだ。
それが最近になって急にまた機嫌が悪くなっていると言う。
「実はですね……」
「カールッ! バカたれカール! さっさと出てこないかいっ!」
突然広場に響き渡る怒号に、村長が目に見えて眉をひそめる。
声の主は、何度も叫びながらずんずんとこちらへ歩いて来る。
のしのしと歩くたびに地面が揺れそうな身体は、2メートル以上ある。
オレの目の前にでーん、とそびえ立つその人は、なんと驚いたことに女の人だった。
「あぁん? アンタ、カールかい?」
食べられる!?
顔面を恐怖で真っ青に染めたオレはブンブンと首を横に振った。
「ちがいまひゅ!」
「ちっ! アイツどこ行きやがった!」
オレが無理やり絞り出した声を聞いて、女性は野太い声で舌打ちをした。
「……悪いね嬢ちゃん、人違いだったみたいだよ」
「お、おきになさりゃずに!」
女性はぽんぽん、と軽く叩いたつもりなのだろうが、踏ん張らなくては地面に埋まるかと思った。
音にして『バシン! バシン!』である。
オレたちの横を通り過ぎて行った女性にこっそり指を指すと、村長が小さな声で耳打ちしてくれる。
「(彼女はつい一昨日にこの村にやって来たばかりの余所者でして。なんでも〝怪物の狂宴〟などと言うサーカス? の団長をやっている者です)」
ほほぅ? オレは興味が湧いたので、こっそり団長さんを[アナライズ]する。
【カルッチャーシャ:Lv.48
種族:人族
年齢:59歳
職業:サーカス団長
ギルドランク:C
怪物の狂宴を束ねる巨漢の女性。かつては怪物カーチャと呼ばれ恐れられた凄腕の賞金稼ぎだった。
隠居後、仕事の関係で出会った孤児や捨て子などを集め、芸を仕込み、怪物の狂宴を作り上げた】
「(へぇ、サーカスですか。面白そうですね)」
「(サーカスをご存じとはいやはや博識でいらっしゃる)」
「(まぁ、ワタシのふるさとでは割とポピュラーだったので)」
「それは真ですか!?」
突然村長さんが声を強めたのでちょっと驚いた。
団長さんに気付かれたかと思って焦ったが、彼女はまだに叫びながら人探しの真っ最中である。
安堵の表情を浮かべつつ、村長さんは難しそうな顔で語る。
「(いえ、実はこの村にサーカスなどと言う物が来たのは初めての事でしてな。皆楽しみにして見に行ったのですが……)」
「(何か変な所でも?)」
村長さんは、楽しめたという表情はしていない。
「(あのように危険な事を、平然とさせるのは普通なのでしょうか? 人族の者を魔獣と戦わせたり、年端もいかぬ子どもを高い所から突き落したり、そして何より……)」
「カール! そこにいたのかい!」
「ひぃっ! ごめんなさい!」
思わず謝ってしまったが、怒鳴られたのはオレではなかった。
団長さんは手近な木からリカムをもぎり取ると、別の木に向かって思い切り投げつけた。
ばぁん! という凄まじい破裂音と共に、木から一人の獣人族の子どもが落ちてくる。
「危ない!」
村中の人が同じことを考えて、子どもに駆け寄ろうとするが、
「チッ!」
その子どもは空中でひらりと体勢を整えると、危なげなく地面に着地した。
「何すんだ! 怪物ババァ!」
食べかけのリカムを片手に叫んだのは獣人族の男の子。
少し赤みがかった茶色の髪とふさふさの尻尾。
言葉遣いと同じようにとがった瞳と、ピンと立った獣耳は犬か狼のソレを連想させる。
ボロボロの布きれみたいな服を纏ったその少年は、声を荒げて自分を攻撃した団長を糾弾していた。
「人が気持ちよく寝てたら、リカムなんて投げやがって! 外れたからいいけど、当って怪我したらどうすんだよ!」
「黙れバカたれ! 半人前のくせして仕事ほっぽりだしてどの面下げて昼寝だい! バカも休み休みお言いよ!」
団長さんは再びリカムをもいで、豪速球で投げつける。
「おまけに他人様んとこのモンを勝手に取って喰うなんて盗人もいいとこだ!」
「ババァだって投げてんだろうが!」
「いいからさっさと戻って仕事しな! 働かざる者くうべからず! でなきゃ飯抜きだよ!」
「けっ! あんな虫の餌みたいな飯こっちからごめんだ!」
「なんだってこのバカたれ!」
次々飛んでくる豪速球を、身軽にかわすその姿はまさにサーカスの曲芸のようだった。
あらかたリカムを投げ尽したん団長さんは肩で息をしている。
団長さんが投げてこなくなったのを確認すると、少年はすたこらさっさと逃げ出していく。
「こらお待ち! バカたれカール!」
「べーっ!」
舌を出しながらすごいスピードで走り去っていく少年にその場にいた誰もが開いた口が塞がらなかった。
「ちぃ! あんのバカたれが!」
「あ、あの……」
「あぁん!?」
恐る恐る口を開いた村長さんに、虫の居所が悪そうな団長さんはやたら凄んでいる。
言われたわけじゃないのに、オレ自身ちびるかと思った。
……正直危なかった。
………………うん、セーフだよセーフ洗えばぜんぜんせーふだから、ぐすん。
「も、もう少し優しくしてやったらいいんじゃないですかな? あの子はまだ若いのですから……」
意を決して発言した村長さんだったが、団長さんは大きく舌打ちすると、
「アイツはアタシのもんだ。どう扱うかはアタシが決める。文句は言わせない!」
「じゃ、じゃが……」
どすん!
団長さんは懐から皮袋を取り出して、村長さんの細腕に押し付けた。
中には銀貨が詰まっているが、これは一体?
「……コイツはダメにしちまったリカムの代金だ。騒がせて悪かったね」
そう言って団長さんはのしのしと来た道を戻って行った。
その様子を眉をひそめて見送る村の人々。
元気なのは子どもたちぐらいのもので、興奮した様子で先ほどまでの一幕を真似している。
「やれやれ……困ったものです」
村長さんのその言葉が何に対して言われた言葉なのか、オレも頭を抱えながら考えていた。
そんなオレの気持ちを代弁するように、曇っていた空からはポツリポツリと雨が振り始めた。
ちなみにスーサ領の街や村は幾つかありますが、どこへ行ってもミラやチェスターさんは人気だったりします。




