黒の系譜01-04『異世界へようこそ』
個人的に執事さんの髪はロマンスグレーが好きです。
で、モノクルを付けていて……すみません余談でした。
※12/11誤字脱字など細かな部分を修正しました。
しばらくして落ち着いたのか、お嬢様はベッド脇にあった椅子に腰掛けお茶を飲んでいる。
その後方にはラムダさんが控え、オレと目があう度に頭を下げてくる。
そしてオレはと言えば、
「うぁー。まだ頭がぐらぐらする……」
まだまだ魔術の発動には慣れていない。
だというのに[アナライズ][フル・ヒール・リング][キュア・ボディ][ディスペル][メディック]と、魔術を連続発動大盤振る舞い。
そりゃ魔力酔いも起こすってもんだ。
2度目の魔力酔いで体調を崩したオレは、申し訳なく思いつつもベッドの上で休んでいた。
「いやはや、お恥ずかしい限りで・・・」
「それを言えば、私こそ取り乱してしまいまして」
「いやはや、わしも年甲斐もなく・・・お見苦しい所をお見せしました」
口々に言って笑いあう。
ラムダさんも、もう剣に手をかけておらず、『数々のご無礼お許しください』と先ほど謝られたばかりである。
「して、ご自分のお名前以外は殆ど覚えていない、と?」
「信じられないとは思うけど、そうなんです」
嘘をついていることに少しばかり罪悪感を覚えるが、今はなりふり構っていられる場合じゃないのでしょうがない、と自分に言い聞かせる。
「目覚めてみるとあの部屋にいて、記憶も失っていた、と」
こくん、となるべく神妙そうに頷く。
しばしラムダさんはどうするべきか考えた様子だったが、お嬢様が飲み終わったカップを渡すと、
「わかりましたわ。信じましょう」
とほほえんだ。
「信じて、くれるの?」
「信じます。だってクローディア様は私の家族の命を救ってくださったのですよ? 何を疑う事がありましょうか?」
困ってしまったオレはラムダさんを見るが、
「わしはお嬢様のご意向ならば何も申しません」
と、こちらもナイスミドルな笑みを浮かべて笑っている。
まぁ、信じてくれると言うならそのご厚意に甘えるとしよう。
「それでクローディア様には何かお礼をさせていただきたいのですが」
「べ、別にそれは気にしなくてもいい、かな? やりたくてやっただけだから」
あんな事情を知ってしまった以上放っておけなかった、本当にただそれだけなのだ。
実際オレは魔術を使っただけで、魔力も使い放題だし、労力をかけたわけでもない。
「では、私もお礼がしたいだけなんです」
と返す言葉で言われてしまっては、こちらも何も言い返せない。
ここは無難に何かもらって引き下がることにしよう。
「じゃ、じゃああの壷、とか?」
さっき[アナライズ]した数万円の壷、あれぐらいが無難なところか?
それぐらいあればまぁ、数日くらいならなんとか生きていけるんじゃないだろうか。
そう思っていると、お嬢様もラムダさんも驚いた様子で目を見開いている。
「あ、れ? なんかまずかったですか?」
「いやはや……慧眼、恐れ入ります」
「えぇ。まさか我が家で一番高価な壷を選ばれるとは……」
「えぇっ!?」
一番高価な壷!?
でも確かに『数万メニエニ』って……まさか?
「ごめんなさい、まだ記憶が混乱しているようで……幾つか確認したいのだけどいい?」
「えぇ、どうぞ?」
「パンを一つ買うとしたらだいたい何メニエニくらい?」
この世界の物価はわからないけど、大体パンの相場が100円くらいだとして考えてみよう。
「パンですか? 物にもよりますが、だいたい1メニエニくらいですね。他にも飲み物1杯が1メニエニくらい。あとはこの辺だと宿に泊まるとしたら1泊30メニエニくらいでしょうか?」
その後も幾つか物価について確認してみたが、だいたい1メニエニ=100円くらいだろうという結論に至った。
「という事はあの壷を売れば?」
「数年は遊んで暮らせるでしょうな。もっとも買い取り先も限られるとは思いますが」
ラムダさんの言葉にオレは頭を抱えた。
いや、おかしいと思ったんだよ。
有名な芸術家が残した数少ない作品が数万? んなわけあるかーい。
おそらく、500年前に比べて物価が変わったのだろう。当然と言えば当然なのだが。
「(ホントあの女神つかえんわー)」
オレはどこかの海辺で呑気に羽を伸ばしているであろう大精霊(笑)へ思いを馳せた。ばくはつしろ。
ちょっと待て、と言うことは何か?
オレは人一人の病気をなおしただけで何百万もの報酬を提示したと?
どこのブラック○ャックだそれは!
「では少しお待ちください。今包ませますので」
お嬢様がそういって手を叩くとラムダさんがそそくさと壷を布に包み始める。
「ちょ、ちょっと待って! やっぱりさっきのは無し。聞かなかったことに! さすがにそれは高すぎて貰えない!」
「そうでしょうか? 私には先ほどの行いがそれだけの価値があってもおかしくはないと思っていますが?」
彼女にとってラムダさんはそれだけの価値がある人物だと言うことなのだろう。でも、やっぱり何百万というは、何というかオレの精神衛生上よくない。
「え、えーと……じゃあソレとか……?」
「これはまたお目が高い!」
その後も何とか別の物でと思い色々指定してみたのだが、どれも高価な物ばかり。
逆に極端に安いものを選ぼうものなら『それでは私の気が晴れません!』と言われる始末。
いったいどうすればいいのだろうか?
そんなやりとりをしばらく続け、どうしたものかとオレが悩んでいたときだった。
「そういえば、クローディア様はこれからどうすされるおつもりですか?」
「ふぇっ? これからっていうと……」
言われてみれば何も考えていなかった事に気づく。そういえばオレ、この後どうやって生活しようか?
お金もない、住む場所もない、そもそもこの世界の知識がほぼほぼない。生活力0だ。
いくら魔術無双だったとしても、おまんまがなければ生きていけない。
「うーん…………」
オレが一人で唸っていると、お嬢様は軽く手を叩いて微笑む。
「ではこうしませんんか? クローディア様は記憶をなくされてお困りの様子。私としても命の恩人を見捨てる事はできません。ですから、クローディア様の記憶が戻るまでの間、我が家にお客人として迎え入れる、というのは?」
「……おぉ!」
その提案は、願ってもない申し出だ。
自分一人で四苦八苦するよりも、この世界の人に色々と教えて貰えるなら、その方が何倍もいい。
だが、いいのだろうか?
見ず知らず、素性の全くわからない不審者を客人として迎え入れるなんて……。
オレがチラリとラムダさんをみると、彼はダンディスマイルを浮かべたまま静かに頷く。
か、かっくいい。大人の余裕だ。
「どうでしょうか?」
「……いいの?」
オレが尋ねると、お嬢様は花が咲いたように笑って『喜んで』と言う。
おおぅ。本物の美少女の笑顔の破壊力はハンパない。
「じゃあ、しばらくご厄介になります。改めて、くら……クローディアです。よろしく」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね」
お嬢様はイスから立ち上がると優雅に礼をする。
「イーノッド家長女、ミラ=イーノッドと申します。よろしくお願いいたします、クローディア様♪」
こうしてオレの異世界での生活が始まった。