黒の系譜01-番外編03『黒を知る者』
「――というわけなんです!」
「なるほどのう。アヤツは元気にしておるか。それは良かったのぉ。ふぉっふぉっふぉ」
「だからアヤツってだれですかー!?」
広い教会の聖堂にオレの叫び声が木霊する。
もうこの教会へ来て何十分経っただろうか?
その間ずっと叫び続けているオレは、息絶え絶えである。
「す、すみません。神官長様はご高齢でいらっしゃいましてその……少し耳がお遠いんです」
「なんの。わしゃまだ80じゃよ。若いもんには負けんわい」
「たしか去年は90歳とおっしゃっていませんでしたか?」
「ん? もう飯の時間かの? さっき昼飯を食べたばかりじゃろうが」
「いえお昼はまだですよ。というかさっき食べたのは朝食ですよ」
「ふぉっふぉっふぉ! いい天気じゃのぉ!」
ダメだ。
こう言っては失礼だがこのご老体……完全にボケてやがる!
オレは弱った表情を浮かべ、同じような表情のミルトさんと顔を見合わせる。
どうしたものか、と。
――事の発端は今朝のことだ。
調合中だったオレの元へやってきたミルトさんが開口一番、
『クローディア様の記憶が戻るかもしれません!』
と叫んだ事による。
そのままろくに説明も受けないまま教会にやってきて、このご老体を紹介されて今に至る。
むしろ初めから記憶なんて失ってもいないから、戻るもなにもない。
だがもし本当に記憶を戻す方法があるというならこちらも話を合わせなくてはいけなくなるのだが、
「で、なんの話だったかのぉ?」
この始末である。
「すみません。いつもはもっと調子がいいんですが、どうも3日目という事もあってか、少し……お加減が優れないようです」
「うん、申し訳ないんですが未だに状況がつかめなくて……」
「え? ……あぁすみません! そういえば何も説明していませんでした!」
オレの記憶が元に戻るかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなかったそうだ。
ホンマ、ええ子やで。
「えっと、じゃあまずその3日目というのは何でしょうか?」
「あ、はい。神官長様なんですがかなりご高齢でいらっしゃいまして、その為かはわかりませんが、生活サイクルが普通の方とは違うんです。4日眠って3日起きる、という」
それは確かに変わっているな。
じゃあその3日目というのは、起きている日の3日目。つまり最終日ってことか。
そりゃどうりで会話の応答も怪しくなるわけだ。
「き、昨日は調子が良かったんですよ!? それこそ昔話をしてくださったんですが、その中で『解除魔術を使った』と話されていたのでそれならクローディア様にかけられている魔術も! と思いまして……お聞きした時はもう夜遅かったので、朝一番にと……お恥ずかしいです」
「いえいえお気になさらずに」
つまりオレの記憶喪失の原因が魔術的な何かのせいなら、もしかしたら治せるのではないかと考えた訳か。
「でもこのご様子だと……」
「おや? お嬢さんは誰だったかのう? どこかで会ったことがある気はするんじゃがのう?」
ダメだこりゃ。
というかむしろこのおじいさんが変な魔術にかかったりしてないよな? 不安になってきた。
オレはこっそり[アナライズ]をおじいさんにかけてみる。
「はて? なんか言ったかの?」
「何も言ってませんよー(どれどれ……?)」
ざっと[ステータス]を見てみたところ、特別変な状態にはなっていない。
というよりも、
【ジャスティン=ティンバー=レイク:Lv.72
種族:エルフ族
年齢:584歳
職業:神官長
かなり高齢でありながら、未だに現役バリバリの術師でもある古参のエルフ。
若き日には数々の街や戦場で敵味方問わず全ての人々を癒した事から、〝生命の守り手〟とも呼ばれた。
教会の中でも平和主義である〝慈母派〟に所属し、その象徴的立ち位置にいるが、最近はボケてきたともっぱらの噂】
うん、なんかすごい人だってことがよくわかった。
レベルも歳も桁違い、っていうかどこが80歳やねん! その7倍近く生きとるやんけ!
そりゃこれだけ年取ってたらボケの一つや二つあるよね。
「ちなみにミルトさん、ご老体は実際のところお幾つなんですか?」
「神官長様ですか? 百歳は越えると聞いていますが、実年齢はよく……なにぶん本人がこの調子ですので」
うん、500歳越えですよー、って言ったらミルトさんはどういう反応するかな?
教えられないけど。
「ふぉっふぉっふぉ! ワシがあと十歳若ければロディのヤツにも負けんわい!」
そういって百歳ですら『若造』と言ってのけそうななお爺ちゃんはよぼよぼとグーを繰り出した。
パンチのつもりらしい。
―――――
で、せっかくやって来たが、神官長さんとの面会は以上となった。
午後からはかみしばいの会の予定があるが、それまでは特に予定がないし、まだ少々時間がある。
なので、オレはミルトさんの魔力丸作りにアドバイスを送る事となったわけだが。
「こう、もうちょっとグーっと魔力を集めて」
「こ、こうですか?」
「じゃなくて、こう、キュゥーっと」
「きゅ、きゅーっ!?」
「そうそう! あとはこうじわーっ、とさせてから一気にぐいっと!」
「はぅ…………」
ごらんの有様である。
ミルトさんは自分の魔製珠に手をおいて涙目になっている。
「ちょっと休憩しますか?」
「は、はぃ……」
お分かりだろうか? そうです、まったく捗っおりません。
その理由の一つには魔製珠の性能の違いというのもある。
オレの魔製珠はかなり性能が良く、細かな魔力調整も感覚的に行える。
一方でミルトさんの魔製珠は魔力丸の精製法を教わってから急いで用意した物らしく、そこまで性能が高くない。
オレの物に比べると、大分性能差があるため、オレの基準で作ろうとすると、あまり上手くいかないようだ。
まぁその分魔力をしっかり調節できれば問題ないのだが、そこでもう一つの理由が関係してくる。
「あ、あのクローディア様、もう少し噛み砕いた表現にしていただけると私としても……」
「えっと……ごめんなさい」
「そ、そんな謝らないでください! そうですよね! 魔力制御なんて言葉にできるような物じゃありませんよね!?」
つまり、オレの説明力が……ね? その辺はご理解いただきたい。
どうにもオレは魔力に関する知識に乏しいため、魔力を扱う作業がどうしても感覚的になってしまうのだ。
オレの魔製珠ならばそれでも問題ないのだが、いかんせん他の魔製珠ではそうもいかない。
で、結局のところ依然渡したレシピもオレの感覚基準で書かれている。
さすがに擬音はないが『ちょっと』とか『多目に』とか『いい所で』という単語が入り乱れ、レシピと言うのもはばかられる出来だ。
でもこの繊細な感覚を他の人に言葉や文字で伝えろというのがなかなかに難しい。
「すみません。私の理解力が足りないばかりに……」
「いえ、むしろワタシの方も説明下手で……」
更にこの魔力操作というのは普通の人にはかなり難しいようで、オレのように感覚的にこなせる人間の方が希だという。
まぁオレの場合チートとかその辺も関係しているからだろうが、オレぐらいの魔力操作を行うにはかなりの修業と集中力が必要だと言う。
オレみたいにぱっ、とやってぐっとして、はい! と出来るのは天才だ、と褒められてしまった。
「うーん、コレは結構よさそうなんですけど……」
「ホ、ホントですか!」
「でも、もう少し柔らかくてもいいんですよねぇ」
「あぅ……ですよねー」
一応なんとか一つ形にはなったが、これもオレから言わせて貰えば少し作りが甘い。
中に込めるべき分の魔力が、表面に集まり固くなってしまった。
これでは体内で消化されるのに少し時間がかかってしまう。
それでいて含まれている魔力は少ないから、そこまで回復しない。
惜しくはあるが、実用するとなるとちょっと厳しいレベルだ。
「もっと私がクローディア様のお気持ちを理解できればいいのですが……」
「そうですね。ワタシもこの感覚を上手く伝えられる方法があれば……ん? いやあるかも?」
「あ、あるんですか!?」
オレはふとある魔術を思い出す。
だが、ミルトさんの前、ましてや教会の中でおいそれと魔術を使うわけにはいかない。
そこで、オレは瞬時に懐の魔製珠で透明なリングを二つ作り出した。
「じゃんじゃじゃーん!」
「それは、何でしょうか?」
目が点になっているミルトさんに断りを入れてから指にリングを一つ通す。
そしてもう一つはオレの指へ、ニヤリと笑ってオレは唱える。
「これは[シンクロニティ]リング、というマジックアイテムで」
オレがスペルワードを唱えると、同時にミルトさんが心の中でかなりの驚きを見せる。
「え? いや、あの。この感覚は……クローディア様の……? でも……えぇ!?」
≪このリングは装備者同士の感覚を共有することができる能力があるんです!≫
「あ、頭の中にクローディア様の声が!?」
はい、真っ赤な嘘っぱちです。
実際は[シンクロニティ]という感覚共有魔術を発動させてだけです。
これは念話みたいに他人に聞かれないよな相談事をする時に使う魔術なんだけど、オレの感覚を使うのにちょうどいいと思ったんだ。
ん? この思考は読まれないのかって?
そこはほら、普段からティー様と念話で話しているオレだからこそできる、思考の切り離しってヤツですよ!
≪ク…ディアさ……≫
≪ん? なに?≫
「む、むずかしいです! クローディア様のように上手くお話できません」
「まぁ、今はそれがメインじゃないので」
オレはミルトさんの手を取ると、そのまま魔製珠の上に手を乗せる。
「く、クローディアひゃま!?」
「しっ! 集中してっ!」
「ひゃ、ひゃい!」
オレはそのまま魔製珠に魔力を込めていく、徐々に形を整えるそれはゆっくりと球体状にまとまり、机の上にコロン、と落ちた。
形、魔力含有量、固さ、何から何まで完璧な出来の魔力丸である。
「とまぁ、こんな感じなんですが……? ミルトさん?」
自分の手に触れ、ぽーっとしているミルトさんにオレは首を傾げる。
ミルトさんはまだ念話に慣れていないのではっきりとした思考は読みとれないが、さっきからやたらほわほわとした思考? みたいのが流れてきているが、大丈夫なんだろうか。
「は、はわわわ!? 大丈夫れす! ちょっと魔力不足でしょうかね? あは、あはは」
「それはいけませんね。すこし休みましょうか」
「うぅ……お恥ずかしい限りです」
ちょうど今できあがった魔力丸をミルトさんに飲ませ、しばし休憩した後で今度はミルトさん一人でやってみてもらう。
「さっきの感覚を思い出してやってみましょう」
「さっきの……はっ///// ひゃっ、ひゃい!」
ミルトさんは首をぶんぶん降って自分の中にあった邪念のような物を振り払う。
そうそう、失敗とかのイメージは捨てて、今は心を無心にするのが大事なんですよ。
そして目の前の魔製珠に集中すると、魔力をゆっくりと込めていく。
「そう、そういう感じです……ずびゃーっと魔力を込めて」
「はい、ぐわっ! と形作る感じですね」
うんうん、ミルトさんも分かって来たみたいだ、ずびゃーでぐわっでばほん! って言う感じで……
ミルトさんの手の中で徐々に形作られていく、魔力丸。
淡い魔力の光が小さくはじけた後、机の上に完成した魔力丸がコロン、と転がった。
「で、きました……?」
「……はい。どれどれ……うん、これなら十分成功ですね」
「やった! やりましたクローディア様!」
「ちょっと形がアレですが、食べてしまえば一緒ですしね。魔力量や固さは問題なさそうなので大丈夫そうです」
ミルトさんの作った魔力丸はオレが作ったもののような球体ではないが、性能はほぼ同じ物のようである。
これなら夢衰病の治療にも使えそうだ。
「というか、この形は…………ハート?」
「はわわわわわっ!? 失敗! これはとんだ失敗です!」
「そうですか? さっきも言いましたけど、別に形はそこまで重要でもないですし……」
どこかで見たことがあると思ったら、少し丸みを帯びたハートの形をしているではないか。
ミルトさんは恥ずかしそうにしているが、まぁ別に女の子らしくていいじゃないか。
「い、いえ! これでは完成とは言えません! この失敗作は私が処分します(ぱくっ!)」
失敗した(と本人はおもっているようだ)のがよっぽど恥ずかしかったのか、ミルトさんは魔力丸をさっさと食べてしまった。
もったいない、可愛い形だったので今後の参考に1つくらいほしかったのに。
「えっと、じゃあ、今の感じを忘れないようにもう少し作ってみましょうか」
「ひゃい! ひゅぎひょひょはひぇいひょうひゃへひゃひゅ!」
と、思っていたが何も問題はなかった。
次こそは成功させる、と言っていたミルトさんだったが、
「うぅ……私は試されているのでしょうか女神よ……」
次々と量産されるハートの魔力丸の前に崩れ落ちていた。
オレは参考に3つ4つ頂いてほくほくだった。
「そうお気をおとさずに。でもほら、この形ミルトさんっぽくて、可愛らしくてワタシは好きですよ?」
「す、すきゅ!?」
ん? どうしたのだろうか?
ミルトさんは顔を『ぼひゅっ』っと真っ赤にして声にならない声をあげている。
オレなんか変なこと言ったかな?
「ま、魔力丸の完成を、神官長様に報告してきます!」
「え、あ、はい」
「失礼します!」
ミルトさんは深く礼をすると脱兎のごとく部屋を飛び出していった。
やっぱオレ何かまずいことをいったんだろうか?
オレの言動を振り返ってみたが、思い当たる節はない。
(あ、あれか? 『ミルトさんっぽい』って言ったのが気に食わなかったのかな? それとも……)
乙女心は難しいな、とオレが自分の言動を省みていた時だった。
「おや? お前さん一人かい?」
「あ、どうも」
やってきたのは神官長さん。
かなり立派な錫杖を杖をにしながらヨボヨボと歩いてきた。
というかミルトさんが探していたはずだが、すれ違ってしまったようだ。
「ふむ……うちの若いのが世話になっとるようじゃな」
「いえそんな……」
あれ? なんか様子がおかしいぞ?
「ワシとしても礼をしたい所じゃが……こんなじじいに出来ることなど限られておるしのぉ……」
「あ、あのぅ……?」
「む? なんじゃろうか?」
わざと消え入りそうな声で尋ねたのに、おじいさんは返事を返した。
「やっぱり! ちゃんと聞こえてるじゃないですか!?」
「ふぉっふぉっふぉ。はて、なんのことかのぉ?」
おじいさんはとぼけているが、間違いない。
この人、ボケてなんかいない。
「じゃ、じゃあ何でさっきはあんなボケたフリを?」
「何でも何も、お前さん。別に悪い魔術にかけられてなぞおらんじゃろう?」
「なんと!?」
「ばれたらお主、困るじゃろ? ワシだって無駄に魔術を使うのはしんどいでな。困ったときはボケたフリ。年寄りの特権じゃわいな」
驚いた。
この人、最初から全部わかった上であんなことを……。
ただの人の良さそうなおじいさんかと思っていたが、このご老体、ただ者ではない。
「それにお前さんの親父にはワシも散々世話になったからのう。軽い意趣返しもあったんじゃ。お主は関係ないと分かっていたんじゃが、すまなかったのぉ」
「ちょ、ちょっと待ってください。え、神官長さんうちの親父のこと知ってるんですか?」
この人がうちの親父と知り合いだって?
どどどどどういうことだ?
ひょっとして親父、異世界と交流があったのか?
それともむしろ親父は異世界人!?
なんにせよオレにとって聞き捨てならない言葉だ。
狼狽したオレだったが、しかしそれはすぐに誤解だと分かる。
「お前さんの親父を知らん者などおるはずがなかろう。なにせあの伝説の魔導士なのじゃから」
「へっ? …………あっ! あー、そっちかー」
そういうこと、か。
つまり神官長さんはオレがクロードの子孫、しかも娘だと勘違いしていると。
「お前さんがやってきたときは驚いてしまったわい。魔力の質も、量も、精霊の騒ぎようも、あまりに黒の坊主と似通っておったからな」
「あはは……キノセイデスヨー」
「初めは本人かと思っていたが、どうにも雰囲気が違う。別人と言ってもいいじゃろう。じゃったら、娘か、その子孫じゃろうと当たりをつけたんじゃが」
「ヤ、ヤダナーヒトチガイデスヨー」
「お前さんは嘘が下手じゃのぉ」
ば、バカな! オレの完璧な演技が見破られただとぅ!?
……やはりこのご老体、ただ者ではない!
(それにしても『雰囲気が違う』か。これはまた面白い事を言う人だ)
そりゃ確かに昔活躍していたクロードは中身がティー様だから、オレとは全くの別人と言ってもいい。
でもそれでオレを見分けるとは、やはりこのご老体、ただ者ではないッ!
「にしてもあの坊主にこんな可愛らしい娘さんができるとはのぅ……世の中わからんもんじゃ」
「あ、あはは……恐縮です」
口ぶりからして、この方それなりにクロードと親しかったのだろうか?
まさか本人を知っている人物なんていないだろうと思っていたから油断した。
ってかそうだよね。500うん歳って、クロードが活躍(暗躍?)してた時代も生きていたって事だもんな。
本物のすごい人に出くわしちゃったよ。
「あれ? でもこれってひょっとして超ぴんち?」
「かもしれんなぁ」
クロードは教会から敵視されている。
そしてここは教会のど真ん中。
更に相手はオレの正体を見破るほどの人物で教会の神官長。
詰んだ、確実に詰んでるよ。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ! さて、でお主はアヤツの娘なのかのぉ?」
ご老体の言葉に額から汗が流れる。
ここは慎重に言葉を選ばなくてはいけない。
「…………も、もし仮にオレがクロードの関係者だったとして、どうしますか?」
オレはおそるおそる尋ねる。
その返答次第で今後の身の振り方を考えなくてはならないからだ。
最悪、この街を出て逃亡生活に入る可能性も……
「何もせんよ?」
「そうですかならオレにも考えが……え? 今なんて?」
「その歳でボケるのはまだ早いじゃろう。何もせん、と言ったんじゃ」
そ、そりゃまたどうして?
訳が分からず目が点になっているオレに、ご老体は愉快そうに笑う。
「言ったじゃろう? 奴には世話になった、とな」
「あ、あれは『手前の親父には散々迷惑をかけられた』的な意味かと……」
「それもまぁ、あるがのぉ」
あるんですね。
まったくあのアホ精霊様ときたら……!
「ともかくじゃ。いくらワシが教会の人間でも、恩を徒で返すような真似は女神に誓ってせんよ」
「じゃ、じゃあなんでわざわざ聞いたんですか?」
「単純な興味と、あと悪戯心じゃな。慌てふためくお前さんの顔を見とると、アヤツに一杯喰わせられたような気がして楽しかったんじゃよ」
オレは金魚のように口をパクパクさせて意地悪じいさんの言葉を聞いていた。
「アヤツへの借りは大きくてのぉ。軽く命を救われたレベルじゃ」
「いえ、それ全然軽くないです」
「そうじゃな。じゃがアヤツは単なる気まぐれと吐いて捨てよった。悔しいから絶対に返してやると言っとったんじゃが……気づけばもうこんな歳じゃ」
なんか知らんが、ティー様グッジョブ!
(あなたの行いのおかげでオレは助かりましたと思いましたがそもそも全部ティー様がクロードでヒャッハーしたのが原因でこんな心臓に悪い思いをしたんじゃねえか前言撤回ですふざけんなこんちくしょうめ!)
オレが今ここにはいない大精霊へ心の中で呪詛を吐き散らしていると、ご老体はオレに問う。
「アヤツは、どうしとる?」
尋ねるようでいて、その瞳は故人を偲ぶそれだった。
といっても自分を指して『目の前にいます』と言うのも違うし(いや、言えませんけど)、中身のティー様を指して『大精霊なう』とも言えるわけがない。
まぁせっかく、オレの正体を娘と勘違いしてくれているのだ。
ここはそれに乗っかとくべきだろう。
「や、奴が誰かはごぞんじにゃいでぇすがっ、チチハシニマシタ(あせあせ)」
どうだこのア〇デミー俳優(断じて女優ではない)ばりの名演技は!
「ふぉふぉっ! そうか、『父は死んだ』か。ふぉっふぉっふぉ! いやはやほんにお前さんは嘘が下手じゃのぉ」
「あっれー?」
「わしも大概長生きなもんじゃが、〝憎まれっ子世にはばかる〟とはよく言ったもんじゃなぁ!」
「あれれれあれあれー?」
なんかよく分かんないけど、これはまた勘違いされたんじゃなかろうか?
「で、ですから『チチハシンダ』と……」
「お嬢さん、お主の父親に会うことがあったら『さっさと死んでしまえ、腐れ魔導士』と伝えておくれ」
「い、いえあの。ですからチチハ……」
「よいよい。死んだんじゃな? わかっとるわい。ふぉっふぉっふぉ!」
「嘘だ! その顔は絶対信じてないじゃないですか!」
「まあしょせん棺桶に片足突っ込んだじじいの戯れ言じゃ。聞き流してくれてかまわんよ。ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
あまりに愉快そうに笑う老人に、オレはただ呆然と立ち尽くしていた。
オレの嘘を見抜くとは、やはりこのご老体、ただ者じゃないッ!!!!!
「あ! 神官長様、こんな所にいらしたんですか! もう、探しましたよー!」
「おや、ミルトさんか。 ――もう昼飯の時間かのぅ?」
戻ってきたミルトさんに、またボケてみせる神官長さん。
こっそりオレを見てウインクしたので、ドキリ、とした。
まさか、ばらす気じゃ……?
「そうですよーってクローディア様? ひょっとして何かお話していたんですか?」
「え、いやその……」
「はて? 何のはなしだったかの? お嬢さんご存知かな?」
「え? あ! かみしばい! 紙芝居みにきてくださいねーっていう!」
「そーじゃったそーじゃった。起きとったら、ぜひ行かせてもらおうかのぉ」
ほこほこと笑って話を合わせてくれる神官長さんに、オレは安堵のため息をつく。
どうやら本当に先ほどの事を話す気はないようだ。
「そういえばお嬢さん、お名前は?」
「クローディアです。クローディア=サッカー=ノーウェイと申します」
「良い名じゃな。お父君に感謝するといい」
「……伝えときます」
まぁ名付けたのは自分ですけどね。
オレが苦笑いで答えると、神官長さんは愉快そうに笑った。
「そそそそれじゃあ、ワタシはそろそろおいとましようかな。紙芝居の準備もあるし!」
「あ、クローディア様……今日はお役に立てず申し訳ありませんでした」
申し訳なさそうに、頭を下げるミルトさんに、オレは頭を上げてもらうようお願いした。
「それは気にしないでください。解呪魔術は前にチェスターさんの伝手で掛けていただいたことはあったんですが効果がなかったことを今思い出しました! ええ、ダメだったんですよあはははは……だからまた別の方法を探してますので」
「そうだったんですね。……うん、クローディア様にはさきほどごっ、ご指導いただきましたご恩もありましゅ! このご恩に報いるためにも、引き続きなにか方法がないか調べてみますね!」
「ありがとうございます。でもあまりご無理はなさらないでくださいね? それでミルトさんが倒れちゃったら、オレ泣いちゃいますよ?」
オレが微笑むと、ミルトさんは胸に手を当てて恭しく祈りを捧げている。
なんか小声で『私の女神よ……』みたいな事が聞こえた気がするが、あえてスルーの方向で。
「では何か私にできることがありましたらいつでもお呼びください! クローディア様の為でしたら、私なんでもいたしますから!」
「お、お手柔らかにお願いします」
「よろこんで!」
あまりの勢いに飲まれて答えてしまったが、別にそこまで気にしなくてもいいのになぁと思う。
まぁ、彼女は誰かの役に立つのが好きなようだし、何かあったときは遠慮せず助けてもらうことにしよう。
「ミルトさんや、飯はまだかのぅ?」
「あ、お待たせしてすみませんでした神官長様。では一度お部屋に戻りましょうか」
「そうじゃのう」
ヨボヨボと杖をついて歩く神官長さんの傍らに立って優しく手を引くミルトさん。
傍目から見ればおじいちゃんと孫そのものなんだが、あの人まだ全然しっかりした人なんだよなぁ。
ボケているのは演技だったようだが、4日寝て3日起きるっていうのは果たして……。
本当にあのご老体、ただ者じゃない!
うん、今のはちょっと言いたかっただけです。
「そういえば」
ミルトさんに優しく手を引かれていた神官長さんは立ち止まって、言う。
「アヤツは元気にしておるかの?」
「神官長様、ですからそれは……」
繰り返し言うが、クロードは死んだことに(オレの中で)なっている。
でもいくら死んだと言っても信じてくれない様子だったので、ここはあえて逆を言わせてもらおう。
「さぁ、元気にしてるんじゃないですかね?」
「そうか。それは何よりじゃ。ふぉっふぉっふぉ……」
「?????」
オレの返答に満足したのか、神官長さんは頭にクエスチョンマークを浮かべたままのミルトさんに手を引かれてさっきより少し軽快に歩いていった。
ほんとあのご老体……たd(しつこいので以下略)
―――――
出発前日。
「というわけで、急なんですが街を出ることになりまして……」
あまりに急な決定だがお世話になった人たちくらいには挨拶に行こうと、こうして教会へとやって来たオレ。
教会へ入るなり数名の顔見知りの神官さんたちに跪いて祈られて凹んだオレだったが、神官長さんはそんな事なく扱ってくれてちょっと嬉しかった。
「うむ、このような事になってしまっては致し方なかろうて」
今日はしっかりと起きていた神官長さんが顎のヒゲを撫でながら笑う。
「まったく、血は争えんのぉ」
「な、ナンノコトデショウカ?」
「さーて、なんの事じゃろうなぁ? ふぉっふぉっふぉ」
たぶんこのご老体は、〝聖女の誕生(自分で言って悲しくなってきた)〟の裏にあった真相に気が付いている。
だがそれを話す気はなさそうで、安心したような恐ろしいような。
ホントこのご老t(以下略)
「ミルトさんも、色々とお世話になりまして……」
「いえ……」
ミルトさんは俯いたままあまり喋らない。
なにやら思いつめた表情もしているし、ひょっとして彼女もオレの正体に?
なんて考えていると、きっ、と表情を引き締めたミルトさんがオレに詰め寄って来た。
「クローディア様!」
「は、はい!」
いつも温厚なミルトさんがキレた!?
と言う訳でなく、オレの顔すれすれまで肉薄したところで、頬を赤らめて少し離れた。
あ、顔が近すぎて恥ずかしかったんですね。
「クローディア様はやはり……」
「や、やはり……なんでしょうか?(ゴクリ)」
こ、これは本当にオレの正体に気が付いているんじゃ!?
と息を飲んだオレだったが、無用な心配だったようだ。
「やはり女神の……」
「え、あ、はい? そっちですか?」
「いえ! やはりいいです! クローディア様には並々ならぬ事情があるご様子! それを隠していらっしゃるようなのに、尋ねるなんて無粋でした! 申し訳ありません!」
「え、いやあの別に……」
「みなまで言わないでください! 思えば、貴女様が起こした奇跡の数々、伝説級の品々、女神のような慈しみ。全て当然と言えば当然だったのですね!」
「ぐふっ! あ、あのミルトさん、もうその辺でかんべんしてくだs……」
「そうです! 記憶喪失というのもご自身の正体を隠すためのカモフラージュだったのですね!? その御心に気が付かず私ってば……自分の未熟さを不甲斐なく思います」
「ぐはぁっ! や、やめてー! もうわかりましたから! 全部オレが悪かったんですから!」
「その上、全て自分の力が及ばなかったせいとおっしゃるなんて……なんて責任感でしょうか。なんて崇高な心をお持ちなんでしょうか!」
「うぐぅっ! もう……ダメ…………(バタッ)」
ミルトさんの純粋な言葉が、オレの罪悪感と良心を滅多刺しにする。
もはやオレは虫の息です。
教会の床は石畳なので頬がひんやり気持ちいいなー。
「これこれミルトさん。あまり聖女様を困らせるものではありませんぞ? ふぉっふぉっふぉ」
「ぎゃー!?」
それはむしろトドメですから!
お爺さんまでそんな事を言ってくるが、この人絶対わかってて言ってるよ。
相変わらずのちょいじわる爺さんだよ!
くっ、いっその事こっちもこのお爺さんの事をばらしてやろうか!
……まぁそんなことしたらまた『私たちの知らない事もご存知なんて、やっぱり聖女! いや女神!』とかってなりそうなのでしませんけどね…………しくしく。
「さて、となればお嬢さん、あまりここに長居するのはよろしくないぞい?」
「うぐぐぐ……それはどうしてですか?」
オレが立ち上がると、お爺さんは本当に500越えなのか、という頭の冴えをみせる。
「よいか? ワシらはお主の友人であると同時に教会の人間でもあるのじゃ。その教会が聖女を探せ、と言っておるのに聖女が街を出ていくのをみすみす見逃したとなれば、それはそれで責任問題じゃしのぉ」
「あぁ、なるほど」
「ワシはもう老い先短いから良いのじゃが、ミルトさんはまだ未来がある。教会の次代を担うべき若者が教会から排斥されるのはいたたまれぬからのぉ」
「そ、そんな! 私はそんなに立派な人間じゃ!」
「いえ、同感です」
「クローディア様まで!?」
教会がどういう組織なのかまだ完全理解してはいないが、ミルトさんのように誰かを幸せにするために一生懸命な人が、不遇な思いをするなんてオレも望むところではない。
「ですから残念ながら明日は見送りには行けないんです。クローディア様にはたくさんご恩があるというのに」
「なにせ、ワシらはお前さんの出発を〝知らん〟からのぉ」
「いえ、お気遣いかえって感謝します」
なるほど、知らなかったなら確かにしょうがない。
「むしろ聖女が誰か、この教会の者たちは誰も知らんからのぉ。皆教会の結界を維持するので必死じゃったからなぁ」
「わ、私は気を失っていたので見れませんでした……本当に残念です」
「聖女……? そんな事より飯はまだかのぉ?」
「もう、神官長様ったら!」
「あはははは!」
オレはその板についた見事な惚けっぷりに吹き出してしまった。
この人たちは本当に……
「重ね重ね、感謝します」
「いいえ! あんな野蛮な人たちにクローディア様がいいようにされるなんてあっちゃいけない事ですから!」
「神音派の連中は極端すぎるからのぉ。道中気をつける事じゃ」
「はい!」
オレは深々と礼をして教会を後にした。
後ろから震える声で聞こえてきたお爺さんとミルトさんの祈りが、オレの胸に熱く響いた。
「教会の皆さんにも女神の祝福を……」
オレは柄にもなく、天へ祈りをささげてみた。
はたしてあの生真面目な女神はこの祈りを聞き届けてくれただろうか?
ということで、ミルトさんは見送りに来れませんでした。
あと、昔クロード(ティタルニア)が神官長さんを助けたのは、イケメンだったからです。イケメンだったからです。
大事な事なので2回言いました。




