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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第一章〝黒の目覚め〟
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黒の系譜01-番外編01『師弟の籠手』

第1章の番外編第1話はエミリーとラムダさんのお話です。

エミリーがもらった籠手、それに秘められた過去の出来事をちょっとだけ。

 あれは初めてのパーティーでの冒険を終えて帰って来た翌日の事だった。

 今日はとりあえず冒険に出る予定はないので、部屋で大人しく新しい調合のレシピを絶賛作成中である。

 あのポーション(リカム風味)、面倒なのでリカムポーションと呼ぶが、あれを超えるべく試行錯誤を繰り返しているのだが、どうにも上手く行かない。

 今は、リカムティーの代わりに別の物で代用してみたのだが……


「どうかな?」

「…………おいしいですわ」


 とても微妙な表情でミラが答える。


「正直に言うと?」

「…………申し訳ありません。飲めなくはないんですが、ちょっとくどいかとは思います」

「だよねー……」


 何度も試作と試飲を重ねた結果、そのあまりの甘さにオレの舌は完全にマヒしてしまった。

 部屋に遊びに来たミラが協力を申し出てくれたので、こうして味見をお願いしたのだが、結果はやはり変わらず。

 どうやら魔力調整に関係なく、この組み合わせは失敗だという事だろう。

 

「ふむぅ……」


 オレは目の前の試作ポーションを掬って舐め、マヒした舌でも分かるほどの甘さに眉をしかめた。

 今回使ったのは【ガリネの実】と呼ばれる魔草の一種だ。

 治癒草などと一緒に取って来た果実なのだが、これがまた癖の強い素材である。


【ガリネの実:

 滋養強壮効果のある果実。ただし恐ろしく甘く、抽出したエキスを希釈して使うのが一般的】


 アイテム説明からもお分かり頂けるだろうが、コイツえげつないほど甘いのだ。

 一度果汁を直接舐めて、ホントに死ぬかと思った。

 〝死因:甘伝死(かんでんし)〟なんていう新しい殺害手口が生まれるんじゃないかというほどだった。

 たった一滴をコップ一杯に垂らしただけでも、舌が溶け落ちるくらいに甘い。

 例え実に滋養強壮の効果があっても、これだと相当希釈しないといけないため、ほとんど効果が薄まっている。


「うん、ボツ」

「そうですわね……」


 ならばとあの苦いと定評のある緑のポーションさんに投入してみたのだが、結果はご覧のありさま。

 見事ガリネ選手の完封勝利に終わったのだ。

 おまけに、ただでさえドロドロだったポーションの粘度が増して、もはやスライムに近い形状になっている。

 こんなものあのツンデレっ娘っが見たら……


「たのもー! って、にょわぁっー!? すすすすすすすすすらいむぅっ!?」


 勢いよく扉を開け放って入ってきたかに思えたエミリーはすごいスピードで後ずさって部屋から出て行ってまた扉が閉まった。

 つまり、これから起こることは面倒くさいという事だ。


「(ガチャッ)」

「お、お閉めになってよろしいんですか?」

「相手はエミリーだし、いいんだよ」


 オレが扉を背に答えると、バキィッ! という凄まじい音がしてドアノブが粉砕された。


「しめるんじゃなにゃいわよっ!」

「エミリー、器物破損って知ってる?」

 

 この世界にオレのいた世界の法律はないから、無駄だろうと分かっていてあえて聞いてみる。


「それぐらい知ってるわよ! 〝キーブッツ・バソン〟でしょ? あの有名な将軍の?」


 ミラに確認してみたがどうやらこの世界に実在した人物らしい。

 数百年前に実在した人物で、戦場を単騎で駆けては人物敵味方関わらず破壊して回ったため、付いた二つ名は〝戦場を駆ける天災〟。

 今では悪さをする子供に『悪いことするとバソンが来るわよ!』と言って聞かせるほど悪名、もとい有名な人だという。


「エミリーはバソンみたいだね」

「それって、アタシが滅茶苦茶強いってこと? ほ、褒めてもにゃにもでないわよ! ふ、ふん♪」


 本人がそれでいいなら、いいんじゃないかな?

 ともあれ、相手が天災では注意してもしょうがない。

 ドアノブは後でオレが謝っておこう。


「で、エミリーは何しにきたの?」

「なによその言い草! せっかく〝親友〟が遊びに来てあげたんだから、もうちょっとなんかあってもいいんじゃないの!?」


 驚くべきことに、彼女の中でオレは〝ただの知り合い〟から〝親友〟までランクアップを果たしていたらしい。

 

「しんゆう……?」

「そこで首を傾げるんじゃないわよ! なによ。嫌なの!?」

「嫌ってわけじゃないけど……」


 歳の差10歳以上(実年齢との)で女子の親友って、どうなんだろう。

 

「クロ様! わ、私はクロ様の友人でいいんでしょうか?」

「ミラは友達というか、家族?」


 オレの中でミラはなんというか、妹的な感覚だ。

 実際妹はいたけど、こんなに可愛くは無かったもんなぁ……腐った趣味のせいもあったし。 

 などと、オレが過去を思い出し感慨にふけっていると、突然ミラに抱きしめられた。


「か、感激ですっ!」

「ミラ、きもち……い、ようでくるしい、くるしいです……」


 よっぽど嬉しかったのか、かなりの力でハグされている。

 ミラって、見かけによらず案外力持ちなんだけど、ひょっとしてチェスターさん譲りだろうか。

 なんて悠長に考えている場合じゃない。

 ミラに抱きしめられると気持ちいいけど、顔が埋まってしまうので呼吸がし辛いのだ。


「お取込み中悪いんだけど、おじ……執事の人がどこにいるか教えてくんない?」


 呆れたように言うエミリーの言葉に反応したのは、ミラだ。


「じいなら、今日はお父様と外に出ていますわ。帰ってくるのは、多分お昼過ぎになるかと?」

「そう、じゃあここで待たせて貰うわ」


 エミリーはそういうと我が物顔でオレのベッドを占拠する。

 あぁ、だからベッドに乗る時は靴を脱げと言っているじゃないか。

 オレが口を酸っぱくして言うと、エミリーは何故かしぶしぶ靴を脱いだ。


「じいに何か用ですの?」

「コレよ」


 エミリーが取り出したのは鋼の塊、昨日冒険に行く前にラムダさんが譲ってくれたという籠手だ。

 貰った時は使い古されていた感じだったのだが、昨日エミリーがスライムに丸呑みされた際、体内の消化液で表面の錆や汚れが落ちてかなり綺麗になった。

 

「勢いでもらっちゃったケド、なんかコレ良い物っぽいじゃない? 返した方がいいんじゃないかと思ったのよ」

「うーんとね……」


 オレはエミリーの持っている籠手に[アナライズ]をかける。


隼姫(しゅんき)の籠手:

 女性でも装備しやすいようにミスリル合金で軽く、それでいて強固に造られた籠手。

 内部の魔石に魔力を込める事で使用者の身体能力をわずかに強化する特製を持つ】


「値段とかはわかんないけど、すっごく良い物だね」

「……アンタ目も効くのね。かなり良い造りだから、そうじゃないかとは思ってたんだけど、まさかここまでの物とはね」


 エミリーは鍛冶屋の娘というだけあって、武器に関してはそれなりに知識があるみたいだ。


「コレ1個売れば、3年くらいなら遊んで暮らせると思うわ」

「そんなに!?」


 それは確かにすごい物だ。

 そんなものをエミリーごときひよっ子にホイホイあげるとは、ラムダさん太っ腹にもほどがある。

 それとも何か裏があるのだろうか?


「ん? 何か書いてるわね? 『メイ――』、うーん、ダメね。後は消えちゃって読めないわ」

「見せていただけますか? ……この字は! ……そうでしたのね」

「ミラ知ってるの?」


 オレが尋ねると、ミラはうっすらと目じりに涙を浮かべながら『はい』と笑う。

 

「エミリーちゃん、多分じいは返してくれなくていいと言うと思いますわ」

「どういう事?」

「さっぱりね?」


 オレもエミリーも頭の上にクエスチョンマークを浮かべたまま、ラムダさんの帰りを待った。

 ついでにエミリーにも味見をお願い(口に無理やり放り込んだ)したら、割と本気のパンチが飛んできてちびった……じゃなくてビビった。言い間違えてしまった。

 エミリーをからかうのもなかなか命がけである。

 

 

―――――



「ふむ、それなら返していただかなくて結構ですぞ。わしにはもう必要のない物ですからな」


 戻って来たラムダさんに、エミリーがお礼(ツンデレ)をして籠手を返そうとすると、ミラの言うとおりラムダさんはその申し出を断った。


「でもコレ、すっごい良い物じゃない! こんなの、アタシもらえないわ」


 エミリーは俯いて唇を噛みしめる。


「自分が未熟だってことは、よく分かってるつもりよ。こんな良い物、アタシには〝宝のクサモチ〟だって事もね」

「宝の持ち腐れねー(ボソッ)」

「うっさい分かってるわよ! ……ともかく、もらえない! だから返すっていってんの!」


 乱暴に突っ返した手を掴むと、ひねりを加えつつエミリーを空中へ投げ飛ばす。

 正直何事かと、オレが口をあんぐりしていると、同じように呆けたままだったエミリーがすぐに顔つきを変え、空中で体勢を整えながら、綺麗に受け身を取った。


「にゃ、にゃにするのよっ!?」


 と掴みかかったエミリーをラムダさんはまた投げ飛ばそうとする、がエミリーも黙って投げられはしない。

 腕をさばきつつ掴まれればいなし、かわし、常人の目には留まらないスピードで何十もの攻防を繰り返している。

 オレも、この身体でなければ目が追い付けなかっただろう。

 しばらくして、集中力のきれたエミリーがラムダさんに再び投げられ、ビターンと地面に大の字に打ち付けられると、ラムダさんはいつものダンディスマイルではなく、ニッカリと笑顔を浮かべる。


「にゃ……にゃにしゅりゅにょにょー……」

「なかなかどうして。こうも見どころのある若者もおりますまい」


 その笑顔は心底嬉しそうだった。


「その籠手は、かつてわしの一番弟子に送った物でしてな」


 ラムダさんがポツリ、というとエミリーはぎょっとする。


「そんにゃたいせちゅにゃもにょ!」

「……その弟子も先に逝ってしまいました。まったく、無駄に歳は取りたくない物ですな」


 だが、そういうラムダさんの表情に寂しさはなかった。


「この籠手もそれこそ、わしが持っていても宝の持ち腐れでしてな。こうしてまた日の目を見させてやることができてわしは嬉しいのですじゃ」


 ラムダさんは、籠手をエミリーの上に優しく置くと、いつものダンディスマイルで笑う。


「この籠手、改めて受け取っていただけませんかな?」

「……ふ、ふん!(グスッ!) こんにゃ良い物を腐らせておくのはもったいにゃいから、アタシが使ってあげてもいいわっ!」

「エミリー、強がるか、泣くか、喜ぶか、ツンデレるか、どれか一つにしないとすごい顔になってるよ?」

「うっしゃいっ!」


 エミリーは泣きながら、譲り受けた籠手(想い)を大事に胸に抱えていた。



―――――



 それから毎日のようにエミリーが屋敷へやってくるようになった。


「師匠! 今日もお願い!」

「ふむ、では午後の空き時間まで走り込みでもしていなされ」

「はい!」


 親友のオレを差し置いて、エミリーはラムダさんと修業づけの毎日である。

 いつの間にかラムダさんを『師匠』と呼び出し、ラムダさんもまんざらではなさそうだ。

 その様子をオレはじと目で眺めていた。


「別にさびしくない、さびしくないもんねー」

「クロ様、エミリーちゃんのツンデレがうつってますわ」


 クスクス笑うミラはエミリー、というよりラムダさんを楽しそうに眺めている。

 しまいには『私もじいに武術を習おうかしら?』などという始末である。

 そもそもミラとエミリーは身体の作りが違うからやめておいた方がいい、とオレが必死で止めると、


「あら、そんな事はありませんわ。だって私のお母様も元〝拳士〟で、じいの弟子だったんですから」


 などと衝撃の事実を明かす。

 ミラのお母さんが拳士だったという事にも驚いたが、それよりもということは、あの籠手ってまさか……


「ミラは、良かったの? 一応、形見になるんじゃない?」

「私には扱えませんでしたから」


 ミラは、優しい顔で微笑む。


「それに、エミリーちゃんももう家族みたいなものですから」

「ホント、手のかかる妹だけどね」

「そうですね」


 ミラに頭をなでくりなでくりされながら、オレは笑う。

 まったく、末っ子がやんちゃだとお姉ちゃんは苦労するよ。


「いや、お姉ちゃんじゃないだろ!?」


 オレは自分に自分で突っ込みを入れた。

 危ない、この身体になったせいで徐々に思考も女性寄りになってきているのかもしれない。


「ですね。クロ様はしっかり者の妹ですわ」

「えー? じゃあミラがおっとりした長女?」


 本心から言えばオレが長じ……ではなく一番上のつもりだが、この身体の年齢的にはそうなるのかもしれない。


「いえ、長女は……くす♪ 今来ましたわ」


 ミラが視線をずらした先には、無口で可愛い物好きで魔女っぽい長女が立っていた。


「ん、クロ。今日もきゅーと」

「はい、そうですねお姉さま」

「やーめーてー」


 錬金道具を抱えてやって来た長女は次女と一緒になってオレをなでくりなでくりしてくる。

 

「それじゃあ行ってきます! 師匠!」


 エミリーは籠手を着けた腕を嬉しそうに振って屋敷を飛び出していった。

 今日も、スーサの街は平和である。



――追伸、メイド長さんに『ドアノブはバソンが壊しました』と正直に言ったのだが、タップリのお説教を頂くことになりました。理不尽だ。 

こんな事があったので、エミリーはラムダさんにメッチャ懐いています。

というかエミリーは誰とでも仲良くなるなぁ、と今気づきました。

つ、ツンデレだから?

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