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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第一章〝黒の目覚め〟
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黒の系譜01-39『天上のシステム』

 心地よい風、がそよいでいる。

 ゆっくりと瞳を開くと、優しい笑顔の女性が微笑んでいた。


≪天使だ……≫

 

 ぼんやりそんな事を考えていると、オレを膝枕してくれていた女性は満面の笑みでオレを抱きしめた。


≪むぐぅ!? むぐぐぅ!?≫

≪やーん! もうかぁーわぁーいぃーいぃーっ!≫


 オレの顔が女性の豊かな双丘に埋まる。

 なんだ、幸せすぎて死んでしまいそうだ。


≪いや、天使がいるという事はここは天国?≫

≪それは少し違います≫


 オレを抱きしめて頬ずりしている女性の後方からもう一つの声がする。

 なんとか女性の抱擁からなんとか這いずり出してみると、そこには間違いなく女神がいた。


≪め、女神だ……≫

≪はい、女神です≫


 自分でそういうのはどうかと思うが、その美しさはまさに女神と呼べる美しさだった。

 プラチナブロンドの髪は風にさらさらとそよぎ、花園のようないい香りがする。

 身体の肉付きはそこまでではないが、すらっとしていてスタイルがいい。

 幼さを残しつつも綺麗な顔立ちは、かつてオレのあこがれたアイドルのそのまま美化したような……ん?


≪……アイドルのモミモミ? いや違う……ひょっとしてモーミジヤ? 女神の?≫

≪はい。そう言っているじゃないですか≫


 …………よし、一旦落ち着こう。

 こういう時は深呼吸だ。


≪ひっひっふー。ひっひっふー≫

≪御気の毒ですが今の貴女の身体は子どもが作れませんので、それは意味のない行為かと思います≫

≪ラマーズ法じゃないし! いや、ラマーズ法なんだけどそういう訳じゃなくて……! ってかオレだって身体が女だからって野郎の子どもなんぞ産む気はないわ!≫

≪ではなぜあのような事を?≫

≪ぼ、ボケたんだよ! なのにまさかそんなに真面目に返されるとは……≫

≪なるほど。あれがマンザイというものですか≫


 くっ、この女神、口調からも分かるが、ずいぶん生真面目な性格だぞ。

 まさかオレの渾身のボケに真面目に返答してくれるとは思わなかった。

 まったく、きらきらした見た目に反して、とっつきにくそうな女神である。

 元女神のティー様とはえらい違いだ。


≪って珍しい。今回はティー様ではないんですね≫

≪その方がよろしかったのですか?≫

≪そういう訳ではないですけど≫


 いつもこういう場にはティー様が来ていたので、ちょっと変な感じがしていただけだ。

 というか、どういう顔して会えばいいかわからないので、助かるといえば助かるのだけど。


≪ま、ティタルニア様は所要で来られませんでした≫

≪所要? そりゃまたどんな?≫

≪……内密にと言われていますのでお答えできません≫

≪ふーん……≫


 案外、ティー様もオレと同じように考えてたりして?

 って今はそんな事どうでもいい。

 ともかくどうして女神がいるのか、それを知る方が先だ。

 

≪えぇと、状況を聞いてもいいですか?≫

≪無理に敬語を使う必要はありません。私はま……ティタルニアに創られた存在ですので、そこまで役職とは別に位はそこまで高くありません。ですので貴女に畏まられるとこちらの方が対応に困ってしまいます≫

≪はぁ、了解?≫


 よくわからない言い分だが、敬語を使われたら困るというし、ここはお言葉に甘えてフランクにいかせてもらおう。


≪じゃあ、まずここはどこ?≫

≪ここは人々に〝天界〟と呼ばれる領域です。死した魂が行くのは〝天国〟と呼ばれるエリアなので、まったく別の場所と考えていただけるといいかと≫

≪うん、オーケー。その辺はなんとなく思い出してきた≫

≪さすがぱ……クローディア様です。ご理解が早くて助かります≫


 肉体を失った魂はまず〝黄泉〟と呼ばれるエリアに行ってから〝天国〟〝地獄〟のそれぞれに振り分けられる。

 善き魂は〝天国〟へ行き、転生を待つか、そこで永遠に近い時を過ごす。

 悪しき魂は〝地獄〟へ行き、罪を全て洗い流すか、それでも罪の消えぬものは消滅して無となる。

 それがこの世界の理だ。

 詳しいなって? オレが考えたんだから当たり前だ。……威張る所ではないけど。


≪では天界の役目を御覚えですか?≫


 では天界とは何なのか。

 それは世界の均衡を保つため、世界に良くも悪くも大きな影響を与える存在に干渉することが天界、というシステムである。

 世界のバランスを著しく破壊する物、もしくは人などに対して神が〝天罰〟という名のペナルティを科す。

 それがこの世界における〝天界〟というシステムである。


≪オボエテマセン≫

≪嘘ですね。そもそも誰がそう定めたんですか?≫


 はーい、オレでーす!

 さっきから冷や汗が止まらない。

 

≪という事で、何故連れてこられたか、ご理解いただけたようですね?≫

≪ミニオボエガアリマセン≫

≪どの口が仰いますか。あれだけの事をやっておいて≫


 女神の呆れ顔とじと目がオレの小さな胸に突き刺さる。


≪クロード=ヴァン=ジョーカー≫

≪止めてッ! オレをその名前で呼ばないでッ!?≫


 先ほどまでの状態、仮に〝覚醒モード〟とでも言っておこうか。

 なんかあの状態に入っていると、どうも気分が高揚してこう……色々やらかしてしまった。

 おかしい。当の昔に中二は卒業したはずなのに……

 そうか! きっと魔石の力を無理やり二つも発動したせいで、ちょっとハイになってたんだ。

 そうだアレはオレのせいじゃない、全部あの石がわるいんだハハハ……


(われ)、とか言ってましたね≫

≪やめてッ! あれはオリジナルを求めすぎたが故にああなってしまっただけなんです!≫

≪あとは、そうですね。魔術とかすごい名前でしたね。ルビを振るのが大変そうです≫

≪いやぁー!? だってあれがかっこいいと思っていたんだもの当時のオレバカ! ってかルビって何の話!?≫

≪それに『吾は神』とかなんとか仰ってましたね? 神は無知で無能とかそんな事も言われたような気がします≫

≪き、キニセイデスヨーハハハハ≫

≪というより、いちいちやる事言う事全てが邪悪なんですよ。あれでは誰が本当の敵かわかったもんじゃないです≫

≪だって! だって街の人がたくさん死んだんだよ!? いや、クロードになった時点で蘇らせることは出来るって〝分かった〟けど、それでもあの時は激オコぷんぷん丸だったんだよ!≫

≪それです≫

≪ほわっつ!?≫


 女神はオレにビシィ! と指を指す。


≪こらこら、君は『人を指さしちゃいけません』と母親から教わらなかったのかね?≫

≪残念ながら私のま……母は人を指さして『絶壁!』とゲラゲラ笑うようなアホですので≫


 それにはちょっと同情する。

 誰しもどうにもできない身体の事情とかはあるというのに。


≪話が逸れました。ともかく、それです。貴女は神々の理から大きく逸脱した行為を行った。だからここにいます≫

≪それって、クロ……覚醒モードになった事?≫


 たしかにアレはチートすぎる。

 あんな言葉一つで重力まで操れるような力は、規格外もいいところだ。

 しかし、女神は首を横に振る。


≪覚醒モード? あぁ、クロードの状態の事ですか。それは違います。あれはまぁ……ティタルニア様によって与えら


れた力ですから、とりあえず良しとしましょう≫

≪いいんだ!?≫

≪ですが死者を蘇らせた魔術……[|其れは神の定めし理さえも蹂躙する禁忌リ・アライブ]でしたっけ?≫

≪そうだねうん、でもそれはうん言わないでください……≫

≪もう今更ですよ。ともかく、あの魔術に付いてはその限りではありません。アレはこの世界に限らず、絶対にあってはならない事なんです≫

≪まぁ、そうだよね≫


 最初の頃は魔術を使うたびに思っていた。

 これくらいゲームでは普通にある、と。


≪この世界は貴方の世界にあった〝げぇむ〟ではありません。怪我もしますし、血も出ます。〝せぇぶぽいんと〟なんてないので、やり直しもききません≫


 なんでも出来るからこそ、忘れてはいけない事がある。

 超えてはいけない一線というのも、当然ある。

 

≪死んだ者は生き返らない。それがこの世界でも当たり前ですし、覆してはいけません。例えアナタの(チート)が不可能を可能にするとしても、です。〝出来る〟からと言って〝して良い〟訳ではないと、覚えておいてください≫

≪うん、肝に命じる≫


 もし『死んでも生き返らせればいい』なんて考えてしまったら、多分オレは人間として大切な一線を越えてしまう。

 他の命をぞんざいに扱う、最低の糞野郎に堕ちてしまうかもしれない。

 この世界で命は驚くほど軽い、と思い知らされた。

 だからこそオレはその事を重く受け止めなくちゃいけない。


≪で、システム的に言えば、何かペナルティとかはあるの?≫

≪初回なので、今回は特別に厳重注意で済ませてあげましょう≫

≪意外に優しい≫

≪ほ、褒めても何も出ませんよ。本当に今回だけなんですからね? ぱ……クローディアさんだから特別なんですからね≫

≪ありがとう≫


 オレが素直にお礼を言うと、女神は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 この女神、ツンデレ属性持ちとはなかなかやりおるわ。


≪それに、ぱ……貴女は既に罰を受けていますから≫

≪それはどうい……≫

≪あのー? そろそろ喋ってもいいかしら?≫


 オレの後方で先ほどの天使さんが手を上げている。

 よくよく見れば、天使さんは羽がないから天使ではなさそうだ。

 というか、とても見たことがある顔だったので、オレは思わず距離を取る。


≪――っ!? リリメ!≫


 おかしい。彼女はオレが完膚なきまでに叩きのめしたはずである。

 詳しくは思い出したくないが、魔石に封印したからこんな所にいるはずはないのだが……


≪その泥棒猫の名前で呼ばないでほしいわね、我が主(マイロード)


 むすっ、とした女性はスカートを翻して優雅に一回転すると、スカートの端をもってちょこん、と一礼する。

 ん? こんなシーンどこかで見た気がする?


≪ごきげんよう、我が主。貴女の従僕、メイリーンですわ≫


 しばし熟考したオレは、手のひらをポン、と打ってようやく理解した。

 そして、


≪このたびは大変失礼な事をいたしましたー!≫


 キングオブジャパニーズ謝罪スタイルDOGEZAを行う。

 

≪娘さんを初め街の方々に多大なご迷惑をおかけしただけでなく、大変失礼な物言いをしてしまい、どれだけ謝罪の言葉を申し上げればいいのかわかりませんですはい! ともかく……すぃっやせんしたぁーっ!≫


 地面にめり込まんばかりに頭をこすりつけるオレを見て、メイリーンさんは『ぷ』と言う。


≪ぷ?≫

≪ぷわっはっはっははあ!≫


 レディらしからぬ豪快な笑い方でした。

 お腹を抱えて笑っているメイリーンさんに、恐る恐る近づいていくと再び熱い抱擁を受ける。


≪いやーん、もう可愛い! 何この可愛い生き物! 最初はあんな『吾こそが神!』みたいな感じだったから、畏まっちゃったけど、中身がこんなに可愛い女の子だったなんて! 喜んでお仕えしちゃうわ!≫

≪むぎゅぅ……?≫


 メイリーンさんは、想像以上に柔らかい人だった。

 あ、思考だよ? 思考が柔軟ってことだからね? それにしてもイイキモチダナー。


≪……ですが本当の中身は30代、独身男性ですよ?≫

≪マジで!?≫

≪ふぎゃっ!?≫


 何故か機嫌の悪そうな女神がオレの真実を告げると、メイリーンさんはあっさりオレを解放する。

 そしてつぶれたカエルのように地面にへばっているオレを見て、数秒葛藤したあと、今度は優しく抱きしめてくれた。


≪まぁ、中身が何にせよ。悪い子じゃないのはわかったわ。それに貴女は私の家族を助けてくれた恩人よ。謝らないで、堂々と胸を張ってちょうだい≫


 ばいーん、とメイリーンさんが胸を叩く。

 彼女の優しさと温かさと柔らかさが胸にしみた。

 

≪甘いですね≫

≪そうよ? イーノッドは家族に甘いんだから!≫


 女神の嫌味も笑い飛ばすメイリーンさんは本当に天使のようだった。


≪それで、ゴホン! そろそろ離れてはいかがですか? 外見はどうあれ、妻帯者がいつまでも抱き着くというのはいかがなものかと思いますが!≫

≪そうね。あんまり可愛がり過ぎるとミラにやきもちやかれちゃうかもしれないものね≫

≪チェスターさんではないんですね、そこ≫

≪旦那だって浮気してたんですもの。これくらい文句は言わせないわよ!≫


 オレが言うと、メイリーンさんは余裕の笑顔で答えた。

 というか妻帯者? 夫帯者の間違いではなかろうか?


≪はいはい、いい加減離れてください。まったく、用があるから呼び出したというのに、このままでは進む話も進められないじゃないですか≫

≪このままでも私は問題ないわよ? ね、クーロちゃん♪≫

≪いいから離れろと言っているんです!≫

≪あん! 女神さまのいけず≫


 オレとメイリーンさんの間に割って入るように女神がやって来て、無理やり引きはがされた。

 何をそんなに怒っているのかと尋ねたら、メッチャ睨まれた。

 え、オレ何かしましたか?

 なんでオレが起こられるの?

 どうしてホワイ?


≪さて、それではメイリーン。貴女をここへ呼んだのは他でもありません。――リリメの事に関してです≫


 女神がその名を出すと、メイリーンさんは一瞬むっとしたが、女神に逆らう訳にもいかないので『どうぞ』と答える。


≪先ほどぱ。クローディア様を天上へ連れてきた際、記憶を盗み見……失礼、偶然記憶に触れてしまったのですが≫

≪いや今おもいっきり『盗み見』って言ったよね!?≫

≪事故です。私がぱ……クローディアさんに断りなくそんな事をするはずがないじゃないですか≫

≪あとちょいちょいオレの名前を言い間違ってるけどそんなに言いにくいかな!?≫


 女神は『気のせいです』と言って追求を許さない。

 仕方がないのでそういうことにしておく。


≪どうにも、今回の一連の騒動ですが、どうにも不自然な点が幾つかあるのです≫

≪というと?≫

≪まず彼女は自らの[ステータス]を偽るほどの魔術を使っていた、そうですね?≫

≪うん、間違いない≫


 オレが彼女の[アナライズ]をした際に表示された彼女の種族は[夢魔種]という魔物を示す表示だった。

 しかしギルド水晶では〝ハーフエルフ〟と表示されたという。

 彼女は間違いなく高度な偽造魔術を使っていたはずだ。


≪そこです。ぱクローディア様が看破した時点では彼女はまだ〝魔物〟のレベルだった、ということです≫

≪そうか……! まだ魔族でもないのに、ギルドを騙せるだけの魔術が使えるのは、確かにおかしいかも≫

≪もし彼女が魔物の状態でそれが出来ても異常ですが、出来なかったとしても異常な事に変わりないのです≫


 すっかり勘違いしていたが、言われてみれば確かにおかしい。

 少なくともオレが死霊の館へ向かった時はまだ、彼女はただの〝夢魔種(サキュバス)〟だった。

 後に彼女が〝夢魔族(サロメ)〟に変わっているのも確認しているので、オレの[アナライズ]が騙されていた訳ではないはずだ。


≪他には?≫

≪そうですね。もう一つは彼女の偽骸です≫

≪あぁ、なるほど。それはオレもちょっと考えてた≫


 屋敷で初めて見た時の違和感、それで間違いないだろう。


≪精巧すぎるんだね? あれは偽物(ダミー)なんてレベルの代物じゃなかった。むしろ人体錬成とか、人間丸々一人作っているような物だった≫

≪そうです。人間を創るなんて神々にしか許されませんし、そもそもそれを魔術でやってのけるなんてありえない話です。しかも〝私が気づけなかった〟その事こそが最大の問題なんです≫


 先ほどの話でもあったが、天界というシステムはこの世界の理に抵触する者に干渉するよう出来ている。

 しかしそれが作用しなかった、或いは機能させられなかった、とすれば?


≪覚醒したばかりの魔族程度が、そこまでの事をできるのでしょうか?≫

≪できないだろうね。アレと直接戦ったオレだから言える。伝説の魔族とやらがどれだけ強かったかはわからないけど、リリメ自体はそこまで大した力を持っていなかった≫


 いくら覚醒モードとはいえ、ああも簡単に瞬殺できたのだ。

 その程度の強さなら十分な準備と、レベルがあればオレじゃなくても倒せただろう。

 

≪そうなれば、です。やはり〝あの影〟が怪しいと私は睨んでいます≫


 リリメから奪った記憶の中に何度か見た影。

 彼女が言っているのはその事だろう。


≪そこまで見たんだ……っていうかほぼ見てるよね? 他には何も覗いてないよね?≫

≪………………見てません≫

≪すっごい間があいたのはどうしてかな!?≫

≪見てません何も見てません。毎朝女物の衣服に袖を通して嘆く姿とか、お風呂で鏡の前でポーズをとって筋肉がちゃんとついてきているか確認している姿なんて見てませんとも≫

≪見てる! かなり見てるよ!? 赤裸々なプライベートが丸裸だよ!?≫

≪ごめんなさい、私はぜんっぜん話が見えないわ……≫


 女神のとんでも発言にすっかり気を取られてメイリーンさんの事を忘れていた。

 とりあえずメイリーンさんにもオレが見たものを分かりやすく説明する。

 リリメという夢魔を創り出した際にも、彼女を目覚めさせた場にもあった影。

 記憶自体あまりに断片的すぎたので、まともに判断もできなかったが、おそらくアレが鍵を握っている。

 しかし、あの影と言ってピンとこないということは……


≪メイリーン。リリメを産み出した影、その正体を見ていませんか? 貴女もあの場にいたのでしょう?≫

≪……ごめんなさい、実はあの時の事はほとんど覚えていないの。突然、闇に呑まれて、気がついたらあの女の中にいたのだもの≫

≪やっぱり、そうですか≫

≪まぁ、期待はあまりしていませんでしたので、気にしないでください≫


 気のせいだろうか、女神のメイリーンさんに対するあたりが強い気がするのは。


≪あ、でもね。あの女が魔族に覚醒する直前、誰かが部屋に入ってきたのは何となく覚えてるわ≫

≪詳しくお願いします!≫

≪と言っても、あまり役立つ情報とかではないと思うけど≫

≪この際なんでも構いません。少しでも情報があるなら!≫


 オレが言うと、メイリーんさんは目を閉じて、必死で当時の記憶を呼び起こそうとしている様だった、


≪何かね、変だったの≫

≪変?≫

≪見ているはずなのに、顔が分からないの。言葉を聞いたのに、声も思い出せないの。思い出そうとするんだけど、黒い影のような物しか思い出せないのよ≫


 オレはもしやと思って[ディスペル]をかけてみるが何の効果もない。

 というか上手く発動しなかった。

 オレが不思議がっていると、そもそも魂だけのメイリーンさんに魔術をかけるなんて普通は出来ないと、女神が教えてくれた。

 だがそれはつまりメイリーンさんが認識阻害の魔術をかけられていた訳ではないという事。

 ますます以て不気味な相手だ。


≪言っていた言葉は覚えていますか?≫

≪聞き取れたのは少しだけ。たしか、『お目覚めになる』とか『贄』とかなんとか……? あ、あと『儀式の場』とも言ってたわね≫


 『目覚める』、というのはリリメの事だろうか? そうなると『贄』や『儀式の場』は街や街の人々の事?

 あまりに断片的すぎて判断が難しい。

 ともあれ、ソイツが関わっているのは確定だし、オレの中ではもはや敵認定されている。

 もし今後出会う事があれば、全力でぶっ潰してやろう。


≪ぐふふ……ぐふふふふふふふふふ≫

≪クロちゃん、可愛い顔が台無しよ……≫

≪これはちょっと人に見せられませんね≫


 おっと、いけないいけない。

 ついつい黒い部分が出てきてしまったようだ。自重自重。

 オレはマントで涎を拭い取った。


≪他に何か覚えていますか?≫

≪他には……ごめんなさい。私にわかるのはそれだけなの≫

≪いえ、十分です。これで貴女はお役御免なので先に戻っていなさい≫


 女神は事情聴取をすませるとさっさとメイリーンさんだけ送り返そうとしている。

 やはり扱いが雑なような気がするが、彼女との間に何かあったのだろうか?


≪身もふたもないわねー≫

≪本来、ここは貴女のような人間が入っていい領域ではないんです。それを今回事情聴取の為に特別に……(くどくど)≫

≪あーもうはいはい分かりましたよー。アンタはうちのモーリーかって≫


 メイド長(モーリー)さんもそういえばすごく真面目な人だもんなぁ。

 オレが早くみんなと会いたいなぁ、としみじみ考えていると、突然メイリーンさんにハグされた。


≪わっぷっ!≫

≪じゃ、待ってるわよークロちゃん♪≫

≪さっさとお行きなさい! しっしっ!≫

 

 オレを抱きしめたまま光になって帰って行ったメイリーンさんを、女神が憤怒の形相で送り返した。


≪まったく……!≫


 このヒト、いや女神か? は何をこんなに怒っているのだろうか?

 オレがおそるおそる逃げようとすると、肩をがっちり捕まれてしまった。

 

≪へ、へるぷみー!≫

≪いいですか? これから私もあの影に思い当たる節を当たってみます。だから誠に遺憾ながら貴女を元の世界に戻します。戻しますが! いいですか? 浮気なんてもっての他なんですからね?≫

≪い、言ってる意味がわかりません! 身に覚えもありません!≫


 そもそも浮気も何もオレは独り身。

 恋人がいたこともあったが、もう何年も前に分かれている。

 彼女いない歴12年は伊達じゃないぞチクショウ!


≪何を言いますか! 女神一柱たぶらかしておいて、白を切る気ですか? 信じられません!≫

≪たぶらかすも何も貴女にあったのは今日が初めてですが!?≫

≪わ、私じゃありませんよ! 何言ってるんですか! まま様の事ですよ!?≫

≪まま様とな!?≫

≪あ≫


 なんかとんでもない単語が出てきたぞ!?

 そこ踏みこんだらと色々とんでもないことになりそうですよ!?


≪と、ともかく! 私も今回の件は調べておきますから! くれぐれも無茶はしないでくださいよ! まま様が悲しみますから!≫

≪ちょっと待って、そもそも『まま様』ってお母さんって事だよね……? 誰? 思い当たる節がなさすぎるんだけど……≫

 

 女神の母親ってどういうこっちゃ。

 踏み込むのは危険を伴うが、知らないままでいるほうがもっと危険な気がした。

 でも正直聞かなきゃよかったと後悔した。


≪決まってるじゃないですか。ティタルニアですよ≫

≪てぃたるにあ……? ってもしかしてティー様!? え、じゃあ『ティタルニアに創られた』ってそういう意味なの!? いやいやいやいや! オレ、ティー様とまだそんな関係じゃないし!≫

≪だけど情熱的なプロポーズをしたんでしょう? あの、破天荒なまま様が頬を真っ赤に染めて喜んでいましたよ?≫


 ひょっとして『ティー様が欲しい』のアレを言っているのか?


≪誤解だよ!≫

≪ここはゴカイではなく天界です≫

≪そういう意味じゃないから!≫

≪分かっています。軽いジョークじゃないですか≫

≪分かりにくいわ!≫

≪…………ぱぱ様(ビシッ!)≫


 女神はオレを指さしている!

 が、それはとんもない爆弾だぞ!?


≪ジョークだよね!? それこそジョークですよね!? ねぇそうだと言ってよお願いします!?≫


 オレをぱぱ様と言ったきり、女神は黙りこくってしまう。

 そこは、ジョークだと言ってほしかった……!

 オレが打ちひしがれていると、女神はぽつりと、漏らす。


≪サカガミクラヒト≫


 オレは、嗚咽交じりに答えた。


≪えぐっ……それは何? まだこれ以上何か爆弾を落すの?≫


 突然彼女が言った謎の呪文のような言葉が、逆にオレを恐怖させる。


≪……いえ、分からないならいいんです≫

≪逆に恐いよ! それならいっそ教えてもらった方がいいよ!≫


 こわいわー。

 彼女がさっき発した言葉が、呪いの言葉とかそういうたぐいでない事を切に祈る。

 オレが起き上がると、女神は魔石の埋まったオレの両手に触れた。


≪いいですか? クローディア様。黒の魔導師として覚醒した状態の貴女の力は絶大です。おそらくこの世界で最強と


言ってもいいでしょう≫


 女神は哀しそうに、微笑む。


≪ですが、同時に諸刃の剣でもあるのです。精霊の力で無理やり身体を変換する副作用で、貴女は大切な物を失ってい


きます≫


 女神からの忠告にもあった。

 オレが失うという〝大切な物〟それは先ほど彼女が発したコトバが、関係していたのかも知れない。

 思い出そうとしても思い出せない、それがオレの胸にしこりとして残る。


≪使うな、とは言いません。ですが心してください。あの力を使うたびに、貴女は貴方でなくなる。この世界で生きる


ことを余儀なくされるのです≫

≪それは違うよ≫


 あの力を使う事で、この世界で〝生きていかなきゃいけなくなる〟なんて、考え違いも甚だしい。

 

≪ここはもう、オレの世界なんだ≫

≪貴女の世界ですか?≫

≪オレが大切に想う人たちが生きていて、オレの帰りを待ってくれている。だったらここはもうオレの世界なんだよ≫


 前の世界にまったく未練がないわけではない。

 残してきた物もたくさんあるし、向こうにも大切な人たちがたくさんいた。

 帰ることが出来るなら、少し悩むかもしれない。 

 そう、悩むんだ。


≪だからオレの世界を壊そうとするヤツがいたら、何を失ったとしてもオレは容赦しないよ。――それが神や悪魔でもね≫


 女神は静かに目をつむると、その事についてそれ以上は何も言わなかった。


≪では、最後に一つだけ忠告です≫

≪なに?≫


 女神は今までの話の中で一番真剣な顔つきでのたまった。


≪浮気、ダメ、ゼッタイ!≫


 かなり真剣な表情でそんなしょーもない標語を発表する。

 とんだ拍子抜けだ、などと思っていると、女神が徐々に天空へと舞い上がっていく。

 いや、オレが落ちているのか?


≪え、これで戻るの!?≫


 なんかもう色々最低だよ!


≪くれぐれも浮気はしないでくださいよ! ぱぱ様!≫


 だからもうそれはいいよ! いや良くないけどいいよ!

 オレの渾身のツッコミは女神に届くことはなかった。

ちなみに何故クロがぱぱ様かというと、

ティタルニア→女神を創った

クロ→女神のネタを提供した

という図式からティタルニアが女神に刷り込みました。

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