黒の系譜01-38『理を覆す者』
さぁ始めましょうか。
甘ったるくて、ご都合主義満載で、暴力的なまでに無理矢理なハッピーエンドを!
静寂の訪れた街の中心部に、一人の男が姿を現す。
よろよろとやってきたのは、優しすぎたが故に多くを失った愚かな男だった。
「貴方は! まさかクロード――」
「男、それ以上言うな。その銘で呼ばれるのは好かぬ」
彼の凄まじいプレッシャーに、かつてこの街の領主だった男は口を一文字に結ぶ。
クロードは『賢明だ』と笑うと、男はその得もしれぬ威圧感に数歩たじろぐ。
男の住んでいた館には、かの男の肖像画が残されている。
絵からそのまま飛び出してきたかのような男を前にして、余計な事を口にすればただでは済まないかもしれないと、男は瞬時に理解したのだ。
だが、それでも男は尋ねた。
「これは、貴方がやったのですか?」
街の惨状を再確認し、かつてこの街の領主だった男は瞳に炎を宿らせる。
先ほどまでここであったことを知らなければ、目の前の邪悪そのものな男が全ての黒幕であったと勘違いしても仕方がない。
いや、この惨状を招いた直接の原因は夢魔だという事は男も知っている。
だから彼は、クロードに真意を問いただしたかったのだ。
それに対する、クロードの答えは実にあっさりしたものだった。
「そうだ」
男は無言で手を腰の剣にかけた。
「とすれば、貴様はどうする?」
「例え無駄だと分かっていても、貴方を討ちます」
男は剣に掛けた手に力を込める。
だがクロードは恐れも焦りもしない。
「無理だな。死ぬぞ?」
「でしょうね。きっと差し違える事さえ叶わないでしょう」
「当然だ。であっても挑むというのか?」
「そうしなければこの無念、晴らすことができません。せめて死に華ぐらいは咲かせて見せましょう」
「ふん。愚かな男だ」
クロードは呆れたように笑う。
「そうだ。コレは一重に吾の弱さが招いた結果だ」
この世界で最強の部類に入るであろう彼は、そんな事を言う。
驚いたのは問うた男の方である。
寂しそうに佇む、男の姿にとてもこの街を襲った悪夢の黒幕とは思えなかったのだ。
むしろその姿は自分の罪を嘆く、そうあの少女の姿と似ている。
「待ってください。もしや貴方は、いえ貴女様は……?」
「さてな。そんな事は今どうでもよかろう?」
クロードは男の前に立ち、両手を広げる。
「貴様が吾を討ち、満足するというのなら。よかろう。好きにするがよい」
クロードの方からそんな事を言われ、困惑した男だったが、彼の瞳の炎はすでに消えていた。
剣にかけていた手から力を抜くと、
「……いえ、そんな事をすれば私は終生後悔するでしょう」
「そうか。それが貴様の選択というなら、受け入れよう」
クロードがマントを翻し背を向けると、全てを悟った男は崩れ落ちた。
「貴女様が、この街を救ってくださったのですね?」
「違う。吾は誰も救ってなどいない。ただ愚かな虫ケラが食中りを起こして勝手に自滅しただけだ。吾はただ餌を撒いたにすぎぬ」
「そう、ですか……」
男は頭を垂れ、静かに涙を流した。
それは安堵の涙か、それともはたまた無念の涙か。
ただ涙を流し続ける様を面白そうに眺めていたクロードは、俯いたままの男に尋ねる。
「男、何を考えている?」
「この世の無情さを」
「なるほど。道理だな。この世は無情にして無常! 常ならざるが故に、後悔は先に立たぬ」
クロードはカラカラと笑うと、邪悪な笑みを浮かべる。
「だがな。吾にはその限りではない」
「何を、おっしゃっているんですか?」
「そのままの意味よ。世が無常というのなら吾は其れを覆すまでよ」
「それは、一体どういう?」
クロードは不遜に叫ぶ。
「吾は黒の魔導師! 全知にして全能! 神に出来る事が吾に出来ぬなどというふざけた道理はない! そして神すら恐れる所業も、吾は恐れぬ、躊躇わぬ!」
その言葉が意味する事を男は一瞬で理解した。
「今の吾は大変に気分がいい。男、貴様の望みを一つのみ叶えてやろう」
「私の望み……」
クロードは不可能すら可能にする。
その言葉に偽りはないのだろう、と。
「金か? 名誉か? それとも永遠の命か? 何でも良い。吾は其れを叶えるだけの力を持っている! 求めよ、さらば与えてやろう! さぁ、望みを言え!」
男には願いたい事が、たくさんあった。
しかしそんな大それた事を望んでいいものかとも思ってしまった男は、しばしの逡巡の後、己の不甲斐なさに顔を伏せった。
「私は……罰せられるべき者です。そのような私が貴女様に何かを望む事は許されないでしょう」
「ほう? では何も望まぬ、と?」
値踏みするように、クロードはジットリと男を見る。
「いえ、もし望めるというのなら、私は罰を望みます。この愚かな我が身を焼き尽くす罰です」
男の出した答えに、クロードは一層邪悪に微笑む。
「フハハハ! 罰を望むだと? 愚か! 誠に愚かな男だ! 自らそのような物を望むとはな? フハハハハハハハハハ!」
黒衣の男はカラカラと笑うと、手を天にかざす。
「よかろう。ならば貴様には罰を与える」
「……有り難き幸せ」
クロードは一言二言呟いてから、天にかざした右手から無数の閃光を解き放つ。
光は天へ天へと昇っていき、街の上空で一斉に弾け幾重もの煌めきが街へ降り注ぐ。
それは裁きというにはあまりにも美しい光景だった。
その幻想的な光景にしばし魅入っていた領主だったが、自らの身に何も起きないことに首を傾げる。
「そう急くな」
状況説明を求めようと男が口を開いた時だった。
一つの星が彼らの元へ落ちてくる。
男は覚悟を決め、瞼を閉じた。
しかし星が男の体を撃つことはない。
星のような輝きを放つ光はまっすぐと、傍らに伏している亡骸に吸い込まれていき、その身体を内から輝かせる。
「ま、まさか……!?」
「先ほど数多の魂を回収したのだ。だが吾が器には吾の魂だけで充分。他の魂など煩わしくて仕方がない。故に全ての魂を吐き出したのだが……せっかく手に入れた魂だそのまま無くすのは勿体無い。吾が眷属にしよう思い立った訳だ」
「ではこの光は……!」
開いた口の塞がらぬ男に、したり顔でクロードは笑う。
「ふむ。命がなければ、使い物にもならんらしい。ならばこれで仕上げだ」
クロードは左手へ集めていた魔力を魔術とともに上空へ解き放つ。
「死したりし者よ、目覚めよ[|其れは神の定めし理さえも蹂躙する禁忌]」
流星に次ぐ閃光。
彼の頭上で閃光が弾け、目映い光が街全体に広がっていく。
それは、春の木漏れ日のように暖かな光だった。
「あぁ……何という……」
男は地面に打ち捨てられていた、かつての執事に駆け寄っていく。
一度死したはずの亡骸は、こふっ、と息を吹き返し、わずかに胸を上下させ始める。
薄ぼんやりと瞼を開いた老執事は、傍らに寄り添う己の主にも気づかず、ぽつりと呟いた。
「わしは、一体どうなって?」
男の瞳から滝のように滴がこぼれる。
「馬鹿者! 主を置き去りにしていく執事がどこにいる! ……辞めるなど認めん! 絶対に認めぬからな!」
「これは、また……なんという執事使いの荒い主もいたものですな。もう少し老いぼれを労わっていただきたいものです」
「ぬかせ……!」
怒っているのか泣いているのか分からない主の叫び声に、ようやく状況を理解した老執事も涙ながらに答えた。
「領主、いや元領主か? まぁどちらでも良いが、吾は忙しい身。従って貴様には吾が眷属たちの世話を命じる。その身命を賭しててその任に勤めよ。異論は認めんぞ?」
それはつまり、男に再び領主となって、人々を守れという意味に等しかった。
全てを理解した男は、クロードの前に跪く。
「はい。仰せのままに……! その寛大な御心に感謝いたします。偉大なる我が主!」
そして生涯の忠誠を誓った。
「ふむ、だがやはり心配ではあるな。人間とは情に絆される生き物。貴様が己の責務を全うできるか、いささか心配である」
「滅相もございません。貴女様に返し切れぬほどの恩を受け、私がその命に背くことなどございましょうか?」
「信じられんな。生涯ただ一人しか愛さぬなどと言いながら、浮気しようとした男だ。どうして信じられよう?」
「な、え!? お待ちください我が主! なぜ貴女様がその事を!? というかそれはそもそもの誤解で!?」
先ほどまでのシリアスな空気から一変、クロードの意外な冗談に男の顔は真っ赤になる。
「……そうだ、ならば監視を付ける事としよう。ちょうど一つ、行き場のない魂がまだ手元に残っているからな」
クロードが右手をかざすと、一つの光が彼の前に浮かび上がる。
その魂の放つ暖かな光を、男は知っているような気がした。
「このままでは喋ることもできぬな。許す、姿を見せよ」
≪かしこまりました。我が主≫
その声を男は知っていた。
やがて光は可愛らしい女性の姿になり、スカートの端を摘まんでちょん、と優雅に礼をする。
「メイ、リーン?」
「女。発言を許す。貴様は何者で、何故あの中にいたのだ?」
≪……私は残された家族を想い、死んでも死にきれずにいた惨めな魂にございます。天へ昇ることも出来ず現世を彷徨っておりましたところ、何者かに私の元の体が奪われ、この魂も一緒となって取り込まれたのです≫
「なるほどな」
クロードは女の全てを見透かしていた。
そこに嘘偽りはない。
「では問おう。女、貴様は生涯吾に忠誠を尽くし、与えられし任に準ずると誓えるか?」
≪誓います≫
「よかろう」
クロードはマントを翻して命ずる。
「吾が銘を以て命ずる。女、貴様はあの男が己の責務を全うするよう、命の尽きるまで見届けよ」
≪仰せのままに、我が主≫
「肉体は……そうだな。ちょうど中身のない器が一つ残っていた。それを仮初めの器とするがよい」
≪その海よりも深き御心に感謝いたします。我が主≫
「あぁ……感謝いたします。我が主」
二度と会えぬと思っていた亡き妻との再会に、そしてこれから先も共に歩んでいけるという奇跡を与えてくれたクロードに、チェスターは生涯の忠誠を誓った。
「メイリーン……」
チェスターは今は魂だけとなったかつての妻へ駆け寄る、が呼ばれた女性は振り向きもしない。
「メイリーン?」
≪気安く呼ばないでくれるかしら。浮気者≫
「なっ!?」
女のむすっ、とした顔に男はたじろぐ。
男の額から滝のように汗が流れ出す。
「浮気者って、あれは別にそういういんじゃなくてだね?」
≪そうかしら? 若いメイドなんかにデレデレデレデレしちゃって。そのあげく街のみんなにも家族にも、とんでもない迷惑かけてるし、我が主のお手も煩わせるし。自分のやったことの重大さがお分かり?≫
「え、いや……それは……その、返す言葉もない」
≪なのにどの面下げて〝メイリーン〟よ。この節操なしの浮気者! 女たらし! 二股男! まったく、貴方なんかにミラは任せていられないわ! 離婚よ離婚!≫
「ちょっと待ってくれメイリーン! 離婚は、離婚だけは勘弁してくれないだろうか! ほら、ミラの事もあるし考え直してくれないだろうか?」
≪子どもを理由にするなんて最低ね。やっぱり離婚だわ!≫
「メイリーン!」
完全に尻に敷かれる男をみてクロードは爆笑する。
老執事はやれやれというジェスチャーをしながらも、顔はどことなく嬉しげだった。
≪まったく、私が付いてるからには、二度とあんな事起こさせやしないんですからね! いい!?≫
「あ、あぁ……! もちろんだとも!」
「やれやれ、我が主はレディの扱いもままならないとは。これではわしもおちおち隠居できませんな」
「ハハハっハハハハハ、は……?」
そういって笑い合う者たちを優しく見守っていたクロードは、上機嫌でマントを翻す。
と、そのモーションを取ったまま後ろにバターン! と倒れた。
心配した周囲の者たちが駆け寄ってくる。
「むぅ? 身体が動かぬ」
指一本動かせないクロードは頭上にハテナマークを浮かべている。
――まもなく、魔力残量が10%を切ります。
すると彼の脳内にそんな[オラクル]が響く。
そこで彼の脳裏に女神からの忠告が蘇ってきた。
≪いいこと? 前に『アナタの魔力はほ無制限』と言ったのを覚えているかしら? それはアナタの身体が何千、何万という数の精霊によって形成されているから、魔力の桁が違うというだけで、上限は存在しているという事なの。でもだからこそ普段は使いきるなんて滅多にないし、減ってもすぐに回復するから問題ないの≫
そう普段は、である。
≪だけど魔石の発動中は常に魔力を放出している状態にあるわ。ずっと使い続けていれば魔力も減り続けるし、その状態で魔術を使えばさらに消費は激しくなるわ≫
いくらチートを持っていると言っても、魔力切れによるデメリットというのは他の人と変わらないようだ。
「我が主! どうされたんですか!?」
「なに、魔力を使い過ぎただけの事よ。元に戻ればすぐに……」
≪いい? 残量が10%を切ったら、すぐに発動を止めるの。その状態で魔術なんか、絶対使っちゃダメ。すぐに発動を中止するのよ? そのためのキーワードは……≫
「……ふむぅ」
「我が主?」
「……………………元に戻る方法を忘れた」
肝心のキーワードを忘れてしまっては、発動を停止させることができない。
女神のメールを確認しようにも、体が動かなくては[メニュー]も操作できない。
クロードは、小さくふぅ、とため息を漏らす。
「…………詰んだな。……がくっ!」
「我が主ぉぉぉぉぉぉぉ!」
――まもなく、魔力残量が5%を切ります。
魔石同時発動のせいか魔力の減少スピードが恐ろしく速い。
脳内に[オラクル]が響いたとほぼ同時に、クロードの意識はブラックアウトした。
――キケン、更神を強制解除。魔力回復モードに移行します。
クロードが気絶したのと同時に身体の表面に光の亀裂が走り、パリィンという音がして砕け散る。
後に残ったのは、変な顔で意識を失っている小さな少女だった。
チェスターはもう何が起きても驚かなかった。
というかもう今更なので、この街の恩人の身に何かあってはまずいと必死だった。
「ラムダ! すぐに治療の手配を……!?」
チェスターが指示を出した時、地面に横たわる少女めがけて天上から光が降り注ぐ。
光の柱に弾き飛ばされた領主は、目を見開いてその光景を見ていた。
天から降り注ぐ七色の光の柱。
その中をゆっくりと舞い降りてきたのはまさに女神。
この世界を創ったとされる女神〝モーミジヤ〟だ。
「これは……私は夢を見ているのか?」
領主が己の目拭っている間に、少女は遥か天空へと連れて行かれた。
この時の光景はその場に居合わせた領主によって一枚の絵画に描かれ、名画として後世にまで延々と残る。
そしてそれが一人の少女を羞恥の地獄へと誘うことになるのだが、それはまた後の話。
ともかくこれがスーサの街に語り継がれる事となった伝説〝女神に祝福されし乙女〟の一幕であった。
――こうして伝説の魔導師だった少女は天に召された。
そして、その後のクローディアの行方を知る者はいない。
黒の系譜―完― 木根先生の次回作にご期待ください!
……なんてなりませんよ!
まだもう少し続きますので!




