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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第一章〝黒の目覚め〟
4/104

黒の系譜01-03『ファーストコンタクト』

※12/11細かな部分を修正。誤字やラムダさんの口調を修正しました。

 うあ……?

 何か、とても気持ちいい夢を見ていた気がする。

 じょじょに意識が覚醒するにつれて、色々と思い出してきた。

 自分が死んだこと。

 女神に聞いたこと。

 目覚めてすぐ襲われたこと……

 ってそういえばオレ襲われて!?

 がばっ! と勢いよく起きあがる。

 あの後オレはどうなったのか?


「あら? お目覚めになりましたか?」


 目を見開くと眼前には微笑みを浮かべる天使がいた。


「あfhぁdgぁsばいf!?」


 驚いて後ずさると、ベッドの縁から転げ落ちて後頭部を強打した。


「――っ!? ぅぐぅ……!?」


 うん、声にならない痛みってこういうことをいうんだろう。

 数回床の上をローリングしながらオレは痛感していた。


「大丈夫ですか? いま治療いたしますねー」


 ベッドの縁に腰掛けていた天使さんはやさしくオレを抱き抱えると(や、柔らかい物が顔に当たって!?)軽く後頭部へ手を添える。

 

「癒しよ……」


 天使さんがそう唱えると、オレの後頭部が温かくなり、徐々に痛みが引いていく。

 あー……気持ちいい……。


「はい。これで大丈夫ですね」


 天使さんがオレを手を離すと、痛みはすっかり引いていた。

 彼女はオレをベッドに腰掛けさせると、


「ただいまお嬢様を呼んで参りますので」

 

 と恭しく礼をして部屋を後にした。


(柔らかかったなぁ……それにいい匂いだった……)

≪……ふーん。お楽しみだったようねぇ?≫


 天使さんの余韻に浸っていたオレは、その冷ややかな声で意識が完全に覚醒した。


≪さすがの私も心配だったから、影ながらこっそり様子を見守っていたのだけれど……綺麗なメイドさんに抱きしめられて鼻の下伸ばしちゃって? なんか心配して損しちゃったなー≫

≪め、女神さん? なんか怒ってます?≫


 思念からどことなく〝怒怒怒怒怒怒……!〟という気配を感じる。


≪べっつにー? 全然怒ってませんけどー?≫

≪女神さん素! 素に戻ってますよ!≫

≪私女神じゃないもーん。大精霊ティタルニア様だもーん≫

≪今更蒸し返したようにその設定!? ……いえ、なんでもありません。大精霊様、お願いですからキゲン直してくださいよー≫


 まだまだ聞きたいことは山ほどあるのだ。

 変に機嫌を損ねたままではまともな会話にすらならなさそうである。


≪……ティー≫

≪へっ?≫

≪大精霊様なんて他人行儀じゃない? だから〝ティー様〟って呼んで≫


 仮にもこの世界を創った女神(現大精霊)を名前で呼んでもいいのだろうか?

 でもなんかそうしないと機嫌を直してくれなさそうだし……


≪てぃ、ティー様? キゲンを直してくださいよー≫

≪…………んふふ♪ しょうがないなぁーもう♪≫


 超ご機嫌だ! なんか知らないけど助かった!

 さっきまでとは違い今度は〝幸幸幸幸幸幸♪〟という感じの思念が伝わってくる。


≪アナタってばホント私がいないとダメなんだものねぇ♪≫

≪そ、そうなんです! 今もどういう状況なのかさっぱりで……ここは一体どこなんですか? というかさっきの人たちは? なんでオレ倒れて……≫

≪すとーっぷ! 一気に質問されても困っちゃうわぁ。一つ一つ答えていくからおちつきなさぁい≫


 オレは深呼吸をして、ベッドに正座(なんとなく気分で)すると、めが――ティー様(言い慣れないな)の言葉を待った。


≪まず、アナタを襲ったのはこの家の住人だったようねぇ。アナタがいた〝黒の館〟から倒れたアナタを運び出して保護してくれたみたいねぇ≫

 

 なんでオレを襲ったのかもわからないけど、さっきは襲ったのに今は治療までしてくれている?

 何が何だかさっぱりだ。


≪それでぇ、さっきアナタが倒れたのは〝魔力酔い〟という症状ねぇ。急激な魔力の流れに慣れていない人がなる症状よぉ。たとえばすっごい強い魔法を使って一気に魔力を使い切るとかぁ、魔力の少ない人に一気に魔力を流し込むとかぁ……あと、魔術を使ったことがない人が最初になるっていわれているのぉ≫


 なるほど、確かにオレは魔術を使うのが初めてだったし、かかったのもわかる。

 体の中を何か熱い物が駆け巡る感じ……慣れるまでちょっと時間がかかるかもしれない。


≪以上! 説明終わり!≫


 ……あれ?


≪はーい、ティー様≫

≪何でしょう蔵人クン?≫

≪どうしてオレは目覚めてそうそうあの人たちに襲われたのですか?≫

≪んー……見るからに痴女だったからかしらぁ?≫


 ……………………


≪はーい、ティー様≫

≪何でしょう蔵人クン?≫

≪じゃあどうしてあの人たちは襲ってきたのに、今度は助けてくれたんですか?≫

≪んー……お持ち帰りしたかんたんじゃなぁい? 可愛かったから?≫


 ………………………………


≪はーい、ティー様≫

≪何でしょう蔵人クン?≫

≪ホントにわかってて言ってます?≫

≪あてずっぽうよ!≫


 ですよねー。

 なんか答えるまでに間があるし、なんか答えに全部〝?〟がついてるしそんな気はしてたけど。


≪つまり、わかんないんですね≫

≪そうねぇ≫

 

 今までのオレなら『アンタ元女神だろうが何でしらねぇんだよ!』と怒るところだが、オレも学習した。

 下手に逆ギレしても逆ギレで返されるだけだ。

 この元女神、こう見えてかなり子どもっぽい気がする。

 ならばこちらが大人になるしかない。


≪今何か一瞬不愉快な視線を感じた気がするわぁ?≫

≪キノセイデス。 ……にしてもティー様でもわからない事があるんですか?≫

≪えぇ。ちょっとふがいない話なのだけどごめんなさいねぇ≫


 やはり、こちらが下手に出ればこの大精霊、案外ちょろいぞ!


≪私がこの世界で〝クロード=ヴァン=ジョーカー〟としてヒャッハーしてたのはだいたい500年位前の事なの≫


 ぐ、色々と突っ込みたいところはあるが我慢だ。

 いちいちツッコんでいたら話が全く進まない。


≪アナタの〝ファルジア創世記〟通りに世界を創った後、私がクロードとして〝黒の系譜〟を再現し終えたのが500年前でぇ。そこからの歴史にはノータッチなのよぉ≫

≪えっと、つまりどういう事ですか?≫

≪ぶっちゃけ、私のこの世界に関する知識は500年前の物と言う事よぉ≫


 つまりはこういう事らしい。

 ・ティー様(クロード=ヴァン=ジョーカー)が活躍していたのは500年前まで。

 ・それ以降はオレの肉体再生や他世界との関係修復のため奔走していたため、この世界は放任していた。

 ・500年前から変化している、もしくは新たに生み出されたものについてはティー様も全部知っている訳じゃない。


≪なるほど、了解です≫


 案外役に立たないなこの自称元女神。

 

≪アナタが初めにいた屋敷もぉ、〝黒の屋敷〟って言って、元は〝クロード=ヴァン=ジョーカー〟の住処だったのよぉ? なのにまさかあんなにモンスターがうじゃうじゃいるダンジョンになっているとは思わないじゃない?≫


 なんか今さらっと凶悪な事言われた!

 え? じゃあひょっとしてオレ起き抜けにモンスターに襲われていた可能性もあったのか?


≪ほら、クロードって色々問題があったから、人気のない、元々は〝死霊の森〟っていう死霊系のモンスターがうじゃうじゃいる森の中に結界を張って住んでいるって設定だったのよぉ≫

≪設定いうな≫

≪だけどそこはほら、500年も経てば環境変化とか色々あるじゃない? であっさり結界が破れたようねぇ≫


 風雨にさらされれば結界を刻んでいた地面や木々もひとたまりもなかったようだ。 

 ってかその辺も念頭に入れて結界作っといてくれよ。


≪おまけに屋敷の中で実験とか魔術とか繰り返していたから、濃い魔素が充満していたのよぉ≫


 魔素っていうのは魔力の元になる物らしく、食事をとらないモンスターにとってのエネルギー源となるらしい。

 あの場所〝黒の館〟は魔術師クロードの住処だったため、彼の身体から漏れ出す魔素なんかが結界によって閉じ込められかなりの濃度になっていたらしい。


≪だから死霊系のモンスターにとっては恰好の餌場だったんでしょうねぇ。森中のモンスターが住みついちゃって……今ではむしろ森の方がそういうモンスターが少ないみたいよぉ?≫

 その他にも、新しい村や町ができていたりとか、統治者がすっかり変わっていたりとか、新しい魔術、スキル、アイテムなんかも増えたらしく、対応しきれない、との事だ。



≪と言う事はティー様ってあまり頼りにな……できない?≫

≪面目次第もないわぁ≫


 これは困った。

 まだまだ分からない事だらけだったから、慣れるまでは色々とアドバイスを貰おうと思っていたのだが……


≪あ、でもそうだわぁ!≫


 ティー様はなにかひらめいたらしく≪いいものがあるじゃなぁい≫と言っている。


≪いいもの?≫

≪アナタの魔術よぉ! 試しにぃ……あの壺に向かって[アナライズ]って唱えてみて≫


 ……あー、なんとなく思い出したぞー。


「[アナライズ]」


 オレが唱えると、一瞬壺の輪郭をなぞるように光が走り、目の前に黒い半透明なスクリーンみたいなものが現れ、そこに説明書きが表示される。


【ジョルジュ=ゴーデンの壺:

 高名な芸術家ジョルジュ=ゴーデン作の陶器の壺。彼が世に残した作品は数が少なく、この壺も時価数万メ ニエニすると言われている】


 説明によればメニエニってのはたぶんお金の単位か何かだろう。

 でも1メニエニがいくらくらいなのかがわからないし……それくらいなら分かるだろうか?

 

≪はーい、ティー様≫

≪何でしょう蔵人クン?≫

≪1メニエニって何円くらい?≫

≪そうねぇ……たしか1メニエニ=1円くらいじゃなかったかしらぁ?≫


 ということは、あの壺は数万円か。

 うーん、なんか大層な説明書きだからもっとするのかと思ったのだけど、じゃあそんなに高くないのか?

 他にも部屋にあるものをいくつか[アナライズ]してみよう。

 試しにベッド脇にある水差しとパンにかけてみる。


【リカムティー:

 リカムの果汁が入った紅茶。爽やかな喉腰とほのかな甘みが美味しい】


 ベッド脇にあった水差しの中身は紅茶らしい。

 それにしてもリカム? 聞いたことのない果物だな。

 こっちの世界の果物だろうか?

 次はその横にある葉っぱ? を[アナライズ]する。


【治癒草:

 ポーションなどの原料となる薬草。そのまま食べても治癒効果はあるが、とても苦い】


 苦いけど回復効果があるのか……どれ一口。

 うげぇ、ホントに苦い……

 口直しに紅茶を飲むと、少し苦味が和らいだ。

 今度はこっちのパンを見てよう。


【ミラのパン:ミラが心を込めて作ったパン。味見はしていない。???効果を付与する】


 …………せっかくだけどこのパンは食べないでおこう。

 苦いとかそういう問題では済まなさそうだ。

 心がこもっていても、食べられるかどうかは別問題だ。

 

≪どうどう? その魔術が使えれば大分楽になるんじゃなぁい?≫

≪ですね! さっすが昔のオレ!≫


 思い出させてくれた事には感謝するが、結局考えたのはオレだしな。

 ってよくよく考えてみれば、そんなのを考えていなければ今オレが恥をさらすことは……いやだめだそれ以上考えてはいけない。


≪じゃあ、あとは一人でも大丈夫そうねぇ?≫

≪え?≫


 言うなり、急にそわそわとし始めるティー様。


≪実は他にもやらなきゃいけない事があるのよぉ。蔵人クンは伝説の魔導師で強いし、もう大丈夫そうだからあとは一人で頑張って頂戴ねぇ。また何かあったら呼んでちょーだい♪≫

≪え!? まだ肝心な事が聞けて……≫


 どうしてオレが女になってるのか、それがまだ聞けていない。

 だというのに、一瞬だけ姿を見せた元女神は初めて会った時とはまったく違う恰好をしていた。

 真っ赤なビキニの水着姿でサングラスをかけ、浮き輪を担いでいる。

 こんな時でなければたっぷり目に焼き付ける所なのだが、


「バカンスに行く気まんまんじゃねえか! どこが忙しいんだよ!?」

≪用があったら『ティー、愛してるよ』とか考えてくればすぐに飛んで行くから……イヤーン♪≫

「二度と呼ぶか! 一生戻ってくんな!」


 オレの魂の叫びはアホ精霊に届くことなく虚空へ消えた。

 急に虚しくなったオレは、とりあえず少しでも情報を集めようと目につくもに手当たり次第[アナライズ]をかけていく。

 ふと、暖炉の上に飾ってある絵画を[アナライズ]してみた時だった。


【栄光と憎悪を手にした(レプリカ)

 偉大なる魔術師〝クロード=ヴァン=ジョーカー〟の肖像画。自身で描いたとも、神々や悪魔によって描かれたとも言われる謎の多い絵。ただしこれはレプリカ】


「ぶっ!?」


 思わず噴き出し、自分の目を疑ったが何度目をこすってみても絵は変わらない。

 描かれているのはオレ。

 しかも死ぬ直前の三十路一直線だったころのオレが、黒いマントを羽織り、包帯の巻かれた左手で、紅い瞳が隠された左目の眼帯を取ろうとしている様子が描かれている。


「バカな…………」


 約30年間鏡越しにしてきた顔だ、見間違えるはずもない。

 なぜこんな物がここに?

 オレの頭がパニックを起こしそうになったその時だった。

 

「お目覚めになられたのですね!」


 バン! と勢いよくドアが開け放たれた。


(あれデジャブ?)

 

 オレが呆気にとられていると、ドアの外に立っていた少女はオレを見るなり走り出し、胸野中に飛び込んできた。

 あまりの出来事にオレの脳内がスパーキングする。


「るっふえhjsgっj!?」


 オレは腕の中のやわらか……じゃない、いい匂い……でもなく、ティー様見てないよな? げふんげふん。

 とにかく、生きてて良かった……!


「お嬢様、いい加減お離れ下さい」

「あん、もう!」


 執事っぽい人にひきはがされてようやく少女は離れてくれた。

 少しもったいな、いやオレには刺激が強すぎたから良かったんだ、うん。


「突然の事失礼致しました。どうもお嬢様は些か気が高ぶっておいでで、あの様な振る舞いを……どうぞお許し下さい」

「は、はぁ……お構いなく」


 執事っぽいひとが恭しく礼をしたのでオレはちょっと恐縮してしまう。

 お嬢様のほうはまだ興奮醒めやらぬのか、うずうずと落ち着きがない。

 え? ホントオレ何したの?


「すみません。あのオ、ワタシまだ状況が掴めていなくて……」

 

 危うく『オレ』と言ってしまう所だった。

 今のオレはどこからどうみても美少女(自分で言うか?)怪しまれないように気をつけなくてはいけない。


「アナタたちは誰なんですか? それにどうしてワタシを襲ったのに、今は助けてくれているんですか?」

「それは――」


 お嬢様が口を開こうとして、隣りの執事っぽい人に手で制される。


「貴方が仰る事もごもっとも。ですが人に物を尋ねるときはまず自分から名乗るもの。違いますかな?」

「それは……!」


 確かにそうだ。

 ここの主は向こう側、オレの方が部外者なのだからこっちから言うのが筋なんだろう。

 だがきっとそれだけじゃない。

 この執事っぽい人は、オレが何と答えるのか、それを見極めようとしているのだ。

 

「こう言っては失礼でしょうが、貴女は怪しい。ここらでは見ない顔、死霊の館の再奥にいたこと、そして高度な魔術を用いながら魔力酔いを起こして倒れる。どれを取っても不自然極まりない存在なのです」


 でーすよねー。

 正論過ぎて返す言葉もございません。

 

「あの、それは……!」

「改めて問います。貴女は何者ですか?」


 執事さんは言いながら腰に下げた鞘に手をかけている。

 まずい、殺る気だ。


「な、名前はクローディア=サッカー=ノーウェイ……」


 何とかそれっぽい名前をひねり出したはいいものの、あとは何も浮かんでこない。


「フム、聞いたことのない名ですな? 生まれは?」

「生まれは……その…………」


 オレの記憶の中に幾つか地名があるけれど、今そこが実在するのかそれすらもはっきりわからない以上下手に応えるわけにはいかない。


「なぜ、あの場に居合わせたのですかな? あそこは〝死霊の館〟と呼ばれるダンジョンで、最奥には主のサキュバスがいると聞いておったのですが?」

「あぅ? その、それは……?」


 まずい、矢継ぎ早に尋ねられて言い訳を考える時間も与えられない。


「貴女のご職業は? 持っているスキルは? 使える魔術は? あの魔術はどこで覚えたのですかな? なぜ詠唱もなしにあれだけ強力な魔術を…………?」


 ダメだ。まったく良い言い訳が出てこない。

 どうする? どうするオレ? こんな時物語のヒーローたちはどうやって切り抜ける…………?

 ……………………そうだ!


「う」

「フム? どうかされましたかな?」

「うぅぅぅぅぅ……あ、あたまがいたいー!(棒読み)」


 こうなれば、もうこの作戦しかない!


「お、おもいだせないー。なにもおもいだせないー!(大根役者)」

「だ、だいじょうぶですか!?」


 プランB『記憶喪失作戦』だ!

 ほら、異世界召喚物とかによくあるよね?

 召喚されたはいいけど色々と話せない時、実は記憶が……みたいな事言うヤツ?

 もうそれしかない!


「うぐぐぐぐぐぐ……私はクローディア? でも家はどこ? 家族は? わからないわからないわからない……!」


 どうだ、この渾身の演技!


「…………フム」 


 執事さんは静かに鞘から剣を抜く。

 はいアウトー! ウソだって見抜かれているよー! 

 このままではオレの首と胴が永遠にお別れすることになってしまう。

 何か手はないかと注意深く観察し、そしてオレは気づく。


「あれ、執事さん? でいいのかわからないですけど。腕、もしかして怪我されてます?」


 執事さんがビクッ、と体を震わせたところを見るとどうやら間違ってはいないらしい。

 さっき、寝起きのオレに技を放った時、執事さんは右手で剣を振るっていた。

 しかし今彼が剣を抜いたのは左手。

 右手は脇にだらりと下がったままピクリとも動いていない。


「だとすれば、なんだと言うのですかな?」


 執事さんの身体から溢れる殺気が一気に膨れ上がる。

 もしかしてオレが『手負いでワタシと戦えるのかねフハハハハ!』的な事を言ったと勘違いしているのだろうか?

 

「お、落ち着いてください! 別に危害を加えようとかそういう事じゃなくて……良ければ治療させていただけないかと……」

 

 あくまでもこちらには敵意がないのだとアピールする。

 執事さんは少し考えるそぶりを見せてから、剣を鞘に戻す。

 とりあえずセーフ。

 だが手は相変わらず剣の柄を握ったまま、予断は許されない。


「……できるのですかな?」

「えと、たぶん、はい」


 オレは小さく[アナライズ]と唱えて執事さんを指定する。

 執事さんは身体をぶるっとさせ一瞬身構えたが、害のある魔法ではないと判断したのか、警戒するだけにとどめてくれていた。


【ラムダ・クルースニク:Lv.62

 種族:人族

 年齢:64歳

 職業:執事

 イーノッド家に代々使える執事の家系に生まれる。

 若い頃は剣士として領主の傍らで活躍し、戦場では〝地を駆ける稲妻〟と恐れられた――】


 へぇ……ラムダさんっていうんだー、じゃなくて。

 説明を読んでいくと下の方にステータスっぽい場所があり、HPが若干減っているようだ。

 おそらくこれが腕の怪我によるものだろう。

 HP由来なら普通の回復呪文とかでいいだろうか?

 オレが作った魔法の中で一番強い回復魔術は確か……


「[フル・ヒールリング]」


 オレがスペルワードを唱えると温かな光がラムダさんを包み込んでいく。

 その様子をラムダさんは訝しげに見つめ、お嬢様は目を輝かせながら見ている。

 光が消えるころにはステータス画面のHPが完全に回復したようだった。


「フム……これは確かに」

 

 ラムダさんは右手を軽く握ったり開いたりして調子を確かめている。

 問題はなかったようで、完治した腕を剣の柄にかけた。

 あっれー? ちゃんと直したはずなのになー?


「あれだけ高位の回復魔術を無詠唱で行うとは……やはりただ者ではないようですな」


 おかしい、友好的な態度を示したはずなのに一体どこが悪かったのか……ん?

 よくよく見てみると【特殊状態:病】となっている。

 

「……あの、ラムダさんってご病気か何かにかかってませんか?」

「っ! 何故それをっ! それにどうしてわしの名を知っている!?」


 相手の名乗っていない名前を出すとか完全にミスった!

 それについポロっと口走ってしまったがあれだけ冷静だったラムダさんが、いつになく取り乱すとは。

 病気の事は言っちゃダメだったのか!? 


「じぃっ! 病気とは何ですか!? 私は聞いてませんよ!」

「……わしは長らく肺の病を患っておりましてな。現代には回復するための薬も魔術もないと教会の者に言われました。お嬢様に御心配はかけまいと黙っておったのですが、このような形で知られるとは思いませんでしたな」

「そんな……!」


 お嬢様がラムダさんの胸へ飛び込んで『そんな事ってないわ!』と泣き叫んでいる。

 大切なお嬢様に心配をかけまいと自らの病を伏せる執事。

 執事の病を嘆き、本気で涙するお嬢様。

 とてもいい主従関係だ。

 どうにかして助けてあげたいと思ってしまうじゃないか。


「完治できない。そう言われたんですね?」

「えぇ。教会が匙を投げた以上、不治の病と言っても過言ではないでしょうな」


 なるほど、つまり回復魔法みたいなのでなんでも治ると言う訳ではないのか。

 あぁ、そういえば[フル・ヒールリング]でHPは回復したけど、病気は治らなかったな。

 きっとその辺は何かあるんだろう。

 だとすれば、病気、もしくは状態異常なんかを治す魔術ならいいのだろうか?


「えと……[キュア・ボディ]」


 甲高い音がして魔術が上手く発動しなかった。

 どうやら状態異常の毒やマヒなどを回復する[キュア・ボディ]ではダメなようだ。


「無駄ですな。その術は一度受けたことがありますが、効果がありませんでした」

「みたい、ですね」


 なら、あとは……


「[ディスペル]」


 これまた魔術が発動しない。


「これも、ダメか」

「だから無駄だといっておりましょう? もう覚悟はできておりますゆえ、おきになさらないでくだされ」

「そんな……そんなのって……!」


 状態異常でも魔術効果でもないから【特殊状態】か。

 うーん…………あ、そうだ。


「たしか、メディクイック? いや【メディック】か?」


 オレが唱えた瞬間。

 緑色の光がラムダさんを包み込む。

 しばしもやもやと包み込んでいたが、ある時ラムダさんがハッと表情を変える。

 光が消えると、未だ胸の中で泣いていたお嬢様を離したラムダさんが難しい顔でこちらを向く。

 

「長年感じていた胸のつかえが急に取れ、軽くなったような気がしております」

「ちょっと待ってください……」


 もう一度ラムダさんを[アナライズ]してみると【特殊状態:病】の文字が消えている。


「はい、たぶん治っていると思いますが、一応教会ですっけ? とかでも確認してみてください」


 オレがそう笑ってみせると、泣きじゃくっていたお嬢様が呆気にとられた顔でラムダさんを見つめる。


「じぃ?」

「どうやら、もう少し長くお仕えさせていただけるようですな」


 その笑顔と言葉を聞いてお嬢様は再び泣きながらラムダさんの胸に飛び込んだ。

 ただ、その顔は悲壮感漂うものではなくなっていた。

 ラムダさんの頬にもうっすらと涙の伝った跡がある。

 えーはなしやー。

 オレもつられて泣いていた。

 先ほどまで殺伐としていた空気がほんのり暖かくなった気がした。

 そしてオレは、満足げな顔で倒れた。

 そうですね、魔力酔いですね。

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