黒の系譜01-36『悪夢』
「彼女は夢魔種。――いえ、今はもう夢魔族。れっきとした魔族で、この悪夢の元凶です」
初めて自己紹介した時たまたま[アナライズ]していたため、オレは気づいていた。
そして聡明なチェスターさんの事だから、それを知っていたと思っていた。
知った上で彼女を受け入れているのだと勝手に勘違いし、ろくに確認もせずそのことを黙っていた。
「初めて会った時から彼女には敵意が全く見られませんでした。他の人に対してもそうです。だから彼女は街の人と共存関係にあるものなのかと思っていたんです」
というのも[マップ]が使えるようになってから見た彼女のアイコンはずっと青のままだった。
なのでこの街の人々は彼女と友好的な関係が築けているのだと、結論付けてしまっていた。
だから〝夢衰病〟が起きた時も、一番犯人として疑わしいはずの彼女をその候補から外していた。
「それに何が起きてもオレならなんとかできるって過信していました。その結果が……!」
そして治療法を確立したことで、例え〝夢衰病〟の発症者が出てもなんとか出来ると思っていた。
オレの力ならなんとか出来ると高をくくっていた。
「待ってくれ、じゃあリリメくんは魔族、なのかい? そしてこの災厄の元凶だって? そんな馬鹿な。彼女は確かにハーフエルフだとギルドの水晶で……」
「ステータスを偽造する魔術を使ったんでしょう。ケーナさんに聞きましたが、かなり高度な魔術を使えば、ギルドの水晶ですら欺けるそうです」
並の魔術師ならいざ知らず、相手は一国を滅ぼすという伝説を残すような相手だ。
ステータスを偽る魔術くらい、朝飯前だろう。
「そんな……そんなことがあると言うのか? それなら部屋にあった彼女の遺体は……?」
「魔術で作ったダミーです。かなり精巧に創られていますね。あれであとは魂さえあれば間違いなく〝ハーフエルフ〟と呼べる存在になるでしょう」
髪の一本一本から人体の細部に至るまで、完璧に創られている。
あれはもはや人体創造と言っていいレベルの出来だ。
アレを彼女が創ったということには驚きだが、相手は色々と規格外だと思っておいた方がいいだろう。
「だが彼女は……!」
「どうしてそんなに彼女の事を……? チェスターさんほどの方なら、騙されるような事はないと思っていたんですが……」
あんなにも領民を大切に想っているチェスターさんが、身元のはっきりしない者を街へ迎え入れるなんて想像していなかった。
だからリリメさんについて幾つか怪しい部分はあったが、チェスターさんが認めたなら問題ないだろうと浅慮だった部分もある。
「……私は、君が思っているほど強い男じゃないんだ。悲しみもするし、人の死に動揺もする。それが家族のように近しい者なら、なおさらだ」
「あ……」
オレが出会う前、ラムダさんは肺の病を患っていた。
不治の病だったらしく、余命幾ばくもなかったという。
ラムダさん本人は諦めて受け入れていたようだったが、チェスターさんはそうもいかなかったんだろう。
しかも亡くなった奥さんも肺の病を患っていたというし、辛い記憶が重なったのかもしれない。
「さすがの私も堪えてね。頭を冷やそうと一人で森へ入った、そんな時だったんだ。傷ついた彼女と出会ってしまったのは」
「それはいつのことですか?」
「それは君がこの屋敷に来た数日前……いや、もっと前か? 違う、あれは……?」
チェスターさんらしからぬあやふやな答えに、彼自身が眉をひそめる。
「おかしい。出会った時の光景はあんなにも鮮やかに思い出せるというのに、それがいつだったかとなると途端に記憶にもやがかかったようになる」
「……では質問を変えます。この街で夢衰病が流行りだしたのは、いつですか?」
「それは、はっきり覚えているよ。初めの犠牲者が出たのは、今からちょうど一ヶ月前、前の満月の夜だ」
こちらの質問には何の迷い無く答えられるチェスターさん。
しかし事がリリメさんに関わる内容にまで及ぶと、途端に記憶があやふやになる。
「失礼します[ディスペル]」
オレが魔術を発動すると、チェスターさんの顔色が変わった。
「これは……頭がスッキリしていく……?」
やはりなんらかの魔術の影響を受けていたのだろう。
しかし[ステータス]に表示されていというのは、少しやっかいだ。
「……話を戻してもいいですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
さっきより幾分か思考がはっきりしてきたようなので、オレは少し踏み込んで質問する。
「では最初の犠牲者が出た時、既にリリメさんはこの街にいましたか?」
「いた……ような気がする。いやいた。そうだ、思い出した。彼女と、リリメと森で出会った翌日、街で初めての犠牲者が出たんだ」
さっきまでとは別人のように、チェスターさんの口からリリメさんに関する記憶が次々と飛び出してくる。
「それに! あぁ……。最初の犠牲者となった冒険者は、リリメを見てすぐに、恐怖に顔を青ざめて『化け物!』と言って逃げ出していったんだ。あの時は彼女が〝ハーフエルフ〝〟だと言うことを揶揄していたのかと思っていたが」
なるほど、前にジャミスさんが言っていた冒険者、死霊の館から生還した彼が最初の犠牲者だったのか。
だったら色々と辻褄が合う。
彼が『化け物!』と叫んだのは、彼がリリメさんの正体を知っていたからだ。
なにせ、彼のパーティーメンバーの命を奪った相手こそがリリメさんだったのだから。
そして彼女の正体を知る彼は口封じとして殺された。
「きっといつものチェスターさんなら、その時点でリリメさんの存在に疑問を持っていたはずです。これはオレの推測ですが、出会ってすぐにチェスターさんは彼女の魔術にかけられ、まともな判断力を奪われたのでしょう」
「……あぁ、確かにそうかもしれない。あの時の私はどうかしていた」
チェスターさんは天を仰ぐ。
「彼女は、リリメは私の亡き妻〝メイリーン〟と瓜二つだったんだ。森の中で傷ついている彼女を見て、居ても立ってもいられなかった」
領主として優秀なチェスターさんだが、オレは彼の弱点とも言える美点を知っている。
領民、家族、そして使用人と、彼は極端と言えるほど〝身内〟に甘いのだ。
オレの時もそうだった。
記憶喪失と言い張るどう考えても怪しいオレのような不審者を〝ラムダさんの命の恩人〟というだけで信じて迎え入れてくれた。
そんな彼だからこそ、かつて命を落とした自分の亡き妻そっくりの少女が傷つき倒れているのを放っておけなかったんだろう。
その心の透き間をつかれ、チェスターさんは魔術をかけられた。
[ステータス]に表示されない程度の軽い、恐らく悪感情を生ませない程度の魅了か何かだろう。
それだけでも、心が弱り、且つ亡き妻に似た彼女を前にしたチェスターさんには十分効果があったのだ。
「なんて事だ……私は我が愛すべき領民を殺していた相手に恋い焦がれ、あまつさえ求婚しようとしていたというのか? 私はなんと愚かな事を……!」
泣き崩れるチェスターさんに、オレはかける言葉が見つからなかった。
今朝チェスターさんの言っていた『話したい事』というのは、その事だったんだろう。
やはりあの場でオレが全てを明かしていたら……!
「それなら! それなら彼女の正体を知っていたのに、何の相談もしなかったオレだって同罪です。いや、魔術をかけられていたチェスターさんより、よっぽど罪は重い! オレが早く彼女の正体を開かしていたら!? 少なくとも今朝の時点でそのことを伝えていたら、こんな最悪の事態にはならなかったかもしれないのに!」
出発前に一度話す機会はあったのだ。
しかしパワーアップアイテムの事で浮かれていたオレは、結局ソレを告げなかった。
何が起きてもどうにか出来る自信があると、図に乗っていた。
このファンタジーの世界でだって、どうしようも出来ない事はあるというのに。
「全部オレのせいです! 夢衰病からこの街を救った? いいや救ってなんかいなかった! 黙って高い所から見下ろして、救った気になっていただけじゃないか! オレは、取り返しのつかない過ちを、罪を犯してしまった!」
これが、真実。
残酷で理不尽で、どうしようもなく愚かなオレの罪の全て。
「君の罪じゃない、と私が言ったら?」
「いいえ、分かってるんです。こうなった全ての原因はオレにあります……だからオレがこの悪夢を終わらせます」
10歳以上老け込んだように見えるチェスターさんに、オレは俯いたまま答える。
今更、オレが何をやった所で現実は変わらない。
『そもそもの元凶が何を言っている?』と言われれば、ごもっともだ。返す言葉もない。
でもだからこそ、オレがすべてを終わらせなければいけない。
これはオレの為すべき事だ。
「君が責任を感じているというなら、わかった。だが先程も言ったが私にも原因がある。君だけの責任じゃない。そもそもリリメくんを招き入れたのは私だ。もしこの悪夢を終わらせる責任があるとすれば、それは私こそが負わなくてはならない」
「そんなこと!」
「あるとも。それが領主としての、私の最後の務めなのだから」
チェスターさんはよろよろと立ち上がって、いつものように笑う。
だがその横顔にいつものような爽やかさはなく、ただ死を決意した男の寂しそうな笑みだった。
「君は逃げてくれ。君まで命を落としてしまったら、私は向こうで待っている妻にも娘にも顔向けできないじゃないか」
向こうで待っている妻と、娘……?
「ま、待ってください。娘って、まさか……! いや、だってミラは馬車で王都へ助けを呼びに行ったんじゃ」
[マップ]上にミラの名前がないので、てっきり彼女は皇都へ向かった馬車に乗っていたものだと思っていた。
だから彼女は無事だと、また愚かにも勘違いをしていた。
いや、そうであるべきだと思いたかったのかもしれない。
「ミラは私より先に街へ戻っていたんだ」
しかし、チェスターさんは左右に首を振る。
「私が長くなりそうだと思ったんだろうね。『クロ様を待っていなければいけないから』と言って、一度街へ戻ったんだよ」
頭が、くらくらした。
「引き留めるべきだったと、後悔している」
鼓動で心臓が破裂するかと思った。
『私が屋敷についたときにはもう……』
オレの目の前で、誰かが何かを言っている。
しかし、それが誰だったかすら、今のオレにはわからなかった。
『あの子は君が使っていた部屋で……』
オレは真っ黒に染まりつつある思考を押さえ込み、微かに聞こえた声の指し示す場所へと走り出した。
(ミラが……? はは、そんなわけないじゃないか。きっと部屋に戻ればいつものように笑顔で『おかえりなさい、クロ様』と笑ってくれるに決まってる)
足がもつれて、転んでしまう。
打ちつけた腕より、頭がズキズキと痛んだ。
それ以上に胸が苦しかった。
(ほら、もう少し。部屋へ入れば笑顔でミラが迎えてくれる。『今度は私も連れてってくださいね!』ってちょっと拗ねながら、でも楽しそうに笑ってくれる!)
オレは部屋のドアを勢いよくあけた。
「ただいま、ミ……」
彼女は確かにそこにいた。
ただし、彼女は壁に掛かった絵に祈るような姿勢を取ったまま、時が止しまっていた。
「ただいまミラ? ねぇミラ聞いてる? ほら、返事してよ……みらぁ…………」
彼女はもう振り返らない。
彼女はもう笑わない。
彼女はもう、生きていない。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあ……!?」
オレの中で何かが切れた。
「………………………………………………許さない許さない許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるサナイゆルさナイユるさナイユルサナイユルサナイ……!」
魂が昏く、闇よりも深い漆黒に呑み込まれていった。
そして――




