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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第一章〝黒の目覚め〟
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黒の系譜01-35『死の街』

 結界の中に入ると、魔力の流れがまだ分からないオレでも分かるほど、魔力が吸い取られているという感じがあった。

 オレが普通の人間だったら、[キー・トーサン]がかかっていなかったら、たぶん数分と持たなかっただろう。

 でもだからこそ、目の前に広がる地獄を嫌というほど見せつけられた。

 

――最初に見つけたのはパン屋のおばさんだった。

 店仕舞いをするために出てきた所だったのか、店の前で看板を握りしめ倒れていた。

 彼女がふわふわのパンをサービスしてくれることは、もうない。

 

――次に見つけたのは双子の兄弟だ。

 兄はオレを見るといつもスカートめくりを仕掛けてくるようなイタズラ好きの悪ガキで、隙あらばスカート捲りをしようといつも後ろをついてきた。でも妹が泣きだすといつも、妹を元気づけようと必死になるいいお兄ちゃんでもあった。

 そんな妹ちゃんは、オレがドロップを上げるといつも笑顔でついてきた。オレがルーさんをお姉さまと呼ぶのを真似して『おねーたまおねーたま』と呼ぶので、少しくすぐったい思いもした。

 しかし、彼らの賑やかな笑顔を見ることは、もうない。

 

――豪快な肉屋のおじさんにガハガハと背中を叩かれることは、もうない。

――オレを見るといつも笑顔になったおじいちゃんがお菓子をくれることは、もうない。

――鍛冶屋の親子の心温まるやり取りを見ることは、もうない。

――エミリーと口げんかするジャミアさんを見ることも、もうない。


 彼も誰も皆、もう帰って来ない。

 見知った顔を見るたびに、気が狂いそうだった。

 見知った顔しかないと気づいたとき、胃の中身を全てぶちまけた。

 それだけオレは、この街の人々が好きだったんだ。


(足を止めるな。前を向け。振り返るな。戻れなくなる)


 オレはまだ止まれない。

 吐しゃ物で汚れた口をマントでぬぐい、オレは砂利の付いた手で自分を殴りつける。

 震える足に喝を入れて立ち上がり、また走り出した。

 道に倒れる人々の顔を、一人一人確かめながら進む。

 何度も吐き、うずくまり、それでも立ち上がって進む。

 泣き事は許されない。

 ここで何が起きたのかを知るまでは。



―――――



 どうにか屋敷へと到着したが、ここも酷い有様だった。

 庭師さんも、メイドさんたちもあの若いコックさんも、誰一人として息をしていない。

 もう胃液も底をついていた。

 オレは屋敷の奥、この屋敷内で唯一青いアイコンが残っている部屋へと飛び込む。


「チェスターさん!」


 チェスターさんはベッドの上に倒れ、瀕死の状態だった。

 すぐさま[ステータス]を確認する。

 〝魔力切れ〟のせいで徐々に体力が減少していっている。


「……君か。いやはや、こんな姿で情けない」


 チェスターさんの消え入りそうな声に、胸の奥が重たくなる。


(でもまだ間に合う!)


 オレはチェスターさんに持っていた魔力丸を飲ませる。

 すぐに魔力は回復するが、しかし回復した先から、周囲の霧によって奪われていく。


「無駄だよ。魔力が回復してもすぐさまこの霧が奪っていってしまうんだ」


 こんなの魔力酔いどころではない。

 これでは魔力丸だって意味がない。


(だけど、もしここでチェスターさんまで死なせてしまったら、オレは多分ダメになる)


 なりふり構ってなんていられなかった。 


「すぐに楽にします! [サンクチュアリ]!」


 唱えると、オレを中心として幾何学模様の描かれた魔法陣が展開、部屋を覆うように広がっていく。

 そして半透明の光のドームを形成し、周囲を覆っていた紫紺色の悪夢を弾き出した。

 体に纏わりついていた気色悪い嫌悪感が消える。

 これで魔力吸収は抑えられたはずだ。 


「これは、古の儀式魔術じゃないか。ハハ、まさかそんな物まで使えるとは……」

「すみません、いつか必ず話します。とにかく今はコレを!」


 オレはもう一度魔力丸をチェスターさんに飲ませ、魔力減少が止まったことを確認するとすぐに[フル・ヒール・リング]をかける。

 [ステータス]をチェック、〝魔力切れ〟も〝体力減少〟もなくなり、どちらも充分回復した。

 とりあえずは、これで問題ないだろう。

 オレは心の底から安堵する。


「あぁ、私はまた生き永らえてしまったのか。メイリーン……」


 チェスターさんは寂しそうに笑うと女性の名を呼んで涙した。

 直接聞いた事はなかったが、たぶん亡くなった奥さんの名前だろう。


「君に救われるのは、もう何度目だろうね」

「よしてください。オレは……そんなんじゃないです」


 救った、という言葉が胸に深く突き刺さる。

 夢衰病を解決した時も言われた『領民を救ってくれて感謝する』と。

 ちょっと恥ずかしくもあったが、自分が救ったのだと誇らしくもあった。


「だって、オレはこの街が……!」

「それは、しょうがない事だ。全ての人を君が救えるわけではないだろう?」


 そうじゃない。

 そうじゃないんだ。

 きっとこの状況を生み出したのは……!  


「……教えてください。一体何が起きたんですか? オレたちがいない間に、この街で一体何が起きたと言うんですか?」


 だから、オレは真実を知らなくてはいけない。

 それがどんなに辛い現実だろうと。


「あぁ、そうだね。私の知る事は全て語ろう」


 チェスターさんは遠い日を思い返すかのように、遠くを見つめている。

 じわり、とその瞳から雫が溢れたかと思うと、一気に頬を流れるほどの涙を流す。


「と言っても、私がこの街へ戻った時にはもう遅かった。全て終わってしまっていたんだ。だから語れることはあまり多くはなくてね」


 チェスターさんは顔をくしゃくしゃにしながら、ぽつりぽつりと語りだした。


「私たちが街へ戻ったのは日が暮れて少ししたくらいの頃、だったかな? 予定より少し遅くなってしまってね。空にはもう月が出ているし、もう君たちも戻っているのではないかと急いで戻って来たんだ」


 馬車で街が見えるくらいの所までやって来た時、それは起きたと言う。


「月が紅く染まった。いや、紅い獣に喰われたかのようだった」


 突然街を覆うほどの紫紺のドームが広がり、スーサは悪夢の中へ沈んだ。


「何事かと思い門の前まで行くと、門番のヘイスが倒れている。事情を聞こうとしたが……駄目だった。彼は悔しそうに一言二言呟いて、静かに息を引き取っていったよ」


 乗ってきた馬車にはそのまま皇都へ救援を求めに向かわせ、チェスターさんは単身街へ戻った。

 そこからは先の景色はオレも知っていた通り。

 いや、チェスターさんの場合、人々が死んでいくその瞬間を何度もリアルタイムで目撃したと言う。

 

「……私は、本当に無力な男だな」


 それでもチェスターさんは生き残った者たちを探し、なんとか教会へ避難させたそうだ。

 話の中でシェラ、という名前が出たので恐らく服屋の店長さんは無事なのだろう。

 その事に少し安堵する。


「チェスターさんは、逃げなかったんですか」

「私は、領主としてやることがあったからね。ギリギリまでここで粘っていた。むしろ一度倒れたんだがね。ここまでかという所で一度ラムダに助けられたんだよ」


 ラムダさんが間に合っていた。

 胸のつかえがわずかに取れる。


「本当に彼は優秀な執事だ。ラムダが来なければ、君とこうして話している時間も無かっただろう」


 ラムダさんに渡していたアイテムが役立ったようで何よりだ。

 しかしこの場にラムダさんの姿はなく、[マップ]にもラムダさんの表示はない。

 [マップ]に名前が表示されない理由の一つは距離が離れすぎている事。

 ある程度距離が離れすぎていると、マップには色つきのアイコンだけで表示される。

 そして、もう一つは……


「ラムダさんはどこへ?」

「……一人で行ったよ。街の中心、あの悪夢の最深部へね。行くな、と命令したんだが『では今日限りで執事を止めさせてて頂くのでその命令は聞けませんな』と笑って出ていったよ。まったく、優秀すぎる執事にも困ったものだね」


 もう一つは、言わずもがなだ。

 アイコンが黒くなってしまえば、名前の表示も消えてしまう。

 目頭を押さえるチェスターさんの様子から、彼がどうなったかは容易に想像できるようだった。

 

「あとは、君の知るところだ。私はラムダにここへ寝かされ、君が来るまでも生死の境を彷徨っていた、という訳だ」

「お辛いことをお聞きしてすみませんでした」

「いいや、これが生き残った者の責務なんだろう」


 チェスターさんは、語り始めた時より少しすっきりした表情で微笑む。

 彼なりに、少し心の整理がつけられたのかもしれない。

 だがオレが聞きたかった名前は、その中に出てこなかった。


「すみません。リリメさんはどこに?」

「あぁ、そうだね」


 オレがここへ来た本当の理由。

 どうしても確かめなければいけない事、それは――


「彼女は死んだよ」


 違う。


「自室のベッドで、息を引き取っていた」


 それはオレの聞きたかった事じゃない。

 この様子、間違いない。


「チェスターさんは、リリメさんの正体をご存知なかったんですね?」


 オレが尋ねると、チェスターさんは怪訝そうな顔をする。


「リリメくんの正体? 一体君は何を言っているんだい?」


 (とぼ)けている様子はなく、本気で分からないという顔をしている。

 あぁ、やっぱりそうだったのか。

 だとしたらオレはとんでもない思い違い、いや早とちりをしていた事になる。


「ご存じないんですね」

「ご存じも何も、彼女の正体が一体何だっていうんだい? それに彼女はもう……」

 

 やはりチェスターさんは、リリメさんが死んでしまったと思っている様子だ。

 実際、オレもこの部屋へ来る途中、リリメさんらしきメイド女性の亡骸を目撃している。

 背格好はまったく同じ、一見すれば本人かと見間違うほどである。

 

「いいえ、彼女は生きています」


 だがオレの表示している[マップ]には、彼女の名前がまだ青々と光っている。

 

「そして、今はこの街の中心にいるはずです」

「ちょっと待ってくれ、話が全然見えないんだが……」


 そう、死んでしまえば[マップ]に名前が表示されない。

 だが死体など、作ろうと思えばどうとでもできる。

 実際リリメさんを模していた死体は魔術で作られた偽骸(ぎがい)

 人体構造まで巧妙に作りこまれた偽物だった。


「リリメ・サーキュリオ。彼女はハーフエルフでもなんでもありません」

「……どういう事だい?」


 初めてリリメさんと挨拶を交わした時、


『わたしハーフエルフなんです』


 彼女は自らをそう〝(かた)〟ったのだ。


「彼女は夢魔種(サキュバス)。――いえ、今はもう夢魔族(サロメ)。れっきとした魔族で、おそらくこの悪夢の元凶です」


 この悪夢の中心でも、彼女はいつものように笑っているのだろうか?

衝撃の事実! なんと天然小悪魔メイドさんはサキュバスだったのです!

……実気が付いていた人、挙手。

……うん、だと思ったよ。

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