黒の系譜01-31『死霊の館』
死霊の館、そこは濃い魔素を求めて集まった死霊系の魔物が冒険者を倒し、その屍に取り付いてスケルトンとなって更なる犠牲者を生み出す。負の連鎖を生み出す魍魎の館である。
今日もまた、哀れな犠牲者がやって来た……
館に入ってすぐ、オレたちが発見したのは【ゴースト】だ。
「にゃ、にゃにょコイツ!?」
オレが注意するよりも早くそのボディに先制攻撃を仕掛けたエミリーだったが、拳が体をすり抜けた瞬間、エミリーの顔がサァ……っと青くなった。
倒れそうになったミルトさんを支えながら、オレは[アナライズ]して表示された[ステータス]を確認する。
【ゴースト:Lv.17
種族:死霊種
魔物ランク:D
弱点:白
空気中の魔素が負の想念の影響で集まり魔物化したもの。
実体という実体がないため触れる事はできず、直接的な攻撃は意味をなさない。
それはゴーストも同じだが、近くにいる者に憑依することで操る事ができる。
退治するには魔素を散らすか、魔核を破壊するしかない】
そう、魔素の集合体であるゴーストに直接攻撃は効かない。
それを言おうとしたのに、エミリーは我先にと突っ込んでしまった。
「にゃ、にゃによコイツッ!?」
おまけに攻撃が効かずパニックになってしまっている。
拳をぶんぶん振り回して暴れだしたエミリーを援護しようにも、動き回っているせいで上手く狙いが定まらない。
ゴーストが両手を広げ、エミリーに襲いかかる。
「エミリー離れて!」
「ケタケタケタケタ!」
「いやぁーーーーー!?」
こちらの声も届かず、回避すらままならないほどエミリーはパニクっていた。
まずい! と思った時には遅かった。
「ばかエミ!」
最悪の事態だ。
エミリーは憑依されてしまった。
「天に居られます我らが女神よ……(ブツブツ)」
「ご安心召されよ。強い意志と力があれば抗う事もでるはずですぞ」
オレたちは強気娘エミリーを信じて、彼女の瞳を見る。
「きゅぅ……」
「はいアウト」
「エミ、だめだめ」
「帰ったらまた特訓ですな」
「光に包まれ……(ブツブツ)」
強靭な精神力なんて未熟者で半人前でひよっこなエミリーには酷な話だったようだ。
ホント人騒がせなツンデレ娘である。
「ああなった以上ゴーストを退治するか、エミリーを行動不能にするしかないみたいなんだけど……」
いくらエミリーとはいえど女の子だ。
なるべく体に傷をつけるような真似はしたくない。
「どうしましょう?」
「こまった」
「ですな」
「……の御救いと御慈悲を……(ブツブツ)」
ルーさんとラムダさんは困り顔で答え、ミルトさんは顔を真っ青にして祈りを捧げている。
そうこうしているうちにも、ゆっくりと構えを取るエミリー・イン・ゴースト(命名オレ)。
その姿はかなり様になっている。
「あれ、なんかいつもより強そうじゃない?」
すごいスピードで殴りかかってきたのを、寸での所でラムダさんが受け止めてくれた。
こわっ! 操られてる方がよっぽど強いじゃん!
人は意識的に体の力をセーブしているというし、意識の制約がない分本来の運動能力が発揮されているのだろう。
「とりあえず、わしが押さえましょう。クローディア様たちはその間に何か策を!」
しかしエミリー・イン・ゴーストの動きもなかなかやるもので、あのラムダさんと互角に渡り合っている。
多分ラムダさんもエミリーを傷付けないよう手加減しているのだろうが、それでもエミリー・イン・ゴーストの動きは人間離れしている。
あれが本来のエミリーの力だと思うとぞっとする。
このまま長期戦になれば、こちらから手が出せない以上ジリ貧、そして敗北だ。
なんとかラムダさんが頑張ってくれている間に、エミリーからゴーストを引き離す方法を考えなくてはいけない。
(何かいい魔術はなかったっけ?)
オレが頭の中の引出しを引っ掻き回して魔術を思い出そうとしていた時だった。
「〝祓い〟給え……清めの光[レクイエム]」
青い顔で伏せりながらずっと詠唱を続けていた(恐怖で神に祈っているのかと思ったら違った)ミルトさんが魔術を発動する。
彼女の体から溢れだした柔らかな光が、エミリーを包み込んでいく、と。
「ケタケ……?」
エミリーに憑依していたゴーストが徐々に体から離れていき、魔核だけを残して光の中に消えていった。
死霊の館での初戦はミルトさんの大活躍に終わった。
―――――
そして死霊の館の探索を初めて、もう大分時間が経った。
「キキッ!」
「ひゃふぁっ!?」
「だぁーらっしゃー!」
エミリーの気合いの一振りを受けた魔獣は魔核を粉々に粉砕され、光となって消えた。
相変わらず、こっちがドン引きするほどの馬鹿力である。
「ミルトさん、大丈夫ですか?」
「は、はい! たぶんだいじょうぶです……」
オレが後ろでルーさんにしがみついているミルトさんに声をかけると、弱々しいながらもしっかりとした返事が返ってきた。
「ふ、ふん! 空飛ぶネズミごとき、アタシの敵じゃないのよ!」
「ネズミじゃないよ。ナイトストーカー、コウモリだから」
館へ突入してからというもの繰り返される戦闘のせいで探索はなかなか進まず、パーティーメンバー、特にミルトさんは精神的に憔悴していた。
そしてその戦闘の大半が死屍種の魔物などではなく、【ナイトストーカー】というコウモリのような魔物である。
【ナイトストーカー:Lv.12
種族:魔蝙蝠種
魔物ランク:F
弱点:羽
魔獣化して魔力を吸収するようになった蝙蝠。
素早い動きで翻弄し、鋭い牙で噛みついて魔力を吸収してくる厄介な敵。
レベルが高くなってくると超音波を発して行動を阻害してくるようにもなる】
ステータスからも分かる通り、超音波攻撃があれば多少やっかいな相手ではあるが、この館に住み着いている奴らは使ってこないのでそんなに驚異というほどではない。
だってエミリーでも余裕で倒せるレベルだもの。
「む、アンタいまなんか失礼なこと考えなかった?」
「ぜんぜん? まったくそんな事ないアルヨ?」
「ないのかあるのかどっちなのよ!」
では何が問題なのか?
それはこのダンジョン〝死霊の館〟の構造である。
「キキキッ!」
「ふぁっ!」
「エミリー! そこのドアの影から一匹! ナイトストーカー!」
「どっせぇーい!」
「キッ!」
「ひゃぁ!?」
「次、後ろの天井の穴から一匹! ラムダさんお願いします!」
「承知!」
「キキッ!」「キ―ッ!」
「はぅっ!?」
「ルーお姉ちゃん、左右から一匹ずつ! 右お願いします!」
「任せる。――紡ぐは〝緑〟、〝真空〟の〝刃〟を成して、敵を〝切り裂け〟……[エア・スラスト]」
「左はワタシが! 緑、一閃、[ウィンド・カッター]!」
お分かりいただけだろうか?
ここは建物の中なので構造上の死角が多く、どこからともなく魔物が飛び出してくる。
ぶっちゃけ[マップ]にかかれば不意打ちを受ける事なんてほぼ100%ありえないのでオレは心配はていないのだが、他のメンバーはそうもいかない。
特にミルトさんは魔物が出現するたびに驚いて、大げさなほどのリアクションをするのだ。
ぶっちゃけ見ていて可愛い。
オレは密かにほっこり和んでいるのだが、毎度毎度リアクションするミルトさんの方は体力的にも精神的にもおつかれの様子。
しかもそれが連戦ともなれば、心休まる暇もない。
「大丈夫ですか?」
「は、はひぃ……らいじょうぶれす……」
うん、全然大丈夫そうには見えないな。
もはやミルトさんは虫の息だ。
結果、他のメンバーにこっそり相談して、探索速度を落とす事になる。
その事にエミリーは文句ぷりぷりだった。
「まったく、だらしないわね。前はアタシ、後ろは師匠がいるんだから、何も心配することないじゃない」
まぁ確かにエミリーの言うとおりではある。
エミリーには前衛として前方の敵に当たってもらい、ラムダさんには後ろを警戒してもらう。
ミルトさんの隣にいるルーさんにミルトさんの護衛をお願いしながら、オレは中衛でオールマイティーに戦う。
というオレの考えた完璧な布陣が、機能しているのなら何も心配はないはずなのだが。
「まぁ、アタシにかかれば空飛ぶネズミなんてフクロウネズミよ!」
「〝袋のネズミ〟ね」
オレがツッコむと、たまたま近くで『カツン』という小さな物音がした。
それを耳にしたエミリーは何も言わず、すすっと近づいて来てオレの胸元をぎゅっと握りしめた。
「……エミリーさん?」
「にゃ、にゃによ! にゃにか問題でもあるにょ!?」
このヘタレ、館に入る前にあれだけ啖呵を切ったくせに、例のゴーストの一件で完全にビビッていやがるのだ。
「エミリー、ちょっと近い。もう少し離れて」
「にゃ、にゃにを言っているのよ! この距離が一番ベストだってわからないの!?」
これがデートとかの最中で相手が恋人だとかいうなら胸キュンするシチュエーションなのだが、いつ戦闘が起こるともわからないダンジョンの中でとなると話は別だ。
しかも相手はエミリー。
オレの心はうんともキュンともしない。
「え、何こわいの?」
「は、はぁっ!? ぜ、んぜん怖くないし!? むしろ早く出てこないか待ち遠しいくらいだし!? そのために先頭で待ち構えてるんだし!?」
オレの考えた布陣通りエミリーは先頭をを歩いている。
歩いてはいる、がほとんどオレと密着しているのでそもそも前衛として意味をなしていない。
むしろ歩きづらい! 戦いにくい! なんか固いし、そんでもって邪魔!
そう、結局オレの考えた布陣は機能していないも同じなのだ。
「エミ、足、ちょうぶるぶる」
「無茶震いよ!」
「それを言うなら〝"武者〟震いね。はぁ……」
というか震えるスピードが早すぎて足が4本あるように残像が見えている。逆にすごいわ。
「な、何よ! 何か言いたいことあるならいいなさいよ(ガタッ)……にゃわー!?」
まぁエミリーも一応女の子だし?
お化けこわい、とかも年相応でかまわないとは思う。
でもそもそもエミリーがこんな事になっていなければ、みんな必要以上に警戒する事もなく、安心して探索できたはずである。
だからここはあえて心を鬼にして、エミリーには厳しく当たらなければならない。
あ、別に動きにくい割にエミリーの胸が硬くてあんまり気持ちよくないとかは全然まったく、これっぽっちも関係ありません。
ええ、ありませんとも。
「エミリーきつい、もう少し離れて」
「ううううごいた! 今なんかあっちの方で動いた!」
「ぐふぅ! ただのネズミだから、いちいち飛びついてくるのは勘弁し……」
「(がたっ!)いいいいい、今の音は何!?」
「へぶぅっ! ただ床の瓦礫を踏んだだけだって!」
だがご覧の有様である。
ナイトストーカー相手だとあんなに強気なのに、物音がちょっとしただけでこのザマだ。
どうやらゴーストと戦った際の〝攻撃が効かない〟〝体の自由が奪われる〟という経験がスライム戦でのトラウマとだぶってしまったらしい。
これでエミリーの弱点がまた一つ増えてしまった。
青くなりながらも魔術を使ってエミリーを助けたミルトさんとはえらいちが、
「ひぃやぁっ!?」
……うん、どっちもどっちかな?
「それにしても[レクイエム]か……」
[レクイエム:死者の魂や不浄なる者どもを浄化し、光へ還す]
そういえばそんな魔術も作っていたなぁ。
オレはなんとなしにポツリと漏らしていた。
「くくくくクロ!? アンタどうしたの!?」
するとオレの服にしがみついていたエミリーがすごい勢いで距離を取る。
え、なにその反応? ちょっと傷つくんですけど。
「クローディア様!?」
「ふむ……」
ミルトさんとラムダさんは驚き、
「ん……」
ルーさんはやれやれといったポーズを取っている。
みんな一体どうしたのか、とオレが首をかしげると同時に、オレを中心に光が四方八方へ広がっていった。
前に光魔術を暴発したときとは違い、柔らかな光ではあったが、その光が館中を照らし出し、やがてゆっくりと消えていった。
確認中の[マップ]でオレを中心として周囲の名前表示のない白いアイコンが次々と黒へ変わっていく。
「えっと……」
うん、今のはきっと[レクイエム]の発動した光だな。
ははは、そうかスペルワードを唱えてしまったから無意識に発動してしまったようだね。Oh、じーざぁす!
「にゃにゃによ今のは!?」
「あぁ……女神よ」
「これはなんと」
「おそろしい子」
[マップ]上から〝ゴースト〟、と書かれたアイコンも黒くなるのと同時に名前の表示が消えていく。
うん、間違いない。
さっきの暴発[レクイエム]によって、この館内の死屍系の魔物は全て蹂躙されてしまったようだ。
おそらく名前表示のなかったアイコンはスケルトンだったんだろう、まだ[アナライズ]すら使っていないのに。
――クローディアはレベルが18(27)になった!
――クローディアは[レクイエム]を思い出した!
――【ミコト写本】に浄化の章[レクイエム]のページが戻った。
脳内にレベルアップを知らせる[オラクル]が流れる。
オレは恐る恐る[マップ]を確認する。
「……あはは」
マップ上からオレたちと[ナイトストーカー]を除く全てのアイコンが黒、つまり倒されたことになっている。
ということは、なんだその、アレだ。
ポカン、としているみんなに告げる。
「うん、これで安心して進めるよ!」
死霊の館は今後ただのコウモリ館と呼ばれることになるだろう。
はい、毎度のことながらクロのチートで完全封殺です。
ゴースト、スケルトンはみんな消滅いたしました。南無。
レクイエムはナイトストーカーに効果はありませんが、莫大な魔力の放出に本能的な恐怖を感じて、ナイトストーカーも近づかなくなる事でしょう。
……あれ、ダンジョン攻略完了?




