黒の系譜01-29『反省会』
お願いやめて!
エミリーの精神力と服の耐久力はもうゼロよ!
追い打ちをかけたのはクロでしたけどね。
そんなこんなで、この日の冒険はスライム戦で終了です。
装備的にも精神的にもエミリーが戦闘続行不可能になったので、今日はもう街に戻ることになった。
「おかえり、初めての冒険はどうだった?」
門を出た時オレが叫んでいたのを覚えていたらしい門番さんに、笑顔で尋ねられたので、
「大活躍しました」
と胸を張って答える。……ただしルーさんに抱えられながら。
「そうかい、そいつぁ良かった」
オレの状態については深く触れず、門番さんはオレの頭をぽん、と叩いて生暖かい目で出迎えてくれた。
(む、これは信じていないな?)
門番さんの眼差しはお遊戯会で元気に踊る園児を見るソレである。
でもまぁいい。
街に戻ってみればエミリーの服以外は大きな装備の破損も怪我もないという、初めてにしては上々な結果だ。
「でも、問題はエミリーだよね」
幸いにも、ラムダさんに譲り受けたという籠手に破損はなかった(むしろ錆が落ちて綺麗になった)ようだが、エミリーの来ていた上着もスカートも穴だらけで、色々な部分がちらちらチラリズムで大変危うい。
「これ使っていいよ」
「あんがと。ついでに下も借りるわね(すっぽーん!)」
「なぜにー!?」
しょうがないのでマントを貸してあげたら、無理やりショートパンツまで剥ぎ取られた。
理不尽だ。
まぁオレは一応スパッツ(蠱惑のレギンス)を穿いているので問題ないっちゃ問題ないのだが。
「うぅ……スースーする」
やはりショートパンツなしでは防御力に不安がある。
下半身を気にしてもじもじしていると、通りすがりの悪ガキにスカート捲りされた。
……く、屈辱だ。
「エミリー、すぐ宿に戻ろう。そして早く下を返して……」
「うーん、そうしたいのはやまやまだけど……ぶっちゃけ、着替えないのよ」
「な、なんだってー!?」
オレが衝撃のあまりわなわなしていると、エミリーはばつが悪そうに応える。
「あ、あのね。服なんて嗜好品、アタシみたいな根無し草の冒険者がたくさん持ってるわけないじゃない!」
そういえばエミリーの前の服も、スケルトンにボロボロにされてたっけ。
言い分は分かるけど、じゃあオレのショートパンツはどうなる?
「る、るーお姉ちゃん」
「(じー)……? なに?」
ルーさんに助けを求めるが、彼女は露わになったオレの太ももに釘付けで、まったく話を聞いていない。
改めて説明すると、むしろこのままでいいとさえ言っている。
オレが絶望に打ちひしがれていると、ミラが『私に良い考えがあります』と胸をぽむんと叩く。
(なんだろう、すごく嫌な予感がする)
だがオレも早くショートパンツを返して欲しかったので、ここはミラを信じることにした。
が、すぐに後悔した。
―――――
「ふふ、ふふふふ! 待ってたわよクロちゃぁーん!」
「イーヤァー!」
服屋『ラ・デュール』の扉をくぐってすぐ、例の店員さん(実は店長さんだったらしい)に捕獲された。
オレが体中を蹂躙(採寸や布合わせ)されそうになっていると、店長さんは引き気味で立ち尽くすエミリーを発見した。
「これはまた可愛らしいお嬢さんね……じゅるり」
「待ってください。最後の効果音は〝可愛い〟に付ける類のものじゃないです」
涎を流している店長さんなど目にもくれず、エミリーは自身の容姿が褒められて、いつものように調子に乗っていた。
「あ、あら。アンタ見る目あるじゃない! ま、まあ、別に嬉しくとも何ともないけど? だってアタシが可愛いのはトーゼンだもの!」
店長さんの視線が得物を狙う捕食者のソレに代わる。
「ロリっ娘、ツンデレ、あちらこちらがチラリズム……!? ふふ、ふふふふふ! たぁーぎるわぁー!」
「え、なに!? ちょ、ひ、ひぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
店長さんの意識は完全にエミリーに向いている。
ナイスエミリー! オレは今初めてキミを助けて良かったと思っている。
ここは本当に危険すぎるんだ。
だから大変心苦しいが、オレは一度戦略的撤退を図ろう。
べ、べつに逃げるわけじゃない、勝つためにエミリーという尊い犠牲を払って、一旦出直すのだ。
エミリー、君の勇気は無駄にしないよ。
「じゃ、じゃあワタシは屋敷で待ってま……」
クローディアは逃げ出そうとした!
「ん、クロ。にがさない(ひょい)」
「ふぁっ!?」
しかし捕まってしまった!
「クロ、可愛い服、作ってもらう」
まさかこんな近くに敵の協力者がいようとは……
「あ、そうそうクロちゃんの服も作らなくっちゃね!」
ルーさんに抱えられたオレに、わきわきと指を動かす店長さんが迫る。
あぁ、駄目だ。こうなったら、もうこの人は止められない。
オレは今、まな板の上の鯉の気持ちを理解した。
「ふふふ♪ なーに、天井の染みの数でも数えている間に終わるわ♪」
虚空を見つめるオレの瞳に、天井の染みは映らなかった。
―――――
「ふ、服屋を甘く見ていたわ」
「しくしく……」
服屋『ラ・デュール』に入店してわずか5分で、既にオレとエミリーの心はものの見事に折られていた。
そこから先の事は覚えていない。
だが気が付けば店の外にいて、やたら艶々した顔の店長さんに手を振られていた。
いつの間にかエミリーもお店でもらった服(可愛いけど、動きやすそうなブラウスとショートパンツ)を着ていたし、オレも自分のショートパンツを穿いていた。
(記憶がない間に一体何が……いや、思い出すのはやめようそれよりも今日はなんていい天気なんだあはは)
人間は忘却する事で、己の自我を守ることができる優秀な生き物なのだ。
「服ができるまで数日かかるそうですから、また出来上がったころに参りましょう」
「あ、うん。そうだね……」
「そうね……」
オレもエミリーも満身創痍で立ち尽くしていた。
立ち直るまでは、少し時間がかかった。。
―――――
場所は変わって、エミリーの使っている宿屋さん。
さっきの反省会という名目で、みんなでお昼ご飯を食べる事になった。
「第一回、〝エミリーと愉快な仲間たち〟反省会を始めるわ!」
「異議あり! タイトルに納得いきません!」
開始早々いきなりエミリーがぶっこんで来たので、オレも一言物申さざるをえなかった。
なぜそんなバカっぽい名前にしてしまったのか。
「そうですわね」
そこへミラが援護射撃をしてくれる。
「ここは〝クロ様と愉快な仲間たち〟にするべきでは?」
追撃の間違いでした。
「ミラそこじゃない。全然全くもってそこじゃないよー」
「ん、ミラ、わかってない」
うんうん、ルーさん言ってやってください。
「〝クロを愛でる会〟」
「ルーお姉さままで何を!? ってか予想はしてたけどね!?」
結局決めなくても問題ないタイトルが何かで揉めているうちに料理が運ばれてきたので、素朴だが絶品な料理の数々に舌鼓を打つ事にした。
ヤモ肉(ヤモリと鳥を足して2で割った恐竜みたいな魔獣の肉。ちょっと歯ごたえのある鶏肉、といった味わい)の山賊焼きをメインとして、野菜のサラダや、魚のスープもなかなかのものだった。
作ってくれた宿屋のおばちゃんにお礼を言うと、『貴族様の口にあったようで光栄だね』と豪快に笑い飛ばされた。
こういうおばちゃんは結構きらいじゃない。
「にしても、安心したよ。このじゃじゃ馬娘ときたら、いっつも無茶して帰ってくるんだから、こっちも気が気じゃなかったんだよ」
「ジャミアさん! 余計な事言わなくていいのよ!」
あのエミリーがさん付けするとは、よっぽど頭があがらないんだな。
「余計なもんかい。ここ最近、死んじまって宿代払わないようなアホたればっかりで、こちとら商売あがったりだったんだ。アンタにまで死なれたらあたしゃおまんまの食い上げだよ」
「心配って宿代のコト!?」
「他に何があるってんだい?」
「にゃにおー!」
ぎゃーぎゃーわーわー言い争っている二人は、とても仲がよく見える。
ジャミアさんもああ言ってはいるが、あれはエミリーと同じツンデレだな。
まるで本当の親子のようである。
「というか、止まっていた冒険者が亡くなったんですか?」
「ちょっと、その言い方は良しとくれ。まるでウチが呪われているみたいな言い方じゃないか。ウチで死んだのは一人だけで、あとの二人は外で死んだんだよ」
「(ほら、あのスケルトンよ)」
「(あぁ、エミリーがやられそうになったあの!)」
「そこを強調するんじゃないわよ!」
エミリーの耳打ちにオレは手を打って納得する。
あのスケルトン、生前この宿を使っていたのか。
というか、同じ宿を使っていたエミリーを襲うなんて、やっぱり生前エミリーと何かあったんじゃないだろうか。
「バカなヤツらだったよ。自分たちの力量もわからないで〝死霊の館〟なんかに行くから、あんな事になったんだ。自業自得さね。生き残ったヤツも、ありゃもう冒険者なんて呼べる状態じゃあなかったよ。ずっと怯えて、部屋に閉じこもっちまってさ。しまいにゃ、流行り病でおっちんじまった」
「夢衰病、ですね」
「あぁ、そういう名前だったかね。ともかく、バカなヤツらだったんだよ」
そう言いながらも、ジャミアさんの目は寂しそうに潤んでいた。
「だからエミリー。アンタはそんな無茶すんじゃないよ! みじめでみっともなくても、歯ぁ食いしばって、帰ってきな! いいね!」
「ふ、ふん! 当たり前よ! ジャミアさんをぎゃふんと言わせるまで、死んだりするもんですか!」
「はん、いい度胸だよ!」
ジャミアは不敵に笑うと、『こいつはサービスだ!』と言って、リカムパイを置いていった。
パイはとても甘くて美味しくて、エミリーなんて泣きながら頬張っていた。
さて、お腹がいっぱいになった所で。本題の反省会である。
「まず今回の戦果! ルーミア、お願い」
「ん」
勝手に進行役を買って出たエミリーの指示に、しぶしぶルーさんがコンパクト・ボックスからアイテムを取り出す。
今回の戦果は以下の通りである。
・黒犬の牙×14本
・黒犬の爪×32本
・黒犬の毛皮×6枚
・黒犬の肉×8個
・ベタベタした液体×4本
これらの素材はギルドに売ったりして換金する他、鍛冶屋に持ち込んで加工してもらったり、練金の素材として使用したりするらしい。
「じゃあ取り分ね……アンタたちなんか欲しい物ある?」
「うーん、ワタシは絶対欲しいっていう物はないかな?」
「私は連れて行ってもらった身ですので、お構いなく」
「ん、わたしも」
ミラは今回はただの付き添いだといって受け取りを辞退した。
なのでとりあえずギルドランクに関係するという黒犬の牙をギルド登録しているオレ、エミリー、ルーさんで5:5:4で分ける。
錬金素材になるというベタベタした液体は、ルーさんが全て引き取り(エミリーは受け取りを断固拒否した)、オレも何かに使えそうな爪と毛皮を半分づつ貰い、残りは全部エミリーの取り分と言う事で決まった。
「いいの? アタシがこんなに貰っちゃって」
「うん、問題ないんじゃないかな。実際エミリーは大活躍だったしね」
まぁスライムが現れるまでだけどね。
エミリーは誉められて照れているのか、顔を真っ赤にしながら『そう、なら貰っといてあげるわ!』と答えた。
うん、エミリーのそういうとこはホントぶれないな。
「で、明日はどうすんの?」
「どうすんのって何が?」
「はぁ? 何って修行よ修行! 決まってるでしょ!」
なんとエミリーはあんな事があったのにも関わらず、まだくじけていないようだ。
いや、エミリーの事だからきっと忘れたんだ、バ……ごほんごほん、単純だから。
まぁ、修行すると決まってるわけではないが、今後も一緒に街の外へ行ったりはしたいと思っている。
でもそれを言うとまたエミリーが調子に乗りそうなので、ここはあえてはっきりとは言わないでおこう。
「気持ちはわかるけど防具とかどうするの。破れたままだよね?」
「あ」
完全に忘れていたようだ。
やっぱりエミリーはバ……ごほんごほん、バカだなぁ。
「何よその顔、アタシのことバカにしてんの?」
「ううん、してるよ?」
「どっちなのよ! ムキー!」
そんな感じでエミリーで遊びながら、オレはさらっと、『まぁ、暇なときなら一緒に行ってあげてもいいよ?』と言っておいた。
それを聞いたエミリーがしたり顔で『ツンデレね!』と指さしてきたが、残念それはキミだ。
「では戻りましょうか。エミリーちゃん、失礼しますわ」
「そうだね。またね、エミリー」
「ん(ひょい)、エミ、また」
「んじゃね」
なぜかナチュラルにルーさんに抱きかかえられたが、今のオレは大変気分が良かったので、あえて気にしないことにした。
屋敷まで戻る道の風が、すごく気持ちよかった。
あと後頭部も。
午後からは庭師さんが刈っておいてくれた治癒草を使い、ミラとルーさんと錬金の研究をしてのんびり過ごした。
そのまま一緒に夕飯を食べ、お風呂に入り、何事もなく一日を終えた。
色々あったが、満足できる一日だった。
あ、ギルドに牙納品しに行ってない……まぁいっか。
その辺は空いてる時間とかでいつでもいけますのでね。
さて、次回のお話はこの日からしばらく間をあけて、になります。




