黒の系譜01-02『館の主』
※12/11細かい部分を修正しました。
「どういうことだ!?」
飛び起きたオレは見たこともない景色にしばし呆然とする。
女神は? そういやここどこ? ってゆーか体がおもっ……!
「ぐぁっ……!」
思わず倒れこむと、ボフン。とやわらかい感触がした。
すこし埃っぽいが、それは確かにクッションの感触で、自分が倒れこんでいるのはベッドだと理解した。
思うように動かない身体を無理やり動かし周りを見てみると、ここはどこかの部屋のようだ。
自分が寝ている天蓋付きの豪華なベッド。
小さいながらも荘厳な作りのシャンデリア。
暖炉もあり、壁には誰かの絵画がかかっている。
……超セレブじゃん!
雰囲気的には中世ヨーロッパとかそんな感じの雰囲気だけど。
「すっご……」
未だに体は思うように動かないが、クッションの柔らかな感触がなんとも懐かしい気がする。
女神(自称)によればオレはもう何百年も身体がなかったらしいから、余計にそう思うのかもしれない。
実際は、意識がなかったからそんなはずはないのだけれど……
しかし、体にダイレクトに伝わってくるこの感覚……
(あれ? もしかしてオレ、何も着てない系?)
そういえば少し肌寒い気もする。
(あれか、よくある〝異世界で目覚めると何も着ていませんでした現象〟か?)
よくあるかどうかは別としても、このままと言うのは頂けない。
もし今誰かいま誰かに会おうものなら、その……
とても、まずい。
全裸のアラサー男の裸とか、HENTAIすぎて色々アウトだ。
何か着るものがないかと周囲を見回したオレの瞳に信じられないものが映る。
「あ、うぁっ……!?」
美少女だ。
美しい髪を少し乱し、苦しげだが悩ましい表情を浮かべた14歳くらいの少女が、一糸まとわぬ姿でベッドに横たわっている。
「あ、いや、ごめん。わざとじゃ、別に盗み見ようとしたりしたわけじゃなくてたまたま……?」
思わず出た〝高い声〟にオレは首をかしげる。
いくら焦っていたからと言ってあんな可愛らしい声がもうすぐ三十路を迎える男の喉からでるだろうか?
というか〝一糸まとわぬ姿〟〝ベッドに〟っておいおいまさか!?
じょじょに動くようになってきた体で無理やり踏ん張ってオレは上体を起き上がらせる。
結論から言おう。
オレは美少女だった。
いやいやいやいや、オレが何を言っているのかわからないだって?
そりゃそうだ。
オレも自分が何を言っているのかわかっていない。
ただオレの目の前には美少女なんていないかわりに、大きな姿見があって、
その少女が先ほどとは打って変わった〝驚愕!〟といった表情を浮かべていて、
そしてペタペタ自分を触っているオレと同じような動きをしているのだ。
これがもしパントマイムとかのドッキリなら、世界が狙えるレベルである(なんのだ)
「あー? うー? えー? ……てすてす。あーあーただいまマイクのテスト中。本日は閉店なり……まじですかオイ!」
可愛らしい声でバカみたいな叫び声をあげ、オレは頭を抱えた。
ウソ、だろ?
目が覚めたら美少女の裸。
普通なら大喜びしそうなシチュエーションだが、それが自分の現在の身体となるとこれっぽっちも喜べない。
というか、この身体に反応したらそれはそれで犯罪だ。
オレはロ○コンではない。
大事な事だからもう一度言う。
オレはロリ○ンではない。
(え、マジ? マジですか?)
よくよく気にしてみれば、なんとなく〝アイツ〟の感覚がない事に気が付いた。
恐ろしさと、あと後ろめたさから直視して確認できないが、間違いない。
何十年連れ添ってきて、結局活躍することのなかったオレの相棒とも言うべき〝アイツ〟。
まさかこんな形で別れる事になろうとは……。
こんなことなら最後に……。
≪はいすとーっぷ! えっちなのはメっ! って言ったじゃなーい!≫
頭の中に響いてきた甘ったるい声にオレはハッとして顔を上げる。
「女神様! オレの、オレの相棒、いやにk」
≪だからそれ以上は言っちゃダメですー! まったくぅ。かわいー顔して何てセリフを口走るのよぉ!≫
勝手にかわいー顔にしやがったのはアンタだろうが! と言ってやろうとしたが口が動かない。
どうやら何らかの女神的なパワーで声を封じられているようだ。
≪ちょっとコレどういう事ですか!? オレの身体元通りにしてくれたんじゃ無いんスカ!?≫
≪ちょっと弄ったって言ったでしょお?≫
男→女。
30→14歳。
なるほど。
≪ちょ、ちょっとじゃねぇし! コレのどこが〝ちょっと〟ですまされるレベルですか!? 身体構造どころかもはや染色体レベルで変わってるじゃないですかえっ!?≫
≪ティータ、むつかしーことわかんなぁーい≫
ぶりぶりっ子でごまかす女神にイラッとしたオレは思わず。
≪こらっ! 子どもぶってもアンタ何百年も生きたバ……≫
≪それ以上言ったら、どうなるかしら?≫
≪こっわー! ここで素に戻るのこっわー!≫
うん。レディに年齢の事を聞くのは失礼だよね。
オレは紳士なのでそんな真似はしないのさ、ハハ。
≪今はアナタも立派なレディだけどねぇ≫
「だからアンタのせいでしょうが!?」
声の封印が解けていたようで、やけに可愛らしい声がでてきてオレの方がびっくりしてしまった。
今の自分の声だと分かっていても、やはり違和感がぬぐえない。
目の前の姿見には今も可愛らし少女の柔肌が映っている。
信じられるか? コレがオレだぜ?
……アカン、泣きそうや。しくしくしくしく……。
≪もぅ、元気出してぇ? ほら、生きていればきっといい事もあるわよぉ≫
「例えば?」
≪そうねぇ……子供が産める?≫
「死んでしまえ!」
オレは泣きながらシーツを頭までかぶった。
こんな世界なんて滅んでしまえばいいのに!
≪もう、そんなに拗ねないでぇ。 これにはちょっとした訳があるのよぉ≫
「オレが男をやめなきゃいけなかった訳ってなんだよ! 説明を要求する!」
オレの魂の叫びが部屋に響き渡った時だった。
『ここの中から声が!』
『畏まりました。お嬢様は危険ですのでお下がりください』
女神の物でも、オレの物でもない声がどこかから聞こえてくる。
シーツの隙間から外を覗き込むと、ドガン! と言ってドアが勢いよく開け放たれた。
まず見えたのは刀身の細い剣(エストック? とかいうヤツ?)を構え、険しい表情を崩さない老紳士風の男性だ。
燕尾服を着ていて、立ち振る舞いや所作から執事っぽい印象をうける。
そしてその男性の後ろに隠るように立つのは女の子。
銀色の髪が映える可愛らしい少女で、彼女は驚いたような、でもどこか嬉しそうな顔でこちらを見ている。
女の子はともかく、老紳士はこちらに対して敵意をむき出しだ。
いったいオレがなにをしたと言うんだろうか? こちらには全く身に覚えがない。
「あ、あの……」
「近寄るな! この淫魔め!」
とりつく暇もなしである。
それにしても初対面でいきなり〝淫魔〟は失礼ではなかろううか? 淫魔、つまりサキュバスは、人の性を吸い取って生きる。ぶっちゃければ男の人にえっちぃことをして魂まで骨抜きにする存在である。
いくら中身がいい年した独身男だったとしても、見た目いたいけな美少女に対して〝淫魔〟は……
そこまで考えたところで改めて自分の格好を思い出して顔を押さえる。
ベッドの上でシーツ一枚しか纏っていない。
無理ないよ! 見る人が見たら間違ってもおかしくないよ!
顔を押さえて身もだえるオレの動きをなんらかの攻撃行動と勘違いしたのか、老紳士は剣を構える。
「貴様なにをする気だ! くっ、お嬢様には手出しはさせんぞ!」
「い、いや! あの攻撃とかそういうわけじゃ……」
弁明のため動きを制しようと手を出したのが悪かった。
老紳士は手から攻撃が発せられると思ったのか、剣を素早く振りアーツ名を叫ぶ。
「させん! [ムーン・スラッシュ]!」
瞬間、世界が止りオレの中で記憶の粒がはじけたような感覚がわき出てくる。
[ムーン・スラッシュ:ソード系の攻撃アーツ。鋭い剣撃は、三日月の闘気となって離れた敵をも両断する」
イタタタ……自分の黒歴史の一つが蘇ってきてオレは胸が痛くなる。
攻撃はまだ届いていないというのに名前だけで相手に致命傷を与えるとはなんと恐ろしい技か。
などとふざけている場合じゃない。
こうしている間にも必殺の一撃はオレを襲おうと迫ってくる。
(こういうときこそオレのチートが……!)
だが、いざそのときになると肝心の魔術が思い出せない。
あれ? そういえばオレどんな魔術を作ったっけ……?
必死で思い出そうと思えば思うほど、肝心のワードがでてこない。
まるで劇場版になると肝心な場面でポケットの中身をひっかき回して慌てる某国民的たぬき型ロボットの様だ。
≪もう、なに暢気にかまえているのよぉ。とりあえず魔術を使うイメージで[アイギス]って唱えてぇ≫
見かねた女神が助け船を出してくれた。
「あ、[アイギス]」
唱えた瞬間、目の前まで迫っていた剣撃は甲高い音をたてて掻き消える。
俺の目の前には光が収束した分厚い盾のようなものが現れている。
「な、んだと?」
「あれはまさか!?」
驚きの表情が隠せない二人をよそに、オレは精一杯強がってドヤ顔を浮かべる。
(あっっぶねぇー! ギリじゃん! 超ギリだったじゃん!)
もし女神の助言がなかったらオレは文字通りまっぷたつだったかもしれない。
せっかく生き返ったのに速攻ゲームオーバーとかは勘弁して欲しい。
「女神様ありが……と?」
言葉が最後まで続かない。
世界が急激に回っている。
う゛……ぎもぢわるい……
耐えきれなくなってオレはベッドの上に倒れ込む。
≪あらあら? ひょっとして〝魔力酔い〟かしらぁ?≫
≪それ、どういう……?≫
ダメだ。思考が上手くまとまらない。
視界のはしにこちらへ駆け寄ってくる女の子の姿が写る、が。
そこでオレの意識は途絶えた。
倒れてばっかだなオレ。
最後に考えたのはそんな自嘲気味なことだった。