黒の系譜01-28『緑の悪魔の抱擁』
エミリーの快進撃が始まった!
と、あの時の彼ら(彼女ら?)は思っていたのです。
そう、奴が現れるまでは……!
「どっせぇぇぇい!」
エミリーの改心の一撃でブラックウルフが吹っ飛んで事切れる。
オレはそこへ近づいていって牙と毛皮をいそいそと回収(初めは慣れなかったが、徐々に慣れてきた)し、コアを砕いて光へ還していく。
「あ、レベル上がったわ」
「おーおめでとう、ぱちぱち。で、今どのくらい?」
エミリーは自分の胸のギルドタグを掲げて満面の笑みである。
「11よ! フフン♪ 悪いわね、アタシばっかり倒しちゃうから、アンタのレベル抜いちゃったわ♪」
ちなみにレベルはギルドタグを持っていれば誰でも確認できる。
レベルアップするとギルドタグのレベル欄が自動で更新されるよう魔術がかけられているのだ。
それはつまりギルドに所属していれば自身のレベルは偽ることができないという事である。
これは適性なパーティーを組むために必要な措置であるとケーナさんが教えてくれた。
(まぁ、オレの場合、[ステータス]でいじれるみたいなんだけどね……)
果たしてレベルをいじってもタグの表示が変わるか心配だったのだが、問題なかった。
21から12に変更してもやはり自動でレベル表示が変わってくれたし、14(23)にレベルアップした時もタグの表示は14になっていたので、問題なく機能しているようだ。
「あ、でもワタシのレベル今14だよ?」
そういえばオレもギルドの時からレベルが上がっていた言うのを忘れていたので、伝えるとみるみるエミリーの表情が変わっていく。
「な、なんですって!? なななな……」
む、この感じはまた『なっとくいかない!』って湯気を吹き出す前兆だな。
「ていっ!」
「なっと、ムグ!?」
オレは素早くドロップをエミリーの口へ放り込んで、口をふさぐ。
「もにょにょにょにょ!」
「はっはっはー。何を言っているかさっぱりわかりませんなー」
オレはぷんすかしているエミリーを無視してルーさんの【コンパクト・ボックス】にアイテムを収納する。
「クロ様、お茶が入りましたわ。エミリーちゃんとお姉さまもいかがですか?」
「ありがと、ミラ」
「ん、飲む」
「まにゅにゃにょ」
さて、せっかくの初冒険なのだがモンスターのレベルが低すぎるのもあって若干手応えがない。
いやね、楽しくないわけではないんだよ?
でもぶっちゃけそんなに強くないし、エミリー一人で倒せちゃうし、オレ素材剥ぎ取ってるだけだし。
倒され続けている彼らには悪いかもしれないが、ぶっちゃけもうブラックウルフは飽きた。
だがルーさんによればこれでも普段よりは強いという。
「魔の瞳、半分。魔物、普段より強い」
えー、ルーさんの説明はいつもの通りなので、ここはまた通訳のミラさんにがんばってもらう。
つまり、〝魔の瞳〟(この世界での月の別称)の満ち欠けで魔物の強さは変化するそうだ。
新月が普通の状態で、月が満ちるごとに強さを増し、満月に至ると倍近い強さになるという。
満ち欠けで魔物の強さが変わるから〝魔の瞳〟と呼ばれるようになったという説もあるそうだ。
そして今はちょうど半月なので、通常の1,5倍くらいの強さだという。
「月はひと月でちょうど一巡しますので、月が最も満ちる毎月15日は滅多なこと街の外に出ないことが人々の習わしとなっていますわ」
「へー、なるほどねー」
「なんでよ。満月の方が強い敵と戦えるってことでしょ?」
エミリーは少しばかり強くなったことで調子にのっているようだ。
これではいつまた出会ったときのような、危険な目に会うとも分からない
オレがエミリーのためを思って忠告してあげるのだが、エミリーは無い胸をどん、と叩いて宣言する。
「ご忠告どうも。でもね、あの時のアタシとはもう違うのよ! 強くなったの! だから、そんじょそこらの魔物なんかには負けないわ!」
自信満々である。
それがエミリーのいい所なのかもしれないが、世の中そう簡単にいくとも限らない。
オレがそう心配していた時である。
こちらへゆっくり迫る白いアイコンが[マップ]上に現れたのは。
「お茶会はいったん中止! ゆっくりこっちに近づいてくる反応が一つ、注意して!」
「よくわかんないけど、アンタのその、魔術? 便利で助かるわ」
ブラックウルフを[アナライズ]した後、マップ上で一部のアイコンにブラックウルフ、という表記が現れるようになった。
同じ理由でエミリーやルーさんの名前も表示されているし、[アナライズ]したことのある相手はマップ上に表示されるようだ。
「近づいてくるのは……なんだろう、ブラックウルフじゃないことは確かだけど?」
名前の表示がない、ということは未遭遇の魔物なんだろうけど、一体何だろう?
「む? この魔力」
[ポケット・ソナー]で警戒していたルーさんが眉をしかめる、ルーさんは魔力から敵がわかったようだ。
「エミ、下がる。勝てない」
「え? 一体何が……」
「ふざけないでよ! アタシが負けるわけない、じゃ……?」
ルーさんの忠告を無視してエミリーが茂みに向かい合う。
そして、姿を表した魔物の姿を見て、凍り付いた。
茂みからのったり、と姿を表したのは、
RPGの王道モンスターにして最初の関門、
不動の先発エース、
「スライム、ですか?」
「ん、正解」
ぷるぷると揺れる体、透き通った緑色のBODYの中にピンク色の魔核がぷかぷかと浮いている。
たぶん、誰しもが想像するであろうあのスライムだ。
「ん、エミ、むり」
「エミリーちゃんでは何か問題があるんですか?」
「スライム、打撃無効」
「あー、なるほど」
あのプルプルとしたボディには打撃は確かに効果がなさそうだ。
一応オレは[アナライズ]をかけてみる。
【スライム:Lv.4
魔物ランク:F
種族:粘着種
弱点:火、魔核
言わずと知れた定番の魔物。
体内の核を破壊するか、水分を全て奪う事で退治できるが、打撃攻撃は吸収されるので効果がない。
特別知能を持たず周囲の魔素を取り込んで生きており、生物を体内に取り込んで消化し魔素を吸収する事もある】
「ほらエミリー聞いてたでしょ? 相手が悪いから早く下がって!」
「……り」
エミリーの様子がおかしい。
何度も呼びかけているのにうんともすんともしない。
オレがそばまで駆け寄ってエミリーの顔をのぞき込むと、真っ青な顔をしてだらだらと汗を流していた。
「むりむりむりむりむりむりぃー!」
「エミリー!?」
さっきまでの強気はどこへやら、素っ頓狂な叫び声をあげたエミリーは頭を抱えてしゃがみ込み、ガタガタと震えだした。
心配になったオレがエミリーの肩を掴むと、
「ひぃあっ…………きゅう」
オレの手をスライムと勘違いしたのか、びくぅっ! としてそのままコテン、と横に倒れた。
ゆすってみるが反応がない。顔を覗き込んで見ると、
「き、気絶してる?」
ダメだ! この子、使いものにならない!
まさかあのツンデレ強気娘のエミリーにこんな弱点があったとは……!
なんてのんきに考えているている場合じゃない。
オレたちが寸劇を繰り広げている間にも、ゆっくりと近づいてきたスライムが転がっているエミリーに触れ、一瞬で体を飲み込んでしまった。
スライムの体内がどうなっているかはわからないが、[アナライズ]した通りならこの後エミリーは消化……って消化!?
「ひょっとしてこれって、すごくピンチなんじゃないですか?」
「ん、正解」
「そんな悠長な!」
飲み込まれたショックでエミリーは正気に戻ったようだが、もがいても、もがいても、スライムからは抜け出せない。
やがて徐々にだがエミリーの周りからコポコポと気泡のような物が浮かび出てきた。
まずい、消化されかかっている!?
オレは腰の短剣を抜き取るとスライムへ切りかかる。
「ってやぁ!」
バツン、という音がしてスライムの一部が切れるが、すぐに繋がって再生し、傷一つ残っていない。
「スライム、斬撃、効果低い」
「それを早く言ってくださいよ!」
オレは少し距離を取って、スライムを睨みつける。
ぷるぷる震える姿はのほほんとして見えるが、中ではエミリーが半狂乱になって暴れている。
早く助けなくちゃ。
あのぷるぷるボディに打撃は無駄、斬撃も効果は薄い。
となると、あとは火で蒸発させる、だっけ?
いやいやいや。そんなことしたら、一瞬で釜茹でエミリーがいっちょう上がりである。
とてもじゃないがそんな事できない。
ならもう一つの弱点を狙うしかない。
「だったら、魔核を直接打ち抜く!」
オレは両手をスライムに向けて開くと、すぐに詠唱する。
「ちょっと手荒だけど、許してね!」
「ぶばぼべばっ!?」
「白、閃光、ロックオン、[シャイン・レイザー]」
オレが唱えると両手の平から一筋の閃光が迸った。
閃光は軌道を変えながら、スライムの体内に浮かんでいる魔核めがけて一直線に貫いた。
「ぶっげらばっ!?」
」
近くにいたエミリーの髪をちょっと掠ったが、まあそれくらい勘弁してもらおう。
魔核を失ったスライムは『ばっしゃぁ!』と弾けた後、蒸発するように光の粒になって消えていった。
「ぜはぁ……ぜはぁ……殺されるかと思った」
「よかった! エミリー無事!?」
「えぇ、えぇ無事よ、無事ですとも! アンタの! おかげさまで! 天国を見る所だったけれども!」
せっかく助けてあげたというのに、エミリーは何を怒っているというのだろうか。
「エミリー、焦げ臭いからあまり頭を押し付けないでよ」
「どぅぁーれのせいよ! 誰の!」
でもまあうん、これだけ叫べるなら問題はなさそうだ。
髪が少し焦げて、ちょっと着てる服が溶けて、体中がスライムの体液でベタベタしているけど、HPもそんなに減っていない。
「あ、そうだ。少しHP減ってるみたいだし、一応ポーション飲んどこうか」
「今は死んでもイヤ! あんなもんぜったむぐぁっ!?」
聞き分けのない子には実力行使である。
エミリーのポーション嫌いはわかっているが、好き嫌いしていて命を落としたら元も子もないだろうに。
無理矢理口にポーションの瓶をつっこんで中身を流し込んだ。
中身はポーション(リカム)だし、味に問題ないのはエミリーも分かっているもんね。
「んぎゅ、んぎゅ……ぷはぁ!」
「うん。これで大丈夫かな」
HPも無事回復した(髪も綺麗に元通りだ)し、これで一安心。
と、オレが一人でうんうんと頷いていると、地面に手をついて悶絶していたエミリーが、
「ふ、ふふふふふ……」
突然壊れたように笑いだした。
どうしたのだろうか、とオレが心配してのぞき込むと、両肩をガシッ、とつかまれる。
「え、ちょっと何?」
エミリーの腕についていたスライムの体液がオレの肩についてベタベタする。
「アンタも……」
「え、なに、エミリー怖い……」
「アンタもスライムまみれにしてやるぅっ!」
「にゅあーっ!?」
「く、クロさまー!?」
エミリーは『アンタも思い知れ―!』と叫びながら、オレの身体をまさぐり始めた!
エミリーにまとわりついていたベトベトがオレにも付着する。
たいへん気持ち悪い!
「や、やめっ! くすぐったい! ベタベタする! ぎにゃー!?」
「うりゃりゃりゃりゃりゃー!」
―――――
スライムまみれでご乱心したエミリーにもみくちゃにされにされること数分。
同じくスライムまみれになったオレは、どうにか落ち着いたエミリーと一緒にルーさんに[リ・フレッシュ]をかけてもらった。
「無理矢理、だめ、ぜったい」
ルーさんの言葉にオレは力なく頷いた。
エミリーのスライム嫌いはつい最近発症したものです。
いやぁ、一体何が原因であんなに嫌いになってしまったのか。
きっかけを作った人間がいたとすれば最悪ですね!
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