黒の系譜01-20『赤い目の神官』
赤い目の神官とは果たして……
屋敷まで戻ってくると、早朝だというのにもう庭師さんが忙しなく働いていた。
「おはようございます。もうお仕事ですか?」
「おはようございます、クローディア様。えぇ、見ての通り庭がすごい有様でして」
見てみると、確かに庭に鬱蒼と草が生えている。
数日前に更地になった(主にオレの魔術特訓が原因で)というのに、驚異の生命力である。
「ん?」
生えている草がどこかで見たことがあるような気がしてオレはとりあえず[アナライズ]を唱える。
表示されたのは【治癒草】の文字。 ち、治癒草だって!?
「こ、これ治癒草ですよ!」
「へ? そーなんで?」
見れば庭中辺り一面に生えているのは全て治癒草である。
これだけあれば十分なポーションが作れる。
嬉しい誤算ではあるが、どうしてこんな事が? と考えていると、昨日ルーさんから教わった魔草の知識を思い出す。
(そういえば、魔草は魔素の濃い所で急激に育つんだったっけ?)
この庭の土は誰かさんが魔力を暴発させた結果、土全体に魔力が馴染んでしまっている。
そしてここ数日でポーション作成のために持ち込まれた大量の魔草、どこから種が飛んでいても不思議はない。
(えっと、つまりこれは100%オレのせい?)
勝手に庭を魔草菜園にしてしまったことに申し訳なくも思うが、せっかく生えたのだ。
ここは有効活用させて貰おう。
庭師さんに刈り取った治癒草はオレの所に運んでもらえるようにお願いし、オレは厨房によってリカムティーの準備をする事にした。
―――――
オレが部屋でポーションや魔力結晶(魔力の籠った丸薬だし魔力丸とでも名付けようか?)を大量生産していると、事後処理を終えたチェスターさんとラムダさん、それから治療に当たっていたあの神官さんが報告にやってきた。
「グロウズ、あぁ武具屋の店主だね。彼は一応大事をとって教会で休養しているが、特に体に後遺症もなく至って健康。むしろ持病の腰痛が治ったと言って喜んでいたよ」
「それはよかったです」
オレもアナライズして問題ないのは確認していたが、改めて聞くとほっとする。
親父さんはオレにお礼がしたいと今にも飛び出しそうだったらしいが、女将さんと娘さんに止められて大人しくしているそうだ。
そのうちお見舞いに顔をだそう。
「お礼がしたいと言っていたが、何かあるかい?」
「うーん、特には? あぁ、じゃあ、『素敵なリボンやブローチを頂いたお礼です』と伝えておいてください」
それを聞いてチェスターさんは『伝えておくよ』とイケメンスマイルを浮かべた。
治療に使ったポーションの素材はチェスターさんに提供してもらったものがほとんどだし、魔力丸や錬金に使った魔力消費もあってないような物。
元手はほとんどかかっていないので、何か貰ってしまえば逆にこちらが申し訳ないというものだ。
「では私から改めて礼を言おう。我が領民を救ってくれたことを感謝する」
チェスターさんが頭を下げたので驚いてしまう。
見れば、ラムダさんも頭を下げているし、神官さんに至ってはオレの方へ向かって『貴方様にモーミジヤ様のご加護が在らんことを……』と祈りを捧げている。
「お、おかみゃいにゃく!」
あまり人に感謝されることに慣れていないオレは、あわあわとして言葉を噛んでしまった。
それを聞いてチェスターさんが大笑いする。
ラムダさんも、『失礼』と言いながら口を押さえ笑みをこぼしている。
神官さんもくすくすと笑っている。
うわーハズいわー、超ハズいわー。
「じゃあ場が和んだ所で、私は一度失礼するよ。まだやらねばならない事が残っていてね」
チェスターさんはこの後また街の人たちに説明やら何やらをしなければいけないといので、オレは作っておいたポーションと魔力丸を渡した。
それから庭を魔草畑にしてしまった事を謝罪したのだが、
「君は本当に……くくく、本当に面白い子だ」
なぜかむっちゃ笑われてしまった。
「庭の事は気にしなくていいよ。むしろ今の状況なら渡りに船じゃないか。まさに君は我が領の女神だよ。感謝する」
「だ、だから女神は勘弁してください!」
そもそも女神に良いイメージがないのでやめてください、とオレは心の中で叫んだ。
クサいセリフを言っても様になるイケメン領主は微笑みながら去って行った。
「あの、よろしいでしょうか?」
チェスターさんが去った後、今まで黙っていた神官さんが恐縮ぎみに手をあげたので、どうぞと促す。
「このたびは本当にありがとうございました。これも全てモーミジヤ様のご加護と、クローディア様のお力のおかげです」
フードを外した神官さんは、落ち着いた声の似合う大人しそうな少女だった。
目の周りがちょっと赤くなっているのは、今朝泣いていたからだろう。
「申し遅れました。私はモーミジヤ教会の神官見習いをしております。ミルトと申します」
深々と頭を下げた少女は翡翠色の髪を肩まで伸ばし、たれ目で大きな瞳なためやや幼い印象がするが、落ち着いてしっかりした雰囲気を持っている。
こっそり[アナライズ]してみる。
【ミルト:Lv16
種族:人族
年齢:15歳
職業:見習い神官
モーミジヤ教スーサ教会で神官見習いをしている少女。8歳の時に女神の〝奇跡に触れる者〟として洗礼を受け、入会
した。大変真面目な性格をしており、毎日人々の幸せを願って女神に祈りを捧げている】
うん、見た目通りの印象だな。
「これはご丁寧にどうも、改めましてワタシはクローディアです。どうぞよろしく」
日本人としての習性なのか、丁寧に頭を下げられるとこちらも下げ返してしまう。
「こちらこそよろしくお願いします」
それを見て神官さんがまた頭を下げるので、こちらも日本人の誇りから負けじと頭を下げ返す。
シーソーのようにしばらくペコペコし合っているが、ミルトさん(歳は近いが、なんとなく敬語で話してしまう)が吹き出して笑い始めたのでオレもつられて笑ってしまった。
「ふふふ……すみません。治療をしていた時は緊迫していたので気が付きませんでしたが、こんなに可愛らしいお方だったんですね」
「か、かわ!? いえいえいえいえ! ワタシなんて滅相もございません!」
正直見た目は可憐かもしれないが(自分で言うのもどうかと思うが)、中身はいい年こいたおっさ……もとい妙齢のダンディな紳士だからなぁ。
神官さんは褒めたつもりなんだろうが、言われてこんなに悲しい一言もない。
「ワタシなんかよりミルトさんの方が何倍も可愛いですから!」
「そ、そんなことありませんよ!」
顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振って否定する神官さん。
だがあえて言おう、その仕草が可愛いのだと。
「それにその歳……あっ! た、たぶんワタシとそんなに変わらないくらいだと思いますが、その若さで神官をされていると言うのも尊敬できると言いますか……」
「そ、それを言いましたら、クローディア様こそ! あれほどのポーションを作り出す技術、鋭い洞察力に緻密な魔力操作。結局グロウズさんの命をお救いしたのはクローディア様ではありませんか! 私は自分の未熟を悔やむばかりです」
「い、いやぁ……たまたま? たまたまですよー?」
おっとー? この流れはもしかして?
「ご謙遜なさらないでください。それに聞くところによるとラムダさんの病を癒したのも貴女との事じゃないですか」
「ま、まぁ、そういう事もあったり、なかったり?」
これはひょっとしなくても疑われている?
「それほどの知識や技術を一体どこで?」
いや、疑っているという感じとはちょっと違うのか。
彼女の真剣な眼差しは自分が高みに上るためとか、そういう真摯なものだ。
だけどまさか『チートです』と言って通じる訳がない。
「実は……」
オレは罪悪感を覚えつつも、『自分は記憶喪失である』として話を通した。
ポーションを作る技術や魔力操作はなぜできるか覚えておらず、ラムダさんを治療できたのはたまたま持っていた薬が効いたのだとして(入手方法は覚えておらず、最後の1個だった事も加えた)説明した。
もうさすがに嘘を付くのも慣れたもので、あまり違和感なく説明できたと思ったのだが……
「――というわけなんです」
「そうですか……」
聞き終わるなり、ミルトさんは俯いてじっと黙っている。
途中途中でも眉間に皺を寄せたり目を細めたりしていたし、まさか怪しまれているのだろうか?
記憶喪失の14歳美少女考古学者なんてやっぱり嘘くさいよなぁ。
と思っていると、ぽたりと何かが床に落ちた音がする。
はて? とオレが音の出所を見てみると、
「うぅ……えぐ…………」
「えぇ!?」
ミルトさんがめっちゃ泣いていた。
大粒の涙をぽたぽたと流しながら、嗚咽を洩らしている。
「どどどどどうしたんですか!?」
「だっでぇ、ぞのどじでぇ、ぎおぐがないどかぁ……! がわい、ぞうでぇ!」
「おおおおおおちついて! ワタシは全然気にしてないから大丈夫ですから!」
「でぼぉ……!」
むしろアナタの方が大丈夫じゃなさそうですよ!
そしてあんな作り話で泣かれるほうがオレの良心にダメージですよ!
オレは涙もろい神官さんを励ましながら(普通逆じゃない?)、彼女が泣きやむのを待った。
―――――
五分後。
「失礼いたしました。どうにもあの手の話には弱くて……」
「いえ、ワタシのためにありがとうございます」
目を更に真っ赤に腫らしたミルトさんが深々と礼をするのでこちらも同じように礼をする。
彼女は鼻をすすりながら、女神にオレの幸せを祈ってくれている。
うぁー、罪悪感がハンパない。
こんな心の綺麗な子をだましているなんて、とても心が痛い。
話を逸らしたかったので先ほど作っていたポーションと魔力丸、それからそれらの作成方法を書いた紙を渡し、教会で使ってくださいと言うと、
「貴女が女神ですか……?」
と拝まれてしまった。
チェスターさんといい、ミルトさんといい、何をおっしゃりますやら。
絶対違いますからね!
「それではこれで失礼いたしますが、記憶の件は私からも神官長様に何か良い方法がないか聞いてみます」
「あ、ありがとうございます。ハハハ……」
そもそも頭にちょっとだけ病(中二)を患っていただけで、記憶にはなんの問題もないんですけどね!
でも、こんなにまっすぐな目で見られるととてもそんな事を言える雰囲気じゃない。
「きっと記憶は元に戻るはずです! だから安心してください。貴女のような方にこそ女神様の祝福はあるはずですから」
それはアレ、モーミジヤ様の方ですよね?
元女神で、ゲレンデも溶けるようなロマンスを求めて北へ旅立った元アホ女神の方の祝福ならノーセンキューですよー?
オレは内心そう思いながらも、笑顔で『えぇ』と応えてミルトさんを見送った。
「さて、じゃあとりあえずオレはまた引きこもってポーションでも作りますか……」
なんかせっかくの異世界だというのに部屋に籠もってアイテムばっかり作っているような気がするのは気のせいだろうか?
うん、人の命がかかっているし、気にしたら負けだな。
結局昼食に呼ばれるまでオレはせっせとアイテムを作り続けた。
赤い目の神官さんは泣き腫らしただけでした(爆)
じゅ、純粋な良い子なんです(泣)




