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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第一章〝黒の目覚め〟
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黒の系譜01-19『夢衰病』

 昨日は早く寝たおかげか、まだ日が昇っていない内に目が覚めてしまった。

 二度寝する気分でもなかったので、そのままポーションを作っていると部屋のドアが激しくノックされる。

 返事をしてドアを開けると、立っていたのはチェスターさん。

 珍しいですねと言おうとして、チェスターの険しい表情に気付く。

 いい知らせでない事だけは確かだ。


「……まさかチェスターさんが直接来るとは思ってませんでした」

「そうだね。私もできる事なら、こんな時間にレディの部屋を訪ねるなんて真似はしたくなかったのだがね」

「う、ひっぐ……ふぇ…………!」

 

 チェスターさんの後ろに隠れるように立っていたのは、泣きじゃくる女の子だ。


「おど、おど、ざんがっ!」


 オレは少女の涙をハンカチでぬぐってやると、少女はお礼をいいながら必死で涙をこらえている。


「この子のお父さんが〝夢衰病〟にかかった。今はポーションで持ちこたえているが、いつまで持つかわからない」

 

 チェスターさんの言葉を聞いて女の子はダムが結界したように大声で泣き始めた。


「大丈夫」


 オレは優しく女の子を抱きしめて立ち上がると、二人に一度部屋を出てもらい着替える。

 こうなることも想定して準備していたオレは、ポーション作成の為に出していたアイテムをしまい、部屋を出る。


「行きましょう」

「感謝する」


 女の子を抱きかかえたチェスターさんについて、オレは屋敷を出た。

 

 

―――――



 チェスターさんからポーション作成を依頼された時、オレはある条件を出した。


『もし今後〝夢衰病〟の人が出たら、すぐにワタシを呼んでください』


 正直どれだけの事ができるかわからない。

 でもオレに出来ることがあるなら、やるだけの事はやってみようと思う。

 チェスターさんの馬に乗せられやってきたのは町の武具屋だった。

 早朝だというのにも関わらず入り口に人が集まり、家の中からは女性の叫び声が聞こえている。

 チェスターさんに馬から下ろしてもらうと、一緒に乗っていた女の子が家の中へ飛び込んで行った。

 オレたちも後を追いかける。


「おとうさん! 領主さま呼んできたよ!」

「おぉ……セラ。ありがとう」


 ベッドに横たわる武具屋の親父さんの表情は弱々しく、とても昨日アドバイスをくれた豪快な親父さんと同一人物だとは思えなかった。

 傍らには女将さんと、治療を試みているであろう人がいた。

 治療しているのは声からして女性のようだが、フードで顔は良く見えない。

 だが彼女は何度も詠唱を行い回復魔術を使っているようで、床には汗でできた水たまりがあり、辛そうなそして悔しそうな声が響き渡る。

 そばにラムダさんが立っていた(ラムダさんは教会の方へ行っていたらしい)ので詳しい経緯を尋ねた。


「症状は?」

「思わしくありませんな。今、神官どのに見てもらっておりますがなんとも」

「[ヒール・リング]」


 詠唱と共に親父さんは柔らかな光に包まれ少し血色を取り戻すが、すぐに土気色へ戻ってしまう。


「ポーションの予備は?」

「既に使い切ってしまいました。他の家の者たちも持ち寄ってくれたのですが、それももう……」


 今持ちこたえているのは神官さんが頑張ってくれているからのようだ。

 だがその彼女も既にふらふらな様子で、このままだと彼女まで倒れてしまいそうだ。


「ここにさっき作った分のポーションがあります。彼女に直接聞きたいこともありますので、一度休んで貰いましょう」

「何から何までかたじけない」


 ラムダさんはポーションを受け取ると、神官さんにポーションを一つ渡し、休むように声をかけている。

 神官さんは深く頭を下げると、ポーションを一気に飲み干しこちらへふらふら歩いてきた。


「貴女がこの薬を?」

「はい、領主さまの家でお世話になっているクローディアと言う者です」

 

 オレが応えると神官さんは祈るようなポーズを取り『女神モミージヤの加護が貴女にもありますように……』と囁いた。

 敬虔な信徒さんである。

 声の感じからして歳若そうな印象を受けるので、オレ(14歳)と結構歳は近いかもしれない。


「すみませんが、幾つかお聞きしたいんです」


 オレは親父さんの容態に関して、神官さんに診察? の結果を教えて貰った。

 彼女は[チェック:対象の簡易ステータス(状態・HP)を確認できる]で症状を確認したとの事。


「主な症状は今も続いている体力の減少です。症状としては〝衰弱〟の状態異常に似ていますが、特に状態異常にはかかっていないようです」


 彼女のいう〝衰弱〟と言うのは状態異常の一種で、神経毒などで一定時間体力が減り続ける状態を指すそうだ。

 一応〝衰弱〟に効果のある治療薬を飲ませたそうだが効果はなし、他の状態異常に効く薬も試したそうだが、同じく効果なし。

 

「恐らく新種の病なのではないかと……」

「なるほど」


 ついでに病と状態異常の違いについても聞いてみた。

 状態異常というのはその状態を起こしている原因がはっきりしているもの、を言うそうだ。

 わかりやすいので言えば〝毒〟〝麻痺〟〝衰弱〟〝睡眠〟など、これは特殊な毒素によって引き起こされ、毒素を中和する事で無力化できる。

 一方で病というのは原因がはっきりしない症状で、飲めば治る治療薬がない症状を言うそうだ。

 なのでこの世界における病の治療法は、症状を抑える薬を飲み、回復魔術やポーションなどで体力をつけ、自然治癒を待つという方法しか無いのだそうだ。


(医療っていう考えがある訳じゃないだろうし、しょうがないのかもしれないな)


 あらかた説明を聞き終えたところで、まだふらふらしている神官さんには休んでもらうように言った。

 しかし神官さんは責任感が強いのか、ここにいますと言って聞かない。

 オレとしても見られていたら色々とやりにくい、とはさすがに言えないので大人しくしているように頼んだ。

 それにしても体調が悪そうだ。

 ポーションは飲んでいるはずだが、まさか効かなかったのだろうか?

 心配になって尋ねてみると、意外な返事が返ってきた。


「大丈夫です。ちょっと魔力を使いすぎただけで…………」

「え? 魔力を使いすぎるとそんな風になっちゃうんですか?」


 驚いたことに、この世界では魔術を使いすぎると体調を崩し、最悪倒れてしまうとのこと。

 魔力は寝たり、休んだりすると回復するらしいのだが、魔力酔いなどを起こして魔力の流れが乱れると、回復しなかったりもするらしい。

 オレは、ふと思いついた疑問を尋ねてみる。


「……じゃあ、最悪魔力を使いきったらどうなるんですか?」

「普通なら、低魔力状態に陥って気を失うので使いきると言うことはないのですが……」


 そりゃそうだ。

 神官さんの様子を見る限りでもとてもつらそうである。

 あと、1、2回つかえば間違いなく倒れてしまうだろう。

 魔力の残量を確認する術はあまりないので、大抵の人は眩暈や立ちくらみがでると魔力の使用を控えるそうだ。


「それにはっきりとしたことは言えないんですが、何でも何百年か前に己の力量以上の魔術を用いた魔術師が魔力を枯渇させて干からびた、という伝承が広く伝わっていまして……魔力を使いきろうなんて考える人はまずいないんです」

 親父さんの症状や、今の話を聞いてオレはピンときた。


「……それだ!」


 著しい体力の消費、衰弱に似た症状、ポーションを飲んでも治らない、これらから判断すると親父さんは"魔力切れによる衰弱"を起こしているのではないだろうか?

 オレがそのことを告げると、


「それはありえません!」


 断言された。


「奥方にもお聞きしたのですが、ご主人は魔術を使ったことも、覚えようとしたこともないとの事、魔力を使っていないのに魔力切れなんてまず起こすことがありません! それに仮にちょっと魔力が消費されたとしても、少し調子が悪くなるだけですぐに回復するはずです」

「そう、だからこそなんですよ」


 オレは今の神官さんの言葉を聞いて確信した。


「そう、たしかに親父さんは自分で魔力を使ってない。でも、もしいきなり何らかの理由で全部の魔力を失ったらどうなりますか?」

「仮にそんなことになったら魔力を使う事に慣れていないご主人は……まさかっ!?」


 神官さんも気づいたようだ。

 そう、普段魔術なんてものにまったく縁のない親父さんがいきなり全部の魔力を失えば? 当然〝魔力酔い〟を起こすだろう。

 さっき神官さんも言っていたが、魔力酔いが起きると魔力が乱れて魔力が自然回復しなくなる。

 そこで例の伝説である。

 魔力切れで干からびた、というのがもし本当だったとしたら?

 魔力切れを起こしているのに魔力酔いで魔力が回復しない、そんな状態がずっと続けば?

 体力を奪われ続けるという現象が起こるかもしれない。

 ……と、探偵っぽく偉そうに講釈をしているが、実のところこっそり使った[アナライズ]で、親父さんのMPが0になっているのと、特殊状態〝魔力切れ〟というのを確認したからなんですけどね!


「でも、もしそうだったとしたら……どうしましょう? 魔力が回復すれば症状が止むかもしれないですが、魔力回復薬なんて高価なものうちの教会には置いてないし……」

「チェスターさん!」

「すぐに確認させよう。ラムダ、付いてきてくれ」

「はっ!」


 ラムダさんを連れてチェスターさんが店を飛び出す。

 あの珍しいものをたくさん置いている雑貨屋さんにも魔力回復薬なんて置いていなかったし、どうしたものか。

 こうしている間にも親父さんは徐々に衰弱していっている。

 今は女将さんがポーションを飲ませているからまだもっているが、いつまでもこのままでは続かない。


(考えろ……!)


 一応魔力を他人に譲渡する魔術は存在する。

 それを使えばこの場は収まるかも知れないし、親父さんを助けることができる。

 だが今後また同じ症状の人が現れた時オレが間に合わなかったら?

 街に居なかったら?

 一度にたくさんの人間が発症したら?

 みんなが本当の意味で救われる方法は?


(考えろ……考えろ……!)


 オレは他の人から見えないように[メニュー]を開く、まずは魔力回復薬のレシピ。

 もし作れるなら『実は持っていたのが魔力回復薬だと気付かなかった』と渡す事もできるかもしてれない。


(【竜の鱗】に【魔結晶】? ダメだ。今すぐに作れるような代物じゃない)


 その他に代用できそうなものはないか、レシピから持っているアイテムから一つずつ確認していく。


「おとうさーん!」

「あんたー!」

「クローディアさん、ポーションがもうありません! ……こうなったら私が!」

「っく! 神官さんは無茶しないでください! いますぐに用意しますから!」 


 オレはすぐにポーションを作ろうと[錬金]コマンドを選び、ふと指が止まる。

 

(待てよ? もしかすると……!)


 オレは[アイテム]から真っ赤な球を取り出し意識を集中させる。


「――――!」


 神官さんが何か叫んでいるが、耳に入ってこない。

 集中力を極限まで高め、繊細な魔力操作を行う。

 もっとも適した形状、強度、魔力練度に調整し、魔力を込めていく。

 魔製珠が輝き、オレの目の前で淡い光を収束させ、やがて直径1センチくらいの蜂蜜色の球状を形作る。

 魔製珠でオレの魔力を結晶化した丸薬である。


「女将さん! これを親父さんに! 早く!」

「こ、これを飲ませればいいんだね!?」


 女将さんは意識が薄れかけている親父さんの口に無理矢理丸薬を放り込むと、水を使って一気に流し込んだ。

 オレも神官さんも女将さんも女の子も近所の方も、その場にいた一同が固唾を飲んで見守る。


「……あ、あぁ。あったかい。体の奥から力がわいてくるかんじだ」

「あ、あんたー!」

「おとうさーーん!」


 ベッドから体を起こした親父さんが、涙を流しながら女将さんと女の子を抱きしめる。


 わぁっ! とギャラリーが沸く。

 神官さんは力が抜けたのか、瞳に涙を浮かべ床にへたりこんだ。

 オレもその声を聞いて安堵をしつつ、親父さんのステータスを確認する。

 どうやら無事に魔力は回復し〝魔力切れ〟の文字も消えている。

 一応体力が減ったままなので、予備のポーションを作り(どこからともなく取り出した壷で行っていたら、神官さんが口をあんぐりしていた)、予備の魔力結晶と一緒に女将さんに渡すとすごい力で抱きしめられた。

 ちょっと骨が折れるかと思って涙がでた。


「すまない、魔力回復薬は……」


 暗い顔で戻ってきたチェスターさんに事の次第を告げると、感謝とともに抱きしめられた。

 こっちは優しかったが、ちょっと汗くさかった。


「どうやって治療したんだい?」


 チェスターさんの質問もごもっともだったので、空いた口の塞がっていない神官さんも交えて種明かしを行う。

 

「実はコレ魔製珠って言って、魔力を結晶化できるんです」

「あ、あぁ。それは知っているよ。かなり高価な物だが、錬金術師や魔術師の間ではよく使われているようだしね。だが、それが一体何の?」

「なら話は早いですね。仕掛けは至って単純、〝ワタシの魔力〟を結晶化して親父さんに飲んでもらったんです」


 魔製珠に魔力を込めると、淡い輝きと共に先ほどと同じような球状に魔力が結晶化する。


「か、簡単に言ってくれるが……」

「簡単じゃありませんよ? 形を保ちつつ体内で消化されて、なおかつ魔力に戻るように魔力を調整するんですから……いやぁ大変でしたよ」

「そ、そりゃそうですよ! そんな事をいとも簡単にやってのけるなんて……」

「だから簡単じゃないですって」


 ぶっちゃけぶっつけ本番だったからどうなるか心配だったのだが、何て言うかイメージを集中する感じ? でやったら案外何とかなった。

 攻撃魔術では上手く魔力操作ができなかったのに、火事場の馬鹿力というヤツだろうか?

 まぁ一度作ってしまえばあとは[メニュー]さまさまなので問題ない。

 [錬金]項目から【魔力結晶】を選べば、はい完成。

 こればっかりはティー様に感謝である。


「本当に君には驚かされっぱなしだね。もう君が女神だと言われても疑わないよ」

「とんでもない、ワタシはしがない小娘ですから」


 もし仮に、ここで往年のボケを真似て『とんでもねぇ、あたしゃ女神だーよ』なんて言おう物なら、この場の雰囲気的に本気にされかねない。

 というかきっとあのボケは通じないんだろうな。

 なんか急に前の世界が懐かしくなってきた。

  

「――さて、後の事は私たちに任せて、君は屋敷に戻って休んでいてくれ」

「はい。あ、そうだチェスターさんにもコレ渡しときます」


 いくつかポーションと魔力結晶を渡すと、またハグされた。

 別にイヤと言う訳ではないが、イケメンのハグは何度されても慣れないなー。

 入口まで女将さんや女の子がやってきて、くしゃくしゃの笑顔で見送ってくれる。

 不覚にもうるっときてしまい、そこからはもう完全にダメだった。

 ラムダさんが送ってくれると言ったがあえて断った。

 

(だってこんな顔を見られるのは恥ずかしいじゃないか)


 オレは涙が止むのを待ちながら、屋敷までゆっくりと歩いて戻った。 

さ、最近ミラの出番が……

わ、忘れていたわけじゃないよ! ただクロ一人の方が色々動きやすかっただけなんだよ!

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