黒の系譜01-01『新たなる誕生』
気が付けば、オレは光の中にいた。
『さっきまで何をしていたか』とか
『どうしてここにいるのか』とか
『そもそもここはどこなんだ」とか
分からないことだらけではあるが、とりあえずオレは現状たくさんの光の中に包まれている。
体の感覚はないが、でもなんとなく〝浮いている〟という感じがして落ち着かない。
水の中にしては息苦しくないし、落ちているという感じもしない。
ん? 〝落ちている〟…………?
そうだ。
オレは確か実家に帰る途中でドラゴンに遭遇して……
そこから先は言わずもがな、だろう。
ならばここは天国か?
それとも地獄?
だが、だというならなんとなく納得もできるというものだ。
きっと今のオレは魂だけの状態とか、そんな感じなんだろう。
≪それはぁ、ちょっと違うかしらぁ?≫
どこからともなく女性の声がする。
甘ったるいようで、ほわほわした感じの声だ。
≪今アナタの身体はぁ、精霊たちによってぇ、創り治しているところなのぉ。どぉお? 生きながらに体が作り変えられている感覚ってぇ? やっぱりくすぐったかったりするぅ?≫
なにやら言い回しがどことなく黒い気がするが、あまりいい気分ではないのは確かだ。
痛いとかくすぐったいとか、そういうのはないがなんとなくとても落ち着かない。
ん? ちょっと待て、今『生きながら』って言っていなかったか?
≪言ったわよぉ?≫
オレは確かに死んだはずじゃ……
はっ! そうか! つまりオレは死の間際に覚醒してあのドラゴ≪それはない≫……最後まで言わせてくれてもいいじゃないか。というより今ちょっと素になりませんでした?
≪まぁたしかにアナタは一度死んだのだけどぉ、私がアナタを生き返らせましたぁー! えっへん!≫
オレのツッコミは軽くスルーされたうえに、とても重要な事をやけにあっさり言われた気がする。
というか、え? 死んだオレを生き返らせるとかそれってすごくない?
なんなの神なの? あなた神さまなの?
≪とんでもねぇ、あたしゃ神さまだよぉ?≫
……………………
≪……………………≫
…………ごほん。
でもなんでその神さまがわざわざオレなんかを生き返らせてくれたんですか?
≪それはねぇ、話すと長くなるんだけど…………巻き込んじゃった? めんご?≫
結論早い!
それに驚くほど短い!
しかも謝罪が軽い!
そしてこの世には神も仏もいなかった!
≪だから私が神さまだってばぁー! えらいんだぞぉー! ぷんすかぷん!≫
知るか! アンタみたいな軽いノリのヤツが神なわけあるか!
≪んー。そればっかりは信じてもらうしかないのよねぇ……ああ、そうだ!≫
神(自称)はいいこと思いついたと言わんばかりの声色で言うと、突然目の前?に光が集まり始めた。
そして集まった光の中から。
≪じゃっじゃーん! 私参上っ!≫
決めポーズと共に現れたその声の主にオレは声を失った。
女神だった。
≪んもう! さいっしょっからそう言ってるじゃないの≫
金色に輝く美しい髪。
少し幼さを残しつつも包容力のある笑みを浮かべる綺麗な顔。
どこか見覚えがある気もするが、その姿は間違う事なき女神だった。
そして……
≪どやぁぁぁぁぁ(>ω<)≫
彼女がポーズをとるたびに自己主張するおっぱい。
あまりの存在感とボリュームのおっぱい。
ばいーん! ぼいーん! という擬音が聞こえてくるほどのおっぱい。
これが神のおっぱい、いやおっぱいの神と言ってもいかもしれない。
≪ねぇ? さすがの私もあんまりおっぱいおっぱい言われると恥ずかしいのよぉ?≫
バカな!? オレの思考が読まれた、だと!
声にはだしてないはず……まさか気が付かないだけでもらしてしまっていたか?
≪いや、声も何もぉ。今まさに私と〝念話〟してるじゃない? 思考がダダ漏れなのよぉ≫
…………念話だと?
≪そぉよぉ? アナタの身体は創り治している所っていったでしょぉ? 身体がないからしゃべる事ができるわけないじゃない? だから思念を繋げて会話しているのよぉ≫
えっと、それは、つまり?
≪そ、アナタの考えはぜーんぶ筒抜けなーの≫
…………なるほど。
つまりおっぱい、オレが考えておっぱいる事は、全部まるっとおっぱいまる分かりおっぱいなのか。
≪だからって開き直るのもどうかと思うわぁ≫
うっさい! 卑怯だぞおっぱい女神!
オレには人権もプライバシーもないのか!
あと、おっぱい!
≪だから……もうそれでいいわぁ。いい加減話がすすまないもの≫
勝った! 何にかは分からないけど。
≪じゃあ本題に入るわねぇ?≫
そうですね。オレも色々知りたいことがたくさんあるし。
ちゃっちゃとお願いします。
≪おーけー? まず自己紹介すると私はこことは別の世界を創った神なのぉ≫
なんと!?
≪いいリアクションねぇ。で、その世界が無事終焉を向かえる運びとなったんだけどぉ。その原因となった世界規模の大戦が莫大なエネルギーを生み出しちゃってぇ。次元や空間にゆがみができてしまったのぉ≫
うん、なんかとんでも発言連発だけどいちいちツッコんでたらまた話が進まないよね。
だからあえて気にしない方向で行こう。
そういうことがあったんだ、ふーん、へーではい、おしまい!
≪でぇ、その時にできた歪みから幾つか別の世界と繋がってしまったのよぉ。そのうちの一つがあなたの世界だったと言うわけ≫
歪み……あ、もしかしてオレがドラゴンと一緒に落ちた穴がそうか?
≪ぴんぽんぴんぽん-ん大せいかーい!! ついでにドラゴンちゃんが通ってったのもその穴でぇ、まさかあんなことが起こるなんて私にも想定外だったのぉ…………ごめんなさいね。本当はアナタたちを巻き込むつもりはなかったのだけど。他にもいくつか次元の歪みがあって、対応が遅れてしまったの≫
お、おう? さっきまでの緩い感じとは打って変わって急に真面目な感じになって来たぞ?
≪そりゃ私もふざけていい場面とそうじゃない場面くらいわきまえているつもりよ? すぐに気が付いて〝なかった事〟にしようと思ったのだけど……不幸な偶然がいくつも重なってできなかったの≫
一応、具体的に〝なかった事〟ってどんな感じだったか聞いても?
≪そうね。アナタを生き返らせて、襲われていた女の子の記憶も消して、文字通り〝なかった事〟よ≫
なるほど、それができなかったと。
≪えぇ。まず一つアナタの身体の損傷があまりに酷くて再生にすごい時間がかかってしまうと言う事。ドラゴンに消し炭にされたくらいならまだ何とかなるんだけど。アナタが乗っていたクルマ? とかいう鋼鉄の馬車、あれの爆発で次元の狭間中に色々と飛び散ってしまったから……≫
うぉう……改めて自分の死因を聞いてしまうとなんともむごい、というかエグイな。
≪それからアナタが死んだ場所が次元の狭間だった事。例えばアナタが元いた世界で死んだ場合は向こうの神に交渉して生き返らせてもらうこともできるんだけど、今回は次元の狭間で死んでしまったから、向こうの神に許可が取れなかったの。ただでさえ世界Aは命が溢れていて魂が飽和状態だったらしくて……『こちらの管轄ではありません』の一言で一蹴よ≫
神さまのくせしてえらいお役所仕事だなうちの世界の神! ちゃんと仕事しろ!
≪あと一番の原因は私の力が弱まっていた事。世界の終焉を向かえるにつれ、私の力は徐々に弱まっていたの。さっきも言ったけど次元の狭間に対応していて力を使い過ぎていたと言うのもあるわね。だから全てを〝なかった事〟にする事は出来なかったの≫
…………オレの他に巻き込まれた人とかは?
≪いないわ。軽い怪我を負った人は何人かいたけど、命や生活に支障が出ない程度だから、少し記憶を改ざんして恐ろしい体験なんかは忘れてもらっているわ≫
そっか。ハハハ、じゃあオレはホントに運が悪かったんだな。
≪そうね。アナタが助けた女の子も無事よ。ただあの子の場合はつじつまを合わせるために『事故に遭いそうになったのを通りすがりのアナタに救われた』という記憶に変わっているわ。その後は体験を引きずりながらも懸命に生きて幸せを掴んで、天寿をまっとうしたようね≫
うん。ならよかった。
≪アナタは『交通事故に巻き込まれて死亡。死体は回収できなかった』と言う事になったわ……わたしが言う事じゃないけど、たくさんの人に慕われていたようね≫
あ、ごめん。
それを聞いたら未練とか心の汗とか色々出て来ちゃうからいいや。
でも、教えてくれてありがとう。
≪本当にごめんなさい≫
でも、生き返らせてくれるんだろ?
≪えぇ。そこは責任を持ってしっかりやらせてもらうわ。約束する≫
じゃあ、この話は終わりだ。
……あんまり重たい話はすきじゃないんでね。
≪ふふふ……優しいのね≫
ふぉう!?
女神の顔が近づいてきて(身体がある訳じゃないからなんとなくだけど)びっくりしてしまう。
ででで、で、話は変わるんだけど!
≪あせっちゃって可愛い? なにかしら?≫
ごほん、せっかく神さまが転生させてくれるんだから、当然サービスとか、色々とあるんだよね?
異世界召喚物とか転生物とか、そういうのはチート能力持ってるのがおきまりだし。
≪ふふふ……ふーっふっふふ? よっくぞ聞いてくれましたぁ≫
あ、またおふざけモードに入った。
≪出来る神と名高い私よぉ? 当然、ニーズに応えてバッチリ対応させて貰ったわよぉ≫
おー! さっすが神! よできるオンナ!
≪もっと褒めてもいいのよぉ≫
女神の中の女神!
おっぱいの女神!
いやおっぱい!
むしろおっぱい!
≪……たまにアナタは病気なんじゃないかと思うわぁ≫
失礼な! おっぱいは人類の至宝ですよ!
それをあがめる事こそ人間が人間である証明といっても過言では……
≪はいはい≫
スルーですか!?
≪まぁ、その辺は完璧と言ってもいい仕事をしたわぁ。アナタの望みを最高の形で叶えたのだから≫
オレの望み?
はて、オレ願い事なんていいましたっけ?
≪そうよぉ? と言っても体を再生させる上で必要だったからぁ、再生前、死の直前まで願っていた強い思念を元にしたのだけど≫
死ぬ間際まで考えていたこと……?
うーん、意識が混濁していてよく覚えていないな……なんだっけ?
≪もぉう、しっかりしてぇ。〝ノート〟について考えてたでしょお?≫
っ! 思い出した!
そうだ! オレは死ぬ直前〝黒歴史ノート〟の存在を思い出して……
≪どうにかして叶えたいと≫
どうにかして処分しないとって
≪え?≫
え?
今なんて?
≪ノートの内容をどうにかして叶えたい、って思わなかったぁ?≫
いやいやいやいやいや!
オレが考えていたのは〝どうにかしてノートを処分しなくちゃ〟って事ですから!
≪…………マジで?≫
マジで。
≪………………ホンマに?≫
ホンマもホンマ。
≪……………………ドンマイ!≫
いやいやいやいやいや!
そこドンマイじゃないでしょうが!?
≪いやぁちょっと意識が断片的になってたからちょっと、いや少し間違っちゃったかなぁ? えへへ……メンゴ?≫
だから軽いなっ!
ちょっと勘弁してくださいよー。
そもそも処分しようとしてたのに叶えるとか真逆じゃないですかー。
マジありえないわ―。
≪だからゴメンってばぁ。私自身ちょうど次の世界をどうしようか悩んでいたからぁ。渡りに船っていうの?
コレだ! ってなっちゃってぇ≫
ちょっと待った。今なんか聞き捨てなりないセリフが聞こえた気がする!
世界ってなんだ! 世界にどうしてオレのノートが関わってくる!?
≪……ちょうど世界の細かい設定とかそういうのどうしようか悩んでたのよぉ。そしたらちょうどいいところに〝ファルジア創世記〟っていうノートがあるじゃない?≫
ぐはぁっ!?
〝ファルジア創世記〟
その名を聞いてオレは心臓がえぐられるようだった。
そう、それこそオレの黒歴史の一つ。
オレが消し去りたかったノートの〝一つ〟である。
内容は? と聞かれれば、架空の世界〝ファルジア〟の地理、歴史、存在する神々や種族に至るまで思いつく限りの中二妄想が書きしたためられた危険物だった。
それを、使っただと?
≪えぇ。設定まるパクリよぉ?≫
なんてこったい!
≪大陸とか歴史も忠実に再現しているわ!≫
なにその無駄なこだわり!?
≪あ、ちなみにこの姿もノートにあった〝大精霊ティタルニア〟から顕現したものよぉ≫
そこはグッジョブ!
≪他の神々も合わせて創ったわぁ。だから一応ファルジアの神は〝モーミジヤ〟ってことになっているわねぇ。私は大精霊として悠々自適な隠居生活よぉー!≫
〝モーミジヤ〟、名前の由来は当時好きだったアイドル〝鏑谷モミジ〟から拝借したのだが……
≪しょうもない理由ねぇ≫
うっさいな!
あの頃のオレはほんとにモミモミの事女神だと思ってたんだよチクショウ!
≪あ、モンスターとか魔術とか装備とか戦闘スキルとか、その辺もまるまるパクっ……オマージュしたわぁ!≫
もうパクったでいいよ! さっきパクったって言ってるじゃん! なんで言い直したし!
ってか本気で言ってる? あんな物本気で使ったの?
≪初めて見たときピンと来たわぁ。『このノートの持ち主は天才だわ』ってぇ」
嬉しくないよ!
あんな中二全開の妄想を見られたうえで評価されても恥ずかしくしかないよ!
≪だから敬意を込めて世界中に〝魔導師クロード=ヴァン=ジョーカー〟の名を歴史に刻んでおいたわぁ≫
…………え?
≪〝黒ノ系譜〟って言ったかしら? アレに書いてあった内容をそのまますべて歴史として存在しているし、私の世界でアナタの事を知らない人間は存在しないわぁ!≫
最悪だ!
え、なに? じゃあ国を滅ぼしたとか、魔王を倒したとか、自分が魔王になったとか……
≪全部事実として存在しているわぁ! 私がんばった! えっへん!≫
なぜ得意気なんだふざけんな!
そんな世界は認めない、やり直しを要求する!
≪無理ねぇ。アナタの身体を治すのに時間がかかったって言ったでしょお? まぁ大体900年くらいかしらぁ? だからもう文明ができててぇ、しかも世界繁栄しちゃっているものぉ≫
きゅ、900年!? そんなにかかるほどオレの身体はグチャミソ……いいや想像するのはやめておこう。
≪(……実は世界を作るのに夢中で生き返らせるの忘れてたとはいえないわぁ)≫
ん? 今何か不穏な思念がよぎったような……?
≪おほん! ともかく、歴史のやり直しはできませーん。あしからずよぉ≫
くっ! だけどそれだけ経っていれば、むしろもっと経てばいずれ時代の中に消え……
≪あ。あと、アナタの書いたノートの原本は魔導書として世界各地に散らばっているわぁ≫
ここで追い打ちかよ!
オレ生き恥晒しまくりじゃねぇか!
≪そして魔道書として完成されているから〝不滅〟の魔法がかけられているわぁ!≫
ホント余計な事しかしないなアンタ!
≪ふふん! 褒めても何もでないわよぉ?≫
褒めてねぇよ!
ってか、なんでそれがオレのチート能力につながってくるんだよ!
まったく意味がわからないよ!
≪あぁ、それねぇ。アナタ坂上蔵人……いえ〝クロード=ヴァン=ジョーカー〟はぁ≫
やめて! その名前で呼ばんといて! 泣いちゃうから!
≪アナタが魔導書に記した能力はぁ、ほぼ際限なく利用できるようになっているのぉ≫
ぐすん、つまり?
≪例えばアナタが書き記した魔術は〝使おうと思って名前〝スペルワード〟を唱えるだけ〟で使う事ができるのよぉ。どぉう? これってすごいことじゃなぁい?≫
うーん、確かにすごいとは思うけど、魔術を使うってことは魔力を使うってことだよな?
いくら全部の魔術が使えるって言っても魔力とかがなければ……
≪その点も問題ないわぁ。アナタの再生した身体は精霊を具現化したもので創られているからぁ。魔力はほぼ無限と言ってもいいくらいにあるはずよぉ! それに肉体的にも運動能力的にも強化されているしぃ。今ならドラゴンにも負けないはずよぉ!≫
おぉ! それは確かにすごい!
あらゆる魔術をほぼ無制限につかえるとしたら、それは結構なチートだ!
しかも肉体的にも強化されているっていうし、至れり尽くせりじゃないか!
≪でしょう? まぁちょっとだけ? ほんの少し身体を弄ってるから不都合があるかも知れないけどぉ。それは些細な事よぉ≫
え? それってどういう?
≪私の世界を守るための安全措置と言うかなんというかぁ……≫
うん? いまいち煮え切らないな?
≪さっきも思ったけどぉ。アナタほどの力を持った存在が若いパッションをほとばしらせすぎたら大変なのよぉ。お分かり頂けるかしらぁ?≫
え、なにそれどういう……?
≪ええええ、えっちぃのはメッ! ということよぉ!≫
ちょ、ま。それどうい……
その言葉を最後に女神の姿が突然見えなくなった。
というよりも、オレの意識が途切れた。