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黒の系譜  作者: 木根樹
黒の系譜―第二章
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黒の系譜02-番外編01『その日スーサでは』

「ふむ……」


 スーサの領主は難しい顔をしていた。


「ふんふふーん♪」


 目の前で掃除をしているメイド服の女性。

 リリメ、と呼ばれる彼女と領主の関係はつい数日前までただのメイドと主人というだけであった。

 というのも、二人の関係は今では一言二言では語れないほど複雑になっているのだ。

 それこそが領主の顔を難しくしている原因でもある。


「リリメくん、いや――」

「はい? なんですか? チェスター様?」


 おもむろに立ち上がったスーサ領主、チェスター=イーノッドはリリメまで近づくと、


「メイリーん(パシン)いたっ!?」


 自分のかつての妻、メイリーンの魂を宿す現妻に抱きつこうとして頭をハタキで叩かれた。

 これにはさすがのアラフォーイケメン領主でも涙目である。


「どうして私は叩かれたのだろうか?」

「お掃除の邪魔だからです♪」

「いや、しかしだね」

「しかしもおかしもありません! たしかにわたしはチェスター様の妻ですが、今はメイドとして掃除中。お仕事中なんです!」

「それはそうだが……」

「ですから、今はチェスター様のお相手をしている暇はないのです」


 仕事熱心な妻の正論に仕事をさぼっていた領主は『あー』だの『うー』だのとしか言い返せない。

 彼女がこういう状態になった経緯に領主も少なからず関わっているため、彼は嫁に完全に尻に敷かれていた。

 いや、生前の妻も勝ち気な部分があったので、前と変わらないといえば変わらないのだが。


「それに気安く昔の名前で呼ばないでください(つーん!) 過去の女にいつまでも執着するなんて女々しいですよ?」

「え!? いや、でもほら過去の女もなにも君の事じゃないか?」

「酷い! リリメはしょせん奥様の代わりだというんですね!? よよよ……」

「いやそういう訳ではないよ! 私は今の姿になった君でも……」

「やっぱり若い方がいいのね。アナタってば最低」

「ああもう! じゃあ一体どうすれと言うんだい……?」


 あまりの理不尽さに目を覆って脱力する領主と、それを見て朗らかに笑うメイド。

 完全に遊ばれている。

 

「簡単な事です♪ たーっぷり、愛してくだればいいんです」

「リリメ君……」

「ただし、そういう事は、お仕事が終わってからにしましょう、ね?」

「ふふふ……早く夜が待ち遠しいよ」


 この主従が逆転したかのような会話は、彼女が今の姿になってからよく屋敷内で見られる光景である。

 つまりただバカップルが真っ昼間からふざけあっているだけにすぎない。

 爆発すればいいのに、と見る人が見れば思う事だろう。


「アナタ……」

「メイリーン……」


 執務室で、二人の影が重なる。


「あら? 真っ昼間からお熱い事で」


 部屋の扉を開けながら、入ってきた女性は熱いベーゼを交わしているバカっぷる夫婦に呆れ顔である。

 

「ま、うちもあんまり変わらないけどね」


 ご親切に数分間待った訪問者、服屋の店主シェラはニヤニヤしながら二人を見る。

 領主もメイドも逢瀬を見られたというのにあまり気にしている風はない。

 それもそのはず。


「ったく、メイリーンも。三年ぶりの再会でうれしいのはわかるけど、もう少し自重しなさいよね? 他の奴らに見られたらどうするのよ?」


 シェラもこのメイドの抱えている事情を知る数少ない人物なのだ。

 それと同時に生前のメイリーンとシェラは無二の親友でもあった。


「あなたには言われたくないわよシェラ。旦那さんが帰ってきてから1週間も家から出てこなかったじゃない? 一体ナニをしていたのやら……」

「何って、ナニよ?」

「分かってて聞いたのよ」

「あらそうなの?」


 ナニが何を指すのかは深く追求しないが、呆れ顔のメイドに店主は茶化すわけでもなく優しく笑う。


「だって、しょうがないでしょ? 諦めてた夢が叶ったんだもの」


 彼女の夢。

 自分の娘に、自分の仕立てた最高の花嫁衣装を着せること。

 つい先日まで子をなせない身体だったシェラでは、到底叶うことがなかったであろう夢が今は叶えることが出来る。


「おや? 叶う、ではなくてかい?」

「叶ったも同然ね」

「もしかして!?」


 シェラは教会からもらってきた診断書を二人に見せる。

 そこには無事子供が出来ている、という旨が書き記されていた。


「これはめでたい!」

「シェラ! おめでとう!」

「ありがと、メイリーン」


 涙を流して抱き合う二人を見ながら、イケメン領主はさてお祝いはどうしたものかとほほえみを浮かべていた。


「二人にはまず最初に報告しとかなくちゃと思ってね。なんてったって、ミラちゃんが私と、あの子を引き合わせてくれたようなものだもの」

「ふふふ……ただの可愛らしいお嬢さんではないとは思っていたのだが」

「ふふふ♪ ほんとね」


 三人は、今はここにいない小さな魔導師を想い、笑みを浮かべる。

 こうして彼らが笑いあっていられるのも、すべて彼女のおかげなのだと感謝をしながら。


「あ、それからその小さな君主さんの近況報告、来てるわよ? 見る?」


 シェラは懐から一通の封筒を取り出す。


「見る見る♪」

「ふむ、主の近況を知るのも仕える者の役目だね」


 奥様へ、と書かれたソレは皇都にいる部下、リーフィから送られてきた手紙と絵の束であった。


「これは、祭りか何かだろうか?」

「とても綺麗ね……まるで炎の花が咲いているみたい」

「これはハナビね。東方大陸(トゥホーン)の伝統芸能の一つだったはずよ。皇都でもやるようになったのかしら?」


 それが、巨大な怪花を無数の爆弾で退治した際の様子だとは、この場にいる誰も思わなかった。


「ふむ、これだけじゃわからないな。他のも見てみようか?」

「これは、魔物じゃないですか!?」

「オーク・イーターね。この辺にはいなかったはずだけど……皇都のあたりも物騒になったのね。これから生まれてくる子供のためにも、旦那に言って本拠地はこっちに移してもらおうかしら?」


 その物騒を生み出した元凶がこの写真の送り主だと知るものは、この場にはいなかった。


「そしてこれは……ふむ、ただの少女のように見えるが?」

「あら、可愛らしい女の子ですね♪」

「あ、待って。これだけタイトルが付いてるわ……えっとなになに……」


 実際その写真にはタイトルなどなく、ただ一言注意書きが書かれていたにすぎなかった。


「『※男の子です』…………は?」

「…………皇都のファッションというのは、やはり進んでいるんだね」

「旦那様、よくよく考えればリーフィさんも男の方じゃないですか。きっと、似合っっているからいいんですよ」


 それ以上二人は何も言わなかったが、胸の奥で何かがくすぶり始めている感覚があった。

 だが、


「ふふ……ふふふふふふあはははっはは!」

「し、シェラ? どうしたんだい?」

「お、落ち着いてシェラ! この子は可愛いけど男の子で……!」

「男の子、そう男の子! こんなに可愛いのに男の子!? あはははははははははははははははははは!」


 シェラは狂ったように一通り笑った後、ゆらりと二人に背を向ける。

 心配する二人にシェラはただ二言。


「ちょっと、もう一人作ってくる。どうせなら男と女で双子の方が寂しくなくていいわよね?」

「え? そうかもしれないが、作ろうと思って作れるものじゃないだろう?」

「できるわよ。奇跡は起こす物だって、あの子に教えてもらったもの」


 シェラはいい笑顔で答える。

 その言葉には領主夫妻も笑顔で頷いた。

 彼らもまたその奇跡の体験者なのである。


「それじゃ、あとこれ渡しとくわ」

「これはなんだい? 何かの魔物の魔核のようだが……?」

「ふふん♪ 驚くわよ? さっきの写真の魔物の魔核らしいんだけど……ま、詳しいことは使ってみれば分かるわ」


 首を傾げる領主に『終わったら返してちょうだいね』と言い捨て、シェラは猛ダッシュで館を後にした。

 返却できるのはおそらくもう2~3日後くらいになることだろう。

 

「さてと、じゃあ我が家ももう一人くらいがんばってみようか?」

「そうですね♪ ミラにお婿さんは期待出来なさそうですし、でも跡取りは必要ですものね♪」

「リリメ……♪」

「あなた……♪」


 真っ昼間から再び重なる二人の影。


≪あ、あのぅ……お取り込み中すみません?≫


 二つの影が、ピタリと止まる。

 

「ま、我が君主(マイロード)?」


 聞こえたのは他でもない、さきほどからちょくちょく話に上がっていた件の小さき魔導師の声だ。

 どこから? と思い周囲を見回した領主が見つけたのは先ほどシェラが置いていった魔核である。

 

≪はい、クローディアです。お二人とも相変わらずお元気なようで何より……≫

「え、えぇと……?」

≪実はコレ、【シンクロ珠(仮)】と言いまして、離れていても会話ができるアイテムなのですが……≫

「それはすごい!」

≪それで試運転も兼ねてそちらの様子とかを伺おうかと送ったのですが……≫

「……い、いつから聞いてらっしゃったんですか!?」

≪う、『うちももう一人』のあたりから?≫


 実はこの部屋を去る時シェラがイタズラ心で発動させていたのだという、衝撃の真実が伝えられる。

 それはすなわち、領主夫妻の仲睦まじい会話が珠の向こうに筒抜けだったと言う事を意味する。


「ごほん、因みにそこにミラは……?」

≪……おりませんわ≫


 聞き間違えるはずがない。

 それは領主の愛娘の、いかにも機嫌が悪い時の声であった。


「じゃ、じゃあわたしはお仕事に戻りますので」

「め……! リリメ君!? 待ってくれ!」

≪待ってくれ? まさかお父様はまだ仕事中なのにも関わらず、リリメさんと仲睦まじくされるおつもりなんですか?≫

「ご、誤解なんだ!」

≪どの辺が誤解なのでしょうか?≫

「そ、それはだね」

≪お父様、先ずは正座をなさってください。話はそれからですわ≫

「……はい」


 その後、イケメン領主が数時間に渡って珠へ頭を下げる姿が屋敷のメイドによって目撃されたとかなんとか。 

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